絶対に死にたくない転生者vs死後に魂を持っていくタイプのサキュバス   作:ぺとら

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第九話 凡ミス

『誓約』の魔法には、クソみてぇに面倒な条件が山ほどある。

 

双方の同意なしに契約することも、破棄することもできない。

一対一での契約にしか効果を発揮しない。

定めた条項に変更が効かない。

一度契約を破棄した場合、しばらく再使用はできない。

契約は公正で無ければならないので、本心からの同意が必要。

他にもいろいろ。

 

どれもこれも契約の神の神託らしい。

詐欺に欺瞞に不正行為にと、相次ぐ人間の悪意に辟易して生み出したものなんだとか。

 

まぁ、今はどうでもいいか。

 

「全身が痛ぇ」

「無茶はしないものよ」

 

クソみたいな龍の死骸に腰掛け、爆発しそうな全身を深呼吸で落ち着かせる。

 

横から飛んできた回復魔法が心地よい。

それはそれとして、誓約を結び直さなければ……今の俺にクソサキュバスが攻撃してきた場合、殺し切れるか怪しい。

 

「……そんな情熱的な目を向けて、どうしたの? ムラムラしてきた?」

 

ふむ。割と害意は感じない。

クソサキュバスも龍相手は疲れたということだろうか?

 

油断は出来ないが、帰ってから考えても遅くはなさそうだ。

 

「それで、魔導具は?」

「はいはい、今確認するわよ」

 

……白目を剥いて生首晒しの私刑に晒されているクソ龍は、めちゃくちゃ強かった。

俺の人生でベストスリーに入る強さだ。ダンジョンの外に出てきたら国をひとつやふたつ滅ぼしかねないほどに強かった。たぶん連合討伐軍が組まれるレベル。

 

ちなみにトップは俺を殺しかけたクソサキュバス。あそこまで追い込まれたのはあの一度だけだ。

 

それほどの強さがあれば、元となった力の強大さも推し量ることが出来る。

ならば、或いは。

 

「えっと……『聖剣』? え、ココ正義の神のダンジョンなの? こんな凶悪な魔物がいて?」

 

……はぁ。

 

「ガチ溜息は止めなさいよ。私が申し訳なくなるじゃない」

「……そうだな、すまん」

 

聖剣。聖剣か。

悪魔がブンブン振り回しているが、聖剣はそれでいいのだろうか。

 

「身体能力にバフがかかるみたいよ。あなたが持っていたら?」

 

勇者に押し付けようかと思ったが、それもありか。

鑑定されなければただの見栄えがいい剣だ。

 

「……帰るぞ」

「えー、もうちょっとのんびりしていきましょうよー」

 

次だ。次のダンジョンだ。

俺はまだまだやれる。あらゆるダンジョンを絞り尽くせ。

 

引っ付いてくるクソサキュバスを引き剥がすことを何度かすると、諦めたかのように横に並んだ。

この女も妥協を覚えたらしく、俺が拒否しない距離感を身につけたようだ。それならば許してやろう。

 

 

──ァ

 

 

帰ったらまずは誓約の結び直しだ。

そう考えたところで、流し目でヤケに楽しげなサキュバスの姿を盗み見しつつ、ふと思った。

 

なぜコイツは俺に従うのだろう?

 

俺の命を、などと言うが、ここしばらくはそのような動きを一切見せていない。

直接的な攻撃は誓約で封じ、飛び交う魅了は効かず、夜は寝ないので本領は発揮できない。

 

その上で俺のダンジョン攻略に付き合い続ける日々。

 

いくらなんでも割に合わないだろう。

 

最初は気味悪くもあったが、どうせ対処できると思えば次第にどうでも良くなって、今の今まで忘却の彼方に置いていた。

 

 

──ァァア

 

 

近付いてきたのは向こうだから申し訳なくは思わないが、それはそれとしていつか別れる日が来るのだろう。

俺が不老不死を手にしたのならば、いよいよこの女が俺に付いてくる理由は無くなる。なんせ死なないからな。

 

その時はせめて明るく送り出してやろう。

俺にそんなもの期待されても困るが、パーティメンバーに対するせめてもの優しさだ。

 

 

──ァアアアアッッッ!

