主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー! 作:霓霞霖
喜助隊長就任から約2年が過ぎた頃。
『狭間空間』もモトの努力により、農耕での食料生産が安定している。
そんな平穏な日の、穏やかな
「『夕闇に
山間部の開けた草地で、茜雫は斬魄刀の解放、始解を行っていた。
「出来ましたね、ようやく……」
「ねぇ、モト。その消え入るように『ようやく』って言うの止めてよ。普通と比べて上達が遅かったのは分かるけど、私、普通じゃないんだからね?」
今日初めて出来た斬魄刀解放に対するモトの反応。時間が掛かった事を表すようなそれに、茜雫は不機嫌を露わにしていた。
彼女の言う言葉も間違い、というかあまりに特殊なケースである事は事実なのだ。
何せ、茜雫が手にする斬魄刀は、他人の物、既に前の所有者が魂の精髄を映したそれ。前の所有者が映した魂の精髄を塗りつぶすというのは、時間が掛かるモノなのだ。
しかも、正確に言えば、彼女が行ったのは、塗りつぶしではない。
彼女は、魂を読み取ったのだ。
つまり、『弥勒丸』というのは、前の所有者が映した魂の精髄なのである。
「いえいえっ、違うんです!時間が掛かり過ぎたとかではなく、本当にこんな事が出来てしまうなんて、という衝撃であって!決して、茜雫さんの呑み込みの遅さを嘆いた訳ではなく……」
「……モト、この子の試し打ちして良い?」
「いいっ!?」
口は禍の元だった。
死神でも始解が出来れば割とエリートに分類されるので、そういう意味では茜雫は普通の上達速度と比べても早い。
でも、モトは茜雫にせがまれ、結構な時間を彼女への教えに費やした。食糧事情の改善や住民への分配及び居住空間の割り振りと、仕事が多い彼に更なる仕事が積み上げられていた訳である。
その疲労感がここに来て漏れたのがモトの発言なのだが、精神状態は思春期真っ盛りの少女に、そんな理論が通じるはずもない。
ただ、天はモトを見捨てない。
「こんなところで何やってるんだい?茜雫。って、おや、ついに始解できたんだ」
カイが茜雫たちの修行場に現れたのだ。
「聞いてよカイー。モトさん、私の呑み込みが遅いってバカにしてきたんだよー?」
「バカにした訳ではなく!ようやく仕事が1つ片付いたと安堵しただけですよ!」
「えー?モトさんにとって私の修行に付き合うのは仕事だったのー?ねーカイー、酷いと思わないー?」
「ひ、酷くないですよ!むしろ、たくさんある仕事の合間塗って修行に付き合ったんだから優しいでしょう!?」
カイがこの場に現れた事で、そのカイを味方に付けようと自己弁護する茜雫とモト。
『狭間空間』の主たるカイを味方に付けた方の言葉が正論となるのだが、結果は―――
「ごめん、ぶっちゃけ興味ない」
―――この通りである。
凄く白けた顔で両者の言論を切って捨てるカイだった。
切り捨てられた両者はそれぞれげんなりしている。
「それより、だよ。茜雫がどうやって始解に至ったかの方が興味深いんだよ」
凄く白けていたのはそれが原因だった。
カイは茜雫の特殊性を知っている。彼女が思念珠であり、死神でなければ、
彼女の登場した作品では確かに彼女は始解が出来ていた。
しかし、どうしてそんな特殊な存在でありながら始解が、しかも彼女自身の始解ではなく他人の始解が使えていたのか、説明されていなかったのだ。
おおよそ考察はある。だが、それは原作の考察。原作とズレがある
「どうやって始解に至ったって、ちゃんと斬魄刀本人と対話して、それから自分の霊圧も、始解に必要な分引き出して、って感じだけど……」
「……斬魄刀本人が納得したの?」
斬魄刀には、個々の人格があるという話。元の持ち主から魂の精髄を写し取った、持ち主の分身とも深層心理とも言える人格を、斬魄刀は獲得するのだ。
故に、元の持ち主とは違うヒトが元の持ち主が使っていた能力を引き出す事は、斬魄刀自身が納得しない、という訳である。
