ネガディヴ魔女の探偵譚    作:ちょうりしゅ

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チュートリアルなんてスキップさ

 

 

 

 

 他のみんなに日常があるように、()の世界にも日常があった。

 日常は当たり前にある物で、空がずっと続くことを疑わないように日常を疑ったりもしなかった。

 

「お早う、お姉さん」

 

「おはよ。起きがけでも元気だね」

 

「お姉さんに比べたら」

 

 

 

 朝起きて、コーヒーを飲んで。

 コーヒーは毎週日曜日に近くの商業施設で買って。

 テレビのリモコンは彼女がよく無くすから机の右端に。

 

「このひと不倫したんだ」

 

「お姉さんそういうニュース好きだよね」

 

「人を悪趣味みたいに言わないでくれよ」

 

 

 ニュースを見ながら皿を水につけて。布団を畳んで服を着替えて歯を磨いて顔を洗って。

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 

 靴を履いて家を出る。

 

 

 

 

 

 ──貴方の保護者である……は先日未明。自死しました。

 

 

 

 

 

 でもある時唐突にそれを構成するピースが一つ抜けた。

 姉代わりの彼女が居なくなった事だ。

 

「あれ、お帰りって言えてないや」

 

 それでも日常は表面的には変わらず続いていた。

 街の人はいつも通りだし、信号機も変わらない。

 

お前らが殺したくせに

 

 世界が変に見えた。

 いつも通りな事が逆に変に思えた。

 

 僕にとって世界を構成する大事なパーツである彼女は、世界にとって何でもない物だったのだ。それを無言で叩きつけられ続けた気分だった。

 

 

「あ、そっか。もう言う必要無いのか」

 

 

 だから、厚顔無恥に彼女の功績を啜りながら生きている奴らを醜いと思った。

 自分もろとも醜い奴らは消えてしまえと願った。

 

 

「そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかぁ……」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 喉が痛い。

 仰向けになってた身体をぐるりと起こして気管の通りを良くしようとする。

 

 

 けほけほ、と喉に何かつかえていて咳が出た。

 四つん這いの状態で、自分の手がぼやけた視界に映る。

 咳で出たものはふわりと空気に乗って細かく分かれていった。

 灰のような色と砂のような形をしていた。

 

 

「──敵性、発見。識別は……“魔女”です!」

 

 

 遠くから声が響いてくる。

 慌てた声だ。どうか落ち着いてほしい。

 頭にぐわんぐわんと響く。

 

 

「はぁ? 魔女!? クソっ、よりにもよって!」

 

「静粛に。総員、即時戦闘態勢に移行、多少の犠牲はやむを得ん。まだ対象が覚醒しきらない内に滅する」

 

 

 ここは何処だろうか。大きな道路の真ん中に見える。空には紫の月が光ってる。道路は無人で車もなく、だから真ん中の白線の上に蹲っていても轢かれていないらしい。

 

 

 ふぅ、と息を吐けばふわりと灰が空を舞った。それはクルクルと周りを漂って消えていった。

 生き物の焼けた終わりが空に舞っている。こんにちは、こんにちは。

 

 

 

「接敵まで3、2……1、そこです!」

 

 

 

 ガチャガチャという耳に響く足跡が奥からして、通路の曲がり角から武装した人たちが出てきた。

 黒ずくめの最新装備だ。灰は周りを飛んだ。落ち着いて、大丈夫。

 

 

 

「なっ!? 対象、覚醒しています!」

 

「総員第一警戒体制。魔法士各員は攻性魔道発射体制に移行」

 

 

 上擦った声と、静かで威厳のある声が聞こえる。

 訳が分からず、ぐるりと顔を回すと、15人ほどの武装した人たちがこちらを見て隊列を組んでいた。

 そのうちの盾を持った人の後ろにいる人は杖を構えている。

 

「魔法、展開。第三種、ファイヤー!」

 

 若い女の子の声が聞こえて、大きな火の玉が飛んできた。

 それはあたりの空気を焼きながらどんどん近づいて来る。

 あと2秒もすればぶつかってしまう。

 

「危ないなぁ……!」

 

 なので、口の下に右手を当てて掌を上に。ふぅ、と息を吹きかけた。

 

『灰に還れよ』

 

 直ぐに火の玉は端から色を失くしていき、ぼろぼろと灰になって崩れた。こちらにはふりと、その残滓の風が届いただけだった。

 

「嘘……何で?」

 

 女の子が愕然と呟く。

 何で……何でって。

 そりゃあ、使われた魔法と使用者が分かるなら魔法を灰にも出来るだろう。だって魔女なのだから。

 

 ん? あれ? それはおかしく無いか? 

