主人公が曇らされてばっかりの世界に、一般通過過負荷(マイナス)が、ダイナミックエントリー!   作:霓霞霖

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31 MEMORY OF REASON

 懺罪宮の牢屋、その冷たい床に横たわって目を閉じていたルキア。

 寝ている訳ではない。ただ、瞼の裏に、脳の裏に、焼き付いた悪夢を、意図的に見ていた。

 

 自身を救いに、志波岩鷲が来た。彼は一護が誰を助けようとしているのか知らないまま、ルキアの前に現れた。

 当然、彼は目を剥く。怒りを再燃させる。

 助けようとしていたのが怨敵、兄たる志波海燕を殺した存在なのだから。

 

 ルキアも岩鷲の事を知っている。と言うか、直接会った事がある。海燕の屍を片手に。

 

(……濡れ衣などではない。……私は確かに、この手で海燕殿を刺し殺したのだ)

 

 ルキアが海燕を殺したのは、やむにやまない理由だった。

 海燕は、(ホロウ)に操られていたのだ。

 その(ホロウ)は死神に憑りつく能力、だけでなく、斬魄刀を消滅させる能力も持っていた。

 だから副隊長としての実力がある海燕も、その(ホロウ)に遅れを取り、あえなく憑りつかれたのだ。

 

 介錯するしかなかった。殺して救う手しかなかった。あの当時の、朽木ルキアには。いや、それは今でも変わりない。

 ルキアは、まだ未熟だ。卍解ができないどころか、始解も満足に操れない。

 

(あの時の私が、もっと強ければ……っ!)

 

 自身の斬魄刀が氷雪系だからこそ、ルキアは強く悔恨の意を噛みしめる。

 もし自分がもっと自分の斬魄刀を操れていれば、憑りつかれている海燕を凍結させて無力化し、(ホロウ)の憑依を解く術が見つかるまで殺さずにいられた、かもしれない。

 わずかな可能性だ。対象を永くコールド・スリープさせる事も、憑依を解く術を見つける事も。

 だが、ルキアにはその可能性がチラついて仕方がない。

 

(何故、私は無力なのだ……!なのに何故、私は求められているのだ……!)

 

 一護も、恋次も、そして白哉でさえ、自分を助けようとしてくれている。

 自身は、それをただ待っている。

 

(私の何が、そこまで……。私の何処に、そんな価値がっ……!)

 

 嫌な事が続いている。だから、心が弱っている。

 自身の価値を、生きる意味を疑ってしまう程に。

 そんな弱者に、弱き者の味方(マイナス)は寄り添う。

 

「いっそ、直接本人たちに聞いてみたら?」

 

「……っ、カイ様!?」

 

 胡坐かいているカイが急に視界の隅に映ったので、ルキアは上体を跳ね上げた。

 相対すれば、幻でも何でもない。幻想(ファンタジー)では、あるかもしれないが。

 

「こんにちは~、ルキアちゃ~ん。登場機会が最近減ってるから、慰めるついでに顔見せに来たよ~」

 

 自ら牢屋に侵入して、笑顔で暢気に手を振るカイである。

 

「か、カイ様!何故此処に!?と言うか、此処に居たらマズいのでは!?」

 

「『無間』以外だったら何処に居たってマズいから誤差。そんな話より、君の話をしに来たんだよ。教え子のためにわざわざ駆け付けてあげたんだからさ~」

 

「……『駆け付けた』と言っても、カイ様では助け出せぬでしょう」

 

「分かってるじゃん」

 

 ルキアの心配など他所に、カイはしたい話を切り出すのだが。絶対物理的には役に立たないだろうと、ルキアに切り捨てられ、カイはちょっと苦笑した。

 ルキアの頭にも、カイの頭にも浮かぶのだ。仮にここでカイがルキアの脱走を手助けしたとしても、カイの凡ミスで失敗する未来が。

 だから、カイは物理的に助けに来たのではなく、精神的に助けに来たのだ。

 それが、ルキアは分かっている。

 

「じゃあとっとと本題に入ろう。題して、生きる意味とか価値とか分からなくなったルキアちゃんの人生相談!って感じ?」

 

