いずれ狩人となる   作:enfy

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第2話

 ある程度自分に踏ん切りを付けて先程の戦闘を振り返る。

 今、思い返しても無様としか言い様が無かった。

 あれだけの有利の中、覚悟を決め、死を覚悟したはずなのにあろう事か、恐怖に溺れてしまった。

 

 ここはゲームと違って、HPバーなど無いし相手もNPCなどではなく意志がありここまで生き抜いてきた経験が、本能がある。

 

 これからはそれを念頭に置き、狩りを行うべきだろう。

 

 反省は一先ず置き、自分を褒めるべきだろう。

 最初から上手くいくなんて思っていなかった、だから、これでいいのだ。

 これから、ちょっとずつ上手くなっていけばいい。

 

 さて、もう此処に留まる必要もないだろう。

 先に進もう。

 

 

___

 進んだ先には壁にもたれ掛かった死体と出口となる扉があった。

 

 死体に近づく

 先程の死体の様に獣に食い荒らされなかったのか綺麗に形が残っている

 どうやら喉を自ら切り裂き自害したようだった

 それは、ある意味幸せだったのかもしれない…このヤーナムに於いては特に

 右手には輸血液が幾つか握られていた

 

 『輸血液』

___

 血の医療で使用される特別な血液。HPを回復する

 

 ヤーナム独特の血の医療を受けたものは以後、同様の輸血により生きる力、その感覚を得る

 

 故にヤーナムの民の多くは、血の常習者である

___

 

 得体の知れないそれは、しかし、狩りをする上で必ずと言って良い程必要になる。

 

 今更、か…

 どうせ、体内には既にそれが巡っている。使うことを躊躇することもないだろう。

 きっと、これから幾度とお世話になり絶やすことはない。故に、飲まれることの無いようにだけしなければならない。

 

 

 いよいよ、出口へと近づく。

 木でできた両開きの扉は、少しの重厚さを感じさせた。

 両手を添える。少しずつ押していく。

 開けた扉から埃が舞い落ちる。どうやら随分と開閉がなされなかったらしい。

 拭いた風が衣服をそっと撫で先程までの汗を冷やしていく。

 辺りは、少しの霧に覆われ、打ち捨てられた棺桶やら墓やらがこの街の異様さを一層醸し出していた。

 

 診療所の前には墓や棺桶

 診療所と墓地が併設されているなぞ、縁起でもない。

 事実、それが診療を受けた患者たちの末路を表してている。

 墓は、粗製濫造され

 棺桶には鎖が厳重に巻かれ死後、人を襲うことのない様にしてある。

 死者への冒涜の様にも感じられるそれは、この獣狩りの夜に於いて、比較的上等な方だ。

 少なくとも、生き恥を晒さずに人として逝けるのだから。

 だが、もし棺桶の中で獣として蘇ったのなら、その後は悲惨だろう

 身動きもできず、助け出されることも永遠にない

 何にせよ、当人でない俺の考えることではない

 死人に口無しだ

 

 ひび割れた煉瓦を道なりに進むと墓に凭れる掛かった死体を見付ける。損傷が激しいことから死んでいることは確かだろう。そうして注意深く観察していると、彼のポケットに膨らみがあることに目が止まる。調べてみると水銀弾が入っていた。

 

 『水銀弾』

___

 獣狩りの銃で使用される特別な弾丸

 

 通常の弾丸では、獣に対する効果は期待できないため触媒となる水銀に狩人自身の血を混ぜ、これを弾丸としたもの

 

 その威力は血の性質に依存する部分が大きい

___

 

 彼にはもう必要のないものだ。

 申し訳ないが、有り難く貰っておこう。

 数は十発、使い所が肝心だ。

 

 先には、もう一段、鉄の扉があり前傾姿勢になりながら開ける

 

 そこはヤーナム市街

 チュートリアル明けの最初のステージだ。

 

 

___

 道先には馬車が陳列し視界の邪魔をしていた。

 そこを見回るようにして歩く"獣狩りの群衆"

 獣を狩る狩人は最早、人と獣の区別すらつかなくない者ばかり

 

 更に、旧市街の一件で溝は更に、深まった

 医療協会への信頼も低迷し信じられるのは自分達のみという状況

 

