主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー!   作:霓霞霖

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29 MEMORY OF OMEN

「……参ったね、どうも」

 

 京楽は、酒で口内を潤してからそう零した。

 京楽は、自身が倒した旅禍(りょか)、大柄な侵入者について、考えを巡らせている。

 

「……完現術師(フルブリンガー)、か」

 

 対峙した侵入者、チャドが使った能力を、京楽は知っていた。それが、どれ程の厄介事かも含めて。

 

 京楽は、そんな厄介事の種に問うたのだ。何故、朽木ルキアを助けに来たのかと。縁の浅い者を助ける事に、命を掛けているのかと。

 答えは単純で、一護(しんゆう)が命をかけてるからだ、というモノだった。

 京楽はその答えに頭を掻いたものだ。

 

『情に篤い事だね、そういうのは嫌いじゃないんだけど。でも困るよ。ボクでも庇いきれなくなる』

 

『庇う……?何の話をしてるんだ』

 

『君たちが結んだんじゃないか、お互いに不可侵だって。組織の末端だからって、言い訳は効かないよ?何しろ、あの綱彌代だ。これ幸いにと、難癖付けてくるに決まってる』

 

『不可侵?綱彌代?』

 

 京楽の言葉に、困惑を深めるばかりのチャド。

 京楽も、誘われて困惑する。

 

『おや?もしかして君、銀城君の所の子じゃないの?』

 

『銀城……。確か、一護がそんな名前を言っていたような……』

 

 チャドが記憶を探りまくって、引っ張り出せたのがそれだけの情報だった。

 京楽は、安堵と呆れの息を漏らす。

 

『『銀城空吾』、君と同じ力を使う子だ。彼とはちょっと前、小さなイザコザがあってね。ボクたち護廷としてはまだ色々問い質したいんだけど。綱彌代家って言うお偉いさんが、その件を全て預かる事になった。しかも、相互不可侵の取引をしたって話だ。そんな大まかな話しか、ボクたち隊長にもされてない。詳しい話は、その綱彌代ってヒトたちしか知らないのさ』

 

 親切心というか、老婆心だろうか。目の前の何も知らない若人に、京楽はそんな内情を聞かせた。

 チャドは聞かされた話をどうにか頭に入れるが、しかし噛み砕いて理解するところまではいけない。その話が自分にどう繋がるのか。相手が何故自分にそんな話をしたのか。

 

『ボクとしてはね?銀城君を庇いたいんだ、色々と迷惑かけたからね。それに、彼が理由もなく罪を犯す人間とは思えない。だから色々と片付けた上で、今度は一杯()りたいのさ』

 

 京楽は、笠を深く被る。

 大人の事情に、子供を付き合わせたくない。

 でも、それが大人の事情だと、彼は罪悪感と共に呑み込む。

 

『だから、ご免よ?』

 

『っ!?』

 

 笠から覗いた京楽の眼光に、チャドは怯んだ。

 殺意とかではない。深い目だ。清濁を併せ呑んで、1人くらい大人の事情に付き合わせて、殺しても仕方ないかと、割り切った目。

 

 怯んだ瞬間を見逃さず、京楽は切り込む。チャドは本能的に、右腕を構えた。本能的に、()()()()()()()()

 

『……驚いた。自惚れたつもりはないんだけど、一撃を耐えられるなんて』

 

 京楽の一撃は、チャドの右腕を薄皮ばかり割く程度に留まっていたのだ。

 殺しても仕方ないかと、放った一撃だ。だからそれに耐えられたのは驚く。

 でも、驚くだけに留まる。

 何故なら―――

 

『君が強いのが悪いよ。()()()()は恥かもしれないけど、それが戦だよ?』

 

―――背後からの二撃目は、耐えられていなかったからだ。

 チャドはその攻撃で深手を負い、意識を手放す事となった。

 

 ただ、結局チャドは致命傷を負う事なく、治療をされた上で牢屋に入れられている。

 

「……参ったね、……どうも」

 

 回想も終えたところで、京楽は溜息を吐いた。

 完現術師(フルブリンガー)は、厄介事の種が過ぎるのだ。

 

「そこまで厄介なのですか?その、フルブリンガーという事柄は」

 

 伊勢(いせ)七緒(ななお)、京楽の副官たる八番隊副隊長が、自身の上司にそう訊ねた。

 京楽が昼行燈で、いつも色々面倒くさがっているのは彼女も見慣れたものだが、いつもに輪をかけて面倒くさがって居るので、彼女の関心を引いたのだ。

 

