休息を少し取りながらも辺りを観察する。
此処は先程の広場の裏手側
群衆が闊歩していた表通りと違い此方は群衆も居らず敵も数えるほどしかいない。敵も戦闘を避けようと思えば素通りできる位置だ。何故此方に群衆は来ないのだろうか。群衆が此方に来ることを拒んでいる、嫌がっているというよりは縄張りの外だから来ない、という感じだろうか。
ゲームでもそうだったが敵は追跡可能であれば何処までも追ってくる訳ではない。知性の無い獣でもそうだ。ゲームであれば処理の問題がある。しかし、現実となった今でもそうであるというのは少し不思議に感じる。丸で此方と彼方で世界が違うかの様にも感じた。先程感じていた熱気がなく冷たさを感じたというのもあった。変わらないのと言えば、何処からでも聞こえる呻き声と鐘の音位だろうか。
立ち上がり、探索へと移行する。
音でいえば、此処は表通りより煩いかもしれない。漸く、広場の右手側から聞こえる音へと意識を向ける。先程の広場へと続く門を叩く音だ。
そこには"獣狩りの下男"がいた。
下男とは身分の低い賤しい男。また、雑用などをするために雇われている男を意味する。意味合いとしては前者がより正しいだろう。大きな図体、横幅だけで言えば常人の2倍はあるだろう。手には、その図体に相応しい大きさの煉瓦を持っている。勿論見せ掛けなどではないだろう、その腕から繰り出される一撃は想像に容易い。
此方には気付いていないようだ。酷く悲しげな声で、なんといっているかも不明だが、ひたすらに広場へ続く大門を叩いていた。こちら側に閂があるのにも関わらず。下男の名に相応しく見窄らしい格好と合間って、憐れみを感じさせる。
しかし、その感情は狩りには不要だ。直ぐに、身持ちを切り替える。どういった因果かは知らないが、俺には下男の足元に落ちている武器が必要で、気付かれれば襲われる。ならば、狩るだけだ。
幸い、扉を叩く音はそれなりに大きく、不意打ちを気付かれる心配はないだろう。
足音を殺し、近づく
10m付近まで近づく
気付かれない
7m付近に迫る
相手は門に釘付けだ
5m、4mーー途端、門を叩く音が止む
視線がこちらを向く
気付かれたっ!
急いで距離を取り相手を注視する
なぜ気付かれた?
あれは、獲物を捕らえるための演技だったのか
いや、そんなことを考えている場合じゃ無い
下男は緩慢とした動作で振り返ると、またゆっくりとした動作で此方に向かってくる
此方も、それに応じる
一歩、また一歩後ろに下がっていく
すると、焦れたのか下男は煉瓦を自重に振り回されようにして振りかぶってくる
大ぶりな一撃を当然の様に避け、鉈を腕へと振りかぶる
手応えが、重い
服とも呼べない様な布切れを羽織っており、防御力は決してない
だのに、あまりにも厚い脂肪が刃の勢いを削ぐ
肉の中腹辺りで勢いが完全に静止する
引き抜けない⁉︎
其れを見計らう様にして続く二撃目が、俺を襲う
相手は確かに、狙っていたのだ
この時、この瞬間を
ギリギリのところで腕を差し込む
まるで意味が無かった
頭へと直撃する
少しの浮遊感を感じる
一瞬、意識が飛ぶ
視界が曖昧で焦点が定まらない
頭から何かが抜けていくのを感じる
思考がまとまらない
腹に、衝撃を感じる
痛みが鈍い
全てが朧げに感じる
もう、全部どうでも良かった
どうにでもなってしまえ、とさえ思った
あきらめるな
なのに、身体は動いていた
いつの間にか取り出していた火炎瓶を握り締める
腕を振り下ろそうとして、此方に近づいた顔面に叩き込む
相手が仰反る
手が一緒に燃える
黒焦げて指と指の間が開かない
関係ない
焼き焦げた手で、輸血液を握りつぶす
身体が正常を取り戻していく
意識が冴える
先程までの自棄な意識が消えていく