 フザケ倒しているカイに反し、そのカイの言葉で、ルキアは姿勢を正す。固い床に正座する程だ。

 ルキアは、人生相談をするのだ。死神だから人ではないけど。

 『生』も間違いではないか、と言うのは否である。尸魂界(ソウル・ソサエティ)は現世の人間が死んだら行く場所だから死後の世界と思われがちだが。

 いわば、現世は魂と肉体で生きる世界で、尸魂界(ソウル・ソサエティ)は魂のみで生きる世界。現世では肉体を失う事が『死』と定められているが、『BLEACH』的に言えばそれは『死』ではない。魂も失って、初めて『死』となるのが『BLEACH』だ。

 現世生まれは、魂と肉体の人生、魂だけの人生と、人生を2度味わえるのである。流魂街の生活は、現世の現代文明を生きた人間にとっては、文明レベルが後退し過ぎていて地獄かもしれないが。

 

 閑話休題。

 

「……『直接本人たちに聞いてみたら』、だったな。……なら、兄様たちには直接聞く。……だから、カイ様にも聞きたい」

 

 ルキアは、少し潤んだ瞳をカイへ真っすぐに向ける。

 何故潤んでいるのか。胸の内から溢れる悲しさ故か。それとも、他者から感じる暖かさ故か。

 これだと定めてしまうのは、ある意味で無粋かもしれない。

 

 そんな彼女に、カイは瞼も開いて心底げんなりしたように答えるのだ。

 

「まずさぁ、生きる事に対して意味だの価値だの、バカなんじゃないの?」

 

 カイは心底、他所を見て呆れていた。

 カイが呆れているのはルキアだけではない。生きる意味だの価値だの考えている、三千世界のありとあらゆる存在に対して、彼は呆れているのだ。

 

「分かる、分かるさ。辛いよな、何のために生きてるのか分からないのって。でもさ、生きる意味だの価値だのって、全部幻想なんだよ」

 

「全部、幻想……?」

 

 ルキアは、梯子を外されて、奈落へと突き落とされる気分だった。

 生きる意味も価値も、何処にもないのだと。ルキアはそう、間違った解釈をしたのだ。

 

「『胡蝶の夢』って知ってる?」

 

 さっきとは一変して、カイは穏やかな微笑みをルキアに向けている。

 その顔はまさしく、生徒に教える先生の顔だ。

 

「こ、『胡蝶の夢』、か……。確か、現世の古代に語られた話で。『自分が蝶になって飛んでいる夢を見ているのか。蝶が人となって生きているのが夢なのか』、という話だったか……?」

 

「中国戦国時代の思想家・荘子が紀元前300年代頃に語った、荘子の考えが顕著に表れている説話だね。今ウィキペディア見て確かめてきたよ*1

 

「うぃ、ウィキ……?」

 

「そこら辺は重要じゃないって話。後、実際荘子がどういう思いで言って、現代ではどういう解釈されているかも、全くもって重要じゃない。重要なのは、自分がどう捉えるか、だ」

 

 歴史的背景、人物背景、歴史的評価を知らないというのは、歴史学を教えているのだったら失格だっただろう。

 もちろん、カイは歴史学者でなければ歴史の先生でもない。

 彼はあくまで、『先に生まれた』という意味での『先生』だ。『生』の先達でしかない。

 

「どう、捉えるか……」

 

「僕の捉え方は、そんなのどうでも良いだろう、ていう感じ。蝶が人の夢を見てるでも、人が蝶の夢を見てるでも、関係ない。むしろ、どっちも()()だと、僕は僕の人生を思ってる」

 

「どっちも、夢……?」

 

 ルキアには、カイが分からなくなる。

 目の前の存在が、人の形をしたナニカに、幻視する。果たして、それは本当に幻視なのか。あるいは、垣間見た現実なのか。

 ルキアは寒気と怖気を覚えたが、振り払う。目の前の存在は自身の恩人であるという、()()があるから。

 

「ルキアちゃん、小説とか読んだ事ある?マンガでも良いよ?でも、ちゃんとキャラクターたちがワチャワチャやってるヤツね」

 