 普通、そんなの出来ない筈。

 なのに何で私は当たり前みたいに……

 

 あれ? そもそも私って何だ? 

 

 

 記憶の底がジリジリと焼ける音がする。

 殆どの思い出は灼けて崩れて灰になって、それを捏ねて作られたのが私だ。

 だからこんなにもまっさら。

 それが何となく理解できた。ある種本能のような物だった。

 

 

「攻撃の手を休めるな! カウンターに注意しつつ続けろ!」

 

 

 指揮官らしき岩のような声の人が檄を飛ばす。

 その声に反応して武装した何人もがぶつぶつと口元で呟くと、直ぐに方陣が光って、多種多様な魔法が飛んできた。

 

「え……あの、ちょっ……」

 

 制止の声を上げようとするが、魔法の音かかき消されて届かない。このままでは仕方ないので、また口の下に手を当てて魔法を消した。

 

 矢のような氷は数メートル手前で根本からエネルギーが奪われたように失速して灰になった。

 地面から突き刺してきた土の槍は先端が届く前に全て粉微塵になった。

 景色を歪ませる風の刃は直ぐに灰混じりになって霧散した。

 

「何も効きません! 全て()()()()()ます!」

 

 術士の一人が悲鳴のように叫んだ。

 

「あの……」

 

 私の声は届かなかった。

 

「そんな事があってたまるか!」

 

「魔法いつでも展開できます、常時展開型の結界は理論上有り得ない、何処かに穴がある筈です」

 

「ちょっと」

 

 また杖を構えられる。

 声が届かない。多分私の声は根本的に小さい。

 

「あ、あのっ!」

 

 だから声を張り上げたら、空気が凍った。

 みんな動きを止めて、こちらを見ている。居た堪れない。

 

「は?」

 

「言葉を解した……?」

 

 誰かが言う。

 指揮官らしき男の人は咳払いをしたあと、慎重そうに喉をさすってこちらを見た。

 

 そりゃ、言葉くらい解しますよ。

 

 

「対象に告ぐ。我々の言葉が理解出来るか」

 

「あっ、はい。わかります、分かります」

 

 

 息を呑む空気が伝わってきた。

 

 膝を崩して座りながら答えると、1番前で声を出していた人がバイザーを揺らした。

 やがて1秒、2秒と無言の時間が続く。男の人は何やら物凄く考え込んでいるようだった。

 そしてパッと顔を上げるとこう言った。

 

「よろしい。貴様は包囲されている。動くな」

 

「えっ、えっ……!?」

 

 その流れで……!  

 言うや否や、後ろに回り込んだ人に手枷をがしゃんとかけられて、

 

「魔法封印拘束完了しました!」

 

 映画とかで見るような極悪人を輸送する時に使う拘束装置に固定されて

 

「特魔二種、吸魔具作動します」

 

「異常なし!」

 

「よし、乗せろ!」

 

 あれよあれよ、と車に詰められてしまった。

 この間わずか一分。私は「えっ? えっ?」としか言えなかった。

 いや、普通そうだよね? 私だけじゃない、よね? 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 頭にあった覆いが取られると、白い殺風景な部屋だった。

 広さは……部屋がそこそこ広い。落ち着かない。

 

 目の前にはメガネをかけた神経質そうな白衣の壮年の男がいた。

 

「さて、君にはいくつか質問に答えて貰おう」

 

「はひ」

 

 噛んだ。最悪だ。初対面の印象は大切なはずなのに。もう躓いてしまった。

 

「ぁぁ……」

 

 今すぐ顔を手で覆ってしまいたかったけど、両手両足が拘束されているからそれも出来なかった。

 

「魔法士は知ってるかな? 正式には国家特別魔法公務員と言うんだけど……まぁ、魔法少女とかだね」

 

「はい」

 

 私が答えると白衣を着た壮年の男の人は驚いたようだった。

 本当に言葉が分からないと思われているのか……? あれ? 私は獣か何かかな? 