 そこで民衆は、力を合わせ自警団を作ることにした。

 まぁ、結果は知れたこと

 彼らもまた、獣の病に呑まれることとなった。

 狩人と比べ、その実力は比べるまでもないが、それでも数の暴力は偉大だ

 囲まれればなす術もないだろう。

 

 徘徊はかつての名残なのだろう。

 獣の病を発症しかけており、体の至る所に人とは違う濃い体毛を伸ばしていた。

 こいつは絶対に接敵する位置にいる

 馬車の影に隠れて、獲物を握りしめる

 こちら側に返ってくる

 音が近づく

 足音が止まる

 暫くして、また足音がした

 今度は遠のく

 それを聞き彼の背後に近寄る

 獲物を振り翳す

 一撃に力を込めて、しかし、振り抜くことはしない

 手数を重視する

 獲物を持つ手、次いで首を薙ぐ

 

 呆気なく終わる

 命とは、こうも簡単に奪えるものだったのか

 その様な嫌な実感に囚われながらも勇み続ける

 いやこれが普通だ、知性を失った獣に負けてなど居られない

 

 道なりに進み、梯子を下ろすレバーを発見する。迷わずレバーを引く。

 上から鉄製の梯子がそれなりの音を立てて降りてくる。しかし、周りに獣は居ないため心配はいらない。警戒を解き、死体から輸血液を採取する。ついでに、獲物に付着した血を布切れで拭いとる。

 

 それなりに高さのある梯子を登る。すると、その中腹辺りで甲高い悲鳴にも似た雄叫びが街に広がるのを聞いた。市街でも上層部からの咆哮であった。

 いずれ、其奴とも遠くないうちに戦うことになる。だが、今は目の前のことからだ。

 

 梯子を上り切り、提灯に手を翳す。

 明かりが灯る。

 提灯は一種のセーブ地点のようなもので、死んでも灯した場所から目覚めをやり直すことができる。また、ワープ機能も兼ねており、狩人の夢にこれを介して行き来できる。

 原理は分からない。だが、元から知る必要などない。狩りの役に立ち、害が無いならそれでよい。

 

 思考に耽っていると、民家の窓から咳き込む声が聞こえてくる。この町では、珍しくもない罹患者の一人だ。

 しかし、会話の成立する珍しい異邦人でもあった。彼に、話を聞いてみる。

 

「…ああ、獣狩りの方ですね」


「それに…どうやら、外からの方のようだ」


「私はギルバート。あなたと同じ、よそ者です」


「色々とご苦労でしょう。この街の住人は、皆…陰気ですから」


「私は床に伏せり、もう立つこともままなりませんが」


「それでもお役に立てることがあれば、言ってください」


ごほっ、ごほっ、ごほっ


「…この街は呪われています」


「あなた、事情もおありでしょうが、できるだけはやく離れた方がいい」


「この街で何を得ようとも、私には、それが人に良いものとは思えません」

 

 彼が言うことはもっともだった。

 しかし、俺とて覚悟の上だ。気遣いは有り難いが今回ばかりは無意味だった。

 あまり無駄話をしては、気持ちが鈍ってしまう。何より彼の体に障ってしまうだろう。

 彼から、必要な情報を引き出す。

 

「「青ざめた血」、ですか?」


「うーん…すみませんが、聞いたことはありません」


「けれど、それが特別な血であれば、訪ねるべきは医療教会でしょう」


「医療教会は、血の医療と、その特別な血の知識を独占していますからね」
「ここ、ヤーナムの市街から谷を挟んだ東側に、聖堂街と呼ばれる医療協会の街があります」


「そして、聖堂街の最深部には古い大聖堂があり…そこに、医療教会の血の源があるという…噂です」


ごほっ、ごほっ、ごほっ


「ヤーナムの街は、よそ者に何も明かしません」


「常であれば、あなたが近づくことも叶わないでしょうが…獣狩りの夜です。むしろ、好機なのかもしれませんよ…」

 

 彼は、咳込みながらも知っている情報を教えてくれた。彼は、青褪めた血については知らなようだった。彼は俺と同じ異邦人でこの地に付いてまだ日が浅いのだろう。

 しかし、同時に行く先も示してくれた。

 

