いずれ狩人となる   作:enfy

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第7話

 少女は目を奪われた。

 それは、幼心にはあまりに鮮烈で目を離すことができなかった。

 先程の恐怖も疲労も忘れてただの観客となる。

 見ているだけなのに、心臓がドキドキして熱って汗まで滲み出していた。

 

 現代的にいうなら、スポーツ観戦だろうか

 それとの違いなど命の保証があるか、無いかくらいだ

 しかし、だからこそより鮮明に

 剥き出しの殺意が

 外野にまで伝わってくる熱気が

 本能に訴えかける闘争が

 それらが、何処までも純真な少女を襲った

 

 

 絶望的体格差

 

 種として隔絶した膂力

 

 

 それらをものともせず、小さな身一つで獣を圧倒する。

 機能的な動きは舞にも似ていた。

 

 物陰からひっそりと、その引力に吸い寄せられる。

 

 狩人が窮地に追い込まれると

 

「頑張れ、頑張れ…!」

 

 聴こえるはずもない位置から、とても小さな声で叫ぶ。

 この物陰が特段、安全地帯である訳でもないのに…。

 丸で、祈りの様にも聴こえるその声が通じたかは別として、狩人は反撃に成功した。

 それが偶然だとしても、少女は狩人と心が通った気になって嬉しくなった。

 

 そして、獣の命も残りわずかという場面で再び窮地に立たされる

 血塗れになりながらも

 倒れそうになりながらも

 唯、ひたすらに立ち向かう姿に

 

 今度は唯、見つめることしかできなかった。

 目を逸らしたいほどの痛ましさに、どうしても目が惹きつけられた。

 

「綺麗…」

 

 少女は、それを形容する言葉をそれしか持ち合わせていなかった。

 胸に生じた初めての感情に戸惑う。

 

 そうして呆けている間に、戦いは終わっていた。

 狩人は、疲れを癒すためか瓦礫に背を預け休憩をとっている。

 

 今直ぐにでも、何を聞く訳でもないが駆け寄りたい気持ちがあった。

 そう思って、立ちあがろうとするも急激な睡魔を彼女を襲う。

 

 なんの不思議もない。

 狩人が敵を倒した後を追うだけでも、少女には一世一代の大冒険であった。

 

 更には、狩人も少女がついて来ることは予想できていなかった。

 つまり、残党がいたのだ。

 腐乱死体の動きは鈍重

 しかし、初めての敵との相対に冷静でいられる程、少女は異常ではなかった。

 下水道の泥濘んだ足場でそれらを掻い潜ることができたのは単に、運が良かったからだろう。

 

 更には、下水道の奥にいた人喰い豚

 あれから逃れるのは至難の業だった

 普段は腐乱死体や屍肉鴉が蔓延る下水道

 しかし、今は狩人のお陰でその悉くが掃討されている

 だが、逆にそのせいで死骸を求めて奥から這い出てきた畜生

 

 それが腐乱死体などより柔らかそうで美味そう、おまけに弱そうな極上の獲物を見つける

 当然、逃す筈がない

 突進をかまそうとする

 違う世界の彼女なら、避難所に向かう途中で出会しなす術もなく、それにやられていただろう

 しかし、この世界の彼女は違った

 

 下水を撒き散らし、死骸をも踏み潰し欲望に駆られ突き進む畜生

 

 何で、こんな所に豚が?

 このままじゃ、ペシャンコになっちゃう

 

 急なことで頭が真っ白になる

 思わず、バッグの紐を固く握りしめる

 だが、突進の助走が長かったことが幸いした

 

 そうだ!

 

 自分のバッグに入っている火炎瓶のことを思い出し思い切り投げつける

 

 豚もまさか、如何にもひ弱な少女が反撃してくるとは思わなかった(分かっていても突進はしただろうが)

 運良く、顔面に直撃したそれは豚の眼球を焦がすことに成功する

 豚は何が起こったか分からず、下水道の側面に身体を擦り付けながら転倒する

 

 しかし、屍肉で肥え太った豚は無駄に耐久だけはあった

 直ぐに立ち上がると、激怒し目も見えないのに暴れ散らかす

 地を這う腐乱死体を、それを啄む屍肉鴉を、全てを蹴散らしながら狭い下水道を走り回った

 しかし、相手も唯やられるだけでは無かった

 豚の足を引っ掴み、掻き毟る

 肥え太った腹を噛みちぎる

 腐り蛆さえ集った傷口を、その鋭利な嘴で抉る

 遂には同族にさえ襲いかかる始末

 その騒ぎは、離れた集団にも伝播していく

 当然、そうなるとこちらに気付く集団も出てきた

 何とか、隙を見計らって、脇を通り過ぎる

 執念く追ってくる物には火炎瓶を投げつける

 

