いずれ狩人となる   作:enfy

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第1話

 見るからに怪しげな老人だった。

 いや、気が触れた狂人だった。

 車椅子をゆったりとした動作でこちらに向け近寄る

 深々と被った帽子の奥から、深い隈と瞳孔の開き切った目をこちらに覗かせる。

 常に顔に薄ら笑いを貼り付け、こちらを値踏みするその姿は薄暗い室内と合間って余計に不気味に感じる。

 通常であれば間違いなく声を掛けるなど躊躇したであろう。

 それでも、顔を逸らすことはしない。

 こう言う手合いは、一度調子に乗らせると厄介だ。

 相手に隙を見せない様に、調子づかせない様に

 要件を端的に伝える。

 それさえ済めば後は、此方の物なのだから。

 

「ほう…青褪めた血ねぇ…」

「確かに、君は正しく、そして幸運だ」

 

 甲状を垂れるその姿が嫌に板についていた。

 大袈裟な手振り身振り

 まとわりつく様な笑い声

 恐らく幾度と同じやり取りを繰り返してきたのだろう。

 言葉の節々から自分への反応が罠に掛かった畜生に対するそれであることが伝わった。

 どこまで行っても薄っぺらい発言だ。

 しかし、彼の自分が幸運であるという発言は、決して間違いではなかった。

 

「まさに、ヤーナムの血の医療、その秘密だけが君を導くだろう…」

「だが、余所者に語るべき法もない…さぁ、誓約書を…」

 

 これを書いたらもう後には戻れない。

 だが、それでいい。

 

「よろしい、これで誓約は完了だ」

「それでは、輸血を始めようか…なあに、何も心配することはない

 

 なにが、あっても…悪い夢のようなものさね…」

 

 

 薄れる意識の中、その痰の様にねばいついた笑い声が妙に鼓膜に響いた

 

 

_____

 体を必死に動かす

 腕を、足を、まるでおもちゃを買って欲しいとせがむ幼児のように

 

 しかし、何も変わらない

 

 思いっきり殴る、蹴る

 相手の骨が浮き出た脇腹を

 筋肉に覆われていない脛を

 何度も、何度も

 

 やはり、何も変わらない

 

 だが、当の本人からすればどうでもいい話だった

 ただ、それから逃げ出したかった

 そうだ、戦う必要など無かった

 こっそりと気配を消し逃げれば良かった

 

 自惚れてるな!

 身の程を弁えろ!

 

 現実逃避の様に自分を罵倒する

 そんなことをしたって何も変わらないのに

 それを見透かしたかの様に嗤う獣

 その仕草が妙に人間らしく俺を苛つかせる

 何もできない自分に苛つく

 しかし、迫り来る獣は俺の思いなど汲み取ってくれない

 

 剥き出しの顎をちらつかせる

 刃物の様に尖ったそれには、俺が来るまで貪っていた人の筋繊維がこびり付いていた

 咽せ返るような腐臭が鼻を蝕む

 

 それさえ霞む激痛が肩を襲う

 上から万力の様な力で抑えつけられる

 今にも千切られてしまうのではないかという恐怖心が襲う

 獣の爪が食い込む

 押さえ付けが強くなる度に先端が骨を抉る

 呻き声を上げることしかできなかった

 

 こんなところで終わるのか…?

 

 いやだ

 

 絶対に嫌だ

 まだ、何も成せていないのに

 

 歯を在らん限り食い縛り、無駄と知った上で最後まで足掻く

 全身に力を入れる、来る恐怖に耐えんとする

 

 

 それは、思えば前持った死後硬直だったのかもしれない

 

 直後

 最初に感じたのは熱だった

 頭から火傷の様な痛みが全身を襲う

 それがすぐに痛みに変換される

 余りの痛みに踠くことしかできない

 自分の身体の一部がなくなっている事に恐怖する

 怖い

 気持ちが悪い

 しかし、それも段々と無くなっていく

 次に感じるのは寒さだ

 身体が震えて止まらない

 なのに、蹲ることさえ許されない

 まだ、貪り尽くされる

 もう、見たくない

 声を荒げる

 黒と白が視界を埋める

 音が消える

 全部なくなる

 