 彼から聞くことは、もう何もない。

 彼に一礼し、この場を後にする。

 

「…お気を付けて」

 

 

___

 此処から先は多対一が主となる。しかし、未だ半端者の俺にはそんな芸当は不可能だ。

 

 ならばこそ、卑怯な手を使うしかない。

 

 『石ころ』

___

 ヤーナムのあちこちに転がる、まるい石ころ

 適当に投げつけることができる

 

 それ以上のことはない

___

 

 手頃な大きさで何の変哲のないそれは、俺にとって確かに狩りの道具たり得た。

 

 一人で道中に佇み餌を待つ群衆を物陰から注視する。狭い道で陣取っていたのもあり実験としてそれを試すこととする。不思議と外れる予感はしなかった。それを投げつけ、怯ませる。

 奇襲に驚き、対応しようとする群衆

 しかし、ヘルパーと言う間合いの短い武器ではなす術もない

 接近して、屠る

 周囲を警戒しながら輸血液を採取する

 

 多人数で徘徊する群衆にも、物陰からそれを投げつけ一人ずつ誘き寄せ殺す。

 もし、2人以上に気付かれた場合は焦らず来た道を戻る。ギルバードの民家まで引き返せば追ってくる奴は1人もいなかった。先程別れを済ませたと言うのもあり、少し気不味い気持ちもあったが命には変えられない。ギルバードも察してくれたのか此方に声を掛けるようなことはしなかった。追手を撒いた後は、橋の手摺りからソイツらが集団に戻ったのを確認し、もう一度同じことを繰り返す。少々手間だが、考えられる限りでの最善の策だった。

 

 奴らは、基本的に集団で行動していても協調性はない。

 正面から挑んでくる敵には集団を盾にし、誰かが攻撃され隙を見せれば狩るという協力性の欠片もない奴らだ。仲間のことを肉壁か何かとしか思っておらず、或いはそのために同行しているのかもしれない。だからこそ、1人で獲物を発見しても態々皆にそれを分け与える獣はここにはいない。それに、誰かが突然単独行動をしたやつが居てもそんなのは気が触れてしまった哀れな同胞だ、そんな奴に構ってられない。どうせ、いつものありふれた光景なのだから。

 以上から、群衆には吊り出しがよく効いた。

 

 しかし、音で集まられては意味がない。そのためなるべく距離を置いた物陰になるような場所で、武器を払い足を挫く。できるならば、首に向かって大きく薙いだ。勿論、周りの警戒は欠かさない。

 

 それでも最低限のリスクはあった。それは、長柄武器持ちの存在だ。碌な武器(変形武器)を持ち合わせない群衆の中でも取り分け厄介な存在である。誘き寄せても、長い武器で距離を取られ、時間を取られる。幸い、鋸ナタの変形は相手の長衛武器よりも間合いが長かった。また、相手の武器も脆かったのもあり鍬の爪に武器を引っ掛け絡め取る、武器を破壊する事もできた。仕掛け武器の強さを改めて実感できた。

 

 極力リスクを排除して、先に進む。

 忘れずに、最初に登った梯子横の門を開通する。

 少しだけ、緊張が解れる。

 息を大きく吸い込み、溜め込み、ゆっくりと吐く。

 

 たったこれだけの距離を進むのに何時間掛かっただろうか…

 

 距離にすると数百メートル

 奴等は腐っても確かに狩人なのだ。息を吐く暇など与えてくれるはずもない。油断など以ての外だ。実際に、これだけの安全策をとっても何回かは攻撃を受けそうになった。

 

 ゲームのように、ただR1を連打すれば良いのではない。闇雲に武器を振り回せば相手の思う壺だ。武器は確かに、敵を屠るための重量を兼ね備えており、蓮撃ともなれば相当に体力を使うからだ。

 まともな装備を身につけることのないヤーナムの人々は知っているのだ。何処を狙われようと一撃では大抵死なないことを。

 故に、何処を狙えば相手に反撃されないか、どうすれば必ず殺し切れるか

 具体的な殺意を持たなければならない。

 