立ち上がりながらもう一度、輸血液を使う
瓶を威嚇として、投げる
相手は大袈裟に避ける
しかし、これは火炎瓶では無くただの瓶だ
威嚇として、避けられると分かって使うには火炎瓶は高価に過ぎる
しかし効果はあった様だ
相手は、火炎瓶を警戒しているのか此方の動向を窺っている
先程のは相手にとってのかなり重い一撃だったはずだ
顔は爛れ、片目は恐らく失明している
もう一度同程度の一撃を喰らわせられれば、行けるはずだ
俺は火炎瓶をちらつかせながら、相手の焦燥を煽る
此方だけが、飛び道具を使えるという圧倒的有利を利用し、後手に回る
此方は、相手が隙を晒す瞬間を待てば良い
やはり、相手が焦れる
先程とは、違い俊敏な動きで此方に迫る
俺よりも、早い
しかし、機動力はない
冷静に横に回避する
同時に、一撃
先程と同じ失敗は繰り返さない
肉の薄い関節を狙う
二撃目は、煉瓦によって防がれる
前に出過ぎてしまった
後退しようとするも相手が逃すはずがない
此処で逃せば、ジリジリと詰められ負けることは目に見えているからだ。なら、と相手は反撃覚悟で一撃に賭ける筈だ
文字通り、決めに掛かった
掴みかかるように飛び掛かる上からの攻撃
相手が功を焦った
冷静に回避する
相手は手を地面に付いている
頭を此方に垂れている
勝敗は決した
頭に全力の一撃を振り下ろす
血の遺志が流れ込む
思わず、膝を突く。
思いがけない強敵であった。
彼は、確かに狡猾さを持ち合わせていた。
咄嗟の機転が無ければ、確実に負けていた。
今回は、相手の短気さに助けられたと言っていいだろう。
彼は"輝く硬貨"を持っていた。
『輝く硬貨』
___
特に輝きを放つ雑多な硬貨
獣狩りの夜に商うものなど皆無だが夜道に蒔けば、道標くらいにはなるものだろう
あるいは、遠い夜明けまで溜め込んでおくとよい
___
自ら、淡く発光するする硬貨はほんの少しの温もりも帯びていた。
それは、少し異様にも思えたが、金を集めるという行為は確かに人間らしいと言えるだろう。
これは、下男が獣狩りの夜を生きる上での最後の縁だったのかもしれない。
彼から輸血液を採取しながら、そう思った。
彼を超えて、目当てだった武器を入手する。
『松明』
___
長い棒の先に、松脂に浸した布切れを巻き付けたもの
ごくありふれた松明である
狩人の狩りはしばしば暗所で行われ、松明の明かりが役に立つ
またある種の獣は、病的に火を恐れることが知られている
___
延々と燃え続ける其れは、今後の狩りで必ず必要となる。獣を牽制する意味合いでは勿論、何処もかしこも陰気臭いヤーナムでは特に。灯台下こそ最も暗くなる故に。
その他、有用なものを拾っていく。
『死血の雫【1】』
___
血の意思を宿した死血の雫
使用により血の意思を得る
夢に依る狩人は、血の遺志を自らの力とする
死者に感謝と敬意のあらんことを
___
これはプレイヤーが死した時、その場に残る血痕に良く似ている。恐らく、誰かが回収する前にやられたか、正気を失ったのだろう。
得られる血の遺志は階級によって異なり、1は一番少ない。最初のステージだ、そんなものだろう。
しかし、今はあるだけ有難い。
死者に感謝と敬意を。
門の向かい側には"屍肉カラス"が屯していた。
奴らは、狩人の死骸に集まり貪っていた。嘴には、今まで喰らってきた死肉が糸を引きこびり着いていた。今や少年少女程の大きさまで肥え太り、飛ぶことすらままならない醜い生き物だ。
俺の足音に気付き、飛べない羽を羽ばたかせ襲いかかる。武器を変形し、中距離から安全に一体ずつ倒す。機動力も知性も持ち合わせない此奴は大した脅威ではない。
