主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー! 作:霓霞霖
浦原事件から、約2年。
「九番隊隊長就任おめでとう、
「……」
カイと要、両者は『無間』の暗闇の中、相対していた。カイはパイプ椅子に座って、要は立ったままだ。
カイはいつものように明かりを灯そうかと考えたが、必要ないし面倒なので、止めた。
何故なら、東仙要は盲目。端から光など必要ないからだ。興が乗ってもいない上に必要でない物をなら用意を面倒くさがるカイである。
「……何故私の事を知っている。と訊くのは無駄だと、藍染様からお教えいただいている。目の前にいるのは全知存在と思え、と」
「『何でもは知らないわ?知ってる事だけ』、なんてね」
藍染曰く、藍染自身を含む我々の上位。なのにそれを否定するような言葉をうそぶくカイ。東仙は、本能的に嫌悪感を抱く。
目が見えていれば、さぞ醜悪な姿が映っていただろうと、今だけは盲目である事に感謝する。
「最近暇が多くて困ってたんだ。何せ、僕の監視任務をしてる隊長たちが、たくさん居なくなったからね。えーと、二、三、五、七、九、十二だっけ、居なくなったの。改めて考えるとヤバいね。ほぼ半分居なくなってる。で、十は相変わらず空席で、十一はサボリ。13日中8日も監視に穴がある時期があった」
精神の耐久度的に、隊長でないと務められないとされるカイ監視任務。それが、浦原事件によって担い手が少なくなり、しかし通常業務すら混乱状態のテンテコマイとなって、穴埋めがおろそかにされている。
護廷隊隊長たちからすると、目を離しても暴れる様子がなかったから問題ないとされての処置だったが、実情は、推して知るべし、といったところか。
まぁ、監視の目がない日に抜け出しはしても、やる事がない日がほとんどのカイだったが。もっぱら、茜雫を揶揄う日々を過ごしていた。
「今は五に惣右介君、十二にマユリ君、そして九に君が座って、ようやくお楽しみが増えて、万々歳だよ。ま、マユリ君はいっさいこっちの話を訊かず、毎度僕に検査機器を付けて検査してるだけだけど」
話し相手が増えて、純粋に嬉しいカイである。話し合いをしてる、とは言ってない。
「他の隊はどう?埋まりそう?」
「……二番隊は同隊三席である
「面子だの何だの、つまらない話だね。ま、彼女が隊長になる日を、首を長くして待ってるよ」
東仙にとって面子を蔑ろにして砕蜂を隊長に就かせるのは割と懐疑的であるため、カイが確定情報であるかのような物言いには、少しばかり興味を覚える。
全知存在というのは、主の言葉であれど半信半疑だったが。とりあえずは、目の前の存在は多くを知っていると、受け止めておく。
「三番隊は、副隊長だった者が代理を務め、その補助に
「そう。それは上々」
東仙の報告で、原作と変らず蛇が蛇している事に、カイは心の底から安堵して微笑んだ。
「十番隊隊長に志波
「……副隊長業務やりながら隊長業務も代理してるの?二足の草鞋を進んで履きに行くとか、どれ程隊長になりたくないんだか。ワンチャン監視役に来てくれるんじゃないかと期待してたけど。ま、潔く諦めようか。会ってどうこうできる訳でもしたい訳でもないし」
割と重要であるキャラに会いたかったと思いつつも、進んで会いに行く気はない。という事で、縁がなかったと、言葉通り諦める。
「他の隊は居残っている副隊長か三席が隊長業務を代理する形で、どうにか護廷隊を回している。余裕が出来るまでしばらく時間が掛かり、合わせてお前の監視も穴が空いたままになるだろう」
業務報告。東仙は意図してそれに従事していた。
相対する不気味な存在と、言葉を交わさぬように。心を読まれぬように。何も悟らせぬように。
本能的な忌避感に従って、そうしてきた。相手も興味ある話題。横道に逸れるような事はないと、甘く見ていた。
その
「
カイのその一言に、東仙は見えもしないのに思わず目を見開く。
どうして、その名前をここで出すのか、と。知っているのか、と。
「君の友人だよね、左陣君。どうして君は、彼の話題を出さなかった?」
東仙は、悟られぬ程小さく、歯噛みする。
知っている。こいつは自身の全てを知っている。狛村と友人である事を知っている。
ならば、もっと奥深く。自分がここにこうしている理由を、復讐心を秘める理由を、知っているかもしれない。
