いずれ狩人となる   作:enfy

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第5話

 

 背中がチクチクとした刺激を発する。嫌な汗を掻く。

 ナタの柄を強く握り締める。相手に気づかれない様に、ゆっくりと反撃できる姿勢に変える。もう、相手の術中に嵌っているかもしれない、しかし、やらないよりはマシだろう。死ぬにしても、せめて一泡吹かせてやりたい。

 混乱が一周乗じて、思考を幾分かマシなものとする。

 

 何故

 

 そんな言葉が頭を埋め尽くす。

 彼女は、人形は"啓蒙"を得ない限り決して動くはずがない。

 

 『啓蒙』

___

 未知に触れた時に生じる知見の芽生え

 得ることにより、今まで見えなかったものが見える様になる

 

 世には知るべきでない真実があり、狂人の智慧などその最もたるものだ

 

 それが死に行く者の戯言だとて、知れば無かったことにはできないのだから…

___

 

 正しい知識を与えて、物事を合理的に判断できる様に導くこと。故に蒙(暗き)を啓く(照らす)と書く。偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促す思想は獣の病が蔓延し人間性を失ったヤーナムにこそ必要な物であった。実際、有用に働いたかは別として。

 それは、ボスとの遭遇、新しいエリアへの到達、アイテムの取得により得られる筈だ。様々な物を見て知見を得ることで、今まで認識していなかった物事を捉えることが出来るということだ。俺は、まだ其れらを一つたりとて成していない。本来ならば、アイリーンとの遭遇後、下水道で狂人の智慧を得て、帰還するつもりだった。

 しかし、そうはならなかった。

 

 透き通った眼球が今も尚、俺を直視している。

 生きている筈のない、人を模っただけの無機物である筈だ。

 しかし、肺があるかの様に肩が上下している。

 しかし、時折、瞬きさえしている。

 唯一、布に覆われていない球体関節の指が、それが人ではないことを教えてくれる。逆に言えば、それ以外は何れもが正に人間であった。

 自然な人間臭さが返って、より不気味さを浮き出させる。

 

 立て続けにことが起こり俺は一杯一杯だった。

 美しい造形の人形が今は、襲ってきた獣どもか、それ以上に恐ろしく見えた。

 実は此奴は、人形の振りをした化け物で、俺を可笑しくした張本人なのではないか、と。しかし、未だ生かしていると言うことは何かしらの用があるはずだ。相手の一挙一動に神経を集中させ、次の行動を伺う。

 そんな俺の気を知ってか、知らずか、彼女は一泊置いて言葉を紡ぎ出す。

 

「当然すみません」

「初めまして、狩人様」

「私は人形。この夢で、あなたのお世話をするものです」

「狩人様、血の意思を求めてください」

「私がそれを、普く遺志を、あなたの力と致しましょう」

「獣を狩り…そして何よりも、あなたの意志のために、どうか私をお使いください」

 

 ゲームで幾度となく聞いた内容だった。

 俺の記憶が正しければ、彼女は人形で間違いない。

 例え、記憶を弄られていたとしても、俺にはこれしか信じられるものが無い。なら、疑って何もできなくなるよりも、信じて行動する方がまだ建設的だ。

 警戒を緩める。

 恐らく、唯単に突然話しかけられて警戒しているとでも思っているのだろう。

 警戒を解くため、簡潔な自己紹介から入り、一言一言間を置いて自分について話し出す。慣れた様な話口調は恐らく、幾度となく他の狩人にもそうしてきたから。そして、事前に人形のことを知っていた俺でさえ(異常事態はあれど)警戒したのだから、他の者は攻撃にまで踏み切ったことだろう。その経験故か、言葉の節々から敵対の意思が無いことを訴えかけていた。

 同時に、俺への気遣いも見てとれた。手を前に組み、視線をずっと俺に合わせている。本当に、心配する心だけがあった。無駄に、警戒している俺が、なんだか馬鹿らしく思えた。

