いずれ狩人となる   作:enfy

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第8話

「んぅ?…ふあぁ…」

「あれ?此処、どこ…?」

 

 何処からか聞こえてきた爆音と共に目覚める。

 少女は、周囲を見渡し動揺する。

 目覚めは柔らかいベッドでなく、硬い石床で

 辺りも、窓越しに見ていた外だったからだ。

 変な態勢で寝たからか、激しい運動をしたからか体の節々が痛む。

 

 そして、思い出す

 

「そうだ、獣狩りさん…」

 

 此処が危険地帯であることなど忘れ、狩人を探す。

 何処にも見当たらない。

 それが、どうしようも無く心細くて何回も辺りを見渡す。

 やはり、見当たらない。

 

 少女の家出当時の茹った思考は微睡によって冷やされ、後には不安と恐怖だけが残った。

 

 此処は何処なんだろう

 狩人さんは何処なんだろう

 家に帰った方がいいのかな

 でも、下にはまだ敵が沢山いるし

 

 同じ様な考えが脳内を何度も往復する。

 

 少女は1人で外に出たことすら碌にない。常に父か母かのどちらかが付いていた。それは子供だから当然であったし、それだけヤーナムという街は危険だからでもあった。だから外というものに興味を持っていたし興奮もしていた。だが知らない場所を1人で歩くという経験は、それだけではどうにも出来ない程恐ろしい物だ。誰にも頼ることができないという不安は大人にさえ耐え難いものなのだから。

 

 この先に進むのが怖い、不安で堪らない。

 悪いことをしていると言うことに気分が高揚していた。何より、狩人さんが近くにいたから大胆に行動できた。

 でも、今は1人だ。

 どれ位寝てしまっていたのかは分からないけど狩人さんは先に進んでしまったことだろう。

 残党もいるかも知れない。

 道も枝分かれしていたらどうしよう。

 今更、家を出てしまったことを後悔する。

 今にも、泣き出してしまいそうだった。

 

「狩人さん…」

 

 

 その時__

 橋の向こうから目覚めの時と同様の爆音が聞こえた。

 戦闘音だろうか。

 物を壊した様な鈍く大きな音だった。

 距離はそんなに離れていないように感じた。

 突然のことにビクッとなるも、それで気付いた。

 

 狩人さんだ…!

 どうやら、そう遠くまで離れてはいないらしい。

 

 先程までの竦み足が嘘だったかの様に

 少女は小走りで橋の先へと進む。

 瓦礫や礫によって阻まれた道を小さな体を精一杯動かし前に進む。

 

「痛っ」

 

 途中で破片によって腕を擦りむく。

 泣きそうになるも我慢する。

 

 取り敢えず、狩人さんの元に行けば大丈夫

 何故だか、そんな考えがあった。

 会って間もないのに、家族と同等かそれ以上の信頼を寄せていた。

 それは、一重にあの戦闘で強さを知ったからか、或いは…

 

 まぁ、強さで言えばお父さんには敵わないけどね!

 なんて考えている内に音の元へと到着する。

 そこに居たのは狩人ではなく、お父さんだった。一瞬、疑問に思うも関係なかった。

 

 今直ぐ、お父さんの元に行きたかった。

 

「お父さん!」

 

 どうやら、聞こえていない様だ。

 距離もそれなりに離れており、少女の声もそこまで大きくはなかった。

 

 何で今まで帰ってこなっかたの?

 こんな所で何してるの?

 お母さんとは会わなかったの?

 

 色々聞きたいことがあった。

 でも、唐突に話しかけても、前みたいに理由も聞かずに怒られるに違いない。

 

「そうだ…!」

 

 バッグの中に仕舞っていたオルゴールを取り出す。お父さんの思い出の曲を流せば気付いてもらえる筈!それに外に出ていた理由位は聞いてもらえるかもしれない。怒られたって、今回はお父さんだって悪いんだから私だって謝らないよ。

 静かで少し悲しげな曲。私も好きで夜、寝る前によく聴いていた。発条を巻いて曲を流す。

 

「お父さん!