 しかし、順調にことが進んでいるのも事実だった。確かに、前進できていると実感できた。

 

 だからこそ、良くなかった。

 

 ヤーナム街の広場、そこには軽く数えても十を超える群衆が屯ろしていた。今も尚、磔にされ炙られている獣の屍。下半身は燃え尽き上半身だけとなっているそれは、それでも3mはあった。それだけ大きなものを燃やすにはそれ相応の燃料が必要である。磔の下には足りなくなった薪代わりに人骨が焚べられていた。獣との戦いで死んで行った者たちであろう。それに暖炉にでもあたるかのように集う群衆。唯々ずっと見上げている、丸で自分達の成した狩りを誇る様に。

 酔っているのだ

 自分達は成し遂げたのだ

 こんなに大きな獣さえ狩れる

 狩人など居なくてもやっていける

 自分達はすごい

 英雄なのだ、と

 獣の焼ける匂い、料理などとは明らかに気色の違う匂いと淀んだ空気が少しずつ心を蝕んでいく。しかし、ここには有用なアイテムがいくつもある。危険を承知の上、人目を掻い潜りながらアイテムを集めていく。

 

 『火炎瓶』

___

 投げつけると激しく炎上する火炎瓶

 古くから工房にある狩道具の1つ

 

 かつて旧市街の悲劇がそうであったように

 病の浄化の偏見もあり、狩道具に炎は付きものである

 

 だからだろうか、ある種の獣は病的に炎を恐れるという

___

 

 序盤では数少ない炎属性かつ投擲道具の一つで、威力もそれなりにある。特に獣に対しては威力を発揮する。

 数は少ないため、使う場面は考えなければならない。

 

 『血石の欠片』

___

 死血に生じる固形物の欠片

 血中に溶けたある種の成分が、死後凝固したもので結晶化していないものは血石と呼ばれる

 

 工房は、この血石を彫りこむことで武器を強化する

___

 

 螺旋構造を描く小指ほどのそれは武器の強化素材となる。

 集めるに越したことはないだろう。

 

 

 アイテムを拾おうとした瞬間、横からの衝撃

 受け身すら取れなかった

 押し倒されると共に、脹脛に痛みが走る

 

 瞬間、理解した

 喰われている、と

 

 急いで、落とした鉈を手繰り寄せる

 未だに、眼前で俺の足を喰い千切る畜生

 

 咄嗟の出来事のせいか

 アドレナリンのせいか

 未だ痛みを感じない

 ただ、憎悪と怒りだけがあった

 自分の体を我が物顔で貪る群衆に

 こんな雑魚に良いようにされている自分に

 

 眼前に迫る顔を鉈の刃で押し返す

 同時に、切り裂く

 反撃されると思わなかったのか顔を抑え暴れ散らかす群衆

 どうやら、偶々目を傷つけて視界を奪ったようだった

 狙いを定め、武器を変形し長柄となったそれを安全距離から振り下ろす

 

 血の意思が手に入る。

 腰を下ろす。

 同時に、足に痛みが走る。

 相当深くまで抉られた脹脛は筋繊維と骨のような白い部分を空気中に晒していた。

 歯を折れてしまいそうな程、食い縛る。

 声を噛み殺し、じっと耐える。

 なんとか、輸血液を取り出して体に叩きつける。

 

 瞬間

 先程の、傷が嘘だったかのように消え去り、痛みも引いていく。

 悪い冗談のようだ。

 

 しかし、荒だった息と服に染み込んだ血、地面を伝っていく液体だけはあれが事実だったことを教えてくれる。

 

 

 何故、忘れていたんだろう。

 ゲームで何度も体験したというのに…

 アイテムを取ろうとしたら、物陰から敵が襲いかかってくる、なんてなんとも分かりやすく安い罠だ。

 あれだけ警戒していたのに、アイテムを見つけた瞬間これか…

 視野が狭すぎたからか

 いや、先程が上手く行きすぎたせいかもしれない

 

 しかし、教訓も得た。

 どんな雑魚だって俺を殺しえる。

 今回は運良く反撃出来たが、何度も悪運が助けてくれる筈もない。

 今回の被弾は、高い授業料となった。

 取り敢えず、死ななかった事に感謝しこれからのことを考え出す。

 