 相手が敵対者なら態々隙を晒している相手に、膝を折って目線を合わせる様な愚行は犯さないだろう。そも、殺そうと思えば端から声など掛けず蹲った俺を殺せば良かっただけなのだから。

 

 煮立った思考が冷え、漸く冷静となる。

 緊張を解き、姿勢を正す。

 思えば、唯身を案じている人形に対しこの様な態度は失礼と言うより、恥知らずである。

 立ち上がり、無礼を詫びる。

 

「構いません、狩人様」

「私は、狩人様を手助けすることが存在理由ですから」

「なんなりとお申し付けください」

 

 人形も、丁寧な動作で立ち上がり、言葉を返す。

 早速、俺は彼女に一通り話を聞くことにした。情報収集は何より大事だ。些細な事でも今後に役に立つかも知れない。知識に無いことは使えないからだ。

 

「ゲールマン様についてですか?」

「あの方は古い狩人、そして狩人の助言者です」

「今はもう曖昧で、お姿が見えることもありませんが…」

「それでも、この夢にいらっしゃるでしょう」

「それが、あの方のお役目ですから…」

 

「ああ、この小さな彼らは、この夢の住人です」

「あなたの様な狩人様を見つけ、慕い、従う…」

「言葉は分かりませんが、可愛らしいものですね」

 

 他にも狩人の夢や獣の病につい聞いてみたが、何れに関しても殆ど知らない様で「申し訳ありません、狩人様」と謝られてしまった。罪悪感を感じる一方、人形は狩人の夢どころか殆どのことに関して無知である様に感じた。特段可笑しいこともないだろう。人形は狩人の世話をする為だけの存在、知識を与えることに意味がない。

 狩人との会話なども事務的な物が多く、会話も多くはなかったと言う。殆どの狩人とはそれこそレベルアップ時にしか顔を会わせなかった、会話をする者も極限られていたという。此処は飽くまで止まり木である。

 

 しかし、アイリーンはそうした殆どの中からは外れていた様だった。彼女が君によろしくと言っていたよ、というと人形も彼女について話し出す。

 

「そうですか、アイリーン様が…」

「すみません、狩人様」

「差し出がましいのですか、アイリーン様とお逢いになられれば」

「代わりに御礼を伝えて欲しいのです」

「あの方には、とても良くして頂きましたから」

 

『まともになったらまた来な』

 そう遠く無いうちに会うだろうと言う予感もあった。大した苦労でも無いし、断る理由もない。

 願いを受ける。

 

「感謝致します、狩人様」

「アイリーン様はもう此処に来ることは出来ませんから…」

「アイリーン様についてですか?」

「とても優しく、芯のある御方ですよ」

 

 誰にだって詮索されたくない過去はあるものだ。長い時を生きる古狩人なら特に。どう言った過去があるのかは気になったが、話を切り上げる。そう言う話は本人から聞くべきだと思ったから。

 今手元にある死血を全て使う。レベルアップをするためだ。丁寧にアイテムを回収した分、大量の遺志が流れ込んでくる。初めての感覚に若干の気持ち悪さを感じるもののすぐに治る。

 

「分かりました。では、遺志をあなたの力としましょう」

「少し、近づきます。眼を閉じていてくださいね」

 

 眼を閉じると、右腕に手が添えられるのを感じた。

 

 今のままでも、此処に来る前の何倍も強くなったと思っていた。身体は思う様に動くし、テレビで見る様なアスリートを優に超える身体能力を手にしていた。最初に浮かれていたのはそう言う背景もあった。

 それでも、獣の膂力に耐えられなかった。押さえ付けられれば抗うことさえできない。また、近い内に確実に戦うことになる狩人と対峙するにはあまりにも経験と技術が足りない。アイリーンとの一戦でそれを酷く痛感した。変わり種(カレル文字)や一芸(秘技)の無い俺はどうしても自力で戦うことになる。それで負ける訳にはいかない。