 

 

 お、とう…さん…?」

 

 どうして、狩人さんを__そうとしているの…?

 

 

___

 思考の渦を脱する

 考えてる暇などない

 このままでは本当に死んでしまう

 

 血塗れの手で輸血液を握ろうとする

 駄目だった

 輸血液は手から滑り落ちる

 血を流しすぎた

 最早、手の感覚がなくなっていた

 

 それでも、必死に身体を動かす

 無様に身体を捻る

 痛みの間隔すらも半ば失いかけていた

 

 しかし、間に合った

 

 輸血液を口に咥え、思い切り噛み割る

 呻くと同時に、口内に溜まった血液交じりの痰をガラス破片と共に吐き捨てる

 回復したことによって、痛覚が戻り返って自分を苛み続ける

 しかし、それによって今生きていることを猛烈に実感できていることも確かだった

 

 生の痛みだ

 

 続け様に輸血液を2本同時に使い万全の状態へと至る

 直ぐ様、ガスコインと距離を取る

 それと同時に、手放した武器を奪う

 

『獣狩りの斧』

___

 狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ

 

 斧の特性はそのままに、変形により状況対応能力を高めており重い一撃「重打」と、リゲイン量の高さが特徴となる

 

元がどうあれ、獣は既に人ではない
だがある種の狩人は、処刑の意味で好んで斧を用いたという

___

 

 未だ、自身の血でドス黒く染まったそれを仕舞う。これで、抵抗手段は奪えた筈だ。

 

 曲は既に終わり掛けている。

 故に、ガスコインは少しづつ硬直から抜け出している。

 反撃したい気持ちを抑え込み、少女の元へと走る。

 少女は、向かってくる俺に対して心配と困惑と恐怖とがごちゃ混ぜになった視線を向けてくる。

 

「あ…え…っと、その…」

 

 何で此処にいる、とか

 どうやって此処に来た、とか

 今すぐ此処を離れろ、とか

 

 それらの言葉を押さえ込む。まずは、言わなければならないことがあった。

 

 ありがとう

 

「…ぇ?」

 

 君が来なければ、俺はきっと、いや確実に殺されていた。

 だから、ありがとう。

 

「あの…その…!…」

 

 少女は何かを言おうとしていた。

 でも、もう時間がなかった。

 腰を下ろし、肩に手を置き、目線を合わせる。

 俺はこれから残酷な現実を教える。それも、こんな危機的な状況で、少女が全てを理解する前に。本当に酷い話だ。言い逃げできる状況になって漸く、俺は真実を明かすのだから。

 

 君のお父さんは、もう手遅れだ

 そして、お母さんも…

 本当は、俺はそのことを知っていたんだ

 黙っていて、ごめん

 君は、来た道を引き返すんだ

 決して、振り返らないでくれ

 絶対、また会いに行くから(謝りに行くから)

 

 やはり、少女は何も理解できてはいない様だった。目の前の現実を受け止めるので精一杯だった。彼女からしたら何故俺とガスコインが戦っているのか全く理解できないだろう。だが、それでいい。罵詈雑言は戦いの後で幾らでも聞ける。だが、それも少女が生きていればの話だ。少女は狩人じゃない。死んでも生き返るわけじゃない。だから、何としてでも生きてもらわないといけない。

 少女に先程仕舞った獣狩りの斧を渡す。少女に扱えるかは分からない。しかし、自衛手段位にはなるだろう。

 

 肩に乗せた手で少女を着た道へと誘導する。

 しかし、遅かった。

 

「…そうか、お前達獣共は娘さえ奪っていくのか…」

 

 咄嗟に違う、と言葉が出そうになるもそれさえ遮られる。言ったところで戯れ事と一蹴されるだけ、そも聞こえてすらなかったかもしれない。

 

「もう、いい…」

「もう、終わりだ」

 

 それは何に対しての発言だったのか

 妻も娘も失ったことへの絶望

 自分が人であることへの苦しみ

 俺に対しての憎しみ

 それらが全部ごちゃ混ぜになって腹の内側から出た、雄叫び

 それは、徐々に甲高く常人離れしていく。

 そして、声だけに留まらず

 足を、腕を浅黒く、鋭いものへと転換させる。

 遂には、顔さえも異形の者に変えていった。

 彼独自の狩り装束も散り散りとなり、最早ガスコイン神父の面影は無い。

 

 見るな!

