主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー! 作:霓霞霖
その日は雨で
その前の日も雨で
そのまた前の日も雨で―――
―――嫌な予感がする日だった。
◆◆◆
雨が続いて、川も増水してた。
そんな日、母ちゃんと道場から家に帰ってる時、見かけたんだ。
傘も差さずフラフラと、今にも川に飛び込みそうな、川べりを歩く女の子。
オレは、それが生きている人か、死んで魂になったヒトかも分からず、駆けだしたんだ。
最初は、母ちゃんだけを守りたいと思っていた。でも、妹たちが生まれて、妹たちも守りたいと思うようになった。
道場に通って強くなってくうちに、もっともっとたくさんのものを守りたいと、思うようになった。
だから、その女の子も守りたいと思ったんだ。
「だめ!
母ちゃんが止める声が聞こえた。
訳が分からなかった。
母ちゃんがオレを庇うように抱きかかえたのも。
そうして母ちゃんが見えない何かに噛まれ、急に血を流したのも。
「たくっ!つくづく余計な事しかしねぇなぁっ、『霊王の欠片』ってヤツは!」
男の人は、見えない何かを母ちゃんから切り離す。
「あ、貴方、は……」
「安心しろっ、死神なんかじゃねぇ!戦えねぇならアンタは大人しくしてなっ、
血が流れる肩を押さえる母ちゃん。
剣を振るう男の人。
訳が分からないけど、子供心ながら分かったんだ。オレはまだ弱いから、オレの知らない何かから大人たちに守られたままなんだって。
「グランドフィッシャーだって?覚える気はねぇなぁっ、ここで消える名前なんてよぉ!」
何かと戦う、強い男の人。
オレは、その瞬間は、その人をカッコいいと思ってた。
後から、戦ってた何か、『グランドフィッシャー』って名乗っていた
◇◇◇
「
「うるせぇ!何日そのネタ擦るつもりだ!そもそも、俺の仕事は子供の様子を見てくるだけで、
かつてポツンと一軒家だったのが、今では立派な駄菓子屋紛いとなった家屋、浦原商店。
そんな場所で、家主の喜助が銀城を揶揄い倒し、銀城はそんな喜助に噛み付きつつ、死神に一応正当性はある責任転嫁をしていた。
「……それで、どうでした?噂の子」
「……その話も何度すんだよ。言っただろ、ただ霊感があるってだけのガキだ。
「……」
浦原は、帽子の影からその双眸で銀城を射貫く。
ただの子供であるはずがない。
『霊王の欠片』、死神、
おまけに、その誕生には藍染の陰謀が窺える。
別の魂魄に寄生するという、特異な能力を持つ
それが残存数が少ない
絶対に藍染が意図してそうしたに違いないと、喜助は断定している。
本作では確かに藍染の意図だが、原作では偶然だったという運命じみた話は、ここだけの話である。
喜助はとある錯覚に陥っている。
もしかして、自分がその
そうして、4つの因子持ちを誕生させるきっかけを作った事。
それらが喜助には、藍染の仕組んだ罠に思えて仕方がない。
だから、その子供を観察している。
その子供は、どういう意図で生み出されたのか。
何処かの陣営に、それこそ死神陣営に潜ませる爆弾なのか。それとも、何かの実証実験として生み出された被検体なのか。
喜助はその子供を、観察しなければならない。
「……浦原。……あの子供を巻き込もうって腹じゃねぇよなぁ」
銀城は睨み返した。
銀城は藍染の事を多少聞かされている。陰謀にて浦原や
だが、邪推してしまう。
4つの因子を持つポテンシャルお化けを、死神の問題に巻き込もうとしているのではないかと。
死神に振り回された銀城は、そんな事は、現世の人間を巻き込むような事は、許せない。
「いやだなァ、銀城サン。あの子は部外者じゃないっスよ?当事者っス」