 

 

「君には」

 

 

 白衣の人がそこで言葉を切る。

 そしてちょっと唇を舐めて一呼吸置いてから続けた。

 

 

「君には規格外の魔法量がある。……さて、君は何者だい? どこの所属かな? 何故ゲート内の異界に居たのかな?」

 

 

 何者か、分からない。

 記憶は殆ど残ってない。

 でも、魔法量がある? 

 

「えっと、つまり……」

 

 この世で魔法量、魔力があるのは異能に覚醒した人だけだ。

 それらはゲートから溢れる魔獣を討伐し国を守る。

 そんなことが出来る人たちは決まっている。

 

「私ってもしかして……魔法少女ってやつですか!?」

 

 

 魔法少女。弱きを助け強気を挫く。

 皆んなの憧れの的。私も子供の頃、お姉さんの姿を見て憧れたのだ。子供の頃? 

 いつだったか。何も思い出せない。

 

 思ったよりまだらに穴のある記憶にウンウン唸って悩んでいると、白衣の人は手に持ったバインダーに何か書きつけて言った。

 

「ううん、魔物。殺処分ね」

 

「え?」

 

 

 ◆

 

 

 

「いや、君。魔物なんだよ。人の形をした魔獣。通称『魔女』」

 

「い、いやいやいや、そんな」

 

「ただ、魔女っていうのは普通なら他の魔獣と一緒で正常な意識もなく、なのに魔法を使用して暴れ回るたいへん厄介な存在の筈なんだけど……」

 

「私はそんなんじゃないですよ。ましてや魔獣?」

 

 すこし不服を視線に込めて男に送ると彼は虚を突かれたような顔をして、手元のペンを止めた。

 

「え? いや、だって君心臓無いんだよ」

 

 バッと胸に手を当てる。

 拘束具は腕を一瞬灰に変えて片手だけ外した。

 

「動いてない……動いてないです!?」

 

「おいおいおい!? 拘束具が意味ないのか!?」

 

 男は急いで胸元の装置をいじって私から離れたけどそんなのどうだっていい。だって胸から何も伝わってこないのだから。

 

「あのっ、白衣の先生! わたし、死んじゃってるんですか! だって、心臓が動いてないんです!」

 

「だから君は魔獣だ!」

 

 

 ◆

 

 

『ゲート探査記録』

 

 識別名称−灰燼の都

 

 日付  20XX年、12月31日。

 外気温    4度

 ゲート内気温 20度

 

 探査目的。閉じたゲート周辺空間の調査。

 同行員 荒川3佐

 他14名。

 

 

 [時程]

 

 1200 ゲート周辺空間へ突入。

 1207 最初の魔獣と戦闘。大型犬に近い双頭の犬。

 1210 戦闘終了。被害なし。

 

 

 

 

【警告。これより先のデータは特別機密指定です。アクセスには許可が必要です。許可のない状態で数度のアクセスを試みた時点で罪に問われる可能性があります】

 

 

 

【警告。これより先のデータの閲覧は対魔獣対策本部統括部より許可が必要です。許可なく閲覧した場合は機密処理班が信号発信元へ緊急出動します】

 

 

 

【警告。これより先のデータには魔術的プロテクトが掛かっています。許可を得ずに閲覧は出来ません。指定の方法以外で閲覧しようとする際に発生した被害の一切については自己責任となります】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アクセスコードを確認。表示します』

 

 

 [機密処理済−時程]

 

 1413 探知人員が異常な反応を捕捉。

 1415 荒川3佐による判断で現場へ急行。

 1417 接敵。対象は人型特別指定魔獣種『魔女』と認定。

 1418 『魔女』と戦闘開始。使用した魔法が悉く無効化される。

 1420 『魔女』と意思の疎通に成功。荒川3佐の判断により『魔女』の捕獲。

 1430 ゲート周辺空間より脱出。人員被害なし。物的被害一覧は別紙参照。

 

 

 [人型特別指定魔獣種について]

 

 見た目年齢は15〜19。

 灰色の腰まである頭髪と同色の眼を有する。

 特徴として常に“灰”が対象の周囲を漂う。

 

 [魔術]

 攻撃魔術、無し。

 防御魔術、無し。

 補助魔術、無し。

 

 特殊魔術、有り。

 魔法の無効化が可能。以下は対象の述べた無効化の条件。

 