 

「ぁ…、ぉ…ぅさ…」

 

 咄嗟のことに反応が遅れる。

 意味も無かったかも知れないが、これ以上何も見させない様に視界を手で覆う。

 そして、尚も着た道へと誘導する。

 

 さぁ、早く‼︎

 怒鳴る様に言うと、少女は背筋をビクッとさせ此方を見るが、獣もこれ以上待ってはくれなかった。

 

 突進を横に回避しながら一瞬、背後に少女がいないことに安堵する

 獣はそれを好奇と捉えたのか腕を豪快に振り上げる

 大ぶりな一撃は速度こそあったが、避けるのは容易だった

 それが、蓮撃でなければ

 当たるまで打ち続けんと言わんばかりに振るわれる暴力

 獣になった事で伸びた手足による、目測より一回りも二回りも広い攻撃範囲

 単純な身体能力の押し付けはそれだけで脅威だった

 身体が回避に追い付かなかった

 丸で、俺だけ時間の流れが遅くなっている様にも感じた

 遮蔽物を使い、受け流しも駆使し何とかダメージを軽減するがそれでも貫通して入ってくるダメージは相当なものであった

 せめて距離を空けようと、相手の攻撃を敢えて受ける

 拳を受けた部分から、金属と肉体がぶつかったとは思えない鈍い音が広がる

 後ろに受け流そうとしてこれだ

 聖職者の獣と同程度の火力、それも前者より振りも早く小回りも効く

 改めて感じる絶望感

 しかし、この衝撃によって距離を離せた

 相手も、距離を縮めるためもう一度、突進攻撃をかまそうとしてくる

 

 俺は吹き飛ばされながらも火炎瓶を投げつける

 そこに迫る我が身を顧みぬ突進

 火炎瓶を顔面に喰らいながら、その勢いは失うことを知らなかった

 

 だが、それは唯の目隠しだ

 

 俺はそれを冷静に横に回避する

 相手は俺への敵意のあまり周りへの注意を怠った

 火炎瓶によって視界が視界が遮られたこともあった

 獣はそのまま受け身を取ることもできず壁へと激突する

 そこに畳み掛ける様にひたすら攻撃を仕掛ける

 

 相手は形振り構わず暴れる様に身体を振り回すが先程と違い振りも大きく俺をまともに捉えられていない

 構わず、攻撃を仕掛ける

 しかし、それも数秒で終わる

 振るった刃による自傷も気にせず掴まれた武器ごと投げ飛ばされる

 背骨から直撃し、意識を失いそうになるも相手は既に構えていた

 今度は、向こうからの蓮撃が襲いかかる

 

 必死に武器で防ぐも壁に背を付けたままではどうしようもなかった

 力を逸らすこともできず、真正面から唯受け続ける

 

 相手が止めを刺そうと、飛び掛かり攻撃を仕掛ける

 それは奇しくも最初の焼き回しだった

 生身で受ければ一撃で瀕死だろう

 でも、それは一度見たから

 

 後は、そこに自分を当て嵌めるだけ

 ゆっくりと進む景色の中で、指先だけは平常通りに動いた

 

『銃パリィ』

 

 しかし、助走でついた勢いは完全には消えず

 俺の真正面へと勢いよく倒れ込む

 それに俺も対抗する様に向かう

 そして、尖った刃を槍のようにして振りかぶる

 相手の自重と合間ってその硬い皮膚を容易に貫く

 そのまま柄を捻り、地面に突き立てる

 更に、追撃の溜攻撃を喰らわせる

 しかし、これは相手が咄嗟に差し込んだ手に阻まれ急所を外してしまう

 更に、刃先を握ろうとしてくる

 これは、相手の返り血によって滑り失敗に終わる

 

