主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー!   作:霓霞霖

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9 MEMORY OF USUAL

「……遅い」

 

 茜雫は、座るのに適した大きさの岩に腰掛けながら、そう、不機嫌そうに呟いた。

 目の前に元死神の男が居るが、現在は鬼道の応用で稲穂を刈っているため、その音に茜雫の呟きがかき消されている。

 ちなみにこの稲穂、『狭間空間』に田んぼが生えた瞬間に、既に収穫間近まで生育していた物である。

 

「おーそーいー!」

 

「うわ!?ちょ、ちょっと、いきなり叫ばないでくださいよ。コントロールが狂っちゃうじゃないですか」

 

 稲穂狩りの音でかき消された事で、さらに不機嫌を煽られた茜雫。その不機嫌さが乗った大声で、元死神の男はビクッとしながら抗議の言葉を述べた。稲穂刈りの鬼道は無駄にオリジナルなため、無駄に霊力コントロールが試されるのだ。飛ぶ斬撃みたいなのが稲穂を一列丸ごと刈っていく様とその音は、割と爽快なのだが。

 

「ねぇモトさん!」

 

「自分の名前は『モト』じゃないんだけどなぁ……」

 

「そんな事はどうでも良いの!」

 

 実名を明かす前にアダ名が定着してしまった事を、元死神の男・モトは嘆いているのだが。『どうでも良い』と茜雫に流されて、さらに内心嘆くモトである。

 

「カイはいつ帰ってくるの!?もう一週間以上経ってるんですけど!」

 

「……藍染副隊長がここに来た日から数えると、今日で12日目だね。……そんなに帰りが遅れているとなると、今も護廷隊と長期戦で戦っているか、護廷隊に捕まったか。……あるいは、殺されてしまったか」

 

「カイが死ぬ訳ない!だって、カイは死んでも蘇るのよ!?」

 

 モトがした最悪の想定を、茜雫は食い気味で否定した。その目は、かすかに潤んでいる。

 

「……消失した魂魄は、元には戻らない。地獄での処罰や自然を形成する魂となるのを経て浄化され、新しい魂魄へと生まれ変わる。……元の人格を保有したまま、そこまで至るのは不可能だ。そういう意味で、ヒトが蘇る事はないよ」

 

「でも、カイは私たちの目の前で蘇っていたでしょう!?」

 

「催眠の類だよ。自分たちは、幻を見せられていたんだ……」

 

 茜雫はかすかな希望に縋り続ける。反してモトは、下手な希望を抱いてさらに絶望すまいと、現実を見続けようとした。

 しかし、モトにとってもそれは辛い事なのだ。自分の目を覚まさせてくれた恩人が、もう居ないなんて。

 恩人に直接恩返しする事は出来なかった。その現実が、モトの心に虚しさを積み上げる。

 だからこそ、その虚しさを忘れようと、せめて恩人が守ろうとしたモノは守ろうと、農業に専念しているのだ。

 今だって、農業の手は止めまいと、自身の仕事を果たさんと、鬼道で稲穂を刈っている。

 

 それが、ちょっとした不幸に繋がる。

 

「カイはっ、幻なんかじゃない!」

 

「呼んだ?……あ」

 

「……へ?……あ」

 

「……あ?……あ」

 

 少女の思いが届いたかのようなタイミングで(と言ってっも急に現れるのは感動もへったくれもないが)帰ってきたカイ。ただ、現れた場所が悪かった。

 カイが現れた場所は、丁度稲穂刈り用鬼道の飛ぶ斬撃、その射線上だったのである。

 おかげで、居場所に帰ってきた瞬間、カイは下半身と別れる事となった。そりゃカイも茜雫もモトも、皆揃って唖然とする。

 

「カイ!」

「カイさん!」

 

 茜雫とモトがカイのもとに駆け寄った。

 ただ、上半身と下半身を別けた切断面は無駄に綺麗で、血がとめどなく溢れている。

 

「せん、な……。も、と……」

 

「カイ!しっかりして、カイっ!」

 

「なんで自分のあだ名を知っているのかはともかく、カイさん!い、今、治療します!」

 