 

 

優しさ。優しさねぇ?

 

怖いなぁ。優しさってなんだろうな?

 

 

──ゴァァァァァァッッッ!!

 

 

「危ねぇな、ふざけやがって」

「はぇっ!?」

 

龍は強い。生命力の極地みたいな存在だ。

しかし、いくらなんでも生首だけでブレスを吐き出すのはおかしいだろ。

 

お前は酒呑童子か。酒盛りも騙し討ちもしてないぜ。

 

 

一直線に俺たち目指して飛んでくる炎は、どうもクソサキュバスを捉えているようだった。

最後の一撃は俺だが、実質的にはこの女の魔法で殺されたようなもの。死んでもなお妥当な判断だな。

 

だから、突き飛ばした。

 

 

エネルギーの塊が迫ってきて、それでも咄嗟の判断で体が軸から外れる。腕が巻き込まれて、紐で引っ張られたかのように体が思い切り弾かれた。

 

残った腕で剣を投げ、生首龍にぶつける。

死体は死体らしくくたばっていろ、クソ亡者め。

 

中指を突き立てた瞬間、()()が見えた。

 

 

──なるほど。

 

魂への直接攻撃。本来の意味での死。

 

これが道理か。

 

 

見知った景色。二度と見たくない風景。

俺が寝ようとしないのは、眠りの中の暗闇はココを思い起こさせるから。

 

俺を殺そうとするあのクソ龍、もう一度ブチ殺してやろうか。

 

「あぁ、怖いなぁ」

 

パリン。

 

俺の腕から、何かが砕ける音が聞こえた。

 

 

 

 

「──って! ねぇ! ちょっと!」

「ゲフッ」

 

目覚める。

 

明るい世界で、目の前で桃色の髪が揺れていた。

 

明るい。明るい。

 

半ば無意識で巻き込まれたハズの腕を動かすと、確かにそこに腕がくっついていた。

さもすれば幻覚の類かと思ったが、肩口からばっさりと消滅した衣類や装備がそれを否定する。

 

「……なにが?」

「なにがじゃないわよ! なんで私を庇ったの!? 死にたいの!? バカなの!?」

 

まったく無事な方の手にいつも感じる重みが、少しだけ軽い。

寝転んだまま視線をやると、装備していた指輪が割れていた。粉々になって砕けて、無惨に散っていた。

 

致命傷を一度だけ肩代わりする指輪。いつぞやのダンジョンで手に入れた魔導具。

 

俺の命を救ってくれたか。よくやった。

 

その勇姿と健闘を称え、最敬礼で見送った瞬間、耐え難い吐き気が襲いかかってきた。

 

「う、オ"ェッ」

「あぁもう、ほら! 落ち着きなさいって!」

 

背中をさする手。

喉を抜ける気持ち悪い流体。

ツンとした酸っぱい臭い。

口いっぱいに広がる血の味。

 

そのどれもが意識になく、俺の心は疑念の一色で染められていた。

 

俺は何をした? 俺は何をした? 俺は何をした?

 

庇った。

 

庇ったのか。

 

サキュバスを。

 

億の命を持つ悪魔を。

 

指輪のことなんて頭になかった。

 

つまり、死のうとしたのか?

 

そんなバカな。

 

しかしあの世界は、まず間違いなく、あそこだ。

 

死んだ。

 

死んで、肩代わりされた。

 

俺は。

 

俺は。

 

「なにを、している……!?」

 

吐瀉物と嗚咽の中で、震える体に気付いた。

 

俺は、怯えているようだ。

 

 

ほうほうの体で帰還した。

 

誓約が結べなくなっていた。

 

 

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