 獣となっても、狩人としての理性が残っているらしい、厄介なことだ。

 同時に、相手の片腕(左腕)を奪えたのは非常に大きい。腕の関節に半ばまで入った大きな裂傷、あれではまともに機能しまい。

 

 追撃を諦め、火炎瓶を投げつける

 残りもこれで最後だ

 だから俺は、確実に当たる場面での使用を重視した

 獣は、まだ起き上がれていない

 負傷した腕でそれを弾こうとする

 しかし、それは悪手だった

 筋繊維がほぼ絶たれた腕は動かず、火炎瓶は綺麗な弧を描き腕を完全に絶った

 

 絶叫

 それは悲痛というには、怒りを多分に含んでいた

 獣は怒りのままに、飛び上がって猛攻を開始する

 だが、この機を逃すわけにはいかない

 絶った左腕を軸に戦おうとするも、異形は自分の捥がれた腕を武器として振り回しそれを阻止する

 

 唯でさえ、長い腕のリーチが2倍になった様なものだ。何故か、鋸ナタとも打ち合えるそれに俺は対抗手段がなかった。

 それから何度も打ち合うもリーチの差が浮き彫りになる。変形し鋸となったそれでも、まだ相手が有利であった。何なら、威力が分散する点で押し合いに負けるため不利ですらあった。

 

 そして、遂にその時が来る

 壁際に押し込まれ、俺が危機を感じ大きく距離を話した時

 

 獣は何でもない様な態度で、左腕と捥がれた腕を引っ付ける

 

 まさか

 そんなのあり得ていい筈がない

 

 気付けば、獣へと走り寄っていた

 

 しかし、一歩遅かった

 

 丸で、この数分が存在しなかったかの様に、そこにある左腕

 俺の横凪は見事にくっついた左腕で防がれ、利き手によって反撃の拳を喰らう

 今までの恨みを晴らす様な一撃に、俺は墓石に止められるまで無様に地面を転がる

 

 そこからは、一方的だった

 回復する隙すら与えられず

 火炎瓶もないため、反撃は難しい

 他の遠距離武器は、スローイングナイフに石ころと碌なものがない

 攻撃も、あの数分の内に全て見切られてしまった様だ

 唯、意味もなく逃げ惑うことしか許されなかった

 

 そして、少しでも体力を回復させる様に、先程挙げた遠距離武器も滅多矢鱈に全て投げて木の後ろに隠れる

 

 それこそ悪手だった

 いつまでも終わらない鬼ごっこにうんざりしたのか獣の腕は、木の幹ごと俺を貫こうとする

 木は湿気て半ば朽ち果てていた

 とは言え、厚みは60cmはあるだろう

 故に、その爪先を向こう側へと貫通させるだけに留まりその身体を固定させる

 これが、最後のチャンスだと思った

 獣は空いている手で牽制するも、手を引き抜こうと動きが単調になっているため脅威ではなかった

 斬る、斬る、斬る

 一撃一撃に全力を込めて

 反撃させ、時には受け入れながら

 内臓攻撃での傷口を抉る様に、止めどなく

 

 滝の様に溢れ出す血潮

 血を流していない場所など、最早何処にも見当たらない

 リゲインによって傷も癒えてくる

 相手もこれ以上は不味い、と両手で手を引き抜こうとする

 蓮撃が、更に加速する

 

 

 ここまでは、良かった

 悪手だと言ったのは、獣に対してではない

 ここから先の、余りにも理不尽な展開にだ

 

 獣のその圧倒的な膂力が

 種族として格別した埋められない能力差が

 

 

 今までの数こそ少ないが濃密な戦闘経験が、蓮撃の合間に感じた筋肉の動きを「死」と捉えた

 

 急いで、後退

 無理だ

 その場に屈んで、転がる様に距離を取る

 真上スレスレに感じ取るとてつもない風圧

 