 お陰で、もらった残りも後1つ

 それ程、ギリギリの大冒険

 

 それを乗り越えた後が、先ほどの出来事だった

 今までの少女からすれば、丸で現実味がなく

 物語のヒロインにでもなった様な気持ちになっていた

 

 きっと帰ったらお母さんがいつの間にか帰っていて

 狩人さんがお父さんを見つけて

 外に出て行ったことをすごく怒られるけど

 私も心配したんだから、なんて抱きついたら許してくれて

 そこには、狩人さんもいて

 一緒に遊んだりして

 遊び疲れたら

 いつの間にか、朝になっているのだ

 

 早く、朝が来ます様に…!

 

 そうして少女は、興奮冷めやらぬ内に

 緊張の糸だけが解けて、眠りへと誘われた

 現実には程遠い夢の中へと

 

 

___

 目を閉じ、今までの戦いを夢想する。

 

 罹患者の獣

 獣狩りの群衆

 腐乱死体

 聖職者の獣

 

 どれもがギリギリだった。

 でも、それでも

 己の身一つでなんとかしてきた。

 

 そして…

 古狩人アイリーン

 成長した今でさえ、傷一つ付けられるかも怪しい傑物

 

 これから挑む相手はそれに準ずる、そう言った相手だ。

 小手先も付け焼き刃も役に立たない。

 

 でも、もう決めたことだ。

 

 先程の戦いの緊張感を保ちながら、その時を唯待つ。

 

 

 どれ程、時間が経っただろうか

 立ち上がり、瓦礫に預けていた背を持ち上げ固まった身体を解す。

 意を決して大橋を渡る。

 

 そこは、墓だった

 雑草の如き、乱立された大小の墓

 根本から砕けたもの

 岩といった方が正しい奇形のもの

 何れも墓としての体を成してはいなかった

 

 そして、今も尚、乾いた表面に血を滴らせるもの

 

 側にはグチュリ、と生々しい音を響かせる1人の狩人がいた

 

「…どこもかしこも、獣ばかりだ…」

「…貴様も、どうせそうなるのだろう?」

 

 死体に振り下ろしていた斧を止め、ゆるりとこちらに振り向く

 なるべく気配を消して近寄った筈だが意味はなかった

 服に、顔にべっとりと血を固着させ、それでもまだ足りない

 上塗りした血が頬を伝っている

 両目を塞ぐ様に巻かれた包帯は、全てを拒絶しているかの様にも感じられた

 

『ガスコイン神父』

 序盤の壁として名高いボスであり

 少女の父親でもあった

 今や、見境無しに殺す殺戮兵器だ

 話し合いの余地は、ないだろう

 

 彼は斧と散弾銃という、大雑把で威力重視の狩りをスタイルとしている。一撃に秀でる斧は直撃すれば瀕死は必須だろう。軽さも持ち合わせており不用意な接近は得策ではない。変形後は長柄となりリーチと威力が上がる、その分隙も多くなるが油断はできない。

 散弾銃も離れていれば単銃より威力が低く大した威力ではないが、間近で受ければ致命傷になり得る。近距離で様子を伺いつつ折を見て反撃するというのが理想だろう。それを許してくれればの話だが。

 

 

 ガスコインの発砲が戦闘の合図だった

 側の墓に隠れやり過ごす

 相手は散弾銃を使っている

 回避は得策ではない

 

 それを見越した様に墓ごと斧で叩き潰そうとしてくる

 それを横に躱し、凪を一撃喰らわす

 ガスコインはそれに素早く対応し、鍔迫り合いとなる

 

 当然の様に押される

 此方は両手で彼方は片手で有るのに

 当初の罹患者の獣、いや、それ以上の膂力に引き下がるしか無かった

 引き際に散弾銃を喰らう

 距離が離れていたため大したダメージではない

 いや、思ったより衝撃が大きい

 強化されているのだろう

 

 今度は此方から攻める

 当然、散弾銃を浴びせられるがそれを鋸鉈で防ぎ強引に一発入れる

 またもや、防がれる

 悪足掻きの様に此方も発砲するものの、見え透いた銃撃に当たるほど、優しくはなかった

 更には、隙を狩るような斧での振り上げ

 なんとか、間に鉈を差し込む

 芯の臓まで響き渡る一撃

 直ぐに、その衝撃も利用して大きな墓の背後に滑り込む

 相手も隙を与えない様に走ってくる

 そこに向かって撃つ

 

