【鬱の子】   作:湯タンポ

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※今話のジルコンの言葉は全て裏や演技のない"本音"です。






『事実という物は存在しない 存在するのは解釈だけである』


―――ドイツの思想家 ニーチェ





誰かが望んだ世界

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイ―――とにかく、アイが無事で…良かった」

 

 

「良くない…良くないよ…っ!!ジルが刺されたのに良かったなんて思える訳ないじゃん…っ!」

 

 

「アイが、刺されるよりは…マシだ」

 

 

「マシじゃないよ……!何でそんな事言うの…っ?あんまり良いお母さんじゃ無かったかもしれないけど、私は君達の…ジルの、母親なんだよ……?自分より子供が刺されて良かったなんて、思える訳ないじゃん……っ!」

 

 

「…そうか、ごめんなアイ…でも、俺はアイを、助けられたから、良いんだ、それがきっと、俺の生きてきた意味で、死んだ意味で…」

 

 

「ジル…?ジルはまだ死んでないよ…?それに、私を助けたって…なに?」

 

 

「……あー、頭ボーッと、してきた。

 

…アイ、ごめんな…生まれてきて、ごめんな。そろそろ、近いわ、コレ」

 

 

「やめて……っ!そんなこと言わないでよ……!ジルが居なくなったら私、どうすれば良いの……?そんな事言わないでよぉ……!!」

 

 

アイは大粒の涙を流しながらジルにすがりつく。

 

 

「わ、わた、私、ジルが死んじゃったら生きていけない…何も出来なくなっちゃうよ…っ!」

 

 

「アイ……そんな事、言い出すなよ…まだ生きたい、って、思っちまうじゃ、ねぇか…」

 

 

「生きれば良いじゃん…っ!だから諦めないで……ッ!生きてよぉ……!!」

 

 

「は…アイ、嬉しいけど、そりゃ無理だわ……俺、多分もう死ぬし。」

 

 

「やだやだやだッ!なんでもするから!私の事嫌いでもいいから!どんな事だって君のためならやるから!だから、ジルは死んじゃダメなの…ッ!お願いだからぁ……!」

 

 

「アイ、子供みたいに、なってるぞ……」

 

 

「子供でいいもん……っ!ジルが生きててくれるなら、なんでも良いよ……!」

 

 

「……そうか。」

 

 

そう言うとジルはアイの頭を優しく撫ぜる。

 

 

「ねぇ、ジル、私、何処で間違えちゃったのかな…?私、ただ君達を愛したかっただけなのに……!君たちと、幸せに暮らしたかっただけなのに…っ!

 

……ねぇ、ジル、教えてよ……わたしはどうすれば良かったの?」

 

 

「……アイは何も悪くない……それに、俺が居なくても、アクアや、ルビーが、居るじゃねぇか」

 

 

「違うの…!私には、ジルが必要なの……ッ!だからお願い……!死なないでよぉ……」

 

 

「……そっか。」

 

 

「私ね、ずっと前から思ってたんだ。私の人生は間違いだらけだったって……でも、それでも良いって思ってたんだ……だってジルやアクアやルビーが幸せになってくれればそれで良かったから……!」

 

 

「そう、か」

 

 

「だから、だからさ……お願いだよ……私の幸せを願うなら、生きてよ……!私のために生きてよぉ……!」

 

 

「アイ……」

 

 

ジルはそう言うと、アイの涙を優しく拭う。

 

 

「ありがとう、アイ……でも、アイは強い子だから、俺なんか、居なくても、生きていける、立ち直れる……だから、俺はもう、要らないよ」

 

 

「そんな事ないっ!私はジルが居ないと生きていけないのッ!アクアとルビーとジルが皆揃って初めて私は幸せに生きていけるのッ!」

 

 

「そう…か…」

 

 

「嫌だ……死なないでよぉ……!ジルが居ないと私生きていけないぃ……」

 

 

アイはそう言うとまた泣き出す。するとルビーも泣きながら言う。

 

 

「お兄ちゃんっ!私もママと同じっ!だからお願い、死んじゃやだよっ!!」

 

 

 

 

「……あぁ……この世界の君たちは(・・・・・・・・・)………どんな風に、生きるのかな……」

 

 

 

 

ジルは焦点のあってない目で言うと、アイとルビーの頬に手を添えると、俺の名を呼んで傍に来るように促す。

 

 

「アクア、ちょっとこっち来い」

 

 

「なんだ?」

 

 

「……最後に、これだけは…言っとくぞ……」

 

 

「……ああ……っ」

 

 

俺の返事にジルは1拍置くと、ゆっくり俺たちを見回しながら言った。

 

 

 

 

 

「アクア……ルビー……

 

 

 

 

俺は君達の事、結構好きだったよ。」

 

 

 

「ジル……っ!」

 

 

「お兄ちゃん……っ!!!」

 

 

 

まさに風前の灯火。

 

 

ジルは、最後の力を振り絞って俺達に言葉を伝える。

 

 

たった一言のジルの言葉に、俺もルビーも前が見えなくなる。

 

 

 

 

 

「そして、アイ……」

 

 

 

「……ジル?ねぇ、最後なんて言わないでよ……っ!まだまだいっぱい話したい事とか、ジルと一緒にやりたい事とかあるのに……っ! だから、お願いだから死なないでよぉ……ッ!」

 

 

 

「アイ」

 

 

ジルはアイの名前を呼ぶと、優しく抱きしめる。

 

 

「……ぇ…」

 

 

 

