【鬱の子】   作:湯タンポ

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箱の中に残ったのは希望か、はたまた全てを知ってしまう絶望か






パンドラの箱

 

 

 

 

 

 

この人は何を言ってるんだろう。

 

 

「な、何を言ってるんですか?」

 

 

「…勿論、アクアさんやルビーさんにも、ジル君のお見舞いは控えて頂きたいんです。」

 

 

そうじゃない!

 

 

「そんな事は聞いてないっ!私達がお見舞いに来て何がいけないの!?私たちは家族です!家族が家族のお見舞いに来てなんの問題があるんですか!?第一、貴女には何の権利や権限があってそんな事が言えるの!?」

 

 

アクアとルビーにお見舞いに行くな? なんでそんな事を貴女に言われなきゃいけないの!? ジルが記憶を失って、一番辛い思いをしていたのはあの二人なのに! そんな二人の気持ちを……っ!!

 

 

「……星野さん。」

 

 

黒咲先生が、私の目を見て静かに口を開く。

 

 

「…なんですか」

 

 

「……あなたの言う事はご尤もです。…私には、あなたがたのお見舞いをする権利も、ましてや権限など一切ありません。」

 

 

「……だったら……!」

 

 

「ですが、医者として、彼の主治医として、私は提言せねばならないんです。」

 

 

「ジルの、主治医として……?」

 

 

……私はこの時、黒咲先生のこの一言に『何か』を感じたのだ。

 

 

それは私の本能的な直感で、その勘は正しかったとすぐに思い知る事になるのだが。

 

 

「……星野さん、あなた方のお見舞いは、本当に"お見舞い"になっていますか?自分達がジル君へのお見舞いをする事で彼がどう思っているか考えたことはありますか?あなた方は、彼の負担になってはいませんか?」

 

 

「……え……」

 

 

黒咲先生のその一言に、私は固まる。

 

 

私達が、ジルの負担に……?

 

 

「そ、そんな訳ないっ!私達はジルに負担なんてかけていないし、これからもかけるつもりなんて無いっ!だって家族だから!」

 

 

「……『家族』…えぇ、確かに星野さん達は良いご家族だと思います。今時、こんな熱量で家族の絆を紡げるご家庭がどれほどあるか。」

 

 

「…先生もそう思ってくれているなら、私達がお見舞いに行く事の何が問題なんですか。」

 

 

分からない、この人が何を言いたいのか。

 

単に私たちをジルに近付けたく無いのならこんな回りくどい言い方をする必要なんて無いはず。

 

 

勿論、どんな理由だろうと、私達はお見舞いを止める気なんて無いけれど。

 

 

 

「……星野さん、あなたはもし仮にジル君と同じような状態になった時、家族にお見舞いに来て欲しいですか?」

 

 

今更なんでそんな質問……しかも答えなんてイエスに決まってるじゃん。

 

 

「…勿論です、嬉しいに決まってるじゃないですか。」

 

 

「……そうですよね、私も嬉しいと思います。」

 

 

何時までものらりくらりと訳のわからない事ばかり……もう我慢出来ない!

 

 

「…ッ!いい加減にしてください!さっきからどれもこれも全然関係ない話ばっかり!何が言いたいんですか!?言いたいことがあるならはっきりと…っ!」

 

 

「……今の質問、ジル君は『嬉しくない』と答えました。」

 

 

……え……?今、この人なんて言ったの……? ジルは嬉しいと答えたんじゃなくて……嬉しくないって答えた……? そんな事あるわけがっ!……でも、先生が嘘を言う理由も無いし、なによりこんなにも真剣な眼差しで嘘をついているとは思えない。

 

 

その真剣さが尚更、私の脳を混乱させる。

 

 

だって、有り得るはずない!

 

 

私達がお見舞いに来ないことを、ジルが嫌がってるなんて……

 

 

そんなの……そんなのっ!! そんなの有り得るはず無いっ!!

 

 

…でも……もしホントに、そうだとしたら……

 

 

 

「……なんで?」

 

 

 

私は、気が付けば無意識にそう呟いていた。

 

 

だって、私達はジルの『家族』だから。

 

血の繫がった家族として……当然の事をしていただけなのに。

 

 

なんで?なんでなの?そんなのおかしいでしょ?