しかし、茜雫はその能力、元の持ち主が使っていた能力を引き出せてしまっている。しかも、斬魄刀に個々の人格がある事も把握している。
「うん、弥勒丸とちゃんと話したんだ。弥勒丸、最初面と向かって会った時は驚いてたっけ。元の持ち主と似てるって」
茜雫は、ちゃんと『弥勒丸』の人格と相対していた。それどころか、初対面から親しげだったのだ。
「それにね、元の持ち主の記憶、見れたんだ。なんか、私自身の思い出みたいに読み取れて……。現世で強力な
茜雫は、泣いてしまった当時の恥ずかしさがぶり返し、それを押し込めるように苦笑を浮かべた。
彼女の様子を見て、カイは憂うような視線を彼女に向けている。
「弥勒丸は、もう大丈夫だって、私を抱きしめてくれたの。今度こそ守って見せるって。あはは、おかしいよね。私、元の持ち主じゃないのに」
「……茜雫」
語り途中の茜雫に、カイは口を挿もうとした。とても、申し訳なさそうに。伝えられていなかった真実を告げようとするように。
「大丈夫だよ、カイ。私は私、私は茜雫。他人の記憶も得ちゃう体質だってのは分かってるから。その事、ちゃんと弥勒丸にも教えないとなぁ。でもこの前教えようとした時ね、分かってますからって、何か訳知り顔してきたんだよ?あれ、絶対何も分かってないよね」
「……」
カイは、口が挿めなかった。
今はまだ早いと、思ってしまったのだ。
自分は、茜雫は他人の記憶も得てしまう体質と、嘘を吹き込んだ。真っ赤な嘘であるそれを、彼女が真実を受け入れられるようになるのを待つために。
そして、その事を斬魄刀・弥勒丸も察している。
なら、弥勒丸の思いも汲んでやるべきかと、カイは口を閉じたのだ。
「……弥勒丸、だっけ。彼か彼女か知らないけど、ちゃんと話し合うんだよ?卍解には、相互理解を深めないと辿り着けないからね?」
カイは、親の面を被った。茜雫には真っすぐ育ってほしい、そんな思いを胸に満たしながら。
「卍解まで至れば、現世に行けるかなぁ」
「……それは手段が違い過ぎない?そっち方面で伸びるのは、死神としての能力だけだと思うよ?現世に行くためには、器子・霊子の変換能力を引き出さないと行けないんじゃないかな?」
茜雫が意図せず話題を変えたのに合わせ、カイも雰囲気を元に戻した。その顔には、いつものような薄ら笑いが張り付いている。
「……器子・霊子の変換能力って何?どうやれば引き出せるの?」
「僕に訊かれても困るけど。死神の力を引き出している君が、何故か死神っぽい服装になってるし、現世の人間の力を引き出せば、器子の肉体を得られるんじゃないの?」
今更だが、茜雫の服装は始解の解放中、死神が纏っている黒い袴姿・
もちろん、モトが死覇装を貸した訳ではないし、何処からか盗んできた訳でも、自分らの手で作った訳でもない。
茜雫の服装は、今引き出している力に合わせて、変わっているのだ。彼女が意識して行っている所業ではないが。
「……現世の人間の力って何?」
「……何だろうね?」
自分で言っておいて何だが、改めて茜雫に問われると『人間の力』とは何か、分からないカイだった。
少女と少年、揃って首を傾げる。
「死神は、斬魄刀……。
人間の力を考えるに当たって、カイは種族それぞれがどんな能力を持つかに立ち返る。
それで、ふと思い出す。
「ああ、
そう。人間にも特殊能力がある。正確には、特殊能力を持つ人間も居る。カイはその事を思い出し、掌を握り拳で餅つきした。
人間の持つ霊的能力は
ちなみに、ドン・
「その
ほとんどカイの独り言だったが、聞き逃すまいと耳を傾けていた茜雫は、その言葉を拾い上げた。
「……、ああ、人間の力だけど、人間誰しもが持っている力ではないよ。後、それ自体で器子・霊子を自由に変換できる訳でもないし」
それは、人間の身でありながら、『霊王の欠片』を持つ事。
とかく。あの封印される際に四肢も内臓も切り落とされた霊王の、その切り落とされた部位が宿っていないと、