「キャラクターがワチャワチャ……。いや、とりあえずあるが…。それこそ、『狭間空間』にある『ジョジョの奇妙な冒険』は読んだぞ」

 

「あれ読めたんだ……。いや、僕も読んだけど……。個人的にあの時代の絵柄は僕の世代じゃないから、ちょっと受け入れ難いんだよね。内容は滅茶苦茶面白いけど」

 

 『あの絵柄受け入れられたの……?』ってちょっと引いてるカイはさておき。

 

「言うまでもないだろうけど。小説やマンガの話はフィクション、幻想だ。どれ程史実に沿ったって、ノン・フィクションを謳ったからって、それは現実を脚色・誇張した幻想でしかない。つまりは―――」

 

―――全部無意味だよ

 

 カイのその言葉に、ルキアは血が頭に上る。

 

「無意味などではない!あれは、私に感動を―――」

 

 叫ぶルキアの口に、カイは人差し指を添える。

 カイは、ニッコリ笑っている。

 

「ね?幻想だとしても、意味はあるだろう?」

 

 ルキアは、はっとさせられる。

 幻想にも意味がある事を自覚させられる。下手に言い含められるより、確かに頭に叩き込まれた。

 

「それと。これは僕の持論だけど。自分の価値はともかく、自分の生きる意味は自分本位のモノにした方が良い」

 

 カイは、悟ったように伏し目がちになる。

 

「大義なんてモノに頼っている奴ほど、救いようのないアホさ。小説や漫画ではよく書かれるだろう?『これは大義のための致し方ない犠牲なのだ』って咆える奴ら。主人公サイドが殴り飛ばしてくれた時はすっごいスッキリするけど。そこまで行くのに結構モヤモヤする。主人公の仲間が『これは大義だ』なんて言われながら殺されてるシーンなんかは胸糞悪い。やっぱり、エゴで動いてる奴の方が、どれ程自分勝手でも良い味するよ」

 

 安楽椅子に腰掛ける老人のように、カイは語る。

 大義なんて漠然としたモノに己を預ける奴は救いようのない、見るに堪えないアホで。エゴという判然としないモノに己を任せる奴は救い難い、見てて面白いアホだと。

 後者のアホの方が、人間として善いと。例え、その思想が悪だとしても。

 

「僕は、この五感で感じる全てが、幻想だと思っている。全ては、僕が見ている幻想(ユメ)だ。でも、その中で必死に足掻く事は、無意味なんかじゃない。僕には、()があるからね」

 

 幻想(ユメ)の中で、夢を見る。その夢こそ、カイのエゴだ。

 『完膚なきまでの敗北がしたい』というエゴで、ここまで来た。ここからも進む。

 誰の共感を得られなくとも。誰の納得も得られなくとも。

 ゴールを自身の終わりに据えたから、終わりまで止まらない。

 

「その、幻想(ユメ)の中で夢へ向かってひた走る生き様を見た他人が、価値を決めるんじゃないかな。もしかしたら反面教師かもしれないけど。それでも教訓にはなるだろう?しくじり先生みたいにね?」

 

 カイは自分語りの締めに、お茶目に笑って見せた。

 

「……独り語りが過ぎたかな。あんまり語りすぎるのもアレだね、作者の価値観を代弁してるみたいで。そう捉えられた時は読者に引かれそうだな~。今後は注意しよ。やっぱ会話のキャッチ・ボールが大事だよ、キャッチ・ボールが」

 

 自分語りを自覚して、羞恥心と自己嫌悪が湧いてくるカイである。

 

「カイ様。貴方から見た私の価値を、聞かせてくれないか」

 

「あ、そういえばそんな話だったね。ヤバいヤバい。話の主題を見失って話したい事だけ話すとか、面接でしくじりまくる就活生みたいだ。質問の意図を汲み取って答えましょうってね。国語とかで鍛える力だけど、僕はやっぱり点数低かったからなぁ」

 

 ルキアの意図がはっきり見える質問で、カイは主題へと引き戻された。

 もちろん、逸れた話をルキアは熱心に聞いており、得るモノもある有難いモノだったが。それよりも、どうしても聞きたい事だ。

 カイはどうして、自分を助けてくれるのか。

 

 カイは頭をかいて、ひとしきり息を吐いてから、吐いた分深く吸い込む。

 それから、ルキアを正面に捉える。

 

どっちの顔で聞きたい?