 

 

 なのに…

 

 なのに、意識だけは朦朧としてそこにある

 それから、少しして、浮遊感を感じる

 

 

 

 

 それは目覚めの合図だった

 

 

 

 

 

 瞬間

 意識がグッと引き上げられる

 

 暫く呆然とした。

 ハッと我に帰る。

 自身の身体を触ってみる。

 異常はない。

 目視でも、変わった所は確認できなかった。

 暖かい

 それどころか、汗が出るほどに熱を発している。

 心臓もちゃんと動いている。

 寧ろ、心拍し過ぎて痛い位だ。

 

 そして、ある程度理解したとき涙が溢れた。

 体を丸め惨めに泣いた。

 その涙の熱さえ今は有り難く感じた。

 安堵が込み上げた。

 あれが、現実で無くなったことに。

 今、生きていることに。

 

 

 それ程に、それは本物だった

 

 

___

 目が覚めた時には俺は診療室の台に居た。

 少し凝り固まった背や腕を伸ばしながら、辺りを観察する。

 辺りには資料や医療道具と思われるものが散乱していた。医療道具に関しては湿気で錆び付き使い物にはなりそうに無い。資料に関しては患者のカルテの様であったが、此方も湿気とカビによって情報はほぼ読み取れない。何にしても管理の杜撰なことだ。

 棚には薬品が所狭しと置かれてはいたが、大部分が割れて使い物にならなくなっている。生き残っている物も、明らかに怪しい色を呈しており有用そうな物は見つけられない。

 更には床も、ある所はミシミシと音を立て、ある所はベニヤ板が所々剥がれ、底さえ見え隠れしている始末。お世辞にも診療をできる様な衛生とは言えない。廃墟といった方がまだ信憑性があるだろう。

 

 俺はこの場所を知っている。

 "ヨセフカの診療所"

 主人公が最初に目覚める場所。

 現段階で、此処で出来ることは何もない。

 

 何時までもここにいても仕方ない。

 一応、使えないことも無さそうな刃物と何に使うか分からない薬品類を持って部屋を出る。メスは所々錆びているが刃先は思ったより尖っている。薬品も明らかにヤバいと分かる色をしている為、敵への牽制程度にはなるだろう。

 

 部屋を出る前に、部屋の隅に置かれている椅子、その上に置かれているメモを確認する。

 斜め下にズレた、筆圧の少し高い文字。

 走り書きでお世辞にも綺麗とは言い難い。

 それは確かに、自分の直筆であった。

 

 "「青ざめた血」を求めよ、狩りを全うするために"

 

 確かに、ゲームと一言一句違わぬそれを一見し俺は扉を開く。

 俺は、何故こんな無意味なメモを残したのだろうか。ロールプレイの一環だろうか。それにしたって、もう少し実りのある情報は書けない物だろうか、全く以って役に立たない。どうやら、過去の自分は随分と浮かれていたらしい。

 なんて、自分に対する愚痴なんか吐きながら部屋を出た。

 

 それは、思えば酷く浅薄で慢心的で獣から見れば滑稽に映っただろう。

 結局、俺は病室を出て直ぐの獣に殺されこの様だった。

 

 何もできなかった

 ゲームだからと甘くみていた

 小さな刃物如きで獣に対応できると言う驕り

 結局、薬品も何の効果もなかった

 馬鹿だった

 戦ったことなんてある訳もないのに

 あの巨体に正面から、それもまともな武器もなし挑んで勝てるはずがなかったのだ

 自分が主人公にでもなったつもりか

 あの痛みも死の感覚も本物だった

 俺はどうしようもない程に凡人で、だからこんな場所に来ることになったんじゃないのか

 先程のことを何度も恥じ自分に戒める

 

 そして、暫くして決心がついた

 どうせ死ぬ覚悟はとうの昔にしていたんだ

 生きてていいことなんか殆どなく、そうであった物も、消えた

 今更、生にしがみついてどうする

 自分の目的を忘れるな

 

 もう、大丈夫だ。

 体の震えが僅かに収まる。

 俺はようやく、この"狩人の夢"を探索することにした。

 

 