「七緒ちゃんなら知ってるかな、『死神代行』の事」

 

「知っているも何も、席官なら誰もが教えられる事です。かつて死神能力を譲渡され、特例として現地人員として認められた、歴史上ただ1人の人間。そして、その特例を悪用した大罪人、と。現世業務に当たる者は要注意人物として接触しないように注意されます」

 

 上司の質問に、何を当たり前の事をと、七緒は少し不機嫌に模範解答を述べた。

 そう。副隊長以下としては、それが模範解答だ。

 

「そうだね。君たちにとっては、そうだ」

 

「……。そういえば、捕らえる前の旅禍と、何かお話をされていましたね。()()()()()()のせいで、聞こえませんでしたけど」

 

 京楽の文言に、意味深長の色を見た七緒。彼女はその意味を詮索しようと、自身の不信感を明かした。

 あの不可思議な風は、自身に話を聞かせないように、京楽がわざと吹かせたものではないか、と。

 

「―――現世にも、霊能力者が居るんだ」

 

「……。滅却師(クインシー)の事ですか?」

 

 京楽が急に繋がりが見えない話を切り出したが、七緒にはその話に自身では見えない繋がりがあると察し、会話を繋ぐ。

 

「違う違う。他にも居るんだよね、霊能力者。しかも、そっちは血縁に関係ないの。厄介だよねぇ。滅却師(クインシー)は血縁を追うだけで、目が届くからさぁ」

 

 死神側は、現世に現存する全ての滅却師(クインシー)を捕捉できており、全員を要警戒対象として監視している。

 要警戒と言っても、警戒しているのは魂魄を滅却してしまうという能力が原因で、純粋な滅却師(クインシー)以外はおそらく遺伝性の病気が流行った折、その能力を失っているのだが。

 能力を失った事を把握しながらも、どうして失ったのか、本当にあれが只の病気だったのか、不明瞭であるためにまだ監視を続けているに過ぎない。

 

 ともかく。それは話の主題ではない。

 

「……血縁に関係ない霊能力者、それがフルブリンガーだと」

 

「そ、そう言う事。で、厄介なのが。その完現術師(フルブリンガー)たちに、件の罪人、『死神代行』が何らかの形で関わってるんじゃないかって、疑いが掛かってるんだよね」

 

 京楽はどうにか、守秘義務に引っかからない形で、七緒に語っていく。正直これでも、口が緩いとか、彼女に甘すぎるとか、言わざるを得ないが。

 

「そ、それは!」

 

「……嫌なんだよねぇ、ほとぼりがようやく冷めそうって頃に『死神代行(かれ)』の事を掘り返されるのは」

 

 自身の副官が厄介さの輪郭を掴んだところで、京楽は横になった。

 笠で目も口も塞ぎ、これ以上は語りたくないと言うようだ。少なくとも、七緒はそう感じている。

 

「……年貢の納め時って事かな。……藍染君の方も」

 

 面倒事が立て続けに起こる。

 こちらが完現術師(フルブリンガー)と対峙している裏で、()()()()()()が起こっていた。

 目を逸らしてきた現実が押し寄せてきたかのような錯覚に、京楽は襲われている。

 

「―――参ったね、どうも」

 

 何処から手を付けようかと、京楽は瞼を閉じた暗闇の中で思考するのだった。

 

◇◇◇

 

『言ったろう?滅却師(クインシー)の研究は終了したと』

 

 雨竜は、眼前に居たマッド・サイエンティスト、涅マユリから聞かされた。

 並べられる、悪辣な研究。精神と肉体にあらゆる刺激を与えたという、非情。

 単純に切り刻むはお手の物。末端から磨り潰す事もドロドロに溶かす事も。

 頭蓋に穴を開けて脳に直接信号を送り、体を意のままに操る。だけに飽き足らない。そのまま操り、仲間も我が子もその手に掛けさせる。

 およそ、尋常の精神で行える所業ではない。

 

 雨竜は悟る。

 おそらく、自身の祖父は彼に捕らえられている。祖父を助け出すには、この悪を生かし、訊き出すしかない。

 でも、そんな事、情け深い人間にできるか。誇り高い人間にできるか。

 

―守りたいモノは人それぞれ違う。ならばおのずと、正義も人それぞれ違ってくる。そういうものじゃ

 

 祖父の言葉が、雨竜の脳裏に過る。

 覚えている。その後に自身が何と訊いたのかも。

 

―じゃあ、父さんが守りたいモノは何ですか……?滅却師(クインシー)の誇りも捨てて……。お金でも守りたいんですか……?