「被害者だろうが!アンタ言ったよなぁ!俺たちは、現世の人間は巻き込まねぇって!俺はその言葉を信じて手ぇ貸してやってんだぜ!?」
喜助と銀城、それぞれの視点からなる意見がぶつかる。
銀城は被害者視点で加害者陣営への怒りを露わにし、喜助に掴みかかってもいる。
対する喜助は涼やかだ。事件に巻き込まれている当事者として、ただ当事者同士が連携を持つべきとする、非常に合理的な理論で、盤面を俯瞰している。
言葉を違えれば導火線に火が付くだろう状況。
そこに水を差す第三者が現れる。
「『ちょっと!開けてよ!ねぇ!マコト!!いるんでしょ!』なんてね」
その第三者はけたたましく、叫び声と扉を叩く音を響かせた。
何を隠そう、カイくんである。
「……人違いっス。……後、カギは開いてるっス」
真面に取り合っちゃいけない事はもう学習した喜助だが、それはそれとしてシュールすぎて、銀城とのやり取りが全部吹っ飛んだ。
安心してほしいのが、銀城も同様である事だ。
「『オープン……セサミ……』、なんてね」
カイは何処ぞの吸血鬼が閉まるエレベーターのドアをこじ開けるように、両手で非常にゆっくり引き戸を開けた。
残念ながら、喜助も銀城も感想すら述べない。
「『話は聞かせてもらった。人類は滅亡する!』なんてね」
「……何のご用事で?」
無駄に長引くカイのボケに、とりあえず思考停止で用件を訊ねる喜助である。
「僕は特にご用事ないよ?今回の僕はただの案内役さ」
「案内役……?誰の案内を?」
「この子だよ」
問う喜助に答えるよう、カイは右手でおもむろに引き戸の扉をさらに押し込んだ。
そうして開けられたもう一人分のところに、少年が居る。
その少年に、喜助も、銀城も、目を見開いた。
その少年は、喜助にとっても銀城にとっても無視できない、話題の人物だったのだ。
「そ、その……。く、
黒崎一護。喜助と銀城が丁度話していた4つの因子持ちにして、『BLEACH』世界の主人公。
いつか自分を打倒できる存在として、カイが育てようとしている少年である。
「この前、雨が続いていたあの日、助けてくれた人にお礼を言いたくて。この人が、カイさんが知ってるって言うので、案内してもらったんです」
まだまだ生意気盛りだろう年の少年は、しかし非常に礼儀正しく事情の説明をしていた。
その所作は、自分の緊張を解そうと、とにかく喋っているそれにも見える。
「お兄さんですよね?この前助けてくれたの。銀城空吾さんって、カイさんから教えてもらっています」
一護は銀城を見ている。
助けてくれた人物として記憶していた人物と、特徴が一致している。
だから、一護の中で確信はあるのだが、銀城も喜助も固まったままという不思議な雰囲気で、一護は足を縫い留められている。
その雰囲気を、カイがぶち壊す。
「―――返事をしてあげたらどうだい、空吾君?少年が怯えてしまうよ?」
カイは笑みを浮かべている。
銀城には、それが薄気味悪いモノに感じ、怖気が走る。
この人も、現世の人間を巻き込む気かと。
「……カイさん。……アンタには恩がある。でも、聞けねぇ頼みだぜ、そいつは」
「僕は何にも頼んでないんだけど?頼みがあるのは、この少年の方だ」
銀城がカイを鋭く睨むが、カイはどこ吹く風。
ただ、カイは少年の背中を押す。
少年の耳元で、「ほら、言ってごらん?」と。
「あ、あの!銀城さん!お、オレを、鍛えてください!」
少年は、一護は、綺麗に頭を下げた。懇願していた。
「オレ、母ちゃんとか、妹たちを守りたくて……。でも、この前、何かに襲われてる母ちゃんを守れなくて……。しかも、母ちゃん、まだ目を覚まさなくて……」
一護は伏せた顔から、涙を垂らしていた。
