主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー! 作:霓霞霖
今日は、栄えある日であり、恐ろしい日だった。
「お前に、特殊空間の調査を頼む」
護廷十三隊九番隊の第十二席である自分が、同隊隊長・
「了解しました。つきましては30分ほど準備時間をいただきたく」
その名誉ある任務に、もちろん自分は即座に了解した。ただ、やはり心の準備が必要なので、その時間を求めておく。
「ああ、転移装置だか何だかもそんくらいに準備が整うそうだ。どうにも
「『
「そうだ、1ヵ月前くらいだったかに流魂街の辺境で見られるようになった空間。今まではただその空間の景色が見られるだけだったが、一昨日に完全に繋がったらしい。通常の
ここ1ヵ月話題だった謎の空間。現世と
自分も、技術屋たちが
荒唐無稽な妄想や
「とにかく、だ。テメェの準備が済んだら、この指令書に書いてある場所に向かえ」
「はい!」
六車隊長から封書を受け取った自分。その後しっかりと身支度も心も整え、任務に邁進し、成果を上げ、そうして認められて根が生える程に居ついてしまった十二の席次から脱する―――
―――はずだった。
「ここが……」
調査対象である空間に降り立った自分は、改めてその光景に奇妙な感覚を覚えていた。
開けた土地に、ブランコや鉄棒などの遊具。そして、洋館に似た、されど窓が多く取り付けられた、2階建ての木造建築。回ってきた情報によると、この建物は寺子屋を発展させた学び舎、学校校舎と呼ばれる建物らしい。
ただ、違和感を覚える。自分は数年前、重霊地守護の任で現世に赴いた事があるのだが、このような建物を見た記憶がない。
(この数年間でできたって言うのか……?)
懐疑心を抱きながらも、そうとしか考えられないと、自分を納得させる。
「……自分の考えは置いておいて、調査をしないとな」
余計な考えを頭の片隅に追いやり、自分は調査用だと持たされたアタッシュケース台の機器を起動させる。
操作は特にせず、起動すれば色々と計測・記録できるという優れ物だ。この手の技術には門外漢の自分にとって、有り難い事である。何せ、この機器に映し出されている0から動かない数字と、下方向に振り切っている線グラフが何を示しているのかさえ、分からないのだから。
「……計測と記録は、これで良いんだよな?じゃあ、自分の目での調査をしなくちゃ」
機器が静かになって何も映し出さなくなったところで、その機器を大事に抱えつつ、足と目での調査を始める。
まず自分は、通ってきた門の方を、その門の先にある光景を見た。
真っ暗闇だ。この空間は昼のように明るいのに、文字通りはっきりと明暗が分かれている。
その真っ暗闇はどうなっているのか。おっかなびっくりでありながらも、自分は手を伸ばす。
「壁が、あるのか……?」
明暗が分かれているところで、自分の手はそれ以上先に延ばせなくなった。何かに触れている感覚はないのに、壁があるかのように、いくら押しても、うんともすんとも言わない。
自分はこの事を紙にメモしつつ、次に移る。
「次調べるべきは、あの建物だよな……」
自分は、気が進まなかった。
建物があるという事は、そこにヒトの居る可能性が高いからだ。そのヒトが、彷徨える死者の魂魄、
(というか、霊圧、感じるしな……。この感じ、死神だよなぁ……)
この空間に降り立ってから感じ続けている1つの霊圧。それは
気が滅入る話だ。追放された死神は誰も彼も重罪人。追放されているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。その手の死神ほど、厄介なのだ。
追放された死神というのは、そのほとんどが、独善的ではあるが何かの理念の下に動いたという事。
そして、理念の下に動いて追放されたとなれば、その追放を言い渡してきた相手に、復讐心を抱く。
その相手が
自分も、その内の1人故に。
(何にせよ、慎重に、だな)
自分は霊力操作で霊圧を抑えていたところに、さらに自身の姿を視覚的に消す鬼道『縛道の二十六・
これで、霊力的にも視覚的にも自分を感知する事はできない。このような小手先ばかり上手い自分を再認識して、少し気落ちしそうだが。
(それより任務だ、任務)
余計な思考を振り払い、自分は意を決して建物、学校校舎へと踏み入る。
霊圧感知でヒトの居場所は特定できているが、自分と同じように霊圧を隠している者の存在も疑われるので、慎重に、1部屋ずつ窓越しで覗き見る。
(……あの霊圧以外、他に誰か居ないのか?)