 ・使用された魔法の正確な効果が分かること。

 ・魔法を使用した人物を認識していること。尚、この際の認識は認知のみであり視界に入れる必要はない。

 

 以下を満たしたあらゆる魔法的効果は対象の意思により“灰”に組成ごと分解される。

 

 対象は記憶を失っていると主張しており身元は不明。

 身体の一部や全身を“灰”にする事が出来、これにより物理的な拘束は効果を果たさない。銃火器も同様。

 

 

 

 尚、対象は一度攻撃を受けたにも関わらず敵意を有しておらず友好的である。

 以下、対象の音声。

 

《待ってください御願いしますなんでもしますから!!》

《殺処分だけは!》

《雑用でも何でもしますからぁ!》

 

 以上、記録終わり。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ぐす、ぐすと鼻を啜る音だけが部屋に響いていた。

 拘束具を付け直され、彼女は白い部屋の真ん中で泣きべそをかいていた。

 

「殺処分は……いやだ……」

 

 ぽろりと目の端から涙がこぼれる。それは地面に落ちる前に色が抜けて灰になってふわりと何処かへ飛んで行った。

 

「やだよぉ」

 

『ずいぶん災難な目に遭ったね』

 

 拘束具にそっと片手をおいて彼女は笑った。

 部屋にいつのまにかいた彼女の声は風呂場の中みたいにエコーがかかってぼんやりしている。

 

「うん、訳も分からなくて……突然だよ。何でこんな目に」

 

『ほら、落ち着いて。泣かない泣かない。深呼吸……ふふ』

 

「むりだよぉ……だって、殺されちゃうんだよ?」

 

『あっはっは! 弱虫め! そうと決まった訳じゃないだろう!』

 

 彼女は自分の腿を叩いて笑う。

 その笑い方もいつも通りだった。朝のニュースを見ていた時みたいに。

 だから私も安心してすこし笑った。

 

 

「もし、どなたと話されているのですか?」

 

 

 白衣の男が部屋に入って来て、こちらに尋ねてくる。

 

 

「えっ? いや」

 

 お姉さんですけど、と言いかけて気がつく。

 

 そうだ。

 彼女は死んだんだった。

 ここに居るはずが無い。

 

『どうしたの?』

 

 お姉さんが不思議そうに首を傾げる。

 生木が折れる音がして彼女の首が変な方向に曲がる。

 

 そうだ。

 優しい彼女の最期は獄中で、誹謗中傷の中で終わった。

 多くの人を身を挺して守ったヒーローの最後は自分で自分を殺さざるを得ないものだった。

 

『ほら、そんなに手を握らないの。血が出ちゃう』

 

 ああ、お姉さん。

 どうして、人を殺してしまったの。

 何があなたを殺人に導いたの。

 

『���������������������������』

 

 ああ、(わたし)よ。

 どうして、信じてやれなかったの。

 彼女を一人にしてしまったのはお前のせいだ。

 お前が最後の糸を切ってしまった。

 

 

 でも。

 

 何が姉を殺人に駆り立てたのか。

 それだけはわからない。

 優しい姉を。強い姉を。たった一人の家族を。

 

 何が殺した。

 殺しに唆した。

 その手を血に汚させた。

 

 何が。

 何が! 

 

 何が彼女の人生を決定的に捻じ曲げた!? 

 

 それを解き明かすために私は蘇ったのだ。

 謎という闇を解き明かして、真相を白日の元に晒して彼女が凶行に走った理由を見つけて。そこまでやってようやく()()()。そこまでは死ぬことは許されない。

 それが彼女を殺した奴らの一人であるお前の責任で役目だから。

 

 

 呵呵! と何処からか笑い声が聞こえてきた。

 

『そぉだ! 貴様は求めなければならぬ! その真実を!』

 

『それが命の火が消えた貴様に残った最後の種火なのだから!』

 

『つまり真実を明らかにすることこそが貴様の存在理由、存在証明。10日以内に何かしらの手がかりが得られなければ……ただの灰の山に還るだろう』

 

 

 頭の中に火の灯った蝋燭が浮かんだ。

 中央には10という数字が浮かんでいる。タイムリミットの具現化だろうか。

 

 

『せいぜい足掻けよ! 灰の魔女!』

 

「うるさいな」

 

 頭を振る。

 思考がまとまってきた。

 

「そんなこと言われずともやるさ」

 