 体力やスタミナを上げても、延命をするのが精一杯だろう。無駄に生き延びても輸血液を使い果たすだけだろうし苦痛も長く味わいたくはない。死にたくなければ、先に殺すしか道はないのだ。

 

 故に、俺は筋力と技量に遺志を念じた。

 

 少しの温かみの後、身に起きた変化を感じ取る。

 

 例えば、ストレッチをした後、僅かに関節の可動領域が増える様な

 

 その数ヶ月分の成果を一瞬の内に味わった様な気分だった。

 

 なんとなく、背の届かない場所に手が届くような

 

 憶測、漠然としたできる感覚が実感を伴って襲う。

 

 眼を開け、立ち上がる。

 一礼し、開けた場所へと向かう。

 丸で、誕生日プレゼントを前にした子供の様に身につけた力を早く試したい気持ちがあった。

 武器を振る、体を動かして違和感がないか確かめる。

 身体能力が飛躍的に向上したのにも関わらず、丸で違和感を感じなかった。元からそうであったかの様にも感じる。さらに、体の使い方が不思議とどうすれば良いか分かった。これは、技量を上げたからだろう。

 それから一通り試し、満足したところで確認していない物があることに気付く。

 

 以前、武器を貰った使者が新たに手招きしているのを視認する。

 

『古人呼びの鐘』

___

 音が次元を跨ぐ共鳴鐘の1つ

 獣血がこびりついた、欠片の鐘

 

 この神秘の鐘を鳴らすため、人の身では啓蒙を消費する

 

 夢を失い、だが狩りを忘れぬ古狩人たちは、思いを使者に託す

 その側で鐘を鳴らせば、音色は彼らに届くだろう

 獣狩りの夜だけは、ずっと変わらない

___

 

『共鳴破りの空砲』

___

 獣狩りの符牒となる特別な鐘の音色

 この音なき空砲は、その共鳴を破る物である

 

 これを打つことで協力は終わり、強力の求めも止められる

 ただし不吉な鐘、その共鳴を破ることはない

___

 

 ヤーナムに於いて、音は次元を跨ぐというのが真理である様だ。音は使者を通して別次元の狩人へと届き、その者を一時的に召喚することができる。どうやら、悪夢は無数に存在し、また相互作用しているらしい。

 啓蒙を消費することによって、ヤーナム各地に存在するサインから狩人を助けを求めることができるアイテム。ゲームでは、そういった物を一切使ったことは無かったが、現実となった今は使えるものはどんなものでも有難い。しかし、ここはゲームの様に都合よくはないだろう、同仕打ちの可能性がある。もしかしたらゲームと同じ様に味方をすり抜ける様になっているのかもしれない。それも、何れ強敵と戦う前に試さなければならないだろう。

 どちらにしろ、序盤は啓蒙が手に入り辛い、使い所を吟味しなければならない。

 

 アイテムを確認した後、辺りを見回し見落としが無いことを確認しヤーナム市街へと目覚めに行った。

 

「いってらっしゃい。狩人様」

「あなたの目覚めが、有意義なものでありますように」

 

 墓石に手を添え目覚める瞬間、深々と腰を下げ俺を見送る人形の姿が見えた。

 

 

___

 場所は変わって、下水道

 このエリアのボスに会うためには此処を通らなければならない。

 アイリーンに会いに行くこともできたが、自分が未だまともであると言えない以上、会う勇気はなかった。無闇に殺すことはしない様な人で実際、俺は可笑しなことにはなっていたが、それとこれは別だった。

 端的に言うと、苦手意識が生まれた。大体、先程殺された相手にどう言う顔をして会いにいけばいいのか分からなかった。ヤーナムでは普通なのかも知れないが、少なくとも今は会いたくなかった。落とした血痕については諦めるしかない。それなりに溜め込んでいた為、惜しい気持ちもあるが銃を使える様なった経費だと思えば安いと言う考え方もある。