 

「っ!」

 

 ルキアには、カイがまた、人の形をしたナニカに見えた。かと思えば、一瞬きの後に、仏のように穏やかな姿に見えた。

 どっちの顔で聞きたいとは、そう言う事だ。誰にも理解できない過負荷(マイナス)の理論を叩きつけられたいか。分かるように噛み砕いた上で優しさフィルターを通した耳心地の良い言葉が聞きたいか。

 ルキアが目を白黒させる度に、カイの姿が変わる。まるで幻そのものだ。

 甘えるなら、仏の顔。甘えないなら、バケモノの顔。

 ルキアは何度も瞬き、交互のその顔を見る。

 

 考えあぐねて、瞼を強く閉じる。

 それで、ふと、思い至った。

 瞼の裏には、普段のカイが居る。

 

「―――カイ様の、そのままの言葉が聞きたい」

 

 そう告げてから、ルキアは瞼を開ける。

 そこには、目を白黒させているカイが居た。

 

「……やれやれ、子供の成長は早いな」

 

 カイは普段の糸目に戻って、笑みを浮かべていた。

 心が弱っている時には優しげに、心が強がっている時は不気味に映るその笑顔。

 今のルキアには、両方に見えている。

 

「正直に答えよう、ルキアちゃん。―――僕は僕の目的のために、君を助けた。でも、君は僕が助けるまでもなく、勝手に助かる運命にあった。結局、放置しなかったのは気まぐれさ。まぁ、万が一にでも早期退場はされたら困るとは、思ってたけどね」

 

「―――カイ様。やはり貴方は冗談はうまいが、嘘は下手だ」

 

 ルキアには、素直になれない恩人の照れ隠しが映っていた。

 

「……。君がそう思うなら、そう言う事にしておこう。解釈は余地があってこそ、だからね。それじゃあ、僕からも聞こうか」

 

カイはルキアを指差す。

 

「ルキア。君の生きる意味は?」

 

 また瞼が開かれて、真っ暗闇な瞳がルキアを映している。煙る鏡のように。

 ルキアはその鏡像で己を振り返ろうとするが、その像をはっきり捉えられないがために、己の生きる意味もはっきりしない。

 ならば、生きる意味はないのか。

 

―ありがとな。お陰で、心は、此処に置いて行ける

 

「―――心を、預けていただいた」

 

 ルキアは、自分の胸に手を置いていた。

 自分がやむなく刺し殺した恩人、海燕から預けられた心が、其処に在る気がして。

 

「それが、今の君の答えか」

 

「……。はい」

 

 預けられた心をどうすれば良いのか、まだはっきりとはしていない。

 でも、自分はこの預かったモノを、どうにかしたい。

 どうしたいのか。どうすれば良いのか。

 それは、これから生きて探せば良い。

 それが、ルキアが今出せる、自分が生きる意味だ。

 

「強くなったね、ルキアちゃん」

 

「貴方のお陰だ、カイ様」

 

「勘弁してくれよ、ルキアちゃん。そんな責任、僕には背負えないよ。だって―――」

 

 カイの瞳は不吉を映し、カイの指は凶兆を指し示していた。

 

「―――君のその覚悟を問う責任なんて、負いたくないからね」

 

 カイが指し示す、牢屋の外。その先を追って、ルキアは感じ取る。

 

「っ!?恋次!」

 

 阿散井恋次の霊圧が、尽きようとしているその瞬間を。

 

「覚悟しろ?ルキアちゃん。強い奴(プラス)程、生きる意味と価値を、残酷に問われ続けるんだ」

*1
筆者もウィキペディアで確かめてきました。




 先週の更新を忘れていました事を、この場を借りて謝罪申し上げます。許して……。
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