「……狛村左陣は、まだ七番隊四席だ。隊長就任の推薦は受けていない。ここで出す話題ではない」
ただ事実を返した。触れる必要はない。覗く必要はない。崇拝する上位者すら深淵と捉えている相手なら、なおさらに。
「そう。まだ四席だったのか。それは知らなかった」
カイのその言葉が、東仙には白々しくしか聞こえない。実のところは本心なのだが。
「ところで、要君」
「……何だ。誰がどの階級に居るのかなら、答えられる限りは答える」
カイの問いかけ、深淵から伸びる手のようなそれに、東仙はただ質疑応答を努めて務める。
「じゃあお言葉に甘えて。まず、
山田清之介。現四番隊副隊長。山田
カイとしては関わる気があまりないが、興味はあるのだ。
東仙はそんなカイの関心やら真実やらには触れず、ただ答える。
「まだ四番隊に所属していて、副隊長を担ったままだ。同隊隊長と意見が食い違っているから、本人は常々辞めたいと言っているが。混乱状態の最中、仕事を投げ出すような男ではないだろう」
性悪ではあるが、医療人としての矜持はある。それが東仙の清之介評だ。
「そう。じゃあ、
「時灘、だと?」
東仙は、聞き逃さなかった。いや、聞き逃せなかった。
大事な友人の仇を、
「貴様は、何を知っている」
東仙は踏み込んだ。意図してそうしてこなかったのに、耐えられずに踏み込んでしまった。
「何処から言おうかなぁ。君の友達を殺した相手である事から?何故そいつが君の友達を殺したのかってところから?そいつが今何をしようとしているかって話から?」
東仙は奥歯を噛み締める。ああ、この男は、目の前の邪悪は、自分を揶揄うためだけに、その言葉を吐き連ねている。
斬魄刀の柄に、手が伸びそうだった。今すぐこの邪悪を切り捨てたいと思った。
だが、己を律して、手を止める。
「……私が正したいのは、悪党の性根ではない。この、間違った体制だ。私の仇は、『死神』という仕組みだ」
東仙が誓う復讐は、独りよがりのエゴ、独善ではない。間違った世界を正そうとする正義だ。
自分の友人が殺されたような事件が今後起きないように、その事件を起こし、揉み消した体制を正す。
それが、東仙の復讐、東仙の正義なのだ。
その復讐・正義を、歪める事はしない。ここまで犠牲にしてしまった者たちのためにも。何一つ報いてやれなかった友のためにも。
歪まない。歪んでは、行けない。
「お見事」
カイは、拍手を送っていた。心からの称賛だ。
「今日は楽しかったよ、ありがとう。また話をしよう。時灘についても、訊きたくなったらいつでも訊きにおいで?」
その声音は、酷く優しかった。鉄心を甘やかし溶かす、毒のように。
「……」
東仙はただ、黙ってこの場を後にするのだった。
◇◇◇
浦原事件から、約10年。
藍染が暗躍に徹しているため、現世も
「カイ様、茜雫先生、モト先生。今までお世話になりました」
容姿の幼い男性が、同じく幼い女性と共に頭を下げていた。言動や行動から感じられる礼節は、その容姿に相応しくないように感じられる。
ただ、これがここでは普通の事だ。
霊力の持たない者は成長できないここなら、普通の事だ。
そう。容姿の幼い男女は、見た目にそぐわない年を重ねているのだ。
「……カイさんが治安の良いところに送ってくださるそうですが、それでも、流魂街では
モトは、その男女を止めようと、涙を堪えながら、そう危険性を説いて脅した。
そんな論理に、女性は感情論を返す。
「申し訳ありません、モト先生。私たちは、家庭を持ってみたくなってしまったのです。ここに、不満があった訳ではありません。ただ、ここでは叶わない夢を、持ってしまったのです」
女性は、隣に居る男性の手を強く握っていた。
彼女は、彼と恋をして、彼と住まう家庭が欲しくなったのだ。
それは、『狭間空間』では叶わない。『狭間空間』は良くも悪くも閉鎖空間だ。田畑や牧場は広がれど、住宅街なんてモノはない。学生寮じみた住居はあれど、世帯ごとの家なんて物はない。そんな物を作っている余裕は、この限られた空間にはない。
『狭間空間』は、もう広がらないのだ。開墾する土地はない。
「ま、しょうがないよね。ここもそこまで都合の良い空間じゃない。むしろ、安全しか保証しない、自由を得るには不都合な空間だ。自由が欲しいなら、どうぞ自分の足でって事で」
