ネガディヴ魔女の探偵譚    作:ちょうりしゅ

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プロローグ

 

 

 臆病者はみんな灰になってしまえばいい。

 弱虫もみんな死んでしまえばいい。

 

 お前の事だ。

 

 臆病さから来る遠慮のなさで彼女を追い詰めたひとの全ては、ぐずぐすに燃えて砕けて吹きさらしの灰の山になってしまえばいい。

 その中にきっと僕もいる。

 

 

 

 

「どうして人を殺してしまったんですか」

 

 

 

 喉から出た言葉が彼女に触れた時の彼女の顔を見て、僕は選択を致命的に間違えたのだと知った。

 たとえ彼女が犯したことが真実であっても、一人くらいは信じてやるべきだったのだ。どんな地獄でも救いの糸が垂れているべきだったのだ。

 

 僕はその細い蜘蛛の糸を、無慈悲に切ってしまった。

 

 彼女を信じてやれなかったことを今でも灼け付くくらいおぼえてる。

 燃えて灰になってしまえば。

 

 

 

 

 ◆

 

 服の襟を正した。

 人に見られる所はおかしなところがないか不安になってくる。

 いつまでも確認していたいが時計の針は背中を押してくる。早く行け、と。

 

「行ってきます」

 

 帰ってくる声は無かった。

 当然だ。黒縁の写真とお線香に向けて言った言葉だから。

 

「時間は、大丈夫。うん、大丈夫なはず。1時間も余裕があれば」

 

 両親は居ない。

 顔も写真でしか知らない。

 

 たぶん18年前に最初の(ゲート)が狂ったように開かれた大変動(カタストロフィ)に巻き込まれたのだと思う。

 僕を家に置いて、勝手に瓦礫に押しつぶされてしまったと聞いた。

 

 だが寂しくはなかった。

 育ててくれた人がいたから。

 

 彼女は(ゲート)と同時に出現した異能を使える人だった。

 若く美しく、強い魔法士だった。人によっては魔法少女なんて呼んだりもするけど、僕にとっては憧れの姉のような人物だった。

 

「雨、降るかな」

 

 その日は雲が朝から黒く。

 その日は彼女が人を殺したと捕まった日だった。

 

 

 ◆

 

 

 授業が終わって、一応運動部には隅っこで参加していたが、それも休みの日だったからすぐに帰った。人と話すのがどうにも下手だった。相手は悪くない。いつもこちらが後ずさってしまう。

 

 それで、校門を出て家の前まで歩いて。

 玄関に黒い服を着た男女が立っていた。

 

焼却済さんですね?」

 

「あ、はい」

 

 学校の外で自分の名前を呼ばれるなんて不思議な気持ちで生返事をしてしまう。相手は返事に対して特に何も思ってないみたいだった。本当に、ただ確認する事が目的のような。

 

「あなたの保護者として登録されている燃えた見るなさんですが」

 

 その名前は知っている。

 姉のように僕を育ててくれた人だ。

 彼女は自分に無頓着で、家事の殆どを僕がやっていた。それで良かった。あの瓦礫の山から拾って育ててくれたのだから。

 

「本日、中央刑務所に送検されました」

 

「えっ?」

 

 彼らは周りをちょっと見渡して人がいない事を確認すると、声を潜めてるように背中を曲げた。

 

燃えた見るなさんは殺人をした疑いがあります」

 

「本人は何と?」

 

 そんな事を聞くあたり、思ったより冷静だなと感じた。能天気なだけかもしれない。

 

「全面的に……認めております」

 

 頬にポツポツと雨が伝った。

 朝からの雲がとうとう泣き出したようだった。

 

 だんだん強くなる雨の中で僕は場違いな事を考えていた。

 今日は彼女の誕生日だったな、とか。

 そういえばこっそり予約していたケーキは夕方に届くんだったな、とか。

 

 雨はずっと止みそうになかった。

 

 

 ◆

 

 

「やぁ、学校はもう終わりかい?」

 