 『狩人の夢』

___

 ヤーナム各地に点在する灯へと目覚めをやり直すことができる。

 また、アイテムの取引や武器の強化、自身の能力強化も行うことができる。

 

 悪夢には休息が不可欠だ。

 例え、束の間の安息だとしても…。

___

 

 狩人の夢を見渡す。

 辺りは気温もそう低くないと言うのに、霧が石畳の地を所々覆っている

 石畳の先には小さな庭と建物へと続く階段が見える

 建物は石造りで冷たさと同時に厳かさを感じさせた

 庭はそれなりに広く、左方面は、墓石と百合の花で埋め尽くされていた

 庭の右方には、いつかの狩人の教え、言寄せが所狭しと残されている

 

 どれも、もう、ずっと前のものだろう

 

 それは警句であった

"獣には火が有効だ"

"聖職者は嘘吐きだ"

"禁域の先、蜘蛛に気をつけろ"

 

 それは救援の要請であった

"聖堂街で助けを求む"

"禁域の森で助けを求む"

 

 情報の共有であったり

"ヤハグルの先、雷があるぞ"

"旧市街、匂い立つ血の酒が必要だ"

"湖、対眷属が有効だ"

 

 呟きであったり

"爪痕さえあれば…"

"青褪めた血はまだか…"

"やはり啓蒙か…"

 

 意味のないものもあった

"やはりヌルヌルとな"

"美少女万歳!"

"草、おぉ草"

 

 若しくは、常人には理解できない様な高尚な意味があるのかもしれない。或いは、本当に可笑しくなってしまったか、この様な取り留めのないメッセージを残すことで人間性を保とうとしているのか。人の温もりなど返り血くらいでしか感じられないこの世界で、他者との繋がりを作れる数少ない機会だ。寛容する心も大事だろう。いや、やはり此処にきて日の浅い俺には、まだ理解できない何かがあるのだろうか。狩人という人智を超えた存在、このイカれた世界を生きる者を理解しよう等と烏滸がましい話だ。

 警句や情報の共有などは、ゲームの知識を持っている俺にも有難いものだった。単純に自分の知識と擦り合わせができるし、新たな発見があるかもしれないからだ。しかし、余りにも数が多すぎるため確認は随時して行こうと思った。

 

 庭の向こうに地面はなく、より一層深い霧が全てを覆い隠している

 遥か向こうに見える直立した柱は、一体何であろうか…

 きっと、幾ら考えても答えは出ないだろう。

 

 家に続く階段の手前には、等身大の端正な顔立ちの人形が捨て置かれている。

 

 この場所は、正に俺が知っているまんまだった。

 

 "まだ動かない人形"を尻目に俺は階段を目指す。

 階段の中腹にいるそれを見る。

 軟体生物、いや、子供の亡骸だろうか。精神に異常を抱えた者が粘土をこねくり回し、人を作ろうとした成れの果て、と言うのが一番しっくり来る。

 浮き出た骨。

 白を通り越し、青褪めてさえ見える皮膚。

 縦に割れた口。

 目がある部分は空洞で、腫瘍を貼り付けている者もいた。

 控えめに言っても醜悪なそれは、しかし自分に有益であることを知っていた。

 

『使者』

___

 悪夢から滲み出したそれは常人には見えず、狩人を慕い、付き従う。

 

 彼らは悪夢に住まい、積み重なる狩人の意志を媒介とするのだ。

___

 

 使者は、俺が近ずくと呻き声を上げながら武器を差し出した。

 故も知らぬ三種の武器

 それぞれ鉈、杖、斧といった具合だ。

 俺は迷わず、鋸ナタを手にする。

 

『鋸ナタ』

___

 狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ

 

 変形前は人ならぬ獣の皮膚を裂くノコギリとして変形後は遠心力を利用した長柄の鉈として、それぞれ機能する

 

 刃を並べ血を削るノコギリは、特に獣狩りを象徴する武器であり酷い獣化者にこそ有効であるとされていた

___

 

