主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー! 作:霓霞霖
1 MEMORY OF FANTASY
レトロ感溢れる木造の校舎。懐かしさを抱かせる自然豊かな校庭。それを包み込む真っ暗闇。
太陽もないはずなのになぜか昼のように明るい学校のような空間。
その中心に、少女は立っていた。
「……ここ、どこ?」
校舎を目の前にして非常に似つかわしい服装、ブレザーの制服を着た少女。ただし、そこは少女が通う学校ではない。
「……私、どうしてこんな場所に?」
おまけに、少女は何故ここに居るのかが分からない。
「……そもそも、私は、誰?」
それどころか、少女は自身が何者なのかも、分かっていない。
不安や焦燥が、少女の胸に去来する。
それらの感情に駆られた少女は、自然と校舎内へと駆け出していた。
「誰か……、誰かっ……!」
少女は、教えてほしかった。ここがどこなのか。どうして自分はこんな場所に居るのか。
自分は何者なのか。
「誰か、誰か居ないの!」
部屋の扉を片っ端から開けていく。校長室、職員室、放送室、教室、その他もろもろ教科の教室。
誰も居ない。誂えだけは部屋の名前に沿った備えが整えられている分、人っ子1人居ない事を際立たせている。
「誰か、誰かっ!」
孤独感、絶望感、悲壮感。少女の心を空虚に満たし、涙を溢れさせる。
「もう!ここは何処なのよ!誰も居ない―――……の?」
諦観まで至ろうとしていた少女は、もはや破れかぶれの如く、その扉を開けた。
―――誰かが居る、その教室の扉を。
校庭を見下ろしていたのだろう、奇しくも少女と近しい年齢を思わせる少年。
色が抜け落ちたような白いウルフカット、現実が見えていないような糸目という容貌に、何処の高校のとも言えないブレザー制服にローファーという装いの少年。
2人の出会いはその2人にとっても予想外の事で、両者共に固まっている。
その硬直を解いたのは、少年の方だった。
「……く、くくく。……あーはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
何故か哄笑を響かせるという、少女をさらに硬直させるそれだったが。
「会えた……。ようやく会えた、
哄笑を響かせた後、少年は少女の元へと駆け寄り、その手を掴み上げた。
「せ、んな……?」
「茜雫……。僕が君を見間違えるはずがない……。ようやくだ、ようやく会えた……。良かった……っ」
『茜雫』と呼ばれる少女。その名前自体には、馴染み深い感覚を覚えていた。それが、自分の名前なのだろうと。
ただ、手を掴み上げ、あまつさえ涙を流し始めた少年については、一切馴染み深い感覚を覚えない。少女は少年の事を、全く知らない。
「あの、貴方は……?」
「茜雫?僕だよ、
「ヤグラ、カイ……?」
「覚えて、ないの……?いや、良いんだ。今はそれで良い。これから思い出していけば良い。思い出せなくても、これから新しい思い出を作れば良いんだ」
少女・茜雫が自分の事を思い出せなくても、少年・カイはそれで良いと優しく受け入れた。
茜雫は、疑問を抱く。相手はこの再会に涙を流してくれているのに、自分は笑顔の1つも送り返せない。そんな相手を、こうも優しく受け入れられるものなのだろうか。
自分だったら、失意を抱く。なのに、相手は再会だけでここまで喜んでくれている。
それはもしや、再会だけで喜べる程の関係性だからではないか。
茜雫は理解の追い付かないせいで、疑問の答えをそんな妄想にしてしまう。
「あの、これ訊いたら、傷付くかもなんだけど、さ……」
「何?何でも聞いて?君の誕生日も、君の好物も、君に関してだったら全て答えられるから」
「あの……。私たちって、恋人だった……?」
彼と私は、恋人だったのかもしれない。
茜雫は恋人だった事を忘れているとカイに強く認識させる事へ罪悪感を持ちつつも、乙女心で煽られた好奇心に抗えず、その確認をしてしまったのだ。
もし、悲劇に引き裂かれた恋人同士がまた再会できたのだとしたら、それはとても素敵な事だな、なんて。
だから、茜雫はカイが恋人だと肯定してくれる事を期待している。
まぁ、その期待は裏切られるのだが。
「……」
なんと、カイは涙が引っ込んだように真顔になったのだ。
「え?あの、どうしたの?」
「……。ごめん、色々考えたけど。やっぱなしで」
「え?」