 そして、それを目にして思わず呟く

 冗談だろ…

 

 そこには5、6mはある樹木を根本から振り回す獣の姿があった

 

 

___

 少女は逃げ出した。

 狩人に言うままに走り出した。

 

 それを見たくなくて

 理解したくなくて

 

 お父さんが、狩人さんを傷つけて

 お父さんが、お父さんじゃなくなって

 訳が分からない

 お父さんがそんなことする筈がない。あんまり喋らないし、獣狩りから帰ってきた時は少し怖いなんて思う事もある。

 でも!私とお母さんにはいつも優しくて、お願いだって何でもではないけど聞いてくれて…

 あと、お母さんと一緒にイタズラした時だって、笑って許してくれて

 他にも、絵本だって沢山買って来てくれて、とっても強くて

 それから、それから…

 

 そうだ、あれがお父さんの筈がない

 見間違えだ

 そうに違いない!

 

 何度も、自分に言い聞かせる。

 

「きゃっ‼︎」

 

 盛大に転ける。

 考え事をしながら。

 それも、斧なんて重量物を持ちながら走っていたのだ。

 当たり前のことだった。

 当然、受け身などとれる筈もない。

 腕を擦りむく。

 膝を擦りむく。

 血がぷっくりと滲み出す。

 ズキズキとした痛み。

 なんて事のない擦り傷。

 

 それが引き金となった。

 その痛みが、これが現実である、と突き付けた。

 夢だったと、逃げることすらさせてはくれなかった。

 心の奥底に仕舞い込んでいたものが決壊する。

 大粒の涙が溢れる。

 静かな大橋に少女の嗚咽がひっそりと消えていく。

 泣いても、誰も助けてくれない。

 助けてくれるお父さんとお母さんも、もういない。

 丸で、世界で一人ぼっちにでもなった様な気持ちだった。

 

 本当は、分かっていた

 家の中で待っていた時も、漠然と感じていたある種の諦観

 

 お父さんと、お母さんはもう…

 

 1人で待つには、余りに長すぎた時間がそれを産んだ

 それでも、見るまでは気のせいだって

 だって、いつもの夜だった

 今回は珍しくお母さんが行くみたいだったけど、それでも初めてじゃ無かった

 可笑しなことも何も無かった

 私も眠たかったから「頑張ってね」って、それだけを言って

 お母さんも「行ってくる」って頭を小さく撫でて

 それっきりだった

 それから帰ってくるのが凄く遅くって

 こんなこと初めてだからって、お父さんが怖い顔で「直ぐに帰る」、それでけ言って家を出て行った

 それでも、お父さんは凄く強いからって、心配だったけど何となる

 お母さんもいつもみたいに遅れてごめんね、とか言って帰って来る

 今回だけはお父さんと一緒に凄く怒って、でも謝られたらいつもみたいに、何だかんだで許しちゃって

 次の日には仲直り

 そうなると、思ってた

 

 あれがお父さんだって、直ぐに分かった

 きっと、狩人さんの言うとおりお母さんもダメなんだろうって

 狩人さんが、会いに行くって言ってたけどお父さんに勝てるわけがない

 これから私、1人ぼっちなんだ…

 どうやって生きていけば良いの?

 それどころか、1人では家に帰ることすら出来ない

 獣に食べられて、終わりだ

 凄く痛いんだろうな

 こんな擦り傷より、もっと

 

 酷く他人事の様に思えた。

 

 どうせ、獣に食べられるくらいなら一層の事…

 橋の手すりへと手を掛ける。

 これだけの高さだ、痛みすら感じず死ねるだろう。

 痛い位鳴り響く心臓を無視して、足をかけようとし

 

「止めときな

 

 それは、嬢ちゃんには早すぎる」

 

 肩に手を置かれる。

 咄嗟のことに、心臓がより一層鳴り響く。

 しかし、その声と独特の狩装束には覚えがあった。以前、お父さんが助けてもらったことがあったらしくて、それで家に来た時に良くしてもらった記憶があるからだ。怖い見た目だけど凄く優しくて、何だか懐かしい様な感じもして直ぐにお友達になった。

 

 希望を見出す。

 アイリーンおばさんなら、2人を助けられるかもしれない!