そういえば、こいつらは何故か、石ころを落とす。それは、単に此奴らが石ころと肉も判別できない馬鹿で飲み込んだだけなのか、こいつらが炉端の石ころ程度の存在であるという暗示なのか…。
などと、考えているうちに最後の一匹を倒す。
鴉が集っていた死骸は油壺を持っていた。
『油壺』
___
投げた対象を油まみれにする壺
油まみれの対象は、とてもよく燃える
獣狩りに炎はつきものであり、その効果をさらに高める狩り道具
獣を燃やす狩人は、浄化の興奮に酔っているのかもしれない
___
火炎瓶と合わせて使うことで強大な獣にも効果を期待できる。
数は2つと少ない。ボス専用に取っておくべきだろう。
ここで収集できるアイテムは粗方取っただろう。
次に、ショートカットを開通しにいく。
ヤーナムの街は縦に積む様な街の構造上、昇降機や梯子などによって各所に移動するような設計が成されている。獣の病を封鎖するために今はそういった仕掛けは機能していないため、ショートカット開通は非常に重要と言える。
最初に此処に来る時に駆け抜けた道を真っ直ぐ進む。その先、柵が破け段差になっている先に進む。段差を降りる直前、横の民家から声を掛けられる。
「ちょっと待ちな」
「よく見ると、よそ者じゃないか」
「獣狩りの夜にほっつき歩いて、可哀想なことだよ…」
「あぁ、可哀想にねぇ…」
ウヒヒヒ
家からは常に、狂った様な笑い声が漏れ出していた。家の前には、豪勢に獣避けのお香が2重に焚かれている。此度の夜は長いらしい。安全圏から、人を冷やかす位しかやることがないのだろう。人に、実害を及ぼさないだけ未だマシな部類だ。
言葉を無視して先に進む。
___
段差の先は、狂犬が縄張りを作り我が物顔で屯している。周辺に空の鉄籠があることから脱走したことが分かった。まだ、此方には気付いていない。見つからないうちに片を付けようとするもそれは直ぐに失敗に終わる。
俺がしくじった訳ではない
運が悪かった訳でもない
例えるなら、車に撥ねられた様な物だ
悪意を以て
パリン、と小気味のいい音が眼前に響く。距離はそれなりに離れていたが、高い場所から落ちたこともあり音がそれなりに響いた。獣の病に堕ち千切れかけた耳でもその音は拾うに容易かった。
「…あぁ、悪いねぇ。手が滑っちまった」
「全く、可哀想にねぇ……」
ウヒヒヒ
巫山戯るなっ
顔を拝もうと一瞬、後ろを振り返る。
もう、窓は閉められカーテンも降ろされている
用意周到なことだ。
慣れた手つき、予め計画していたのだろう。
異邦人に対して、或いは此処を通る全ての狩人に対して
でも、今は其奴らのことなんて考えている暇はなかった。
数は2匹
左手に、松明を持ち狂犬を牽制する
狂犬は、ひたすらに此方を唸り、吠えたてる
何の拍子か、1匹が此方に走ってくる
続けてもう1匹も向かってくる
鴉同様、死骸を喰らい続け人ほどに大きくなったであろう犬に松明で攻撃し怯ませる
横腹を向かってくるもう1匹の方に蹴り上げぶつける
2匹同時に切りつける
1匹はそれでも構わずに俺に向かってくる
腹を噛まれそうになる
松明の柄を噛ませ、噛まれるのは阻止するが衝撃はどうしようもなかった
衝撃を受け止めきれず、蹈鞴を踏む
もう1匹も怯みを脱し、噛みついてくる
服を貫通する牙が俺の肉を抉ろうとしてくる
急いで、鋸ナタをその爛れた横腹へと突き刺す
松明を噛ませていたものにはそのまま先を喉奥へと差し込み退かせようとする
それでもと、尚も噛む力を強める2匹
足を噛まれているものに関しては、このままでは噛みちぎられてしまう
これ以上を許す前に、1匹に噛ませている松明を足で蹴り込み喉奥へと突き刺す
根元まで突き刺さった、息の根は止まっただろう
一対一となれば話は簡単だ
尚も足を骨ごと砕こうとしている狂犬の首に刃を振り下ろす