 現在は刃が折りたたまれているが、その折りたたまれている刃だけでも2尺程はあるだろうか…

 刃の長さにも目を見張るが、その厚みについても注視すべきだ

 2cm程度と非常に厚みがあることがわかるだろう

 比較として一般的な日本刀の厚みが5〜7mm、西洋圏でも10mm程度と言えばこれがどれだけ重厚なのかがわかる筈だ。

 当然、それに比例して重量も増す。

 実際、持っているだけでもかなりの重みを感じる。

 

 しかし、それと同時に手に吸い付く様に馴染む感覚も覚えていた。

 まるで以前から使っていたかのようだった。

 持ち手に巻き付けられた布切れが程よく指に緊張感を与えてくれる。

 軽く振ってみる

 強く振ってみる

 やはり身体が振り回される様に感じる

 武器を変形してみる

 変形は然程難しい物ではなく、刃の付け根部分に金具が付いておりそれによって切り替えが可能となっている

 折りたたまれていた刃が伸び鋸となる

 武器の長さも先程の倍となっている

 同じく振ってみる

 先ほどより大きく振り回される感覚が襲う

 隙が大きいがリーチの有利はやはり魅力的だ

 今後使う内に慣れていくしかないだろう

 

 鉈を選んだ理由としては幾つかある。

 まずはその扱いやすさだろう。

 リーチもそれなりにあり、重量的にも問題がない。技量もそれ程要求されない。

 斧は、一撃の火力に優れ、変形すれば鋸ナタと同等のリーチを得る。しかし、現実となった今、俺の筋力では到底扱い切れるものではないと思ったのだ。実際、鋸ナタでさえ十全に振るえなかったのだからその予想は正しかったと言える。

 杖に関しては杖の先に刃が仕込んであり、変形すればそれが鞭の様に伸びる、という仕様だ。鞭というだけあってリーチは3つの中でトップだ。更に、鋸ナタより軽いのも魅力的だが、その分扱うためにはかなりの技量を用する。鞭など触ったことすらない俺がまともに扱える道理はないし、慣れるまで時間も掛かりそうだ。鞭部分に肉詰まりなどが起こった場合は整備なども大変そうだと思った。

 改めて俺にこれ以上(鋸ナタ)はないと断言できた。

 

 次に銃を受け取る

 

『獣狩りの短銃』

___

 狩人が獣狩りに用いる、工房製の銃

 

 獣狩りの銃は特別製で、水銀に自らの血を混ぜ

これを弾丸とすることで、獣への威力を確保している

 

 また、短銃は散弾銃に比べ素早い射撃が可能なため迎撃などに適する

___

 

 使い方は、分からない。

 普通のタイプ、詳しくは19世紀以降の拳銃(ベレッタ、ナガン・リボルバー)や散弾銃(レミントン)、アサルトライフル(AK、M14)ならまだ分かる。最近のゲームはこの様な武器一つ一つの作りに拘っており消費者に興味を惹かせるからだ。ゲームの他にも、玩具、レプリカなどで見る機会はあった。しかし、この様なタイプの銃はそれこそゲームでもあまり見ないものだ。17世紀程度に発明されたフリントロック式の銃であるとは思うが分かるのはそこまでだ。

 そも、水銀に自らの血を混ぜるとは、どうすればいいのだろうか。水銀とは常温で液体である為銃の弾としては不適切である。硫化水銀としてなら常温でも固体で居られるが、血液と混ざるという問題が解消されていない。

 他にも、様々な疑問が湧く。

 何故、銀でなく水銀なのだろうか。

 何故、水銀に血液を混ぜると威力が上がるのだろうか。

 飛距離はどれ位だろうか。ゲームでは50〜60m程度が精々だった筈だ。しかし、現実となった今それが本当であるかは疑わしい。ゲームのバランス調整などの点があるからだ。現実的に考えて銃の飛距離は最低でも200mはある筈だし、本当はもっと飛ぶかもしれない。

 威力に関してもそうだ。普通の人間が銃弾なんて喰らえば一発でアウトだ。しかし、この世界はそうではない。雑魚的でさえ、所持上限の二十発を全部当てHPの半分も削れないなんてザラだった。この世界で銃は、果たしてどれだけ意味を持つのか…。

 そも、弾を今は持っていないため使うことができない。

 その時が来たら俺は本当に使うことができるのか、当てられるのか不安で仕方なかった。

 