「君が記憶のない事に付け込んで恋人ないし親友だった事にしようかなって、ちょっと思ってたんだけど。それ、絶対致命的なところでそうじゃない事実が発覚して、関係が破綻するなと思って」
「え?どういう事?」
「君と僕は親友どころか、初めて会ったって事」
「……?……。……、っ!」
困惑、熟考、事実把握から憤慨した茜雫。そんな彼女の平手打ちが、乙女心を弄んだ不埒者にクリーンヒットする。
「さ、最低!私を騙す気だったんだ!騙してどうする気だったの!?エッチな事するつもりだったんでしょ!?男の人っていつもそう―――ね?」
平手打ちを受けて吹っ飛んだカイへ、茜雫はあらん限りの罵声を浴びせようとしていたのだが。カイの首が変な角度に曲がっていたために、それは中断された。
そう。カイは平手打ちで吹っ飛ばされた後、見事机に頭がヒット。あえなく首が折れ、即死したのである。
「ねぇ、待って!違う、違うの!私、そんなつもりじゃっ……。ごめん、ごめんなさいっ……。やっと、人に会えたのに……。1人じゃないと思ったのっ……!」
「茜雫、これは不幸な事故だ。君が責任を感じる必要はない。それに、出会いならこれからいくらでもある」
即死したカイを抱き上げ、涙を流す茜雫に、背後からカイは優しく肩に手を置き、優しく諭した。
「カイ……。カイ!私、私っ!」
「それだけ僕の死を悼んで泣いてくれるなら、死んだ僕も浮かばれるだろうさ……。泣いてくれる人が居る程、僕の人生には価値があったんだって、ね」
悲しみのあまりカイの胸に飛び込む茜雫を、カイは受け止め、その頭を撫でる。服が汚れようと、気にもしない。
「ま、
「……え?」
優しげだったカイの声色が変わった事で、茜雫は異変に気付き始める。
今、自分は誰の死を想って泣いているのか。今、自分は誰の胸で泣いているのか。
ふと、死んで横になっているはずのカイを見ようとする。だが、そこにカイの姿はない。
改めて、胸に飛び込んだ対象を見上げる。そこには、カイの姿がある。
「……?……。……、っ!」
再度、困惑、熟考、事実把握からの憤慨。ただ、平手打ちはせず、勢いよく離れるだけにする茜雫だった。
さすがに平手打ちしたら事故で相手が死んだなんて、間違っても2度目は体験したくないのだ。
「カイ!アンタまた私を騙したわね!幻覚まで使うなんて、アンタ、人の心がないの!?」
「少なくとも下心はあるね」
「変態!」
「ありがとう。ご褒美だよ」
美少女の罵倒を受けてニッコリ微笑むカイ。一応明記しておくが、彼はマゾではない。少なくとも、暴力系ヒロインは苦手である。
「さて。このまま睨まれてるのも僕としては悪くないけど。それじゃあ話が進まないし、君と良好な関係を構築できない」
「……あれだけヘイトを買っておいて?」
「距離感ミスった自覚はあるよ、割といつもの事だけど。でも、悪い事をした自覚もあるからね。謝罪の意味も込めて、君が知りたい事をほとんど教えてあげるよ」
仲良くなる気があったのかと、茜雫はカイを疑っている。その疑いを晴らすために、カイは誠意を態度で示す事にした。
それが、知りたい事を教える事である。
「……なんで『ほとんど教えてあげる』なの。……そこは普通全部じゃない」
「じゃあ、君は実は人間じゃないって急に教えられたとして、君は信じる?」
「……絶対に信じない」
「そういう事さ。僕の口からだけじゃ、君が受け止められない真実もある。そういうのはしかるべき段階を踏んで、やっと受け止められるモノだからね。だから、そういうのは答えない、という話さ。これ、僕の優しさだよ?」
割と訳が分からないカイの回答に、茜雫の視線に込められた胡乱さがどんどん増していく。カイは肩をすくめるばかりだ。
「とにかく。知りたい事聞いてみなよ。信じるか信じないかは、聞いてから判断しても遅くないだろう?」
「……なんで私の事、何でも知ってる風なの」
「知らないなんて、受け入れられないからさ。この世の全てを知りたいって訳ではないけど、僕は知りたい事を知らないなんて耐えられない。ま、裏設定とかはさすがに知らないようにしてるけどね。僕が裏設定を知るって事は、それが真実になってしまう、という事だ。本当の真実が違ったとしても」
「……どういう事?」
「原作で登場してない設定を知ろうとすると、僕が想像できる程度の捏造設定が真実になってしまうという事だよ。原作者が隠しているのと違う設定がね」
「???」
カイの回答は、茜雫の困惑を深めていく。茜雫は、何かがカイと噛み合っていない感覚を味わい始めていた。