 

 

「なんで、なんでなんでっ!?……ジルはそんな事言わない、そんな、家族を拒絶する様な事っ!絶対に言わないッ!」

 

 

私は、そう叫びながら黒咲先生に詰め寄る。

 

 

「星野さん、落ち着いてください。」

 

 

「これがっ!落ち着いていられるとでもッ!?どうせ貴女が私達をジルに近付けない様にする為の出任せなんでしょ!?そんな見え透いた嘘で私が騙されるとでも!?」

 

 

その言葉の勢いのままに、私は先生の胸倉を掴む。

 

 

 

「……っ…いいえ、事実です。そろそろ納得されてください。」

 

 

黒咲がそう言った瞬間、彼女の頬に衝撃が走った。

 

 

アイが思い切り平手打ちをしたからだ。

 

 

 

「…痛っ……」

 

 

 

「……もういい…っ!そんなに言うなら自分で確かめますっ!」

 

 

 

そう言うと、アイは頬を抑える黒咲にくるりと背を向けて走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私から言うのが、一番傷つかない方法だと思ったんだけど……」

 

 

走り去って行くアイの背中を見つめながら、黒咲はそう静かに呟いた。

 

 

 

 

「……久しぶりだけど、やっぱり痛いなぁ…叩かれるのって。」

 

 

そして、叩かれた頬を撫でながら、独りごちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嘘だ。

 

 

………ありえない…あっていいはずがない。

 

 

だって私は、13年もジルのためにずっと芸能界で仕事して、その分アクアとルビーに母親として構ってあげられなくて、それでも寂しい思いをさせない様に少ない時間で一生懸命二人の面倒を見て。

 

 

…女優として人気が出るほどに、妬まれて、疎まれて、陰口も、嫌味だってたくさん言われて。

 

 

それでもジルの事を生かすために、アクアとルビーにご飯を食べさせてあげるためには、学のない私にはこの仕事しか無いから、必死に耐えて、嘘で笑顔を作って……ジルに会える日を楽しみにしながら今まで生きてきて、やっと会えて、ずっとずっと待ち望んでたジルのいる日常が、ようやく戻ってきたんだ。

 

 

 

だから、あっていいはずがないんだよ……!

 

 

『……星野さん、あなた方のお見舞いは、本当に"お見舞い"になっていますか?自分達がジル君へのお見舞いをする事で彼がどう思っているか考えたことはありますか?あなた方は、彼の負担になってはいませんか?』

 

 

 

私たちがジルの負担になってるだとか…っ!

 

 

『……今の質問、ジル君は『嬉しくない』と答えました』

 

 

ジルが私達を拒絶するような事なんて、あるはずがないッ!

 

 

 

 

 

「………ジル」

 

 

 

そんな思いを胸の中で燻らせてるうちに、ジルの病室の前へ着いてしまった。

 

 

「……ジルは、私の思いを否定するような事なんて、しない。ジルは、私達を絶対に拒絶しないっ。」

 

 

だから、確かめないと。

 

この扉の先にいる彼の気持ちを。

 

そんなハズないって分かってるから。

 

 

 

「……そう、そんな事は、ありえない……」

 

 

 

……分かってる、はずなのに。

 

 

どうして私のこの手は、目の前のドアを引ききれないんだろう。

 

何度もドアの取っ手を掴んでは、力の入らない震えた手で引こうとして、結局するりと落ちるようにドアから手を離してしまう。

 

 

「ぁ……ジル……」

 

 

本当は分かってるんだ、自分の心の中に渦巻く疑念が、現実になる事を拒んでいる事に。

 

 

私がこの扉を開けて、ジルと話をしたら、それは確定した事実となってしまう。それこそ、私が思い描いてる様な幸せな結末ではないかもしれない事が。

 

そんな事実に真正面から向き合う覚悟が、今の私には微塵も無いのだ。

 

 

 

……だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはにげた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………結局、あれ以降ジルのお見舞いには行けないまま、3週間が過ぎた。

 