2匹の死を確認する
足の傷に関しては、歩けるほどではなかったが以前の群衆の物と比べると浅く済んだのが不幸中の幸いだろうか、輸血液も1本で足りた。あれ以降、民家の老婆の手出しもなかった。どうせ俺の、狩人の踠く姿を嘲笑いたかっただけだろう。民家のカーテンが少し空いて、此方を覗いているのがその証拠だった。碌でなしであるのは十分に理解できた。
煮え立つ腹を何とか押し込める。やり返せば俺は彼奴らと同等だ。そも、やり返すことに価値が見出せない。メリット(一時の快楽)よりデメリット(人殺しの重責、時間や体力の浪費)の方が何倍も高い。腐ってもあちらは人間で此方は狩人、俺は人殺しになりたい訳じゃない。
気分を落ち着かせると同時に、気分転換として先ほどの戦闘を振り返る。ゲームでは狂犬はかなりの強靭削りを誇り、複数で来られると序盤では即死となる程には強い。また、素早い動きと嗅覚で何処までも追ってくるのが厄介であった。本来なら1匹づつ誘き出し冷静に倒すのが正攻法だ。今回は例外だったが、それでもかなり苦戦した。ゲームでも此奴にかなり苦労した記憶があったため苦手意識もあった。
未だ檻に閉じ込められている狂犬については、そういった事情もあり念のため、檻の隙間から松明をねじ込み倒すこととした。檻の外に出たものと違い、碌に身体を動かせなかったためか衰弱しており、然程苦労せずに倒せた。
逆に、外に出ていた物が特別強かった様にも感じた。それも、そうかも知れない。あの老婆が毎回此処を通るものへとあの様な手出しをしていたのだとしたら、それにやられる狩人も何人かは居ただろうからだ。
さながら、あの老婆は迷える狂犬に餌を与える慈悲深き飼育員と言ったところだろうか。そして、今もこの様に檻にいる狂犬を焼き殺している俺は動物虐待者か。ここに動物愛護団体なるものが存在すれば、懲役何年だろうか…。
いや、流石に彼等もこいつらには匙を投げ出すかもしれない。
なんて、馬鹿なことを考えてみる。
しかし、酷いと言われようと、死なない為にはこうするしかない。潜在的脅威、目に見える敵を今は封じられているからと言って容赦を掛ける偽善は此処では求められていないからだ。
此処で安心できるのは、死体位なのだから。
小道の先には、狂犬が待ち伏せしているのが見えたため、気付かれない内に、火炎瓶を投げつける
接近し、何もさせない様に倒す
やはり、一体だけならどうということはない
狂犬の側には死血の雫【3】が落ちていた。
序盤では、それなりの血の遺志である。
遺志を溜め込んでいた所を襲われたのだろう
不意を突かれたか
瀕死を襲われたか
或いは、単に油断してやられたか
この人の死が無駄にはならない様に有効活用しよう。
一旦、きた道を戻り、階段を登る。
ショートカット開通はもう直ぐだ。
探索はその後からでも遅くはないだろう。
道を突き進み、階段先の扉に近づく。
窓から、中を覗き込む。
中は薄暗く、よく見渡せない様になっている。
松明で、照らしながらもう一度確認する。
ふと、扉横で獣が待ち伏せしているのが見えた。
いや、目が合った。
急いで、扉から離れる
相手も、扉を開け放ち、此方に向かってくる
階段を降り、踊り場で相手を待つ
幸い、相手は群衆1人
武器を長柄に変形し安全に立ち向かう
慣れた手付きで相手の武器を振り払い倒す
部屋の中は、此方に向かって座り込む"車椅子の群衆"
気付かれると手に持つガトリングガンを無差別に発射してくる厄介な敵だ。
先程の戦闘音が部屋まで届いていたらしい
ガトリングガンをひたすらに此方に打ち込む
直ぐに部屋を出て回避する
どうする
部屋の向かい側の扉は精々20m
走れば、ガトリングガンを無視できる距離だ