 

 下水道の階段を下りる途中、折り返しから松明の光が足音と共に上がってくるのが見えた。

 直ぐ様、警戒し武器を構える。

 

 角から現れたのは2mを超える大男。しかし、背丈に反して異様に細身でもあった。獣狩りの群衆よりも獣に近づいており肌は浅黒く、濃い体毛が生え散らかしている。手には2人がかりで扱う両手引き鋸と松明を手にしていた。両手引き鋸とは刃渡1mからなる長身の鋸である。本来は、2人がかりで左右についている持ち手を引く物だが獣化した群衆は軽々しく振り回している。

 "末期の獣狩りの群衆"は獣と成り果てた様相で俺に咆哮を浴びせる。

 

 階段の踊り場に出て相手を迎え撃つ

 群衆は小走りで此方に近寄る

 腕を引き絞り鋸を悠長にも振り回す

 利き手方向に回避する

 蓮撃を浴びせる

 

 相手は怯むことなく松明を振り被る

 細身な割に強靭であった

 

 それを後ろに回避し

 

 続く蓮撃に合わせて、撃つ

 

『銃パリィ』

___

 相手の攻撃に合わせて、銃を放つことで体勢を大きく崩す業

 内臓攻撃に繋げることで大きなダメージを与えることができる

 

 ヤーナムに於いて脅威となり得ない銃は、この業により狩人の心の平穏となり得た

 盾やまともな装備を身に付けない狩人にとっては特に

 

 臆さず、違わず、弾くことだ

___

 

 直ぐに、懐に入り込み心臓に獲物を捻り込む

 

 "内臓攻撃"

 

 盛大に引き抜く

 事切れたことを確認する。

 

 服についた、血を払う。

 顔に掛かった血液の匂いに嫌気がさす。

 やはり、内臓攻撃になれる気はしなかった。

 

 銃パリィに関しては、初めてであるのにも関わらず、自然とできた。これは今まで得てきた経験とレベルアップのおかげだろうか。相手の攻撃が単調であったことも要因だろう。

 

 群衆は血石の欠片を落とした。

 次の強化には5個必要であり、落ちている物だけで集めるのは中々難しい。倒せる群衆は倒した方がいいかもしれない。

 

 階段先の広間の様な場所は中央が上から下まで大きく吹き抜けになっており、下の溝には犬程度の大きさの鼠が群れているのが見える。このフロアの四隅には末期の獣狩りの群衆がいるのが確認できた。3体の群衆はそれぞれかなり位置が離れており、此方には全く気付いていない様に見えた。

 吹き抜けになっている分、音や視覚でバレる危険性がある為戦闘は控えたかった。が、手前の敵には絶対に見つかってしまう。だからこそ、一刻も早く倒す必要があった。

 早速、一番近くにいる壁に視線を向けている群衆に強攻撃を浴びせようとしたその瞬間__

 

 

 横っ腹に強い衝撃を受ける

 

 

 視界の端で口角を異常なまでに吊り上げる銃持ちの群衆の姿が見えた

 

 此方には気付いていなかった筈だ

 その様に装っていた?

 先程の戦闘音が大きすぎたか

 いや、そんなことはどうでもいい

 今直ぐ、体勢を立て直さないと…!

 

 しかし、振りかぶった腕を戻すことはもうできなかった

 

 有らぬ方向に沿った刃は、群衆の肩を抉り取るだけに留まり、命にまでは届かなかった

 その勢いのまま、地面にうつ伏せに倒れ込む

 更に、倒し損ねた群衆の踏み付けが追い討ちする

 うつ伏せに倒れ込んだ所為で防御が間に合わなかった

 踵で捻る様に踏みつける群衆の足元を鉈で掬い直ぐに立ち上がろうとする

 銃持ちが発砲してきた為、それを横に避け直ぐに倒れ込んだ群衆を狩ろうとする

 しかし、そんな俺を放っておく訳がない

 後方には、先程の音で異変に気付いたもう一体の群衆までもが控えていた

 