 

もちろん、仕事で忙しくて行く暇がなかった…と言えば、周りは誰も疑わないだろうし、誰からも責められる事もないと思う。

 

 

これでも日本を代表する女優の1人だからね。……だけど、それはただの言い訳に過ぎない。

 

 

その気になれば、行こうと思えば、仕事の合間を縫ってでも、休みを取ってでも、幾らでも行ける機会はあった。

 

 

……でも、出来なかった。

 

 

もし本当にジルが私のお見舞いを嫌に思ってたとしたらと思うと、怖くて足が竦んで動けなかった。

 

 

そうしてずるずると3週間もの時間が過ぎた今、私は心底後悔している。

 

 

なんでもっと早く行かなかったんだろうって。なんであの時ちゃんと確かめなかったんだろうって。そんな事考えてももう手遅れなのに。

 

 

…アクアがジルへのお見舞いを辞めた事も、行こうという気持ちにストップをかけてる要因の1つだ。

 

 

きっとアクアは、もうジルに拒絶されたのかもしれない。だからもう、お見舞いには行かないと決めたのかもしれない。

 

 

アクアならきっとそうする。……そんな気がするから。

 

 

そう思うと、余計に私1人でジルのお見舞いに行く勇気が無くなっていく……。

 

 

 

 

「アイさん、なんで玄関でずっとひとりで百面相してるのよ」

 

 

「……ミヤコさん」

 

 

そんな私の心中を知ってか知らずか、後ろから声を掛けられる。

 

 

「えーっと…買い物行こうと思ってたんだけど、靴何履こうかなって!」

 

 

「そう?ならいいけど……。」

 

 

あぁ……まずい、ミヤコさんに心配掛けちゃった。

 

 

「……アイさん、最近働き詰めじゃない?」

 

 

「え?あぁうん、仕事の方がちょっと忙しくてさ。」

 

 

「そう……でも、無理は禁物よ。貴女の代わりなんて誰にも出来ないんだから。」

 

 

「あはは、ありがとうミヤコさん。でも大丈夫!私は全然元気だから!」

 

 

……ああ、ダメだ。人に心配かけちゃう状態じゃ、ジルと会ってもいい結果にならない事が目に見えてる。

 

 

……また今度に

 

 

 

「アイ、無理しないで」

 

 

 

頭が暖かいものに抱きしめられた。

 

 

「……え…」

 

 

「……あなたの抱えるものが全部分かるなんて言わない、あなたの苦しみが全て理解出来るとは言わない、あなたの悩みを全部解決出来るとも思わない、あなたの気持ちを…母として、女優としての気持ちを全て推し量れるとは到底思わない…!

 

…だけどね、アイ。

 

 

私だって、あなたの"家族"なのよ。

 

…あなたがどう思ってるかはわからないけど、少なくとも私はそう思ってる。

 

…だからね、私だってすこしくらいあなたの気持ちを理解してるし、少しくらいあなたの本音を話してちょうだい。

 

 

…少しの本音、少しの弱音、少しの我儘。そういうのをお互いにさらけ出せるのが家族だから。」

 

 

そう言って、ミヤコさんは私を抱きしめている腕にきゅっと力を込めた。

 

 

……暖かいな。

 

 

…人からの温もりって、こんなに暖かかったんだ。

 

 

「……何故かは知らないけど、ジルへのお見舞いが怖いなら、一緒に行ってあげるし、そこまでいらないなら背中を押してあげる。」

 

 

「……うん…うん」

 

 

「……はぁ……まったく、本当に世話がやける子達なんだから……!」

 

 

そうして私はミヤコさんの腕の中で、半ば子供の様に泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでオレ達は一緒に連れてこられたと?」

 

 

「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん!みんなで行った方が楽しいでしょ!」

 

 

「アクアもルビーも、今日はありがとね。」

 

 

 

3人一緒にジルのお見舞いに来た。

 

 

あのあと、アクアとルビーにも、黒咲先生から聞いた話を全部話した。

 

 

その上で、1度全員でジルと話に行かないかと2人に誘いを掛けたのだ。

 

 