 

___

 広場では、先ほどの戦闘音は聞こえなかったのか相変わらず、群衆が佇んでいる。此処は、焚火や呻き声やらの音が常に何処からも響いている。今回のもそう言ったものの一部だと認識されたのだろう。また、戦闘が物陰で行われていたの大きいだろう。

 運が良い。

 

 しかし、群衆の中には、銃持ちも複数おり、高い場所から獲物を探しているようだ。相変わらず、注意はしなければならない。

 

 さて、取るべきアイテムも取っただろう、後は先に進むだけだ。しかし、これだけの群衆を相手に見つからずに進むのはまず、不可能である。ならば、突っ切るしかない。元から、そのつもりだった。しかし、それもやはり不可能にも等しいことであった。

 無為に死ねば今までの殆どが無駄になる。敵も当然、復活するからだ。アイテムを取らないで良い分、避けられる戦闘もあるだろうが、それを推しても余りあるほどに此処までの道のりは時間と労力を要する。蛮勇と勇気は違う、履き違えてはいけない。今此処で突っ切ると言う選択は蛮勇なのではないか。更には、対した思考もせず導き出した愚行なのではないか。そも、勇気など此処では何の役にも立たない。実力が足りない。技術が足りない。アイテムが足りない。

 なら、どうすべきか。一度帰るべきか。アイテムを買って、また此処に戻るか。でも、それで此処を突破できるのか。突破できなかった場合、もう一度血の意思を集めて戻って此処に来なければならない。

 こんな序盤でそんな苦労してこの先、やっていけるのか…

 

 突っ切れ

 

 いや、何を考えているんだ。

 俺はできない可能性ばかり考えて、未だ一歩すら動いていないことに気付く。

 俺は、先程の傷で怖気付いてしまっていた。偶々、先の戦いまで負傷もなく行けてしまったため調子に乗っていた。その出鼻を少し挫かれた位でこの様だった。これでは、罹患者の獣に喰われた最初の頃と全く同じではないか。思わず笑ってしまう。

 そうだ、死は此処では終わりじゃない。ここでは、死から逃げたものから死んでいく。死を恐れることは悪くない、寧ろ死に慣れることの方が余程悪いとさえ考えている。後者は命の重みを忘れ、大事な局面でさえ甘えが出てしまうと思ったからだ。これで勝てなくても次がある、と。俺は今まで死を恐れていたんじゃない、唯逃げていただけだ。

 やる前から、終わっていたら次の狩られる側は俺だ。なのに、なぜこうも弱気になっている。弱音を吐くのはやってみてからでも遅くないのではないか。必死に自分の恐怖をかき消そうとする。頭を壁に打ち付ける。頭に響く鈍痛を無視しひたすら打ち付ける。額から血が流れ始めた頃、ようやく無心になれた気がした。

 

 やるしかない

 群衆の何人かが広場から俺の目的地と反対方向に歩き出すのを確認する

 

 今だ

 

 石ころを、広場中心に投げると同時に駆け出す

 群衆の目線が落ちた石ころへと集中する

 直ぐに目線が俺に向く

 しかし、階段への道はガラ空きだ

 足音に気付いた獣が近寄る

 一歩遅い

 群衆の攻撃は空振りに終わる

 そのまま、走る

 背を低くし、蜿蜿たる動きで駆ける

 背後から射撃音が聞こえる

 ほお横に弾が通り過ぎるのを感じる

 そのまま、通路脇へと身を隠し斜線を切る

 心臓が痛いくらい鳴り響く

 あとちょっとで弾が脳を貫いていた

 まだ、安心できない

 乱れる息をそのままに、追手を覗き込む

 

 数は2

 野犬とヘルパー持ちの群衆

 

 複数人数相手はこれが初めてだ

 だが、そうも言ってられない

 

