ネガディヴ魔女の探偵譚    作:ちょうりしゅ

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奏者不在のセレナーデ
時が通り過ぎても


 

 

 

 ゆっくりした曲が電子音で流れる。

 私が“きれいだね”と言えば、彼女は少し悲しそうに笑った。

「こんくらいしか、出来んからさ。あたし」

 そんな事はないよ、あなたは魔法なんかよりもっと……

 

 

 もっと魔法らしい物をくれたから。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 『奏者不在のセレナーデ』 始

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「にしても総括ってばいきなりなんですから!」

 

 17歳を少し超えたくらいの小柄な少女はぷりぷりと怒りを露わにしていた。

 彼女──特別魔術事象対策室職員の小花ホノカは手に持った書類を机に置いて回転椅子ごと振り返って、後ろにいる初老の女に顔を向ける。

 

「ね、春乃さんもそう思うでしょ?」  

 

「そうねぇ」

 

 声をかけられた初老の女はゆったりと答えた。

 彼女の出立ちは、細かな刺繍のついた目隠しを付け、顔が一部隠れているという塩梅で、そのまま澱みもなく紙にペンを走らせている。異様な格好ではあったが、落ち着いた雰囲気と相まって妙に様になっていた。

 

 

「いきなり来たと思ったら、『とても便利な道具を手に入れたので卸す。活用するといい』ですよ! いきなり!」

 

 ホノカは目元に手を当てて狐のような目を作った。総括であるワタナベの真似だろう。

 そしてパッと手を離すと机に突っ伏した。

 

「ホノカちゃん、頑張って。もう少しで休憩よ」

 

「はぁい」

 

 怒るわけでもなく嗜められてしまうとホノカは何も言えなくなってしまう。

 結局は口を尖らせるポーズだけをして書類に向き直った。

 

 それを見て、40代前半にして特別魔術事象対策室(この部署)の室長を勤めている佐々木春乃は、衰えぬ容姿でもって嫋やかに笑った。

 

「にしても、その、道具ってやつですか? いつ来るんです?」

 

 ポツリと挟み込まれた疑問に佐々木春乃は動きを止めて、空中の一点を見つめた。

 そして細い指でこめかみを少し押して答えた。

 

「今日よ」

 

 ノックの音が響いたのは同時だった。

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

【教育用基礎資料】

 

 

 

マ行 『魔獣』−マジュウ

 

・正体不明の敵対存在。

・姿形はあらゆる世界の伝承に則している事が多い。理由は不明。

 

・いかなる科学的知見も、考察も、捜査もなにもかも受け付けない。

 

・門の出現と共に現れて時間と共に数を増していく。

・門の機能の一つという説が有力。

・ボス格を倒し 門の閉門と共に姿を消す。

 

・尚、倒せるのは訓練を積んだ特殊な異能を使える人々だけである。

 

 

 ──基本的に意思の疎通は叶わない。

 それは数多築き上げられた、対話を試みた先人の骸が無言で語っている。

 

追記 アマノ研究員

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「邪魔するよ」

 

 そう言って部屋の中央に何の躊躇いもなく入ってきたのは片手の男。

 研究部総括主席研究員のワタナベであった。仰々しい役職名ではあるが、要は研究者たちの取りまとめ役である。

 

「あら、ワタナベさん。珍しいのね。こんな()()に来るなんて」

 

「ははは、君ならそんな毒をわざわざ挟まなくとも要件は分かってるだろうに。いや、分かってるからこそかな?」

 

 普段どんな時でも穏やかでゆったりとした態度を崩さない佐々木室長であるが、唯一と言っていいほど感情を露わにする相手が1人いる。それが今この瞬間、部屋に入ってきた人物、ワタナベその人であった。

 

 

「それじゃあ態々言葉に出す必要は無いんじゃ無いかしら? 昔から見せびらかすのが好きね。()()()()()()

 

「おあいにくさま。無自覚かと思って指摘してあげただけですよ。貴方の年齢では()()()指摘してくれる人など居なさそうですしね」

 

 

 佐々木とワタナベが会話をするごとに部屋の気温が一度ずつ下がっていくようだった。小花ホノカはこの“大人っぽい、よく分からないけど、なんかトゲトゲしたやり取り”が嫌でワタナベが来たと同時に端っこに身を隠していた。

 

「そうねぇ。話題を戻すわ。貴方の言ってた、その、“肝心の道具”は何処にあるのかしら? わざわざ御足労いただいたのに」

 

「ああ! それか。それなら現在移動中だよ。いろいろ手続きがあってね。()()()()()

 

 その道具があたかも自立して動くかのような物言いに佐々木は僅かに、しかし優雅に首を傾げた。

 小花は状況すらよく分かって居なかった。彼女は武力担当であるからして。 

 

「──?」

 

 するとその時、小花の人より良い聴覚が廊下の奥から響いてくる音を捉えた。そうしてその音がどの方向に向かって来るのかを察し、ワタナベが入ってきたと同時に閉まったドアをストッパーで解放した。

 

「ふぎゃん!」

 

 するとどうだ。ドアを灰色の塊が潜り抜けて来た。

 否、潜り抜けて来たというより転がってきた。

 

 灰色の塊は回転数を落としながら部屋の中央にあるデスクの脚に激突し、動きを止める。

 よくよく見るとそれは人のようであった。

 

 小花ホノカはその現象に立ち上がって目を細めた。

 

「アンタねぇ、部屋には転がって入ってくるもんじゃ無いわよ」

 

 ツッコむ所はそこじゃないと思うけどな、とワタナベは思ったが黙っていた。黙ってる方が面白いと思ったから。

 

「私もそうしたくてやったワケじゃありません……」

 