「……アイに会えて良かった……画面越しに君の死に目を眺める事しか出来なかったのに……それを止められて…君に"愛"を教える事が出来た……こうしてアイを抱きしめてたら、アイがここに居るんだ、って実感できる……アイの命の重み(・・・・)が分かるよ…」

 

 

 

「……ジル、何、言ってるの?ジルの言ってる事が、私にはよく分からないよ…っ」

 

 

ジルの要領を得ない言葉にアイは困惑する。

 

 

「いや、いいんだ……分からなくても……ただ、アイ」

 

 

「……やめてよ」

 

 

「多分次の言葉が最後になる」

 

 

「やめてよ……っ!ジルは死んじゃダメ!ダメなのっ!もう嫌だよ、辛い事も寂し事も、全部耐えて耐えて我慢して、ようやくジルに会えて、ようやく知った"愛"なのに……ッ!!……私から"愛"を…っ…奪わないでよ……ッ!!」

 

 

ジルが何を伝えようとしているのか、アイも薄々気づいている。

 

 

だからこそ、その最後の言葉を聞きたくなくて、少しでも長くジルと生きたくて、アイは必死に言葉を紡ぐ。

 

 

それは我が子を喪う事を恐れる母親の慟哭にも思えたし、ついて行きたいと駄々をこねる子供のようにも、愛した人を失いたく無いと嘆く少女のようにも思えた。

 

 

 

「…アイ」

 

 

「やだ…っ!言わないで!」

 

 

 

「世界で1番」

 

 

「ジルっ!やだよ!もっとジルと生きたいよ!」

 

 

「世界で唯一(・・)

 

 

「ジル……ッ!お願いだからぁ……」

 

 

 

 

 

「アイ……君だけを愛してる」

 

 

 

 

「…ジル……っ!私も愛し―――

 

 

 

 

 

 

 

ジル…?」

 

 

 

ジルの言葉に、反射的に返事を返そうとしたアイだったが、いい切る前にふと違和感を感じてジルの顔を覗き込む。

 

 

 

 

「……ジル?」

 

 

アイが呼びかけるも、ジルからの返事はない。

 

 

「お兄ちゃん……?」

 

 

ルビーも心配そうに声をかけるが、やはり反応は無い。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……ジル、嘘でしょ……?返事してよ……っ!私を置いて行かないでよっ!!

 

 

 

 

嫌ぁッ!嫌嫌嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

アイは半狂乱になって叫ぶ。

 

 

「お兄ちゃんッ!返事してよ……っ!ねぇ、お兄ちゃんってばぁ……ッ!」

 

 

ルビーも泣きながらジルに呼びかけるが、やはり反応は無い。

 

 

「……あ」

 

 

そして俺は気づく。

 

 

 

 

 

 

もう、とっくにジルの心臓は鼓動を止めている事に(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

「あぁアぁぁぁぁぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁあああ嫌嫌嫌嫌嫌いやいやいやいや違う違うダメだめだめだめだめ駄目ダメだめダメダめだメだメダメッ!違うッ!!こんなの違うッ!!」

 

 

アイは半狂乱になって叫び続ける。

 

 

「愛してる愛してる愛してる愛してるあいしてるあいしてるアイシテルあいしてる愛してる愛してるからだからお願いおねがいおねがいおねがいぃぃぃッ!!」

 

 

 

そしてアイはジルを揺すりながら、何度も何度も何度も、狂ったように愛してると叫び続け

 

 

「お兄ちゃん……っ!お兄ちゃんッ!!」

 

 

ルビーはジルにすがりついて泣き叫んだ。

 

 

 

 

アイとルビーが縋り付くジルの目は、既に光を失い虚空を見つめるのみだった。

 

 

その蜂蜜色の眼は、俺もルビーも、そしてアイも、何も写していない。

 

 

 

それは、前世の医者時代、嫌という程見た……死者の眼だった。

 

 

 

「何で何で何でなんでなんでなんでなんでナンデなんでなんでナンデなんでなんでナンデなンでなんデなんでどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテどウしてどうシてどうしてどうしてどウシて……こんなに愛してるのにッ!!」

 

 

アイはジルに縋り付きながら壊れたように叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、何で……?私、ちゃんと愛してるって言ったよ……?なんで返事してくれないの……?愛してる、ジルの事こんなに愛してるよ……っ!なのになんで、返事をしてくれないの……? ねぇ、ジル、ジル……ジルコンッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はまた一人、救えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなに愛してるのに……ようやく愛を、知ったのに……愛を知った代償がこれなの…?こんなのって…ないよ…神様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――アイの言葉を嘲り笑う様に、カラスが一羽鳴いた。

 

 

 

 

 

 










「誰かの幸福は誰かの不幸

それでも人が幸福を求めるのは

誰もが今日という辛い現実から逃げたいから

正義に酔い、不幸に酔い、誰もが自分にとって都合の良い虚構を信じている。

世界に幸福は存在し得ないよ、だって幸か不幸かなんて言うのは人の自己認知の違いでしかないのだから。

でも、"愛"は世界に存在し得るよ、何故なら愛は世界そのものだから。

世界に存在する全てが虚構だとしても、世界が存在しなければ虚構も存在し得ないのだからね。

……ごめんごめん、小難しい話をするつもりはなかったんだ、伝えたかった事は1つさ。


愛は狂気、愛するという事は狂うと言うこと。

まぁ世界そのものを認知するような物さ、狂うに決まっているだろう?

だから他者を真に愛する事が出来るものは怖いのさ……他者を愛する為に自分を捨てる事が出来るのだから。


……まぁつまり―――これも誰かが望んだ世界()さ」


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