 口から血が垂れ、明らかに瀕死のカイ。軽くなり続ける彼を抱き上げる茜雫。死神の治療術、回道を必死に掛けるモト。

 誰もが理解していた。

 助かる訳はない。

 でも、こんな現実、受け入れられない。

 

「……ダメだ、回道の効きが悪すぎる。……これじゃあ」

 

「そんなっ……!カイ、カイっ、死んじゃ、嫌だよ……っ」

 

「うん。僕もそう思ったし、そろそろ天丼がすぎるから、もう()()()()()は止めておくよ」

 

「へ?」

「え?」

 

 焦っていたモトと茜雫の耳に届く、全然平気そうなカイの声。唖然としてモトと茜雫が一瞬きすれば、抱き上げていたカイの上半身も、倒れ伏していた下半身も、どこへやら。

 気付けば彼女らの後ろに、平然とカイが立っている。

 

「皆どうしたの?そんな唖然としちゃって?幻想(ユメ)でも見てた?」

 

「か、い……?カイ……っ」

 

 何事もなかったようにそこに居るカイを、茜雫は呆けながらもしっかり捉えた。夢や幻ではないと徐々に実感を得ていくのに比例して、瞳が潤んでいく。

 

「まったく、嫌になっちゃうよ。この『狭間空間』は唯一、僕が世界の修正を受けない場所だったんだけ―――どっ!?」

 

「カイ!」

 

 カイが喋っている途中なのにも関わらず、その意味不明さは正しくカイだと、茜雫は抱きついた。首を締める程に強く。

 

「どこ行ってたのよ!遅いのよ!1週間も放置するんじゃない!私、死んだんじゃないかって、ずっと心配して……」

 

 死んでいないと、茜雫は信じていた。いや、そう信じようとしていた。だから、彼女の心の中にはやはり、カイが死んだ可能性も、ずっとあったのだ。ずっと、心配していたのだ。

 故に、あふれ出る様々な感情に身を任せており、カイを抱きしめる腕の力を制御できていない。

 相手は高校生程の少女だ。カイも、見た目だけ言えば高校生程の少年だ。ならば、同じ年頃の男女なら、片方が余程鍛えていない限り、力に大きな差がある事はない。少女に抱きしめられた少年が抵抗するのは容易だ。

 何が言いたいかと言うと。カイは無茶苦茶ひ弱で、茜雫の腕力にすら対抗できない、という事である。いや、茜雫はBLEACHの霊圧基準的に、上位席官くらいの強さを持っているため、通常の女子高生と比べて腕力があるという事も考えられるかもしれないが。

 とかく、カイは茜雫の首絞めに抵抗できていない、というのがこの場の現実である。カイのタップも非力であり、茜雫はカイの首を絞めている事に気付けない。

 ついでに、モトの視界は微笑ましフィルターが掛かっているので、同じく気付いていない。

 

「何とか言いなさいよっ、カイ!……カイ?カイーーーーーーー!」

 

 何も言わぬカイの顔を見てやろうと抱擁を緩めたところで、ようやく茜雫は自分がカイを絞め殺した事に気付いたのだった。

 

「やれやれ。窒息死は毎度すぐ逝けないから辛いよ。ま、釜茹でよりはマシだけど。ま、()()()()()んだけど」

 

 しかし絞め殺されてもこの通り。一瞬きもすれば苦笑いしているカイが戻ってきている。

 

「カ、カイ!死んだフリは止めてって言ってるでしょ!?」

 

「うん、まぁ、君のためにも、やっぱり死んだフリって事にしとこうか。うんうん、ごめんごめん。もうしないよ」

 

 茜雫が振り回しているのか、カイが振り回しているのか。分からない状況である。

 

「とりあえず、だ。……、ただいま。茜雫。心配かけてごめんね?」

 

「ふ、ふーーーんだ。心配なんてしてませんよーーだ」

 

「さっき自分で心配してたって言ってなかったっけ」

 

「言ってない!勢いで言い間違っただけ!」

 

 ツンデレモードの茜雫だ。カイはただただ穏やかに微笑んでいる。

 

「おかえりなさい、カイさん」

 

 茜雫が完全にカイを放したところで、モトはカイの帰還を迎えた。

 

「やぁ、モトくん。ただいま」

 

「なんで貴方にまで『モト』呼びが浸透してるんだ……」

 