2人は一瞬驚いたような顔をしたけれど、私の話を聞いた後すぐ真剣な顔になって頷いてくれた。

 

 

 

「……でも、やっぱり俺は行かない方がいいんじゃないか?」

 

 

…まぁ、アクアはまだこんなこと言ってるけど。

 

 

「もう、お兄ちゃんはまたそんな事言って!」

 

 

「そうだよアクア!せっかくここまで来たんだからさ!」

 

 

病院の前まで来てそんな事を言ってるアクアを、ルビーと一緒に引っ張りながら、ジルの病室へと向かう。

 

 

 

「そもそも、お兄ちゃんはなんでそんなにジルのお見舞いに消極的なの?最初はあんなに喜んでたのに。」

 

 

病室へと向かう最中、ルビーがアクアにそう問いかける。

 

 

「……いや、なんか前回行った時に『次に顔を見せたらお前をコンクリで固めてオホーツク海に投げ捨てる』って言われた。」

 

 

「…なんでまたそんな寒いところに?」

 

 

「……お兄ちゃんジルになにしたの?…あとママ、着眼点そこじゃない。」

 

 

ルビーからツッコミを貰いつつ、その後もわちゃわちゃ(病院だから小さめの声で)と会話しながら、とうとうジルの病室の前へとたどり着いた。

 

 

「……ねぇ2人とも」

 

 

「ん?」

 

 

「どうしたのママ?」

 

 

……正直私は、この扉を開けるのをまだ少し躊躇っている。

 

 

でも、もう決めたんだ。1人で抱え込むのをやめて、ちゃんと家族と向き合うんだって。だから……っ!

 

 

「私がドアを開けたら、一緒に入って欲しいな」

 

 

…少しだけ、2人に勇気を貰う。

 

 

「……アイがそうして欲しいなら、俺は構わないよ。」

 

 

「ママがそうしたいって言うなら、もちろん!」

 

 

……ホントに、アクアとルビーは優しい子に育ってくれたなぁ…。

 

 

「ありがとう、2人とも。……それじゃ、開けるね。」

 

 

 

そうして私は、静かに扉を引

 

 

 

「ノックもしないのかい?」

 

 

――こうとした手を、ピタリと止めた。

 

 

「……誰?君、他の部屋の子?」

 

 

小学生くらいの女の子が、そんな言葉を放ってきたから。

 

 

……その子は、ジルと同じ色の白い髪で、何処かこの世のものとは思えない不思議な雰囲気を纏っていた。

 

 

「……アイ、この変なのは気にしなくていい」

 

 

「…そうだよママ、この子の事なんて無視していいよ。…それに多分、きっとこの子迷子だから私達が連れてくね」

 

 

「え、え?うん?わかった」

 

 

……なんか2人とも、この子の事知ってるのかな?

 

 

あ、もう手を引いて連れてかれてる……手を引くって言うか、首根っこ掴むっていう表現のが正しいかもだけど。

 

 

「……星野アイ、その扉を開けるのは辞めた方がいい。彼のお見舞いはまた明日にでも来ればいい。」

 

 

「黙れ、お前はまた訳の分からないことを言って余計なことをするな、この疫病神が。」

 

 

「そうそう、お子様ははやくお母さんの所に帰った方がいいよ?」

 

 

 

……結局アクアとルビーに一瞬で連れてかれちゃったけど、あの子一体なんだったんだろ……?

 

 

…まぁ、そんな事はさておいて……

 

 

今度こそ、私は扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開けてしまったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ジル君、今日はやけに積極的、だね…っ」

 

 

「いやいや、先生が可愛いのがいけないんでしょ」

 

 

「……ジル君はいつもそればっかり」

 

 

「まぁ、事実なんで…ほら先生、動き止まってる」

 

 

 

「ん…ぁ……ジル君、急に、動かないでよ……っ…」

 

 

 

 

 

 

 

「……………え……は……?」

 

 

 

 

パンドラの箱を。

 

 

 

 

 

 










推しの子のドラマ、1話だけしかまだ見てないけど、多分私はもう見ないかな。


読者年代調査(恥ずかしがらず答えてね☆)

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  • 60〜以上
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