 

 そしてふと、気になった。

 

 これらは誰の使っていたものなのか

 或いは、遺品なのか

 銃や鋸ナタは、煤と手垢に塗れ以前に使用者がいたことが分かる。

 また、銃身についた傷や持ち手の擦れ具合からどれだけ愛用していたのかが理解できた。

 鋸ナタも同様だ。

 俺なんかより何倍も強い狩人だったに違いない。

 獣1匹さえ殺せない俺なんかより。

 膂力に長けた狩人だっただろうか。

 技量に長けた狩人だっただろうか。

 神秘だろうか、血質だろうか。

 

 考え出すと切りがない。

 しかし、これが今、俺の手元にあると言うことはそういうことだ。

 唯、二度とそう(遺品)とはならない様にしようと、そう思った。

 

 

 そんな考えを払拭する様に、俺は光の灯る家の中へと向かった。

 

 

___

 家の中は外から見た時と一転して小ぢんまりとして見えた。それは一重に、左スペースを本棚が、右スペースは薬品や工具が占領していたからだろう。

 ここは、それらが混じった古めかしい匂いが充満していた。

 本棚に眼を向ければ、収まりきらなかった分厚い蔵書が山の様に積まれている。寧ろ、棚に入っているものより積まれているものの方が多いだろう。

 蔵書は大脳や松果体などの脳の仕組みに関するものから、宗教学、考古学など多岐に渡った。机に見開きで置かれた蔵書(恐らく宗教学)はぱっと見では理解できないほど小さく綿密に物事が記載されていた。下に説明の様に描かれてある絵は燭台だろうか。中心に一つと左右に3つ枝に分かれた合計7つの火皿。何かの儀式に使うものの様だが、俺に理解できたのはそこまでだった。

 

 一方、薬品棚の方は綺麗に整頓されてあった。フラスコの胴部分にはラベルが貼られており、英数字で番号が割り振られている。しかし、首やコルクの部分が埃をこぶっていることや液体はどれも大部分が使い果たされていることから、実験はもう長いこと行われていないことが分かった。それは横に備え付けられている実験器具置き場の様な物からも見てとれた。様な、と付け加えたのは器具を置いてあった様な埃の積もり具合の違いや僅かな日焼け跡があるのに、実験器具は一つも見受けられなかったからだ。

 

 奥には、簡易的だが工房道具と祭壇が設置されていた。

 工房に関しては、普段使いの小さな机をそれ様に改造した様な感じだ。明らかに役割に対して、大きさが見合っていない。試作品の数々も宙にぶら下げる様にして飾ってある。俺が贈り物として選んだ鋸ナタの未完成品も同様にしてあった。今はどれも埃まみれだ。

 祭壇に関しては、横長の教卓にこれでもかと燭台が並べられてあり、今も尚火皿の上で火を揺らしている。しかし、それも表面上の話でこれも埃をかなり被っている。

 どちらも、使われ無くなって久しいことが見てとれた。

 

 祭壇の後ろには、一つの助言が残されていた。

 

"忌々しい狩人の悪夢に囚われ、だが逃れたければ

獣の病蔓延の原因を潰せ。さもなくば、夜はずっと明けない"

 

 簡潔な助言からその人の性が垣間見えた。

 そうだ、俺の、狩人の役目は病蔓延の原因を倒すこと。それが延いては、悪夢を終わらせることにつながる。2つにどう言った因果が有るのかは分からないが、きっと獣を狩れと、そう言う事なのだろう。

 しかし、何故"逃げたければ"、などと消極的な発言なのだろうか。

 

 気にしても、仕方ない。

 分からないことの方が多いのだ。

 今は、目の前にいる人からだ。

 

 俺は、そこに座る老人を見る。

 老人も同じく俺を見つめ返す。

 彼は、暖炉の近くで車椅子に座り杖を少し遊ばせている。

 特徴的なのはその出立だ。

 右足を失い義足をつけている。

 これは、かなり異例だ、特にこの世界では。

 ヤーナムに於いて、身体の一部を失うことなど日常茶飯事だ。死ですら、そうだ。そして、それを誰も悲観しない。何故なら、全ては夢だから。気狂いだからと言うのもある。夢で何を失ったとしてどうして悲しめようか、そう言う話で有る。