「諦めなよ。筆者()が君の本名考えるの面倒って言ってたよ?」

 

 カイの言っている事は半分も分からないが、これからも本名が呼ばれる事はないという運命を悟り、崩れ落ちるモトである。

 

「そんな事より。……、食糧を生産してくれてありがとう。()()()()()()()()()()()()()()()()、僕はそれを育てられないからね。僕が育てようものなら、間違いなく枯れる。世界の修正か、僕の不器用によってね」

 

「……世界の修正?」

 

 崩れ落ちながらも、モトはカイのそのワードを聞き逃さなかった。

 

「僕はこの世界に嫌われている、というだけの話だよ」

 

 ただ、カイに取り付く島はない。カイはモトの疑問に、曖昧な答えしか返さない。

 

「食糧生産は今後も君たちに任せるよ。と言いたいんだけど……」

 

 疑問への返答もそこそこに、カイは話題を変え、疑問を深堀させないために、別の疑問を撒く。

 

「食料がどうか?」

 

「僕、農業の知識がないんだ。田畑を生み出せても、何の畑を生み出せば良いかも分からない。後、人手だね。3人分とはいえ、2人じゃ人手が足りないでしょ」

 

「た、確かに……。謎の冷凍機械のおかげで、最初からあった備蓄はまだ持ちますが……。今収穫できるのは鶏肉、卵、稲だけですからね。もう少し色んな作物を育てないと、いずれ食料が枯渇します。ただ、農耕の作業量が増えれば、間違いなく人手不足になる。今は自分が鬼道を使って間に合わせていますが、これ以上となると手が回りません」

 

「了解了解。人手と農耕識者を外から攫ってくるよ」

 

「……できれば、安住の地を求める人に狙いを定めるべきかと」

 

「名案だね、採用」

 

 人攫いに不満を覚えるモトではあるが、背に腹は変えられない。モトは妥協して、せめてより良い人攫い(?)を提案し、無事にカイに採用されるのだった。

 ちなみに、提案されていなかったら、カイは農耕識者である事以外無差別で人攫いをしていただろう事は、ここに明記しておく。

 

「カイ、何処から人を連れてくるの?」

 

 茜雫はとある希望を胸に秘め、カイに尋ねた。カイの行先次第では、その希望が叶うと思った故である。

 

「流魂街からだよ。現世からってなると、器子(きし)だの霊子だのの変換が面倒だからね。一応、この『狭間空間』は霊子寄りだし。完全に霊子の世界じゃないってのも、面倒な部分なんだよね、ここ。僕の支配権もちょっとだけ弱まってるし」

 

「現世に行けるの!?」

 

 カイの発言がいつも無茶苦茶なせいだろう。条件反射的にそれらを聞き流した茜雫は、自分の希望だけ、現世にも行ける可能性がある部分だけ、カイの発言から拾い上げた。

 ちょっと無視されたように感じたカイは、苦笑を浮かべている。

 

「……、僕は行けるけど。多分僕以外は無理だよ?」

 

「……は?」

 

 無視されても誠心誠意、質問に答えたカイだったが。茜雫には露骨に不機嫌がられる始末である。

 

「さっきも言ったろう、『器子(きし)だの霊子だのの変換が面倒』だって。僕自身はいくらでも()()()()()けど、他人まで自由自在に変換できる程、僕のスキルは都合の良いモノではないんだよ」

 

「……じゃあ、私はどうやったら現世に行けるの」

 

 カイの言葉が意味分からなさ過ぎて、屁理屈であるとも考えてしまった茜雫。彼女は拗ねたような態度を取りながらも、カイの知恵を借りようと、あるいはどういう条件をクリアすれば現世へ行く許可が降りるのかと、訊ねた。

 カイは嫌疑をかけられていると察して、小さく溜息を漏らす。悪者扱いは日常茶飯事なので慣れているため、溜めた悲しみを言葉にする事はないが。

 

「君自身がその方法を思い出すんじゃない?僕もその辺りの設定は知らないけど、多分君は体を器子・霊子に変換する能力を持ってるはずだ。その手の科学者の記憶も取り込んでたんだろうね」

 

「記憶を、取り込む……?」

 

「あ、やっべ、地雷踏んだ」

 