守りたいモノを守れなかった。守りたいと思っていた者に守られてしまった。しかも、守りたい者の足手まといとなり、大きな傷を負わせてしまった。
子供ながら彼は、その事が悔しくて悔しくて、悲しくて悲しくて。
だから、踏み出した。
「もう、何も守れないのは嫌です……。だからっ、鍛えてください!お願いします!」
一護の思いは純粋で、非常に真摯だった。
銀城としては、事情を知っている上に同族という事で、無下にできない。
でも、巻き込みたくない。
そんな葛藤を銀城は抱き、少年の方へ歩き出す。
そうして少年の横を通り抜け、カイの元へ。
「俺に、ガキのお守をしろってのかっ……」
カイを見下ろす銀城の顔は、とても険しかった。
恩人のカイ、同族の子供、自分の信条。多くのモノが混ざり合い、滲みだす感情は表現が難しい。
ただ、強いて言うならやはり、それは葛藤だ。
「したくないなら別にしなくても良いよ?その代わり、その子は死ぬけど良い?」
カイは糸目を薄く開き、深淵を覗かせ、銀城の心を覗いた。
銀城は心を言い当てられた事で、歯噛みする。
銀城も分かっているのだ。
『霊王の欠片』1つとっても、
そこに、死神も
最早、甘い香りで捕食者を誘う果実だ。そんな存在が自衛の手段も持たないとなれば、まさしく食べてくださいと言っているようなものだろう。
加えて、その少年を守っていただろう母親は、今戦える状態にない。
死神である父親の方も戦えない状態にある事は、喜助から聞き及んでいる。
そこまで考えて、銀城はどうするか。
かつて友だった死神から託されて死神代行をしていたお人よしは、どうするのか。
「―――黒崎一護って言ったか」
銀城はカイと相対したまま、一護へ声を掛けた。今の顔を見せたら怖がられるだろうと配慮して。
「は、はい!」
「……俺が教えるのは、自衛の手段までだ。それ以上は教えねぇ。そして、それ以上教えてほしいなんて抜かしたら、何も教えねぇ」
「……はい」
一護としては、自衛の手段以上の教えを乞いたい。でも、苦渋の決断で、銀城が出した条件を呑んだ。銀城の優しさを、感じていたから。
「それともう1つ」
「な、何ですか?」
「死神とは関わるな」
相変わらず一護の方に顔を向けない銀城。そのせいで、一護はその表情を、思いを、読み取る事ができない。
表情も思いも読み取れてるカイはニヤニヤしてるが。黒い瞳も覗きっぱなしだが、これは本当にニヤニヤしているだけである。
「……それも守らないと、教えてくれませんか?」
「……関わる気か、死神に」
「……できる限り、関わらないようにします」
有無を言わせぬ銀城の雰囲気に、一護はただ頷くしかなかった。
ただ、いつか見返して、力づくで訊き出してやろう、なんて反骨心も一護は抱いている。
「話はついたかな?それじゃあ、僕は用事があるからお暇するよ?じゃね、バイビ」
「ちょっと待てっ、カイさん!まだ聞きたい事が―――クソっ、相変わらず消えるのが早ぇ……!」
銀城はカイがどういう意図で、どういう経緯で一護を連れてきたのか聞きたかったが、他人の都合に付き合うカイではない。
銀城の目の前に居たはずのカイは、銀城が捕まえるより早く、何処ぞに消えているのだ。
「聞いても分かるように教えてくれる人じゃないっスよ、あの人は」
「分かってるが……。たく、少しくらい胸の内を明かしてくれないもんか」
喜助は潜在的な敵として、銀城は助けてくれた恩人として、カイに対する呆れの感情を向けた。
喜助としてはできれば関わりたくないが探るしかなく、銀城としては何かしら恩返しがしたいが力になれる事が少ない、という状況なのだ。
「それより空吾サン。少年が置いてけぼりっスよ」
「そうだった」
喜助に指摘され、銀城は頭をかいてから一護へと顔を向ける。少年の目線に合わせて屈む程に、しっかり相対する。