いや、殺ろう
どうせ此処はショートカットとして何回も渡ることになる
ここで倒せなかったら話にならない
それにやつは、水銀弾を大量に持っている
殺した方が、今後の役に立つ
扉の窓から改めて相手を見る
群衆も此方に照準を合わせている
構わず、群衆へと近寄る
此方に銃弾が雨の様に降り注ぐ
しかし、俺には当たらない
先程の死体を盾にしているからだ
そのまま、群衆を盾に近寄り、群衆へと押しつぶす様にぶつかる
その勢いのまま、鉈で一絶ちする
群衆から水銀弾を回収する
その拍子に、首に何かが掛かっているのが見えた。いつもだったら気にしないはずのそれが何故だか、気になった。
どうやら、それはペンダントロケットのようだった。開けば、仲の良い4人家族が写っており、彼は叔父に当たるようだ。
嗚呼、羨ましい
先程までの、好戦的な感情が嘘の様に消える。
直ぐに、それを閉じ彼に返す。
何か、いけないものを見てしまったような、やってはいけないことを人に見られしまったかのような居心地の悪さと気持ちの悪さが全身を巡る。直ぐにその場を離れる。
分かっていた筈だ。知れば必ず後悔する筈だと。彼は、きっともうあの家族の知る彼ではない。彼は、家族と仮に会ったとしても何の感傷も持たず殺すのだろう。でも、彼は少なからず家族にとって良い叔父だったのだろう。笑顔で写真に映り込む4人が脳裏にチラついて離れなかった。
狩人が一番持ってはいけない感情
それは、同情だ。
それを一度持てば、刃は鈍りもう2度とそいつに刃を向けられなくなる。
俺は彼にもう一度、刃を向けられるのだろうか。
いや、できるかどうかじゃない。
殺るしかない。
それが延いては彼と家族のためになる。
単なる偽善だったとしても
心の何処かの疾しい正当化する言い訳だったとしても
知ってしまったなら、無関係ではいられない。
気持ちに整理をつける。
ショートカット前に佇む群衆へと走り寄り、少しの心の蟠りを晴らすように首を断ち切った
側に落ちている血石の欠片を拾う。
門のレバーを下ろしショートカットを開通する。
この門はギルバードの民家、最初の灯りへと続いている。
民間の壁に寄りかかり、少しの休憩を取ろうとする。
今は、どうにも戦う気になれなかった。しかし、極度の緊張感から解放されたせいかすさまじい眠気が押し寄せる。
丁度良い。
一度、狩人の夢に戻ろう。
そして今は、この眠気に身を任せよう。
___
「…ぃ、ぉ……」
声が聞こえる
「…い、お…ろ」
何かを、言っているようだ
「おい、起きろ!」
耳元でそれなりに大きな声を出される。
びっくりし、思わず立ち上がる。
膝を、机の金属部分にぶつける。
鈍い音が鳴った。
思わず、呻きを上げた。
「おい、大丈夫か?なんか、すまん」
でも、半分は自業自得だぜ、と愚痴る目の前の人物は此方を見つめている。他にも、部屋にいる内の幾人かがこちらを見ていた。
どうやら、先程の起き上がった音で少しの注目を集めているようだった。
少し、いや、大分気恥ずかしい。
「それより飯、食いに行こうぜ。でも、出遅れてるから時間ヤベェかもな…」
言われて、腹が減っていることに気づいた。
それと同時に、徐々に鮮明になる記憶。
此処は学校で、此奴は友達。
そうに違いない。
時計を見ると、時刻は12時30分を指し示していた。
午後の講義が13時だから後、30分
ヤバイなんてもんじゃ無い。この時間では急いで食べてギリギリ間に合うかどうかだろう。何故なら、今日は人が混む日だった筈だからだ。考えている内に申し訳無さやら、授業中寝ていたことに対する恥ずかしさやらで軽く死にたくなってくる。これでも、俺は一応授業だけは真面目に聞いている生徒だったからだ。それに、友達を自分の意思とはいえ、待たせてしまった。