 撃ったのはガスコインではない

 滑り込むと同時に墓の物陰に置いた火炎瓶だ

 流石にこれには対応できず最初の被弾となる

 その隙を縫って、追撃を浴びせる

 

「少しはやるようだな」

「所詮は浅知恵だが」

 

 しかし、やはり経験が違った

 三撃目には立ち直り対応する

 ガスコインは敢えて、腕を間に差し込むことでこれ以上の反撃を阻止する

 更には、刃を自傷も厭わず掴み斧を直撃させる

 

 潰れた刃先による袈裟斬り

 地面を転がる

 響き渡る鈍痛が全身を蝕む

 確実に胸骨は折れているだろう

 激痛を無視して転がった勢いで立ち上がる

 直ぐに回復したいが相手がそれを許す筈がない

 輸血液の裏に隠し持った火炎瓶を投げつける

 相手も2度同じ罠には引っ掛からず横に躱す

 出来た空白を回復に当てる

 

 しかし、相手もそれに合わせて輸血液を使用する

 振り出しに戻る

 いや、俺が圧倒的に不利だ

 

 馬鹿か

 ここはゲームじゃない

 ボスだからといって回復を使わないなんてある筈がないのだ

 ましてや、古狩人が狩りで輸血液を不足しているなんて有る筈がない

 つまり、相手はまだ輸血液を持っている可能性が高い

 それだけで、勝つことが不可能の様にさえ感じられた

 

 終始、圧倒された

 ガスコインには未だ余裕が感じられた

 俺が未だ此処に立っていられるのは、相手が未だ本気を出していないから

 火炎瓶での罠も、もう効かないだろう

 

「随分と、余裕だなっ」

 

 考えてる時間なんてなかった

 接近する斧に急いで、鍔迫り合いに持ち込むも同じ様に押し負ける

 片手なら尚更だ

 それでも、押しつぶされる様な体勢になりながら右手に油壺を持ち、構える

 相手もそれに気付き、俺を蹴り散弾銃を浴びせることでそれを割る

 

 だが、それでいい

 衣服と武器へと繁吹いた油壺の破片が皮膚を裂くも関係ない

 松明を鉈へと宛てがう

 即席だが、無いよりはマシだろう

 

 擬似発火ヤスリ

 

 どうせ、このままではジリ貧だ

 体力的にもギリギリだった

 元より切れる手札なんてもうない

 なら短期決戦に持ち込むしかなかった

 例え、無謀だとしても

 

 発火ヤスリより発動時間も効果も低いだろう

 でも、今の俺にはこれしかなかった

 後は、突撃するだけだ

 

 接近しながら銃で動きを牽制する

 相手は斧で銃を防ぎながら此方を迎え撃つ

 勢いをそのままに武器を振り下ろす

 相手はもう見切ったと言わんばかりに間合いで回避する

 しかし、そこはまだ俺の間合いだった

 そのまま変形

 鋸がガスコインに直撃する

 相手は二撃目を武器で弾くと同時に蹴りを見舞う

 

 此処で回避し、離れてしまってはまた振り出しだ

 ならばこそ、直撃を覚悟で前に進む

 左手で横腹に来る衝撃を留め、変形攻撃をもう一度繰り返す

 今度は、鉈に戻った獲物で

 相手も負傷を顧みない特攻に少し目を見開く

 しかし、それも一瞬後には冷たい目へと変わる

 

「諄い」

 

 斧を変形させる

 片手持ちだったものが両手持ちの長柄へと

 相手も、漸く本気になった様だった

 或いはこの戦闘に飽きたのかも知れない

 それでも俺にできる事はこれだけだ

 これしかないんだ

 

 ガスコインは素早いステップで墓の後ろに陣取ると溜めの姿勢を取る

 追い縋ろうとするも、本能が告げる

 このままでは死ぬ、と

 急いで側の木の幹へと身を隠す

 

 直後

 喧ましい音と共に墓石の礫が一帯を襲う

 見れば、木の幹に破片が中腹まで刺さっているのが分かった

 このままでは、数瞬後には自分もこうなる

 急いで他の障害物へ移動しようとするも一足遅かった

 

 脚を劈く犀利

 なんとか倒れ込む様に他の墓石へと移り込む

 未だ深々と突き刺さる其れを葉を食い縛り抜き去る

 直ぐ様輸血液を使用する

 ドス黒い血が冷たい石床の溝を張って、ガスコイン神父の靴を濡らした

 