「一護。改めて、俺は銀城空吾だ。お前の先生だから敬うように」
「はい!よろしくお願いしますっ、師匠!」
「アタシは浦原喜助というモンです。空吾サンとは浅からぬ関係っスから、何かと顔を合わせるでしょう。以後、お見知りおきを。黒崎サン」
「は、はい。浦原さん」
一護は、穏やかに微笑む銀城には少年のようなキラキラした目を、帽子の性で表情が読みづらい喜助には胡乱な目を、それぞれ送った。
こうして、本来もっと後に、もっとバラバラに会うはずだった運命が、絡まっていくのだった。
◇◇◇
「どうしてだっ、何がどうして君がっ……!」
一人の男が嘆いている。
病院のベッドで、眠り続ける女性の手を握って、嘆いている。
「科学的な理由じゃない……。考えられる理由はやはり霊的なモノ……。でも、何も検知できない……」
医者である男は嘆いている。
医療知識も霊的知識も持っているのに、何が原因で女性が眠り続けているのか分からず、嘆いている。
「
ノック音が響く。
竜弦がそちらに振り返れば、
「……嘆いてても、何も変わらんぞ」
「……随分と落ち着いてるじゃないか。
見ていられない姿の知人を一心は慰めようとするが、一心自体も見ていられない姿であるため、竜弦は皮肉を吐いて邪険にした。
それでも、一心は気を巡らす。
「俺の妻が眠ったままで、一番嘆きたいのは俺じゃねぇ。一護だ」
妻である真咲が倒れたのだから、一心だって辛い。でも、もっと辛いのは、母親が倒れた自分の息子、一護なのだ。
息子の前で、弱った姿を見せられない。だから一心は気を張っている。
「……それで、何か分かったか」
「……分かっていたら病室になんぞ居ない。……叶絵と真咲の症状はほぼ同じだ。二人の共通点は、
症状の原因については何も分かっていない。だから、竜弦は苦し紛れに似た症状の患者からできる推理を伸ばしていく。
「……実は、我が家に仕えていた多くの
「……これは、混血の
「真咲は
竜弦は、症状の原因は分かっていないが、実のところ、この状況を作った犯人には思い当たっていた。
これは、
ただ、
今症状を訴える
それが、竜弦には特定できない。
「病気じゃないとまで分かってるのに、それ以上は分からないのか……」
「分からないんだよ、僕には……。ただの
聞くべきじゃないとしても、思わず聞いてしまった一心。
ちっぽけな自分にはどうしようもないという事実だけを噛みしめる竜弦。
二人とも、叶うなら教えてほしかった。
自分の愛する者たちは、どうすれば救えるのか。
「教えてくれよ……」
弱った男が、眠る妻の前で涙する。
まさしく、弱者の姿だ。
だから、
「教えてあげようか?」
第三者の声。一心と竜弦は思わず構え、相対する。
ニッコリと笑う、カイ・ヤグラに。
「お、お前っ、カイ!『無間』に居るはずじゃ……!」
「『そんな事はどうだって良い、重要な事じゃない』、なんてね。そう。重要な事は、君たちの大切な人の救い方を、知りたいか、知りたくないか、だ」
動揺している一心を横目に、カイは竜弦の眼前に歩み寄った。
黒い瞳が竜弦を映す。
深淵のように暗い瞳を竜弦は覗く。
その深淵に、竜弦は救いを幻視した。
「教えて、くれるのか……?叶絵の救い方を……」
竜弦は縋る。弱った彼の心は、容易くその深淵に縋る。
「ああ、もちろん。なんなら手伝ってもあげよう。
「教えてくれ!何でもする!」
竜弦は物理的にカイに縋った。
その勢いは、一心が諭せる域を超えている。
「等価交換と行こう。君にやってほしい事があるんだ」
何でもすると誓った竜弦は、例え自身の命だろうと捧げるつもりだった。
だから、竜弦は提示される対価を快く差し出すのだ。
「黒崎一護に、