絶対に死にたくない転生者vs死後に魂を持っていくタイプのサキュバス 作:ぺとら
私が現世に顕現したのは、完全に思いつきで、計画性のない行動だった。
「あ、若くて強い精が欲しいな」って程度の、衝動的な出奔。
数百年に一度、ムラムラと湧いて出るその欲望に素直に従っただけ。
仕方ないわよね、だって私サキュバスだもの。
というわけで何も考えずに転移した先は、人間たちが『ダンジョン』と呼ぶ神の力の巣窟だった。
人間からすれば脅威に満ち溢れた場所でも、悪魔にとっては褥と何も変わらない。……不快なものなんて何も無いってコト。
さてさて手頃な国の人間でも漁りに行くかと思っていたら、なんとダンジョン内に人間の反応があるのだからビックリ。
それが冒険者だと気付くのにそう時間はかからなかったし、だからこそ私はほくそ笑んだ。
冒険者ってのもピンキリだけど、ダンジョンに挑むような冒険者は得てして強者だ。強者の精は素晴らしい。その魂も美しい。
お腹が減ったから狩りに赴いたところで餌が向こうからやって来てくれる。なんて素晴らしいことかしら。これも日頃の行いの賜物ね。私に信仰する神はいないけど。
そこにいたのは男だけのパーティ。興奮して思わず濡れた。
私は女でも構わず喰うタイプだけど、やっぱり男よ。
こってりとあっさりぐらいの違いがある。あくまでお口直しというか、たまの気分転換程度には良いかなってぐらい。
後は話が早い。
ダンジョンの権能に干渉して作り替え、人間のパーティを分断する。そうしたら眼前に現れて、魅了を一発。ついでに胸板に指を這わせてあげたら、絶頂と一緒にもう終わり。
もっとねっとりじっとりと吸い尽くしても良いんだけど、数億の魂を吸い取るにはいささか非効率的なのよね。
……とかなんとか言っていたら、なんだか一人だけヤケに強い自我を持つ人間がいた。
意識は朦朧としているけれど、決して私を受け入れない。拒み続ける。
私たち悪魔は契約を重んじる生き物。本人が承諾しなければ魂を奪えない。
だから、前言撤回とはなるけれど、全力で落としにかかる。私、お残しはしない主義なのよね。
結果はまぁ、ご存知の通り。
「ふざけるなよ」
「うっそ、なんで!?」
よっぽど誰かに操を立てているとか、貞操観念ガッチガチの宗教家とか、かなり拗らせた童貞とか、多少はサキュバスに抵抗できる生物も存在する、でも、最終的には等しく堕ちてしまうのが常だ。
どんな強者でも、ドラゴンすら堕とす私には敵わない。
だってのに問答無用でブッ殺されたワケだから、魔界で目覚めてもうビックリ。
そりゃあ今までも殺されたことはあるけれど、だいたいは超遠距離からの戦略級殲滅魔法か自我を失わせたゾンビ兵によるリアルゾンビアタックか、後は自爆攻撃ぐらいよ。魅了と精神力の競り合いで真正面から押し切られて、そのまま殺されるだなんて。
今までは自国すら焼くことを厭わない必死さと、それまでに奪い取った命に免じてしばらく魔界で悠々と魂を愛でていたけど、今回は話が別。
初めて斬り殺されたのよ。ある意味処女ね。つまりあの男は私の処女を奪ったのよ。おまけにサキュバスの処女。なんて貴重なのかしら、国が傾くわ。まぁ国を傾けるのは私たちなんだけど。
そういうわけで再顕現して会いに行ったら、問答無用で殺された。
しかも今度は微塵も揺らぎもしない、純粋な殺意で殺された。
たった一度の邂逅で私の魅了を完全にレジストされちゃったものだから、サキュバスの端くれとして思うところはある。
絶対に堕とす。
サキュバスのプライドにかけて。
どうせほとんど無限の生なんだから、手慰みにそんなことをしてみようと思った。だから、わざわざ『契約』を持ち出してまで付き纏った。
その結果、なぜか私はダンジョン攻略に付き合わされ、ひたすらに冒険の日々を送っている。
「私、サキュバスなんだけど……」
なんで人間の看病なんてしているんだろうか。
私、どちらかと言うとベッドの中に入り込むタイプなんだけど。サキュバスとしてのアイデンティティが揺らいでいる。由々しき事態ね。
……まぁ、何事も無かったようで何よりね。
例の怪しい魔導具は、鑑定したところ「他の魔導具の機能を不全に陥らせる」というものだった。
魔導具でぼろ儲けしている商人や護身している貴族がいる以上、こんなモノがあったらどうなるかは、想像に難くないわね。
もちろん売り払ったわ。人間社会の動乱には興味無いもの。
この人が倒れたのは、装備している魔導具の効果が切れたから。
前に見た睡眠を不要にする魔導具をはじめとしたアレコレが無くなって、今まで無理やりせき止め、蓄積した疲労が一気に押し寄せたみたい。
「いつかしわ寄せが来るって分かってて、なんでこんなものを使うのかしらねぇ?」
寝ない人だなぁ、とは思っていた。
堕とす為に同行しているわけだから、誘惑や魅了を怠ったことはない。
その一環で夜這いを行おうとしたこともあるけれど、四六時中一緒にいるはずのこの人が寝ている姿を見ないので、いつしか忘れ去っていた。
人間が睡眠を必要としないことは有り得ないので、こういうカラクリだったのかと感心するやら、心配するやら。
「……」
穏やかに寝ている。
普段の表情が険しいから、この人の寝顔はこんなに穏やかなのかと思った。
……そういえば、今って絶好の夜這いチャンスなのかしら。
看病の名目でーってヤツね。つまり千載一遇の機会。サキュバスとして、逃すことは出来ないわ!
「……くらい、な」
──私には分かる。
魂に命を見る私たちだからこそ、分かる。
「
萎えるわ。
まじでやめて欲しい。いきり立っていたのに、勃つものは勃たないし濡れるものも濡れないじゃない。
「…………さむい」
「大丈夫よ。今は私がいるわ」
頬に手を添えると、この人の震える魂が少しだけ穏やかになった気がした。
何かを恐れているんだな、とはなんとなく察していた。
突き動かされるかのようにダンジョンを攻略する姿は、それを打破するためのものなんだろうな、とも。
久方ぶりであろう眠りの中で、彼は何を恐れているのだろう。
彼が私を頑なに拒むのは、それに関係するのだろうか。穏やかな微睡みの中に、彼は何を見てしまったのだろう。
ベッドに潜り込む気も無くなってしまった。サキュバスなのに。
「私の元に来れば、穏やかな微睡みが待っているのにねぇ」
まったく強情な人だ。けれど仕方ない。
今はただ、あなたが早く目覚めますように。
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