 彼女とは朝に玄関で会ったきり、再会は強化アクリルガラス越しだった。鳶色の髪を肩で揺らす彼女はいつも通りに見えた。

 猫のような目がこちらを見ている。

 

 僕は学生服のまま、警察に促されてパイプ椅子に座った。

 空調がすこし寒いような気がしていた。

 

「はい、今日は部活もオフで……それで」

 

「それで?」

 

 言葉を切る。

 あの時、黒服の男女に聞かされてから現実がふわふわしたものに思えていた。自分がどう感じているのか分からなかった。

 

 

 

「どうして人を殺してしまったんですか」

 

 

 

 喉から出た言葉が彼女に触れた時の彼女の顔を見て、僕は選択を致命的に間違えたのだと知った。

 

「あっ……」

 

 訂正の言葉は間に合わなかった。

 自分の言いたい事はそれじゃない。

 違う、という言葉はつっかえて出てこなかった。

 

 役立たず。

 人を傷つけて、役立たず。

 

「すまないが、面会は終わりにしてくれないか」

 

 最後に見た彼女の表情は寂しそうに笑ったものだった。

 

「最後に一つ」

 

 彼女はそう言って振り返った。警察がその脇を固めていた。 

 

「人を助けられる優しさを忘れないで」

 

 そして鉄のドアの向こうに消えていった。

 殺人をした彼女がなぜそんな事を言ったのか、分からなかった。

 

 

 ◆

 

 

 あれから一年と少しが経った。

 世界は特に変わりは無かった。

 

「委員会の仕事手伝ってくれてありがとー!」

 

「大丈夫だよ、たまたま手が空いてたから」

 

 誰もいなくなった教室で、対面に座った子が頭を下げる。

 机の上にはホチキス止めされたプリントが50組ほど作られてあった。

 

焼却済くんって、いつも優しいよね。穏やかに笑ってて、すぐに人を助けてくれるし」

 

「そんな大層な人物じゃないよ」

 

 そう言いながら鞄を持つ。

 壁の電気を消せば教室は夕暮れの燃えるような色で染められた。

 

「あっはっはー! またまたー」

 

 僕はにっこり笑う。

 愛想の良いように。

 

 反吐が出そうだった。

 笑っている自分に。

 

 

「それじゃあ、また」

 

「うん、()()()! また学校で!」

 

 教室を出る。

 彼女が捕まったあの日からずっと、空気が薄い気がしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 いつの間にか、季節は巡っていた。

 また玄関の前に立っていた。

 

 彼女は一年前に獄中で自殺した。

 彼女がその手で自分を殺してしまう前は、世間からの誹謗中傷がピークだった。

 僕はその知らせをまた学校の帰りに聞いた。

 

『ああ、そうですか』

 としか言葉が出なかった。

 涙も出なかった。薄情な奴め。

 辺りは闇にとっぷり暮れて、冬の風が体を削っていく寒さだった。

 

 家の鍵を取り出して、ノブを回そうという時、けたたましい警報音が空気を叩いた。

 

『警告、警告。この地域で(ゲート)が観測されました。付近にいる方は速やかに退避してください。繰り返します──』

 

 携帯からもバイブと共に警告が発せられている。

 おかしい。普段ならもっと余裕があるはずなのに。

 

『これは訓練ではありません。結界は既に作動しています。直ちに避難を開始して下さい』

 

 人気も明らかになかった。

 なぜ、なぜ? 

 もしかして僕だけが事前の警報を見逃したのか?

 

 ブーブーと携帯が鳴る。

 とにかく避難しろと画面に表示される。

 

 走った。

 

 どこまで退避すればいいのかは分かり易い。

 (ゲート)が出れば、数キロの範囲に紫色の結界が張られるからだ。最初は薄い向こう側が見える程度だが、だんだんと色が濃くなっていき、ある程度の地点まで行くと通り抜けられなくなる。何かの事故で(ゲート)が観測された時点で取り残されてしまった人は、結界が閉じる前に抜ける必要があるのだ。外側は安全のいつもの世界になっているから。

 

 

 逆に中は魔界となる。

 普通は入る前に警告があって退避している筈なのに。

 これは完全に事故だ。

 

 

 

(ゲート)の等級はC+。開門は23分後です。付近の方は速やかに範囲の外へ避難を──』

 

 

 奇妙なくらい人がいないアスファルトの道路を走る。

 それはそうだ。きっとみんな避難済みだ。何故僕だけが取り残された?