 鼻を啜りながら、嗚咽の混じった声で

 音にならない途切れ途切れの声で

 理由も経緯も話さず、助けを求める。

 

「アイリーンおばさん‼︎お父さんが…、狩人さんも…!」

「どうやら、悠長に物を聞いている場合じゃなさそうだね」

「お父さんと、狩人さんを助けて欲しいの!」

「だがその前に、どうしても聞かなければならないことがある。嬢ちゃん、

 

 どうやってここまで来たんだい」

 

 しかし、アイリーンは彼女の焦燥や切実さをも無碍にして問いかける。尋問にも近かった。

 余りに常軌を逸したその視線に少女は気付くことなく、それ前にお父さんと狩人さんが…、と続けるも

 

「なら、この話はなしさね」

 

 と言われ、慌てて足らない口で説明する。少女からしたら最後の希望だったからだ。そんなことを今話してる場合じゃない、と一蹴する考えすら脳裏は浮かんでいなかった。

 アイリーンとしても、心苦しい気持ちはあったがそれを置いても聞かなければならなかった、聞かざるを得なかった。

 

「あの、狩人さんがね、お父さんを探すのを手伝ってくれるって。それでね、その後をついて行ったら狩人さんが大きな獣と戦っててね___」

「ああ、よく分かったよ」

 

 話は要領を得なかったが、一生懸命説明しているのは伝わった。それに大体は分かった。少女が言う狩人さん、とやらが少女をここまで連れて来たらしい。それも、少女の願いを聞いてあげる程度にはお人好しらしい。古狩人にそんな奴いる訳がない。なら新入りか。

 ふ、と以前殺したおかしな狩人を思い出す。

 

「じゃあ、お父さんと狩人さんは…!」

「悪いが、それは無理だね」

「どうして⁉︎2人とも死んじゃうかも知れないんだよ!」

「意地悪で言っている訳じゃあないんだ。唯、あそこはもう領域の中だ。あたしも、くたばり損ないとは言え、まだ夢を見ている。ルールは絶対さね」

「どう言う意味?分かんない、分かんないよぉ」

 

 少女を落ち着かせる様に、アイリーンは言葉を選びながら紡ぐ。それが返って、不安定な少女を更に混乱させた。服にしがみ付く少女。

 

 お蔭で、真っ白な服もリボンも、血だらけじゃあないか。

 こんな少女に、赤色は似合わない。ガスコインの阿呆め、思わず毒付く。

 何が、俺が死んだ時は娘をよろしく頼む、だ。あんたの言うことなんて、死んでも願い下げさね。ああ言う奴は根本から、狩人に向いてないのさ。その癖、無駄に強いんだから手に負えない。はぁ、全く。嫌になるねぇ。

 

 アイリーンはガスコインのことが心底嫌いだった。自分の尻拭いさえできない、未熟者が。娘を置き去りにし妻さえ守れぬ半端者が。娘の現実の非情さを教えない残酷さが。総じて、狩人に成りきれない甘さが。

 だからこれは、頼まれたからするのではない。

 自分の意志で行っているのだ。

 

 何やら近くが騒がしいと思って来てみれば大橋はボロボロ。おまけに飛び降りようとしている少女が1人でいるじゃないか。更には、絶望して何もかもを諦めた顔で。あと、数秒でも遅かったら間に合わなかったかも知れない。冷やかしに行ってみるもんだね。

 少女の言葉を無視して、家に帰してもいい。あたしからすれば、血狂い共なんかより少女の方が余程大事だ。どうせ狩人とかいう奴もまだ新入りだ、一度位死んだって問題はない筈さ。

 だが、そんなことをしてもどうせ、運命は変わらないんだ。

 いつかの夜を思い出す。

 