 

 まだ父への関心を捨てきれなかったが故に、当時の雨竜はそう訊ねた。

 滅却師(クインシー)としての誇りを捨て、医者としての生業に執心する父が、雨竜には理解できないのだ。

 自身を救ってくれたのは、()()()()()だったから。

 

 そうして子供心を垣間見させた自身に、祖父が返した言葉を覚えている。

 

―いずれ、分かる時が来る。少なくとも、儂は竜弦を誇りに思っとる

 

 祖父は、父を認めていた。自分とは違う道を行ったのに。おそらく、祖父が望む道ではなかっただろうに。

 

―雨竜もそう思える頃には、お前自身の、本当に守りたいモノも分かっておるだろう

 

 祖父は自身を信じ、見守る。

 多分、自分も、祖父の望んだ道には進めないのだろうと、今思った。

 何せ、本当に守りたいモノを見つける前に、今守りたいモノのために力を投げうつのだから。

 

 眼前の悪がその手に掛けた滅却師(クインシー)たちを弔うために、滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)を使おうとしているのだから。

 

―それを使おうとすれば、お前は滅却師(クインシー)としての力、その全てを失うだろう

 

 祖父の警告。

 雨竜は、内心でその祖父に謝りながら、その警告を破った。

 

 人間の身に許された力の領域を越え、それを一矢に篭める。

 

 その一矢は、マユリを彼の卍解共々、貫いた。

 

 

 

 

 

〈まったく……!ない(ハラワタ)が煮えくり返りそうだヨ……!〉

 

 スライムの如く這いずる液状物体が、その体を浴槽のような水槽、薬品の詰まったそれに自ら飛び込んでいく。

 発声方法は空気を用いたそれではなく、霊子を用いた、いわゆる念話である。

 

〈まさかこの私が、滅却師(クインシー)の小僧ごときに撤退を強いられるとはネ……!〉

 

 そのスライムもどきの正体は、涅マユリだ。

 雨竜が放った渾身の一矢に腹を消し飛ばされるという瀕死状態に陥ったため、かねてより用意していた薬品、自身を液状化するそれによって、生命の保存と撤退を成功させた。

 ただし、マユリから言わせれば、この事態は屈辱に他ならない。

 

滅却師(クインシー)に、おそらく完現術師(フルブリンガー)……。2体も貴重な実験体をみすみす逃すハメになった……。どちらも無駄に接触を禁じられている希少種だというのに!〉

 

 石田雨竜(クインシー)井上織姫(フルブリンガー)という貴重な実験体。それも、上から採取する機会を限りなく減らされた存在。

 それが旅禍(りょか)、生死不問、つまり好きにして良い存在として目の前に現れたのは、千載一遇の好機であった。

 だが、その好機を逃したのだ。

 マッド・サイエンティストであるマユリとしては、本当に受け入れがたい現状である。

 ただ、確かにこれもマユリにとって屈辱を覚える要因ではあるが、これだけが屈辱の全てではない。

 

〈一番、ハラが立つのは―――〉

 

〈ほう。その様子じゃと、やはり捕縛は叶わなかったようじゃな〉

 

 マユリの念話に乗ってくる、老人の声。

 姿はない。

 だが、マユリはない目を声の先に向けた。

 わずかな隙間も逃さぬように光を漏らす扉。その奥に捕らえている人物を。

 

〈……滅却師(クインシー)の老いぼれが、この私に何の用だネ〉

 

〈詰めた瓶にラベルを張るからと、名前は聞いておるだろう?『石田宗弦』と〉

 

 石田宗弦。石田雨竜の祖父にして師匠。

 彼は、光がまばゆい部屋で、悠然と椅子に腰を下ろしていた。

 

 その人物こそ、マユリが屈辱を覚える要因の1つだ。

 

〈しわがれた声が神経に響くヨ。嫌な出来事を記憶している脳神経が疼くから、命が惜しければ黙っている事だネ〉

 