かと言って、素直に謝るのも何だか気恥ずかしかった。言葉が自然と湧き出る。
「どれ位寝てた?」
「10、いや、20分位」
「あれ?可笑しくね」
「可笑しい?」
「終わりって12時丁度だろ?」
「化学の先生はいつもそうじゃん」
「そうだったわ」
「こりゃ、完全に寝惚けてるわ」
「そうかも」
「寝不足?」
「いや、全然そんなことないけど」
なんて他愛のない会話を繰り広げながら食堂へと向かう。
「というか、お前顔拭えよ」
「ん?」
「いや、涙出てるから。どれだけ欠伸してんだよ」
確かに、裾で顔を擦れば結構濡れていた。
「俺が泣かしたみたいに思われてるんじゃ…」
「すまん。代わりに何か奢るよ」
「いや、そこまで怒ってはないけど」
「さっき待ってくれたのも込みだよ」
「じゃあ、缶ジュース」
「お前、あれ好きだよな」
「美味いじゃん、あれ」
季節は10月で風も吹いていたため、少しの肌寒さを感じさせた。でも、先ほどまで寝ていて熱った体には丁度良かったかも知れない。小走りで廊下を渡り階段を降りて、一階へと向かう。
食堂前の券売機に付くと、3人くらいの列が出来ていた。うちの学校は、学食はあるのに売店はない。だからこういう急いでいる時、弁当などを持参していない者は地獄を見ることになる。今まで何回も経験してきた筈だが俺は一度たりとて学習していなかった。学習する気がないともいう。
そして、シミュレーションしてみる。これを待って、券売機を買って、食堂でまた出来上がるのを待って…
「これ、午後の授業間に合う?」
「いやぁ、ギリギリかもしれん」
「本気ですまん」
「まぁ、今日授業の終わり遅かったのもあるから仕方ない。それにしても、お前が寝るなんて珍しいな、というか初めてか?」
「そうかも、昨日はよく寝たんだけどなぁ」
「まぁ、そう言うこともあるよな」
「何なら、俺なんか待たずに他の人と行ってても良かったけど」
「そうしたらお前起きなかっただろ、それにお前が可哀想だから」
「それ以上言ったら、泣くよ?」
俺なんかと連んでいるのが不思議な位には口が上手くて、面白いやつだった。
現に、冗談を言って俺の罪悪感を消そうとしているのが分かった。
そう言うところが中々に憎めないやつだった。
いよいよ、俺たちまで順番が来て券を買う。
俺はうどんで、友達はラーメン。
時間がないため、出来が速いものを2人して選ぶ。
俺はうどん派で此奴はラーメン派。
趣味とか結構剃りが合う奴だけど、そこだけは反りが合わなかった。
適当に空いてる席に座り、それらが出来上がるのを待つ。友達が水を汲んでいる間、俺は背にもたれ掛かり呆けていた。どうやら、俺の体はまだ、眠りから完全に目覚めては居ないらしい。そうして窓ガラス向こうの雑木林を何と無く見つめていると、俺は異様なものを見た気がした。
気がした、じゃない。其奴は確かに此方を見ていた、雑木林の向こうから。かなり離れた此処からでも、はっきりと視認できる巨体。それだけでも異常だ。野生の熊でも2mは稀で3mはまずいない筈だ。一度だけ遭遇したことがあり、その後に調べたから間違いはない筈だ。あれはそんなもんじゃない。あれは、明らかに4mを超えている。
更に異常なのは、あれが立って歩いていることだ、人間の様に。あり得ない。それに此処はそこそこ田舎だが、雑木林は学校の敷地内だ。最近は、警備が強化されているし、いたのも犬や猫程度だったって聞いたのに。
そうじゃない。そんなことはどうでもいい。問題は、其奴が確かに此方に向かってきているということだ。着ぐるみなんて茶々なものじゃない。ドッキリ番組とかそういう類でもない。本物だと思った。
他の奴らは、どうして気付かない?