 そう言って頭に浮かんだ蝋燭を握りつぶした。

 ロウは端から灰になって手の隙間から溢れていった。

 

 

 

 ◆

 

 また時間が飛んで。

 

 多分1時間とか2時間とか。

 

 奥の扉から何人かを連れて片手の男がやって来た。

 スーツに身を包んだ身なりのしっかりした印象の男だ。

 

「やあ、魔女よ。研究部総括主席研究員のワタナベだ」

 

 ぺこりと頭だけ下げるとワタナベと名乗った男は満足そうに頷いた。

 周りに連れてる人たちは刀とか杖とかで武装してこちらを見据えている。護衛だろうか。

 

 

 はっ、として意識をワタナベと名乗った人物に移す。

 彼は笑っているが目の奥が鋭い刃物のようだった。

 

「君、このままじゃ殺処分なんだよね。色々詳しい国際法とか条約の取り決めとかあるんだけど、まァ、危ないから君」

 

「あのっ……」

 

 うん? とワタナベが首を傾げる。

 私は、ここで殺処分になる訳にはいかない。そもそも処分が出来るのかという疑問はあるが、封印なら施せるだろう。

 

「私は……その、魔法を消せるんですが」

 

 そうしたら彼女を殺意に駆り立てた原因を突き止められない。

 生き返った本懐を果たせない。

 

「それは知ってる。報告であったからね。どんな物でも?」

 

 だから、交渉をする。

 生き残るために、自分の有用性を示さなければならない。

 

 

 存在の意味を果たすために。

 

 

 私には建物を消し飛ばす攻撃魔法なんて使えない。欠損を治す回復魔法も使えない。

 でも、ただ一つ。

 ヒトには出来ない事ができる。

 

「はい。()()()()()()です。距離も効果も威力も関係なく」

 

 ここが唯一のセールスポイント。

 人生、否、魔生の正念場。

 

 

「何か困ってはいませんか。魔法関係で。私は出来る限りこの力を使います」

 

「ほう」

 

 ワタナベの目が一気に鋭くなる。

 取り繕っていた表情すら消してこちらを睨みつける。

 喉の奥が引き攣る。

 

 ダメだ。引くな、ひいちゃダメだ。

 

「何かお困りなら、私はきっと、便利です。だから……私を使いませんか?」

 

「一つ質問をしよう」

 

 ワタナベは指を一つ立てた。

 

「君は自分のことをどう思っている? 大切かな?」

 

「そんな事は()()()()()()です。もし仮に自分が大切でも、事をなすのに自分を顧みる理由になりますか」

 

 ワタナベは笑みを深めた。

 

(破綻した思考だ。勘定にまったく自分を入れていない)

 

 目の前の魔女に攻撃性がないのはきっと、全てが自分に向かっているから。

 

 カチャと魔女の拘束具が音を立てた。あの拘束具は魔女の意志一つで抜ける事が出来るらしい。

 ワタナベはそれを見て頷いた。

 

「うーん、採用!」

 

「えっ?」

 

「君、明日から特別魔獣事象対策室に勤務ね。別名、“探偵室”」

 

 彼は横のスーツの人物に耳打ちをすると、耳打ちをされた人は部屋を出ていってしまう。

 

「ここの組織の内外に問わず、原因不明の魔術によるとされる有害な事象を突き止め破壊する部署だ」

 

 

「丁度いま一つの問題が発生していてね。この建物で“聞くと死んでしまう曲”が発生している」

 

「その曲は無差別に対象者の携帯だったり近くのスピーカーから流れて、聞いてしまった人は7日以内に何らかの理由で死んでしまう」

 

「君にはこれを解決してもらおう。ゲームの最初なんて退屈だろう? だから早速に解決編だ。チュートリアルなんてスキップさ」

 

 

「ああ、君の名前が決まったんだった。んま、よろしく頼むよ、()()()君」

 

 

 捲し立てるようにワタナベは続けて、それで満足したかのように踵を返して部屋を出て行ってしまう。

 後に残った彼女はポカンと口を開けたままだった。

 

「えぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

【人事記録】

 新規採用 魔女一名。

 

 備考 特別魔術事象対策室職員として。

 

 

 

 

 

▶︎任務付与。害のある魔法を突き止め破壊せよ。

 

次章▶︎『奏者不在のセレナーデ』

 

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