「…匂い立つなぁ…」

「堪らぬ血で誘うものだ」

「えづくじゃあないか…」

 ハッハッハ…

 

 その姿は正に血に酔う狩人その者だった

 扱き下ろす物言いに俺は、尚も抵抗する事で返答とした

 言い返す時間と呼吸さえ俺には惜しかった

 兎に角、先程の礫をされない様に近距離を重視した

 それは、長柄となった斧では近距離に対応しづらいだろうと言う思惑もあった

 

 しかし、それは相手も想定内

 長柄の先端の突起を利用し槍の様に扱う

 その身の熟しにどうしても後一歩が届かない

 ならばと、鋸に変形し地面を掬い上げる

 墓石や土を巻き上げ、相手を錯乱する

 礫としての意味合いもあった

 

 しかし、それは悪手だった

 相手は直ぐ様武器変形を解除すると幅広の斧で身を覆う

 被害を最小限に留めお返しとばかりにカウンターを喰らわせる

 

 重い一撃が土手っ腹に轟く

 気合いで堪え、直ぐに反撃しようとする

 

 

 その、焦りが勝敗を分けた

 

 バンッ

 

 その音とともに身体が硬直する

 

『銃パリィ』

 

 それを理解した瞬間にはもう遅かった

 目の前に迫る影

 必死に動こうとする意識に反し、身体はぴくりとも動かない

 例え、動けたとしても手遅れだったかも知れないが

 

 瞬間__

 臓の内側から音が響く

 内臓を圧迫する

 それが奥深くで蠢いた時

 

 全てが曝け出される

 

 

 何が起きたか理解できない

 唯、痛みが脳を支配する

 唯、胴にぽっかり空いた穴を

 今も尚溢れ出す血を見送ることしかできなかった

 

 身体が痙攣して動かなかった

 動こうと意識するだけで苦痛が何倍にも膨れ上がった

 呼吸をするだけで胸が苦しくなった

 時折、空気を求めて蠢くたびに、それ以上に酸素を吐き出した

 

 俺の命に呼応する様に、武器の火種も途絶えてしまった

 それを見下すガスコイン

 もう、十分だと言わんばかりにとどめを指そうとする

 

 

 死にたくない

 

 死んで堪るかっ!

 

 こんな痛み

 

 死に比べれば、何でもない!

 

 

 僅かに動いた右腕で

 石床の溝を掻きむしる様に

 ゆっくりと這いずる

 割れた爪で少しずつ前に進む

 

 無駄だとわかっていても

 無理だとしても

 死が一歩でも遠のくなら

 僅かにでも生き残れる可能性があるなら

 

「それ以上は不愉快だ、死ね」

 

 獲物を振り下ろそうとしたその時

 

 静まり返った墓地に音色が木霊する

 その音色は、この吹き抜けの墓地を満たすにはあまりにも小さすぎた

 しかし、彼の、ガスコインの心には大きく響いた事だろう

 振り上げた手は重力に従い、威力を発揮する事はなかった

 遂には、武器を手放す

 耳を塞ぎ、体を掻き毟る

 聴きたくないと、こんな音色は自分の内側から出て行け、と言わんばかりに

 かつての思い出は、この時ばかりは身体を蝕んだ

 暖かい幸せが駄目だと訴えかける

 

 そして、少女の声

 

「お、とう…さん…?」

 

 

 どうして、彼女がここに…?

 自分の状況などすっかり忘れて、唯そのことで脳内が埋め尽くされる

 

 家で待っている筈ではなかったのか

 なら、あれは誰だ

 似た姿をした別人

 少女に成り済ました誰か

 幻、幻術の類

 いや、あり得ない

 だとしたら、オルゴールを持っていることもガスコインをお父さんと言ったことにも辻褄が合わない

 幻術だとしてもオルゴールの曲をガスコインが狼狽するほどに完璧に再現する事は難しいのではないか

 真に思い出を偽ることはできない

 なら、本当に少女だとして、どうやって此処まで来た

 いや、此処に来るだけなら俺が敵を倒した道を辿ればいい

 しかし、俺も全ての敵を狩ったわけではない

 下水道を通ってきたならあの人喰い豚に殺される筈だ

 なら、誰かが助けてくれたのか…?

 

 あれこれと考えるが思考がはっきりしない

 血を流しすぎた所為か上手く、思考がまとまらなかった

 考えられる程の血液が残っていなかった

 

 だが、はっきりと分かることもあった

 

 これは、きっと

 考えられる限り最悪な再会だったに違いない

少女の名前

  • なし
  • 勝手に決めろ
  • 考えてやろう
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