 下水道に沈む、真っ白だった筈のリボン

 赤とヘドロの灰色の様な緑が混じった酷い色だった。

 豚を何匹殺せど、憤りは癒えることなどない。

 寧ろ、増すばかりだ。

 

 また、いつかの夜

 今度は、一緒について行った。

 駄目だった。

 戦闘中に、明らかに以前ではあり得ないほどの敵に囲まれ為す術もなくやられた。

 この辺りで薄々勘付いていた。

 

 更に、その次

 私も大分強くなった。道中の敵を1匹残らず駆逐し、もしもに備えて霊体なんかも召喚した。

 駄目だった。

 少女はいつの間にかアメンドーズに捕まっていた。あいつらは積極的に行動する奴らではないのに。気付いた時にはもう遅かった。

 ここら辺でほぼ確信に至る。

 

 それでも、認めたくはなかった。

 アメンドーズすら先に殺して周った。

 苦戦はしたがそれでもやり遂げた。

 いつの間にか、少女はまた豚に喰われていた。

 胸に残ったのは怒りでも、悲しみでも無かった。

 

 やっぱり、駄目だったか

 

 そして、自分がそう思ってしまったこと、そう思っていたことに気付かされた。

 それで折れたのだ。折れてしまったのだ。

 少女は助かる運命にない。

 そう言う、「運命」なんだと。

 

 それが、今回は何かが違う。

 なら、それに従って見るのも悪くない。

 諦めにも似た傍観が、ある選択肢を閃かせる。

 

「唯、方法がない訳じゃない」

「本当⁉︎私、何でもするよ!あ…でも、さっきは無理、だって…」

「あぁ、あたしには無理だ。

 でも、嬢ちゃん。あんたになら、出来るかもしれない」

「わ、たし…?…無理、だよ…」

「何でもする、あの言葉は嘘だったのかい?」

「で、でも!」

「お父さんを救えるのも、狩人とやらを救えるのも嬢ちゃんだけさね。それとも、

 

 見捨てるのかい?」

 

 嗚呼、本当に損な役回りさ

 

「うぅ…でも、でもぉ!」

「安心しな、何もそんな難しい事じゃない。嬢ちゃんには、これを狩人に届けてやって欲しいだけなのさ」

「私にも、できるかな…」

「出来なくても、あんたの所為じゃないさ」

 

 「できる」だの気の利いた言葉も言ってやれない。これだからババアは嫌だねぇ。

 

「私、出来るよ…!」

 

 泣き腫らした眼を力強く、此方に向ける。先程、橋から飛び降りようとした少女の面影はもう、何処にもなかった。

 

 あんなに小さかった少女が、こんなに大きくなってるなんてね…。

 

 そうさね。

 先輩にここまでさせたんだ

 嬢ちゃんにここまで啖呵を切らせたんだ

 

 

 これで失敗したら、分かってるだろうねぇ…?




 敵の強さの指標

・聖職者が退かした鉄球の重量
材質:アルミニウム
球の直径:500cm
球の厚み:10cm
速度:時速50km
(中身は空洞とした際)
__
(外回り)176715kg-(内回り)175656kg=1059kg
約1t
例)トラックの突進
__

・ガスコイン神父が振り回す樹木
材質:金木犀科(広葉樹であるため比重は0.5〜0.7であるが今回は朽ち果てている点を考慮し0.3で計算)
直径:60cm
長さ:5m
速度:時速70km
__
約420kg
例)普通自動車の突進(高速道路)
__

 鉄球に関しては、50〜60km出ているものを聖職者の獣は横に逸らして橋から落としたと言う感じです。
 ガスコイン神父が樹木を振り回す速度は時速70km程度を想定しています。プロ野球選手選手のバットスウィングが100kmらしいのでそれよりかは遅いかなと。

 今考えてみると大分インフレしてますね。
 でも、主人公が狩人である点、レベルアップした点を混みで考えた時にこれ位はあるかなとも感じています。(やっぱ無理かも)

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