 

 そんな疑問をよそにスニーカーで地面を蹴り続ける。

 あと大通りを一つ二つ抜ければ結界の外側だ。2キロもない。

 

「はっ、はっ……」

 

 (ゲート)は突然開く。

 プリズムのように空間が歪んでその中心に極彩色の穴がある。

 

 それは時間と共に世界を侵食して、臨界点に達する。

 その前に閉じる事が出来なければ、“魔獣”の大氾濫という災害が発生し、多くの死傷者を出すこととなる。

 

 

 閉じる方法は一つ。

 その(ゲート)のボスとなる魔獣を倒せばいい。

 

 “魔獣”。

 正体不明の敵対存在。

 姿形はあらゆる世界の伝承に則しているもの。

 

 いかなる科学的知見も、考察も、捜査もなにもかも正体を明らかにするに至らなかった。

 

 (ゲート)の出現と共に現れて時間と共に数を増していく。

 一説では(ゲート)の機能の一つでは無いかと言われている。

 ボスを倒し(ゲート)の閉門と共に姿を消す。

 

 それを倒せるのは訓練を積んだ特殊な異能を使える人々だけだ。

 

 

 だから、普通の人はそれに出会わないよう祈りながら走るしか無い。

 

 ふと、路地を曲がる時に目に止まるものがあった。

 慌てて戻って覗き込んでみると、小学校低学年くらいの女の子が座り込んで泣いていた。

 

 馬鹿な。

 何で残ってる!?

 

 急いで女の子に近づくと、それは擬態型の魔物でもなく正真正銘の人間の女の子だった。

 

「君、きみ! 大丈夫? 早く抜けないと!」

 

 女の子は泣くばかりだ。

 見れば膝を擦りむいている。

 あたりに両親の姿はない。

 

 

 

──人を助けられる優しさを忘れないで。

 

 

 

 過去の言葉がフラッシュバックする。

 ああ、もう、と髪を掻きむしる。

 そしてスゥ、と息を吸った。

 

「大丈夫、お兄ちゃんに任せて」

 

 トン、と女の子の背中を叩いた。

 彼女は顔を上げる。潤んだ目が赤くなっていた。

 

「さぁ、掴まって」

 

 自分の背中を向けながら声をかける。

 おずおずと登ってくる感触があって、首に細い手を回された。

 このくらいは。

 このくらいは出来るはず。

 

 

 女の子をしっかりおんぶした事を確認するとすぐに走り出した。

 少し心地は悪いだろうけど、結界がどんどん濃くなっていってる。

 もうすぐ通れなくなる。そうなればおしまいだ。

 

 そして最後の大通りに出た瞬間。

 

 ドンと何かにぶつかった。

 濃い緑色の植物の蔓のようだった。

 

「あ……魔獣」

 

 道路の真ん中にいたのは、巨大な眼球をつけた植物のような魔獣。

 人の腕ほどある蔓を何本もうねうねも動かして周囲を探っているようだった。

 

 魔獣のすぐ後ろにある紫色のカーテンを見る。

 

 結界の濃さはもう限界だ。

 回り道している暇もない。

 

 

 走れ。

 

 走れ! 