「じゃあこうしよう。僕は全知存在、イイネ?」
「アッハイ……」
納得はできない茜雫だったが、カイが全知存在であるというのを、一旦の真実にする。カイの有無を言わさぬ迫力に押され、同時に、そういう理解に留めないといけないような危機感を覚えたためである。
「ほら、次の質問どうぞ。せっかく全知存在に質問できるんだ。これは貴重な機会だし、早くしないと時間切れになるよ?」
「……、私は、『茜雫』なの?」
全知存在と威張り出したカイが非常に不愉快ではあったが、それでも、聞きたい事を聞けるというのが貴重な機会であるという点には、茜雫も同調していた。
故に、彼女は自己の証明を問う。
「『
「『茜雫』よ、『茜雫』。気に入らないとかじゃなくて、不思議とそれが自分の名前だって認識できるの。と言うか、何で別案が『ストロベリー』なのよ」
「『いずれ分かるさ、いずれな』、なんてね」
「自分の名前案に『イチゴ』が出てくる理由なんて、絶対分かる訳ないでしょ!」
「ほらほら、一々細かい事気にしてないで次次ぃ」
「……」
細かい事を付随させている相手を殴りたいというその衝動を、茜雫はぐっと堪えた。素晴らしい忍耐力である。
「……、私は、何なの?」
忍耐力が続いている内に衝動を別の想いにすり替えてしまおうと、茜雫は一気に核心を問った。
自分が何者なのか、なんて事は誰でも知りたい事だろう。記憶が不鮮明な茜雫なら、なおさらの事だ。
「えーと、ジネンジョだっけ、シネンジュだっけ……。それとも、シナンジュだったかな……?」
「……」
そんな人間誰しもの悩みを真面目に問う相手に、カイは白々しく忘れたフリをするという、このふざけ倒した態度である。茜雫は本気で殴ろうかと思い始めた。
「……ジネンジョではないんじゃない?自然薯って、長芋でしょ。……後、シナンジュって架空の武術じゃなかった?」
「君が『ガンダム』を知らない事が分かったよ……」
怒るのも殴るのも徒労になると察し、馬鹿正直に応対した茜雫。これが案外カイに精神的ダメージを与えた。ボケ殺しという点ではなく、共通の話題が見出せないという点だが。
「……正解は『思念珠』ね」
「『思念珠』?」
「悪いけど、それに関してはこれ以上言えないよ?最初に言った、段階を踏まなきゃ君自身受け入れられない類のヤツさ」
「……私は、人間じゃないの?」
茜雫は、不安を顔にも声にも出した。
『思念珠』、それが人間に与えられる何らかの識別名には聞こえなかったのだ。だから、茜雫は自分が人間でない事を推測してしまっている。
「……いいや、君は人間だ」
そんな不安がる彼女に、カイは優しく言い切った。
「例え、君の正体が、ただの複数人の記憶が集まって人の形を成した、幽霊だったとしても。一夜明ければ忘れ去られる、幻想だったとしても。君は、人間だ。人の心を、エゴを持つ生き物だ」
カイは、茜雫を優しく諭した。君が何者であったとしても、僕は君を人間だと言い張る。そう、カイは言い切ったのだ。
開かれた目蓋から覗くカイの瞳は真っ黒で、底なしの深淵を思わせ得るそれだが。今の茜雫には、それが穏やかな眠りを守る夜の闇に感じられる。
「……。ありがとう、カイ」
弱っていた心にカイの言葉が染み渡った茜雫は、不安から立ち直る事ができた。自分が何者だったとしても、人間だと言ってくれる人が居る事を確信できた。
零れそうだった涙を茜雫は自分で拭う。彼女は、カイの支えを借りれど、自分の足で立ち直れたのだ。
茜雫は理解する。彼は不思議で意味不明な存在だが、きっと自分の味方なのだと。
だからこそ気になった。彼は、何者なのかと。
「ねぇ、貴方は―――」
「『話の途中だがワイバーンだ!』なんてね」
「……へ?―――っ!」
感動的だった雰囲気をぶち壊すカイに茜雫が何度目かの困惑をした数瞬後、カイと茜雫は校舎ごと揺らすような大きなそれに襲われるのだった。
ちなみに、転ばぬように本棚に寄り掛かったカイだったが。揺れのせいで落ちてきた広辞苑、最上段に据えられていたそれを、見事脳天に受ける事となった。
お待たせいたしました。今月より今作の本編を開始したいと思います。
更新日は月の第一と第三日曜日・午前0時を予定しております。
ですが、今月は特別に毎週更新しようと思っています。ただ、都合により更新を休む場合もございますので、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。