そして、
故に、
「しかし、切り落とされた部位が後々色んな人の魂に紛れ込むって、恐ろしい話だなぁ」と、カイは頭の片隅で思うのだった。
「理論とかはどうでも良いの。私も使えるかもしれないし、使えたら器子・霊子の変換が出来るようになるかもしれないじゃん」
「……うん、まぁ、当たって砕けろ、か。じゃあ、このカップの水を、鬼道とか使わずに動かしてみて?」
茜雫の我がままに実体験で以って納得させるしかないと、カイは前に出した手の中に水の入ったプラスチックカップを突如として出現させた。
プラスチックカップにしたのは、透明であるために水の動きが見やすいから、である。
「……どうやってよ」
「物の魂を操る感じで」
「……どんな感じよ」
「僕に言われても困るよ。僕は
「……カイって不思議な力を持ってるけど、それってその『ふるぶりんぐ』じゃないの?」
「違うよ?詳しい話はまた後でね。今は、水をどうにか動かそうと頑張りなよ」
他愛のない雑談を挿んで、茜雫は「うぬぬぬぅ」と唸る。想像もつかない、自分に宿っているかも分からない力を引っ張りだそうとする彼女の顔は、目を強く瞑っているし、深い皺を作るほど眉根を寄せているし、口はすぼめているしで、カイにはとても愉快に映っていた。
しかし、笑えない現実がその目に映る事となる。
水が、明らかに物理法則を無視して、立ち上ったのだ。
「…………マジで?」
「え?何?もしかして、私出来た?……出来てる!やった!」
カップから飛び出し、自由に空中を流れる水。その光景に、カイは驚愕で苦笑、茜雫は歓喜で花咲く笑顔である。
カイとしても喜んであげたいところだが、そうもいかない。茜雫は人間ではない。思念珠だ。そうなると、
考えられる可能性は―――
「―――……それらのルールを無視できる、特殊な『霊王の欠片』」
『霊王の欠片』とは、あくまで総称。切り落とされた霊王の体を括った総称である。
だから、『霊王の欠片』が宿っていると言っても、宿っている物が違ったりする。
ほとんどは、ただの肉片だろう。
だが稀に、爪、右腕、左腕、心臓などといった、特殊な部位が宿っている事がある。
そして、特殊な部位が宿っている者程、強力な力を得る。
身体機能における霊力のブースター『
要約すれば、特殊な『霊王の欠片』を宿した者は常軌を逸するのである。
「これ極めたら器子と霊子の変換っていうの、出来るようになるかな!?」
カイの思案に気付けないくらいに歓喜に満ち溢れている茜雫。
カイは、思案を中断する。
「……まぁ、それが出来るようになるかは分からないけど、鍛えておいて損はないんじゃない?」
伝える必要はない。彼女に今以上の使命を背負わせたくない。そも、彼女に本当に特殊な『霊王の欠片』が宿っているというのは確証がなく、確かめようもないのだから。
そうしてカイは、自身の思案を胸に秘めたのである。
「今さらだけど、この
「物質に宿る魂を操るって感じの能力で、愛着のある物だったらさらに特殊能力が発現する、んじゃなかったかな?」
「どうしてそこは曖昧なのよ」
「何度も言ってるだろう?僕は
「……何言ってるか分からないけど、カイが
「呑み込みが早くて助かるよ」
茜雫から呆れられ、見放された事を察したカイは、ため息交じりに肩をすくめるのだった。
「折を見て、専門家を連れてくるよ」
「……ちなみにそれ、予想では何年後?」
「早くて80年後くらいじゃない?」
「……」
カイが時間の尺度がおかしい事を、最近薄々感じ取っていた茜雫。案の定、彼女基準で遥か先の話である事が確認できて、彼女は肩を落とすのだった。独力になるけど、
「……あのぉ、ところで何ですけど。……その話って、自分が聞いても良い話だったんですか?」
「ああ、モト君居たんだっけね」
茜雫とは別に、モトも肩を落とすのだった。
ちなみに、モトが聞いても大丈夫な話だった。物語的に完全に蚊帳の外であるという理由で。