「ちょっとカイ!そんな言い方ないでしょう!?」
出ていく者たちに素っ気なく、肩をすくめて溜息を零していたカイ。そんな甲斐性のない男を、茜雫は掴み上げた。
今出ていこうとしている者たちは、茜雫が教鞭を取った者たちなのだ。
この空間は娯楽が少ないのもあって、茜雫は暇にかまけて教師の真似事を始めていたのである。21世紀日本の高校生程度学がある彼女なのだから、それ以前の時代を生きる者たちと比べたら、普通に勉強ができる、という訳だ。
故にここでは充分教師の役を果たし、『先生』と親しまれている。
「茜雫先生。良いんです。カイ様は、私たちの門出を祝ってくれているのです」
「……何処が」
「『自分の足で』と、おっしゃっていたでしょう?」
男性はカイのぞんざいな言葉に怒るではなく、むしろ喜んでいる。その喜ぶ所以を語るが、茜雫はまだ納得できていないので、カイを吊るし上げている。
「なるほどと、思いました。なるほど、我々は自分の足で歩いてすらいなかった。ただ神のご慈悲で守られる、揺り篭の赤子と変わりない。だからこそ、その揺り篭から出ると志した私たちに、『自分の足で』と、言ってくださったのです。もうお前たちは自分の足で歩けるんだと」
男性は、自分たちを赤子と卑下した。特に彼は捨て子だったのだから、そう自分を評すしかない。
そんな、明日生きる術も知らぬ自分を救ってくれたのがカイだったのだと、その名を持つ神だったのだと、思わずにはいられない。
「……解釈が都合良すぎない?」
「我々がそれだけカイ様に感謝している、という事で」
茜雫と彼らでは、カイとの接触頻度が違いすぎ、合わせて、カイへの理解が違いすぎる。
茜雫にとってのカイは、恩人であれど訳の分からない悪戯好きで、彼らにとってのカイは、救いを与え給うた神なのだ。とすれば自然、解釈も態度も違うものとなる。
茜雫としては腑に落ちないが、そういう彼らの前で神を吊るし上げ続けるのもどうかと思ったので、とりあえず空中で手を離した。
カイは見事力なく地面に倒れ伏すのだが、案ずる事はない。吊るされている最中に既に泡を吹いている。
ちなみに、茜雫のカイに対する扱いは彼らもずっと見てきたモノなので、いまさら悪感情は抱かない。父に悪態吐く反抗期の娘、みたいに捉えている。当たらずとも遠からず、だろうか。
「神様扱いは、僕としてはあんまりだ。だからあえて言っておこう」
いつもの如く一瞬き後には何事もなかったように立っているカイが、言葉を付け足す。
「君たちはもう弱き者じゃない。悪いけど、僕は弱い者の味方だ。もう君たちの味方じゃない」
彼らの味方ではない。そうはっきりカイは言い捨てた。いつもの笑顔で軽薄に言い捨てた。
でも、彼らは笑みを浮かべるばかりだ。『もう弱き者じゃない』と認められたのだから。
「『好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく。』そうすると良い。君たちには、そうする権利と義務がある」
それが、カイの最後の、贈る言葉。
自由を求めた強き者である彼彼女は、お辞儀をしてから、鳥居を潜る。
先の景色が周りと違うそれを潜った彼らは、自由な大地へと足を着け、『
これが、この『狭間空間』で時折起こる、別れである。
「う、ううーーーーーーーー!やっぱ納得行かなよぉ!カイ、もっと『狭間空間』広げなさいよ!」
「無茶言わないでよ。今でも農学校設定でどうにかやりくりしてるんだ。農学校に住宅街は入るかい?」
別れに涙を零してわがままを叫ぶ茜雫。そんな彼女を、カイはたしなめた。
そう。この『狭間空間』に田畑や牧場、学生寮があるのは、ここが農学校という型にハメているからだ。この型をなくそうものなら、外界との区別がなくなり、溶け合い、『狭間空間』は形を失うだろう。
この『狭間空間』は、世界の修正力を受けるようになった結果、1から10までカイの自由とは行かなくなっているのだ。
この事情を正確に把握しているのはカイだけなので、茜雫は顔をむくれさせたままだ。ただ、カイでもどうしようもないという事は彼女も感じ取っているので、それ以上わがままは言わない。
「さて。悪いけど僕はもう行くよ。こんな閑話で尺稼ぎしたくないし。じゃね、バイビ」
カイは訳の分からない事を言って、この幕間に幕を下ろすのだった。