自身の霊圧感知は不自然な程正確で、その他の個体が居ない。少なくとも、自分の五感ではそう感じ取っている。
不自然さに嫌な予感を抱きながら、自分はそのまま慎重に、感知できている霊圧の元へと歩を進める。
(ここだ……)
結局、既に感知できている以外の存在を確認する事はできず、目指していた場所に着いてしまった。
そうすれば、聞き耳を立てる必要もなく、声が聞こえてくる。
「カイっ、カイってばっ!死んだフリは止めてよ!どうせこれも貴方が見せる幻なんでしょ!?もう充分騙されたし驚いたから、早く起きてよ……!私を、1人にしないでよっ……!」
少女が、泣いていた。
洋服、だと思われる衣服に身を包んだ少女が、似たように洋服と思われる衣服に身を包んだ少年を揺さぶり、泣いている。
見れば、揺さぶられる少年の方は、首があらぬ方向に回り続けている。
どう見たって死んでいる。首の骨を折って即死、という事まで見れば分かる。
そんな、少年は死んでいるという分かり切った事実を、少女は受け入れられていないようだ。
(ど、どうすれば良い!?じ、自分は少女を助けるべきか!?敵かどうかも分からない少女を!?)
自分は、考えあぐねてしまった。身分も正体も知らない相手だ。しかも、相手が死神であるという予想が、服装から判断するに外れている。
予想外に予想外が重なる事態に、自分は動き出せず、しばらく少女が泣く姿を静かに見つめる事しかできない。
「美少女の泣き顔はお好きかな?」
「っ!?」
突如として背後から聞こえる声。自分は弾かれるが如くその発生源から距離を取り、振り向いて発生源を確認する。
「なっ、馬鹿なっ……!」
発生源は、少女が揺さぶっていたはずの、死んでいるはずの少年だった。
横目で少女の方を窺えば、少女の目の前で倒れていたはずの少年は、まるでそれが幻だったかのように消えている。少女は顔を覆って泣いているため、まだその事に気付いていないが。
「良いよね、美少女の泣き顔。僕はサディストじゃないから、進んで泣かせるつもりはないんだけどさ。ああいう、何と言うか綺麗な泣き顔は、しばらく見つめていたいんだよね。……後、ぶっちゃけ出るタイミングを逃した。……あの子、僕が死んだと分かった瞬間に泣き始めるんだもん。……泣いているところに出ていくの、気まずいじゃん」
白髪糸目の少年は、ニンマリ笑みを浮かべたり、苦笑したりしながら、訳の分からない独白を吐いていた。
「にしても、面倒な事になったね。
「いったい、何を……」
「ああ、こっちというか、
訳が分からない言葉を吐き連ねる少年。それを聞かされた自分は、まるで高度な情報を頭に叩き込まれたかのように、頭痛に襲われる。
「さて、話を
少年の視線が真っすぐにこちらを捉えた瞬間、自分は寒気を覚える。
殺意を向けられた、という訳ではない。敵意ではあるのだろうが、殺そうとするそれではない。
自分には言葉にするのが難しいそれ。ただ、その意志を向けられた自分は、確かな忌避感を抱いたのだ。
「た、戦う気か!じ、自分は護廷十三隊九番隊の第十二席だぞ!」
自分はその寒気に、忌避感に堪えられず、斬魄刀を抜いて刃を向けてしまった。
相手を遠ざけようとした行動ではあるが。全身が震えるそれに、何を遠ざけられると言うのか。自分でも、疑問を持つ程である。
「全然知らないや、君の事。完全にモブだね、有り難いよ。
―――これで、心置きなく心を折れる」
「っ、『身の丈を知れ』!『
不気味さを溢れ出させる少年に、さっきより増した寒気に、自分は思わず斬魄刀解放、始解をしてしまった。