 倒れ込んだ群衆は俺の攻撃を鋸で防ぐがレベルアップの恩恵によりそのまま押し切ることに成功する

 体制的に有利なこともあり、武器を破壊に至らしめるがそこで他の群衆たちが間に合う

 

 殺しきれなかったことに舌打つと同時に、迫り来る2体に対応する

 振り向き様に、一撃を与えながらもう一体の攻撃を回避する

 背後を陣取る一体にも気を配りながら着実に体力を削っていく

 

 先程は、銃持ちに油断していたところを打たれた為怯んだが来るとわかっていれば脅威ではなかった。実際、競り合い時に銃撃を受けたものの戦闘に支障が出る程ではなかった。レベルアップの恩恵は単純な防御力にも影響していることが分かった。

 

 だから、油断していた

 

 細々とした反撃は喰らうものの、着実に相手を追い詰める

 責めるなら、此処だと思った

 銃持ちの発砲を無視して瀕死の獣に止めを刺そうとする

 

 しかし、取るに足らないと思っていた銃弾は俺の横腹を容易く貫いていた

 

『骨髄の灰』

___

 水銀弾の威力を高める追加触媒

 

 それは特別な骨髄の灰であるといい 墓地街ヘムウィックの産となるようだ

 特に血の性質に優れぬ狩人にとっては 銃撃の威力を高める貴重な手段である

___

 

 

 倒れ込む俺に傾れ込む群衆

 鋸ナタでそれらを防ぐも数の暴力には勝てなかった

 一気に形勢が逆転する

 抉れた腹を痛みが劈くが関係ない

 

 どうすればいい

 

 このままでは確実に死ぬ

 

 銃持ちが再び照準を構える

 悩んでいる暇は無い

 

 一か八か、賭けるしかなかった

 俺は、そのまま下の吹き抜けに転がり込んだ

 

 

 一瞬の浮遊感の後、横から転がり落ちる

 先程とは、比べ物にならない位の衝撃が身体を襲う

 溝の縁側に落ちた様だった

 恐らく、左腕は折れているだろう

 

 でも、生きてる

 

 

 急いで、利き手(骨折していない方の腕)で輸血液を取り出そうとすると今度は、背後からの攻撃を浴びる

 大部分が地面にぶち撒けられ、中途半端な回復に終わる

 

 "遺跡鼠"だった

 死体に群がり、溝を浚い、腫瘍に塗れた醜い姿があった

 

 残った力を振り絞り、鉈を相手の目に突き立てる

 唯、怒りと憎悪を込めて、奥に突き込む

 鼠も必死に抵抗するが上昇した筋力値の前では無力だった

 上に、声が響かない様に体重を掛けて声を出させない様にする

 脳にまで達したとき、遂に事切れたことを知覚する

 

 仰向けになり、激しく息を吐く

 

 もう限界だった、気力を振り絞り、浴びる様に輸血液を使用する

 

 

 3個目の使用で完治にまで至る

 暫く、壁に背を預け、物陰に隠れて、荒だった息を鎮める

 勿論、上からの襲撃を警戒しながら

 

 どうやら、上からの襲撃はない様だった

 

 

 ここは上からは死角になっているため追撃は難しい。鼠を比較的、静かに倒すことができたのが大きいだろう。更に此処は、高さにして15m程はある筈だ、相手も唯では済むまい。とは言え、何時気が変わって降りてくるとも限らない。

 鼠や上に気づかれない様、速やかに物音を立てずにドブの中を歩んでいく。先は、細い通路が続き、上には銃持ちや末期の群衆が闊歩していた。それらに気づかれない様に、溝の淵を歩きやり過ごす。

 