どうして、平然としていられる?
俺しか気付いていないのか?
分からない
何も、分からない
分からないけど、何と無く逃げるべきだと思った
席を立ち、慎重に立ち去ろうとする。
でも、それこそ悪手だった
席を立つ時に一瞬、ほんの一瞬だけ目を逸らしてしまった
獣が走り出す
慌てて、俺も走り出した
しかし、寝起きで身体が固まっていたせいか不幸にも足を滑らせてしまう
そして、そのまま転ける
筈だった
「おいおい、大丈夫か」
一瞬、極度の緊張状態から肩を触れられたことにより手を払い除けそうになる。しかし、俺は予想以上に焦っていたらしい。手を前に突き出す様な変な格好で静止することになる。凄く不恰好だった。もし友人が後ろからでは無く前から肩を支えようとしていたら悲惨なことになっていただろう。運が良かった。
いや、違う
そんなことを考えている暇はない
急いで、窓の外を見る
あれは、何処だ?
まさか、▲■▲■■▲▲▲▲○○■
「あれ、いない…?」
「気を付けろよ。あとトイレなら早く行けよ、うどんもう直ぐできるぜ」
「あぁ…、ありがとう。少し寝惚けてたわ」
「お前、そういうところあるからなぁ」
何てしょうもない話をしている内に先程までの緊張感が解れてくる。心臓は未だバクバクと鳴り響いているが直ぐに収まるだろう。どうやら、俺は本当に寝惚けていたらしい。夢の内容は全く覚えていないが、ああ言った化け物に襲われる夢でも見たのだろう。更には、それを現実にまで投影してしまうなんて、完全に阿呆のそれだ。自分にだけ見える怪物が突如現れて襲ってくる、なんてベタな展開。そういう手合いを嫌っている俺までもが使い回すつもりか。まだ、厨二病気分が抜けきっていないらしい。
自分で自分にツッコミを入れる。そんなことが現実で起きる訳が無いじゃないか。多分、きっとそうだ。俺より悪いことをした人なんてもっと沢山いる筈だ。俺はそんな人達に比べれば全然マシな方だ。寧ろ、こんなことで罰が当たるのなら世の中の人は大抵そうな筈だ、そうに違いない。
俺は、自分の事を普通と言うつもりはない。
それなりに不幸な人生は歩んできたし、この学校の中でなら間違いなく俺が一番不幸であると言える。でも、それを言いふらす趣味はない。可哀想と言われたく無いし、敬遠されたくも無い。それに、国単位で言えば俺位の奴らは五万といる。更には、俺と違いそれに立ち向かっている奴だって居る。
精神性だってそうだ。善人か悪人かと言われれば善人ではあると思うが道端に捨てられたゴミは見て見ぬふりをする。嘘だって数え切れないくらい吐いてきた。しかし、自分のゴミをポイ捨てしたことはなかったし、嘘だって謝ったら許してくれる程度の物だ、人も選んでやっている。友達が困っていたら出来る限り助ける。その程度だ。
あれ、俺、何でこんなこと考えてたんだっけ
どういう道筋でこういう答えになったんだっけ
トレーに出来たうどんを乗せて自席に運ぶ。
うどんを食べながら、他愛のない事を考えているとそんなことを思った。
今日の放課後は、辞めるべきか…
いや、これくらいでビビってどうする
突然、頭を抱えだした俺を怪訝そうに見る友人に、何でもないと言葉で示す。一応、納得してくれたみたいだ。
実際、大した痛みではなかった。
だけどそれのお陰か、何かを思い出しそうになる。
あれ、何だっけ……
何か、大事なことを忘れているような
これは俺の記憶じゃない
本当に主人公の記憶じゃないです。
少女の名前
-
なし
-
勝手に決めろ
-
考えてやろう