 

 

「お、おぉぉぉおお!!!」

 

 背中の女の子の姿勢を変えて、腹の前で抱え込むようにして走った。

 

 

 途中で魔獣が気がついて、蔓を伸ばしてきた。

 かわしたと思ったら背中から強い衝撃を感じた。

 

「ご……」

 

 背中側から何かが腹まで貫いて、異物感に走りながら吐いた。

 口からは粘ついた赤黒い液体が溢れた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 両の腕で抱えられてる女の子は不安そうな顔で見上げてきた。

 大丈夫。

 

 走る、

 

 走る。

 

「ごほっ……」

 

 やがて結界の手前で膝をついた。

 出会った魔獣が植物のような自分で移動するタイプじゃなくて良かった。

 

 何とか立とうとする。

 でも意思とは関係なく力が通わなかった。

 

 僕は女の子を腕から解放した。

 

 行け。

 

 行くんだ。

 

 躊躇うその子の背中を押す。

 そうして彼女は力に負けるように結界の奥へ消えていった。

 僕もすぐに手を伸ばしたけど、もう()()()()()()

 

 視界が暗くなってくる。

 寒い。心臓がゆっくり聞こえる。

 

 寒い。火が消える。命の火が消える。

 

 ぐるりと視界が回って、アスファルトが視界の右側に見えてそのまま目を閉じた。

 

 

 

 ◆

 

 

 “それ”はむしゃむしゃと植物型の魔物に食べられる青年を見ていた。

 

 そして呵呵! と笑う。

 

 最初の一撃で青年の心臓は潰されていた。それでも尚、童女を結界の外に送り届けた。

 

 天晴れ、素晴らしきかなその善性、意志の強さよ。

 

 “それ”は手を叩いた。

 

(あの子は──?) 

 

 するとぼんやりとした声が聞こえてきた。

 薄く不鮮明ですぐに消えてしまいそうなものだった。

 

「うん? 魂がまだ動いておったか。安心せい。貴様の涙ぐましい献身であの童女は“外”で保護された」

 

(そう、……よかった)

 

「おい、おいおい!? なに消えようとしてるんだ? 満足してしまったからか?」

 

 “それ”は考える。

 このまま朽ちさせるのでは面白くない。

 

「どれ、貴様の最たる感情に適した形に変えてやろう」

 

 だからいじくることにした。

 その魂ごと。

 

「まずはその善性の中身が知りたい。何を思えばそのような献身が出来る? 優しい両親か? 仲の良い友か? なんだ、貴様を構成しているのは」

 

(やめてくれ)

 

 悲鳴のような声が上がった。

 

(見ないでくれ)

 

 “それ”はニヤニヤしながら作業を続ける。

 明らかに上位の存在にある傲慢さであった。

 

(こんな、こんな醜い心を見ないでくれ)

 

 細い声は懇願を続ける。

 魂の意志など通常、残留思念のように儚いものだがその部分だけははっきりとしていた。

 

 

(カッコいい外面のまま終わらせてくれ)

 

 

 

 

 

 は。

 

 ははは! 

 

 なんと面白き! 

 

 上位の存在である“それ”は膝を叩きながら大笑いした。

 

「貴様、ほとんどが溶岩のような怒りと、自責の念ではないか! 

 なぜ正気なのか、生きていられるのか不思議なくらいだ!」

 

 ははは! 

 

「随分と人を恨んでいると見える。それ以上に自分自身を。そうであっても人を助けたのか!」

 

(──やめてくれ)

 

「決めた。なんであっても貴様はまた動くのだ。知りたいのだろう。()()()()()()()()()()()()。何が貴様の姉を()()()()()()()()

 

(──知りたくない! 知りたくない!)

 

「いいや、知ってもらう。貴様はその感情に蓋をしているだけで知りたがっている。貴様には知ってもらおう。この“謎”の真実を。自分の手で探すのだ」

 

 

(──やめてくれ!)

 

 

 

 

 そうして彼は死んだ。

 存在は燃えて灰になり、その中から灰と同じ色の髪をした少女が産まれた。

 

 記憶の大部分を焚べられて、消えてしまっても、その“謎”に対する感情だけは焔のように燃え盛ったまま。

 

 

「さぁ、楽しませてくれ! 灰の魔女よ!」

 

 

 そうしてこの物語は始まった。

 彼の姉代わりが何故人を殺したのか。

 それを知るための物語が。

 

 

 

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