 それも超えた先は、"腐乱死体"で溢れていた。

 身体は骨が浮き出るほど痩せ細り、両足を失い、体の大部分が腐っている。前腕の骨が剥き出しになっても動き続ける群衆の末路。あるものは、原型さえ定かでは無い。ゆっくりとヘドロを掻き分けて此方に向かってくる。

 この下水道には至る所に棺桶が積まれており、彼らはそうした物の老朽化により出てきたものなのだろう。

 這う腕さえ残っていないものは、死肉鴉に唯啄まれだけとなっている。屍肉鴉はそれに飽き足らず、俺の事さえ虎視眈々とねらっているようだった。

 あまりに惨たらしい惨状に嘔吐感が口内に広がるのを感じた。

 

 この地獄の様な空間から早く逃れたかった。

 幸い、速度が遅いため相手にする必要はない。

 素早く立ち去り、上へ続く梯子を見つける。

 40m近くはあるだろう梯子だった。

 

 中腹より少し手前まで梯子を登ると、下からよじ登ってくる腐乱死体の姿が見えた

 足こそ他のものと同様に無かったが他の個体より、いや、通常の群衆より遥かに頑強そうな見た目をしていた

 あんな個体は道中の何処にもいなかった筈だ

 不気味に思い、登る速度を早める

 登るスピードは俺より遅く、絶対に追いつくことはないだろう

 しかし、心情はそれとは別だった

 焦る気持ちを押し殺して、一歩一歩上がっていく

 すると、奴は途中で急に登る速度を早めた

 何が奴を駆り立てたのか剥き出しの腕の骨を顧みることなく俺へと迫ってくる

 

 まだ、中腹付近

 登り切るのは絶対に不可能だと確信した

 俺に追いつくまで、後__

 10m

 俺は、銃を持ち相手を撃ち落とすことを決めた

 

 7m

 相手は顔面に弾を喰らっても怯むどころか登る勢いを上げた

 人とは到底思えぬ、緑色の血液を撒き散らしながら近づいてくる

 

 4m

 銃弾が意味を為さないことを理解し、火炎瓶を投げつける

 腐乱死体は火炎瓶が有効だったはずだ

 奴は腕を離しそうになる

 やった、と思った

 しかし、相手は梯子に抱きつく様にして耐え尚を俺に追い縋った

 

 2m

 俺は、ナタを手にして必死に応戦する

 

 もう、いい加減にしてくれ

 

 早く楽になれ

 

 

 1m

 後、20cmで腕が届く

 不死身だと思った

 本来なら、火炎瓶一発でさえ耐えることのできない腐乱死体が、強化された鉈の直撃を何度も耐えている

 どうにか、身体には触れられることは阻止できていたが時間の問題だろう

 

 すると、当たりどころが良かったのか獲物は相手の剥き出しの骨を叩き切った

 もう片方の腕も限界を迎えたのか、滑り落ちる様に墜落していく

 数秒後には、多分に水気を含んだ生々しい音を響かせた

 血の遺志が手に入ったことからも確実に倒しただろうことが分かった

 唯一、未だ梯子を掴んでいる叩き切った腕だけが俺に伝えている様だった

 

 

『何れ、お前もこうなる』

 

 

 気の所為だ

 無視して足早に梯子を登り出す

 

 梯子の先は、橋梁へと繋がっていた。先には、群衆が集っているのが見えた。左手の小道には昇降路が見え、それは最初の灯りへと繋がっている。

 俺は迷いなく、昇降路へと歩を進める。橋梁の先はすぐにボス戦であるためだ。狂っているとはいえ先達である古狩人にいきなり挑む程、俺も愚かではない。昇降路に入り10秒程で見覚えのある場所へと戻ることができた。

 

 ボス戦へのショートカットは開通できた。

 此処からは、ボス戦のへの備えをしなければならない。俺は、狩人の夢で休息を挟んだ後、あるアイテムを手に入れるために来た道を戻ることにした。

少女の名前

  • なし
  • 勝手に決めろ
  • 考えてやろう
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