 話を戻すと、死すら夢にできる世界で義足を付けているのはかなり異常だと言うことだ。更に異常なのは、恐らく自身の意志で傷を残している点だろう。傷を残している点ではない、自分の信念を貫き通せるその強さが、だ。肉体的にも精神的にも。

 傷を敢えて残している点など、誰かへの思い入れによるものか、自分の至らなさへの警鐘か…。掘り返してもきっと損しかないだろう、お互いに。

 

 話をどう切り出そうか、考えている内に脱線してしまう。

 暫く無言が続く。

 元から会話が得意な方ではなく、寧ろ無口な方だった。

 今更、自分の性分を後悔する。

 相手は、微動打にせずこちらを見つめる。

 濁った目に反して優しそうな顔立ちをしていた。

 俺は彼のことを知っている。

 だからこそ、聞きたいことがあり過ぎた。

 しかし、獣すら殺せない半人前が聞いていいのか、聞いても知っていることを不審がられるのではないか。

 鳴らない喉を濡らしながら悩んでいると、あちらから声を掛けてきてくれた。

 

「やぁ、君が新しい狩人かね」

「ようこそ、狩人の夢に。ただ…一時とて、此処が君の「家」になる」

「私は……ゲールマン。君たち狩人の、助言者だ」

「今は何も分からないだろうが、難しく考えることはない」

「君は、ただ、獣を狩ればよい。それが、結局は君の目的に叶う」

「狩人とはそういうものだよ、直に慣れる…」

 

 その言葉の意味が俺には分かった。

 しかし、重みだけは推し量ることができなかった。だが、きっとそうなのだろう。実際、俺にできそうなことなどそれ位だ。

 彼の声は、どこか疲れきった、それでいて優しさを感じさせる声だった。

 ゲールマンは一泊置いて話を続ける。

 

「この場所は、元々狩人の隠れ家だった」

「血によって、狩人の武器と肉体を変質させる。狩人の業の工房だよ」

「もっとも、今は幾つかの道具は失われているがね」

「残っているものは、すべて自由に使うがよい

…君さえよければ、あの人形もね…」

 

 そう嘯く彼は何処となく悲し気に見えた。

 彼はそれ以上、何も喋るつもりは無いようで固く口を閉ざしている。

 もう行け、と言わんばかりに。

 流石に悪いので別れ際に、話せない訳ではない事を伝え一礼する。

 

 家を出て、階段の一番手前の墓標に触れる。

 

「誰かの墓標」

___

 狩人の夢に存在する、誰かの墓標

 触れることで、ヤーナムの各地に点在する灯りへと目覚めることができる

 

 悪夢は際限なく積もり行くだろう

 しかし、夢には必ず見るものと、見せるものがいる

___

 

 銃の使い方、聞いとけば良かったな…

 ふと、そんなことを思いながら

 

 そして、俺は再びヤーナムに目覚める。

 

 

___

 此処で逃げたら、俺はもう、狩人ではない

 唯の自殺志願者…いや、それ以下だろう

 故に、もう後には引けない

 意識の浮上と共に今一度、覚悟を決める

 震える手を腿に打ち付ける

 全神経を集中させる

 ゆっくりと気配を殺し近寄る

 床を踏み鳴らさないように時間を掛けて

 診療代から覗き見る

 

 "罹患者の獣"

 獣の病を負った者、その成れの果て

 2メートルはありそうな巨体

 黒く荒立った体毛に、尖った牙と爪

 最早、所々破れ衣服(というのも烏滸がましい布切れ)だけが人としての最後の名残だった

 そいつは嬲るように死体を啄んでいた

 まだ食べ切らないように、楽しみにとっておくように

 

 死体は人としての原型は保ててはいたが、それだけだ

 四肢はもう存在せず

 皮は全て、剥がされ

 骨が、剥き出しとなり

 顔はグチャグチャだった

 