 マユリは記憶を掘り起こされる。この老人と出会った瞬間の事を。

 死体として運び込まれたはずの者が、すくっと上体を起こしたあの瞬間を。さすがのマユリも、あの瞬間には目を白黒させ、すぐ後に馬鹿がしくじったかと歯噛みした。

 宗弦は死んでいるはずだったのだ。彼を監視する任務にあたっていた死神を手懐け、(ホロウ)にやられたように偽装した死体を持ってくるよう、マユリは注文を付けていたのだ。

 それが、逆に死体と偽装されて乗り込まれる事となった。

 

〈そう苛立たんでおくれ。儂には、()()()()()()()に話さねばならない事があったんじゃ。そのためにあのような策を労した。苦労したんじゃよ?カイに、そして月島くんに話を付けるのは〉

 

 宗弦は火急の用があったため、死を偽装してまで尸魂界(ソウル・ソサエティ)に乗り込んだのだ。

 その方法は、月島に()()()もらう、という方法だ。宗弦自身には時限式の仮死状態に陥った過去を、監視役には宗弦が死んだ現場を目撃した過去を。

 

 そうしてしてやられたがため、マユリは宗弦自体に関心を持ったし、そんな事までできる完現術師(フルブリンガー)に興味が湧いている。

 カイについては色々と頭が痛くなるので放置している。

 

〈それで。どうだったかね?『滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)』は。老いぼれを細切れにするよりは、興味深い情報が得られたじゃろう〉

 

 マユリがイラついているのも気にせず、宗弦は話を続ける。

 何せ、宗弦にとってはそれが火急の用、その一部なのだから。

 

〈まるで負けるのが分かっていたような物言いだネ〉

 

 マユリが雨竜に負けて帰ってくる事を、宗弦に予言されていた。

 これが、屈辱を覚える大きな要因である。

 まるで、自身を侮られるような。

 

〈そりゃそうじゃ。自負しておるんじゃよ、あれは対策必至の切り札であるとな〉

 

〈馬鹿げた代物だネ。『鎖結』と『魄睡』を限界を越えて駆動させるモノを切り札だなどと〉

 

 宗弦が自慢する技の欠点を、マユリは見抜いていた。

 というか、人間の身に余る霊圧を放つ方法などいくつもなく、確認した事象から推測するのは、マユリの知識を以ってすれば容易だったのだ。

 それが、『鎖結』と『魄睡』の限界駆動。どう足掻いても使用の後に霊力を失うだろう自爆技だ。

 

〈内情を話すなら、あれは副産物じゃからな。我々滅却師(クインシー)ユーハバッハから逃れるための。……おっと。何じゃアヤツ、まだ名を取り返しておらんのか〉

 

 発音できなかった、まるで塗り潰されたかのような、謎の言葉。

 宗弦としてはまだ発音できないのは予想の範疇であった。

 マユリとしては、明かされない謎に、それを訳知り顔に語る老人に、苛立ちを募らせるばかりなのだが。

 

〈それで?何と言ったかネ?あの小僧の奥義に対策できないようでは、隠れ潜む滅却師(クインシー)に対抗できないと、抜かしたんだったかネ?〉

 

〈ああ、そうじゃ。『滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)』に対抗できないようでは、『滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)』に対抗できぬじゃろう。瞬間火力では前者が勝るが、総合火力では後者が勝る。『聖文字(シュリフト)』も合わされば、厄介さには拍車が掛かるじゃろう〉

 

 マユリと滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)時雨竜をぶつけた理由。

 それは、滅却師(クインシー)の能力、その最大値を分析させるためだった。

 分析させる事が必要だったために、宗弦は研究者、マユリに会いに来たのである。

 

〈……我々死神が絶滅危惧種に遅れを取るなんて世迷言、事実でなければ貴様にありとあらゆる苦痛を味合わせるところだヨ〉

 

 今のままでは、自分たちは負ける。

 まさしく、マユリ含めた死神を侮る言葉である。

 それでも、嘘だった場合の拷問に乗り出していないのは、マユリもその言葉にわずかながらも現実味を見出したからだ。

 名を奪われた滅却師(クインシー)の王は、()()()()、力を蓄えているという、宗弦の言葉に。

 

〈努々忘れん事じゃ。かの王が率いた滅却師(クインシー)の軍勢は、うぬら死神とかつて一大決戦をやりあった仲であると〉

 

〈自明の理を一々賢者の忠告のように言うものではないヨ。知ったばかりの世の常識を自慢げに言い回る幼児のようだからネ〉

 

 未来の敵を見据える2人は、ただ備えるのだった。

 千年の平穏を破る、魔王の到来に。

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