自分の斬魄刀は、相手を脅すために、その形を長大な大剣へと変化させる。
「刃物をチラつかせれば相手が脅える。なんて、そんなの
自分の見栄を、自分が抱いた幻想を見透かしたように、少年はゆっくりと自分へ近寄ってくる。
「来るな……。来るなぁ!―――あっ」
長大な大剣を振りかぶった自分は、自分の過ちに気付いた。この広くない通路でこの大きさの剣を振るうのは、自殺行為に等しいと。気付いた時には、大剣が壁に刺さり、動かせなくなっていたのだが。
「あっはっはっ!随分と可愛らしい事をするじゃないか。何?僕のサディズムをくすぐりたいのかい?男を虐める趣味はないんだけど……。君、童顔で中性的だし、アリかもしれないね」
「ひっ、は、『破道の三十一』!『
恐怖のあまり放った火球、『破道の三十一・
自分はそれで、恐怖を打ち払えたと、幻想を抱いたのである。
「酷いなぁ、人を火あぶりにするなんて」
少年は、何食わぬ顔で立っている。それが、
「な、なんで……」
「ん?なんでこの状態で死んでないのかって?なんで僕がこの程度で死ぬなんて現実、受け入れなくちゃいけないんだい?」
訳が、分からない。理解の範疇にない。死ぬ現実を受け入れないだけで死なないと宣う少年。自分にはそんな少年が、ヒト以外の、悍ましい何かに見えた。
「い、いやだ……っ、死にたくない……っ、こ、殺さないでっ……」
悍ましい何かを目の前にした自分は、恐怖に足を竦ませ、力が入らなくなっていた。
弱々しく尻もちを突き、涙を滲ませて命乞いをする他なくなっていた。
そんな自分に、少年は問いかける。
「『死にたくない』って言うならさぁ、何で『死神』なんて命懸けの職に就いてるのさ」
「な、んで……?」
それは、自分が夢見た事をつまびらかにするような問いだった。
「霊力を持つ魂魄は腹がすくってのは僕も知ってる。でも、食費を稼ぐために、命を繋ぐために命を懸けるっていうのは、本末転倒じゃない?そんな事しなくたって、農業とか畜産業とかやっているところで働けば良かったんだ。自分の仕事が食料の生産に繋がるんだから、目的と行動が一致してるだろう?」
「本末、転倒……。目的と、行動が一致……」
自分は、少年の言葉を真理のように感じた。
そうだ。食費を稼ぐためとはいえ、命を繋ぐためとはいえ、命懸けの仕事をするのはおかしい。
「もしかして、力を持つ者の責務とか考えてる口?どのくらいの出世ペースだったかは知らないけど、十二席っていうのは『力を持つ者』とか見栄張れる程強くはなくない?」
「……」
そうだ。おぼろげに、力を持っているのだからその責任を果たさなければいけない、などと思った事はある。
でも、長年十二席で留まっている自分が、そんな事を思うのは傲慢ではないだろうか。
「そうか……。そう、だったのか……」
自分は、酔っていたのだ。人より力があるから戦わねばならないと、自分は誇り高い戦士なのだと。綺麗な言葉に、酔っていたのだ。
そんな事、もっと強い人が、真に誇り高い人が、自分の代わりにやってくれると言うのに。
「
「はい……。自分は、偉い死神になるなんて夢を、見ていたようでした……」
自分は、夢から覚めた。
「おはよう、
そんな哀れな自分に、少年は優しく微笑みかけるのだった。
「カイ。私を死んだフリで泣かしておいて謝りもせずに、何やってるの?」
「ん?何って。自己防衛?」
「殴って良い?」
「死ぬけど良い?」
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