 茜雫の顔から感情が抜けていく様子を見て、カイは己の失態に気付いた。

 そう。茜雫はまだ、自身が思念珠、人間の記憶がいくつも寄り集まって生まれた存在である事を、自覚していないのだ。

 

「……ねぇ、どういう事?……わ、わたしは、科学者なんかじゃない、よ?……パパとお母さん、恭介(きょうすけ)くんと、マリーちゃんで毎日楽しくて。……柴犬のポチも、居て。……あれ?……ポチは、ゴールデンレトリバーだっけ?……違う、ゴールデンレトリバーは、シュナイダーで。……でも、(うち)は一匹しか犬を飼ってなくて。……タマは?……タマも、居たはず、なんだけど。……違う。……タマは、野良猫で、好奇心で、解剖したんだった。……私が、解剖、したの?」

 

 感情が抜け落ちた様子のまま、茜雫は記憶を掘り起こす。どう聞いたって、矛盾しているその記憶を。

 彼女は今、複数ある記憶のいくつかを、混同して、整理できずに思い出しているのだ。しかも、今の茜雫がしそうにない行動の記憶まで掘り起こしているのだから、質が悪い。

 茜雫は自分のモノとは思えない記憶に、混乱し始める。

 

「茜雫、落ち着いて」

 

「カイ!どうしてこんな記憶があるの!?私の本当の記憶はどれ!?私は……、私は何なの!?」

 

 混乱し始めた茜雫を落ち着かせようと歩み寄ったカイに、彼女は縋り付いた。

 分からない事が、彼女を苛む。自分が何者なのか分からない事が、自分という存在を曖昧にさせる。

 彼女は気付いているだろうか。そのせいで、彼女自身の実像が、ブレている事に。

 その様子を傍から見ていたモトには、茜雫が消滅してしまう事すら予感させた。

 故に、カイは言うのだ。

 

「君は『茜雫(せんな)』だ」

 

 たった一言。彼女を定義する名前を、茜雫を確固たる存在にする額縁を、カイは彼女に飾った。

 

「せん、な……?」

 

「和尚の理論を借りている部分があって癪だけど。名前というのは、君を表す大事なモノだ。『茜雫(せんな)』。その名前が、君を『茜雫(せんな)』たらしめる。だから、忘れちゃだめだよ?君の、大切な名前なんだから」

 

 涙すら流す彼女、茜雫(せんな)に、カイは穏やかな微笑を向けていた。

 

「君は思念珠という種族だ、人間でも死神でもない。だが、それがどうした。君は『茜雫(せんな)』だ。それ以外の何者でもない。君は、茜雫(せんな)という女の子だ。分かったかい?茜雫」

 

 カイは何度も言って聞かせた。彼女にその名が染み込むように、間違っても洗い流されないように。

 

「私は、茜雫(せんな)……」

 

「君の中には、色んなヒトの記憶がある。でも、気にする必要はない。他人の記憶も得てしまう特殊体質だと思えば良い。そして、自分の思い出さえ、忘れなければ良い」

 

 涙は止まれどまだ呆然とする茜雫。カイは彼女の両肩に両手を添え、真っすぐ見つめていた。

 夜の闇を思わせるカイの瞳が、彼女を映している。

 

「……そうだよね、私は茜雫以外じゃないよね。……うん。ごめん、カイ。急に取り乱しちゃって」

 

「良いんだよ?君の体質について言い忘れてた僕も悪いし」

 

「そうじゃん!私の事知ってるなら、全部ちゃんと教えておいてよ!」

 

「前にも言ったじゃないか、『そういうのはしかるべき段階を踏んで、やっと受け止められるモノ』だって」

 

「じゃあ順々に説明してよぉ!」

 

「絶対また地雷踏むから却下で」

 

 正気を取り戻した茜雫。彼女とカイのやり取りには、いつもと変りない仲睦まじさが返ってきていた。

 

「ところで、話は戻るんだけど。私って、いつになったら現世に行けるようになるの?」

 

「百年後とかじゃない?」

 

「え~~~~~~~~~~~~~~!!!!????」

 

 数奇な運命を持つ者が集った『狭間空間』。そこには、少女のがっかりする声が響くのだった。

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