 群衆より早く此方に向かってくる野犬

 此方の脛に齧り付かんと迫ってくる

 その横腹を蹴り飛ばし、長柄へと変形した武器を振り下ろす

 その隙を見計らって群衆は俺の腹へとヘルパーを突きつける

 避けられない

 攻撃からの硬直を利用される

 腹を掻き回される

 思わず、武器を手放し唯々蹲りたくなる

 しかし、苦痛に耐えて反撃に回る

 顔面を殴り飛ばす

 腹に刺さったヘルパーを引き抜く

 相手が起き上がってくる前に、足で武器を持った利き手を踏み潰す

 先程のお返しに、ヘルパーを相手のへと執念に振りかぶる

 僅かに、体の癒えと血の意思を感じる

 

 『リゲイン』

___

 敵の攻撃を受けた際、一定時間内に反撃することでHPを回復できる
 ただし、銃器や投擲アイテム、秘儀などの遠距離攻撃では回復しない

 

 ヤーナムの人々は相手の返り血にこそ生きる力を見出す

 

 故に、手負いの獣こそ最も危険視すべきなのだ

___

 

 此方に向かってくる後続はいない。

 取り敢えずは、撒いたようだ。

 相対する相手が1、それも野犬が増えただけでこうも違う事を、今回の戦いで認識させられた。

 

 

___

「…お気を付けて」

 

 少しだけ、上げていた腰を下ろす

 どうやら、少し話し過ぎたみたいだ

 喉を掻き毟る

 血が滲む程に

 掻いた爪はボロボロで、乾いた血がこびり付いている。その尖った部分が引っ掛かるたびに辞め難い快楽を齎す。それも一瞬のことで、直ぐに疼く様な痛みともっと掻きたいという欲求に襲われる。喉は常に乾いていて、血の味が息をする度に滲んでくる。咳をすれば、ドロリとした血液混じりの痰が、手一杯に広がった。直ぐにそこらにある布切れでそれを拭い、寝台の横に備え付けて机から輸血液を引っ掴むと同時に少し煽る。

 

 荒んだ息が収まると、額一面に滲んだ汗を拭いながら、見送った窓先を名残惜しく見遣る。

 何処か覚束無い背中に、在りし日の自分を重ねながら。

 

 出会って、それどころか面と向かって会話すらしていない人物が何故だか、とても懐かしいように感じた。自分の心の中にするりと入ってきた。もしかしたら、私と彼は同郷なのかもしれない。それどころか、会って会話する程の仲だったかもしれない。まぁ、今は記憶すら失って定かではありませんが。

 それとも、単純に人肌が恋しくなっただけなのでしょうか。ヤーナムでは異邦人は排他される傾向にある。だから、同じ異邦人であると親しみを感じたのでしょうか。多分、此方が正解だろう。今まで、会話らしい会話というものをしてこなかった。あるのと言えば、一方的に伝えられる罵詈雑言や世迷言、戯言位だった。同じ異邦人とて同じだ。

 逆に正常な奴らは殆ど言葉を介さない。無駄だと分かっているから、狩るかも知れない奴との会話なんて虚しいだけだから。そんな仲で彼は普通過ぎたのだ。警戒心もなく、民家の窓を叩いて、情報を提供し別れの挨拶まで済ませる。丸で、普通の人間の様じゃないか。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 私の様な半端者が

 

 寝台に背を預け、そのままずり落ちる様にベッドへと横たわる。

 息苦しくて、身体を横に向ける。

 楽になったかと言われれば、間違いなくそうではないと言える。寧ろ、先程より息苦しいかもしれない。反対に寝返りを打つ。此方は、比較的楽かも知れない。しかし、やがて息苦しくなり結局は最初の位置に戻る。それの繰り返しだ。それもいい加減嫌になり、手の甲を額に乗せる。少しだけ冷えた指先が心地よく響き渡る。汗をかいたばかりだというのに、熟づく嫌になる。

 寝返りを打つには少し心許ない大きさの寝台、簡素な作りの寝台はちょっとした衝撃でもミシリと大きな物音を立てる。もう慣れた。夜具は疾うに床にずり落ちていたが拾う気にはなれなかった、そんな気力もなかった。

 額から熱を吸い、冷たさを失い始めた手を宙に掲げる。常人のものから逸脱し始めたそれ。それを直視する度に遣る瀬無い気持ちになる。

 