 ぴちゃ、ぴちゃ…

 咀嚼音があたりに響く

 その死を貶めるような行為が、余りに不愉快で今直ぐにでも殺してやりたかった

 先程の俺も、あの様に喰われたのだろうか

 気持ちが悪い

 それをグッと堪え1歩、また1歩着実に近づく

 背後に回る

 相手はまだ気付かない

 余程、食事に夢中らしい

 故に、好奇だった

 

 この1撃に全てを賭ける

 

 その黒い体毛で覆われた皮膚に向かい

 ただ殺意を込めて大きく振りかぶる

 鋸が容易く獣の肉を通る

 獣は突然の出来事に悲鳴に似た声を上げる

 嫌な感触だ

 だけどまだ、終わりじゃない

 

 相手が大きく仰反る

 このままでは起き上がって反撃されるだろう

 故に、知識で知っているそれを試す

 両手で構え、鋸ナタを相手の心臓の部分に突き込む

 浅い

 もっと深く、命に届く様に

 状況を理解した獣は致命傷を喰らいながらまだ俺に牙を向けてきた

 でも、これで終わりだ

 思い切り、それも無惨に引き抜く

 もう、起き上がってこれない様に

 

 

 内臓攻撃

 

『内臓攻撃』

___

 体幹を崩した敵の腹部を突き刺し内臓にダメージを与える。

 技術やレベルの上昇で威力が上がる。

 

 凄惨に血を吹き出すその様は正に火薬の様に煌びやかである

 故に、彼らは皆、それに目を焼かれたのだろう

___

 

 獣は血飛沫を、雄叫びを上げながら倒れる

 殺した

 思わず気を抜く

 

 

 …それがいけなかった

 獣はまだ、その瞳に意思を宿していた

 

 獣は、瀕死で有りながらも此方に噛み付かんと動き出す

 目を血走らせ息を荒げながら、手をゆっくりと緩慢とした動作でこちら動かす

 

 殺されると思った

 相手はもう起き上がるのすら精一杯、対し此方は無傷

 だというのに俺は恐怖した

 

 これが本当の殺意

 本物の殺し合い

 

 先程の死がフラッシュバックする

 半狂乱に陥りながらも刃を振り下ろす

 何度も、何度も

 死んだと分かるまで

 先程自分が殺された恨みも晴らすようにして

 

 

 程なく、血の意思が流れ込んでくる 

 極限状態を脱し思わず、膝を突く

 荒んだ息を整える

 流れる汗を、返り血を拭う

 拭った服も血塗れで血を上塗りするだけに終わる

 それも、時間が経つにつれ地面に滴って落ちていく

 それを眺めながら、呆然とする

 思考が纏まる

 

 

 倒した。

 いや、殺した。

 相手を貶める様に残虐性を以て殺した。

 俺が先ほど嫌悪した、獣のように…。

 

 返り血が服に、手に、顔にこびり付く。

 当の昔に熱を失ったそれが、未だに頬を伝い下に落ちる。

 それがどうしようも無く気持ち悪かった。

 自分がやったのだと理解させられた。

 咽せ返るほどの血の匂いに鼻がやられる。

 肉を切り裂く感触が手を支配する。

 自分の意志で殺したと言う罪悪感。

 心が折れそうだった。

 しかし、それらはこの地を生きる上で必ず慣れなければならないものでもあった。

 勝利の余韻などなくただ虚しさが込み上げてくる。

 

 これが狩り、こんなものが狩り

 初めての狩りを通してようやく理解したそれの一端

 

 

 確かに、これは狂ってしまう

 いや、狂わなければやってられない

 

 知識でこれの意味を知って尚、それが酷く俺にのし掛かった。

 

 だがせめて、最初の狩りだ、これ位は許されるだろう。

 手を合わせ、目を瞑り、頭を少し下げる。

 基本的に神になど祈らず、寧ろ心の中では常に罵詈雑言を浴びせている俺がこの時だけは真剣に祈った。

 獣か、自分自身に対してか、何に対しての祈りなのか自分でも分からなかった。唯々、こうするのが今は正解だと思った。

 

 

 俺はこの時、ようやく狩人になったのだと実感した。

少女の名前

  • なし
  • 勝手に決めろ
  • 考えてやろう
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