 私は、何処にでもいる様な、そんな普通の狩人だった。

 大した失敗も無く、然れど、大きなことも成さなかった。物陰に隠れて、溢れた獣を狩っていく。時には、失敗し囲まれて死んだことも一度や2度ではない。強敵に遭遇し手も足も出ずに殺されたことも。それでも、何とか自分の身の回り位は守れる、そんな矮小な狩人の一人に過ぎなかった。

 

 恐らく「自分には才能がないのだろう」、そんなことを自覚出来る位には夜を生きてきました。

 いや、そんな格好の良いものじゃないことは分かっています。生き残る、でしょうか。どれも適切ではないと言うふうに感じる、

 生き永らえる

 死に損なう…、そう、私は死に損なったのです。

 

 一層のこと、棺桶にずっと封じられ夜明けまで生き恥を晒すことなく居られれば良かったのかもしれない。少なくとも、そこらを闊歩する群衆の様に唯、血と悲鳴に酔う様には成りたくない。醜態を晒すだけ晒し、最後には雑多な存在として何時迄も狩られる。そこまで落魄れる位なら私は棺桶で身動きさえ取れない地獄を味わう方がまだ、マシだと思った。まだ、心のそう言った部分は人で有りたい、と。

 ひょっとしたら、この様な中途半端な潔さがこの歪な獣化現象の現れであり、今も精神性を繋ぎ止められている原因なのでしょうか。そうだとしても最悪なのに変わりはない。

 人としての意識を持ったまま、獣に成り果てる苦行を刻一刻と、それもまともに動けない状態で味合わなければならない。それがどれ程の苦痛かは、もう散々と味わった。普段、体の内側に燻っている熱は決して腕まで行き届くことはない。しかし、一度でも血を浴びればそれは虫が這いずるかの様にゆっくりと蠢き、侵していく。そして、今も。

 

 全身を掻きむしりたくなる程の痒み

 

 耐え難いそれは、輸血液を使った反動

 獣の病が進行した私にとって、血とは薬とは名ばかりの激毒でしかなかった。癒えるほどに渇いて、自分を見失うほどに。それでも必死に呑まれまいと身体を抱き締めるように。

 

 じっと、耐える

 出来ることなどそれしかなかった

 踏み砕かれるよりも

 捻り潰されるよりも

 切り刻まれるよりも

 狩人となり、それなりに強靭な精神を身につけた私でもそれは、それ程に耐え難かった

 流されて、諦めて、解放する方が楽だったから

 

 それでも、ギリギリで踏みとどまった

 偶然でも、奇跡でもない

 唯単に今回は、血の摂取量が少なかったからだ

 今回は、久しぶりの人間味溢れる物事に興奮していただけであり前回の摂取から時間がそんなに経っていないこともあり量も僅かで済んだ

 

 先程よりも少しだけ濃くなった、身体を覆う異形の体毛。気持ちが悪い。肌も少しだけ炭を塗った様な黒へと変色している。未だ、骨格の変化までは進行していませんが時間の問題でしょう。

 

 無論、このことで彼を責めることはありません

 彼に、落ち度は有りませんし、話をしたのも自分なのですから。

 

「私も、そろそろ潮時ですか…」

 

 何より、彼が来ずとも結果は変わらなかったのです。遅いか早いかで言えば、それは前者の方がいいですが、数分程度なら誤差の内にも入らないでしょう。それこそ、まともに動くことさえできない役立たずが数分で何出来ようものか。

 それに、何となく分かっていのです。終わりがそろそろ近いことを。だから、彼には感謝すらしています。

 

 最後の最後に、託すべき相手が見つかったことを。

 

 後輩に、それもどうやら新人にそれを託すなんて自分勝手な先輩だと思う。でも、彼には才能がある。彼なら、この夜を終わらせることができるという確信めいた何かを感じる。そんな彼には私の選別なんてものは、きっと取るに足らないものなのでしょう。それでも、要らないと言われようとも押し付けてやろう。先輩狩人の特権という奴です。

 

 それまでは、精々足掻いてやるとしましょう

 

 

 

 その後、狩人が群衆を誘い出しながら1匹ずつ丁寧に狩っていくのを私は微笑ましく思いながら見守った。

少女の名前

  • なし
  • 勝手に決めろ
  • 考えてやろう
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