 灰色の塊は──もみくちゃになって髪の毛がくしゃくしゃになってそう見える女性は線の細い声で答える。

 そして『うぅ』と軽く唸り声のようなものを上げて立ち上がった。

 

 その姿を見て小花はちょっと驚いた。

 

 すらっとした身長は女性にしては高い、170は超えているだろう。

 

「わぁ、お姫様みたい……」

 

「残念。それとはまた別の存在だね」

 

 ワタナベは、先ほどの態度とは打って変わり、思わず溢れてしまったという様子のホノカの呟きに割って入るように、残った左手の指を一本立てて訂正した。

 

「紹介しよう。君たち特別魔術事象対策室に卸す便利な()()にして、もしかしたら新人として加入するかも知れない期待の原石」

 

 そこで彼は言葉をちょっと切る。視線は当の灰色の女に向けられていた。

 

()()のキニス君だ」

 

「──」

 

 注目を集めているキニスはその背中をちょっと猫背にして居心地が悪そうにしていた。

 ワタナベはそれに構わず続ける。

 

「もっとも、新人となるには彼女は実績を残さなければならないがね。その為の本件ではあるが」

 

「は」

 

 吐息。

 小花の僅かな息遣いが響くくらいに静寂。

 そしてそれを打ち破ったのもまた彼女であった。

 

「はあぁぁー!? 魔女って、総括。笑えない冗談です。あり得ません、というか許されません。魔獣は人の敵ですよ? あまつさえ雇用? どこまでも理屈が通りません。いえ、と、言うか彼女、ホントに魔獣なんですか? 確かにスラっとしてて、顔立ちも気品はあるけれど魔女って魔獣の一種ですよね? そんな荒唐無稽なはなしなんて誰も信じませんよ」

 

 小柄な彼女は一息にそれをワタナベへと浴びせかけると、ふーっと一息。そして“黒いウェディングドレスみたいなローブもサマになってますけど”と付け足した。

 

「残念ながら真実だし口頭で伝えた」

 

 物分かりの悪い子を見るように、ワタナベは苦笑しながら言った。ホノカはそれを鋭敏に感じとりむっとした表情で応えた。

 

「そら。いいかね、キニス君」

 

「えっと……? はい」

 

 キニスが疑問口調に答えると同時、ワタナベの真横からスーツ姿の人物が急に出現し抜刀。キニスの鎖骨から左脇腹にかけてを袈裟斬りにした。スーツ姿の人物は刀を振り下ろすと同時に見えなくなった。

 

「なっ、何を!?」

 

 小花は突如として目の前で行われた殺人行為に目を丸くして、手元に魔法を発現させようとした。

 ワタナベはその状況であっても笑みを崩さなかった。

 

「よく見たまえ、猪突少女よ」

 

(よく見るって何を……)

 

 そこで彼女は『あ』と声を漏らした。

 

(血が飛んできてない)

 

 小花が言われるままにキニスの方を見れば、キニスの身体はざふ、と一部が灰になって崩れた。

 斬られた彼女自身は突然斬られたこと自体に目を白黒させて驚いた様子であったが。

 

「──そ「どうだい、これで証拠は十分かな」

 

 ワタナベは反論しかけたホノカの口を制すように声を出した。

 会話を制された事でホノカは頭を冷やす時間が与えられ、結局言葉を引っ込めざるを得なかった。

 その様子に佐々木は『悪趣味ね』とこぼした。

 

「おっと、これは()()()()だ。君に彼女をリコールする権利はないよ」

 

 これにて説明終了とワタナベは言った。

 そしてくるりと踵を返すとドアを開けて出ていってしまう。来る時も帰る時もいきなりな男であった。

 

「…………」

 

 後に残ったのは何故かいたたまれなさそうに、所在なさげに部屋の中央で猫背になって地面を見つめる魔女キニスと、腰に手を当ててキニスに正対する小花であった。

 

「で」

 

 小花はキッパリとした声を出す。

 キニスはその声の鋭さと明瞭さに肩をびくりと震わせた。

 

「なんで人類の敵がこんなとこ居んのよ」

 

「えっと、その……」

 

 キニスは指を突き合わせて、床に視線を彷徨わせる。

 いざいきなり答えろと言われても、ほいほいと言葉が出てくる訳ではない。それがまた彼女を焦らせた。

 

「ま、いいわ。どんな理由であれ」

 

 結局、小花が疑問を直ぐに切り上げてキニスに背を向けた。

 そして出入り口のドアノブに手を掛けて振り返らないまま言った。

 

「アタシはアンタのこと認めないから。あと、敵対行動を少しでも取ったら討滅する」

 

 

 ◆

 

 

「ごめんなさいねぇ、ホノカちゃん、良い子なんだけど」

 

 2人だけになった部屋で佐々木が落ち着いた声で言う。

 キニスはそこら辺にあったパイプ椅子を端に寄せながら首を緩やかに振った。動きに合わせて灰がキラキラと空を舞った。

 

「いえ……私なんて何と言われても大丈夫ですから。──それに」

 

「それに?」

 

 佐々木は相変わらず書類を整理しながら、その手を一度止めて問い返した。魔女は少し躊躇ったようなそぶりを見せた後、口を開いた。

 

「彼女、傷だらけの子に見えます。魔獣って分かってから私を見る時の、怒ってるけど、それに隠れてすこし哀しそうな顔してましたから」

 

 キニスは自身が部屋に転がり込んだ時にぶつかった机の位置を直そうと四苦八苦して、結局は力が足りずに肩を落とした。

 

「彼女の()()は、悲しいものですか」

 

 言葉尻こそ疑問形式ではあったが、それは確信のある事項を改めて確認するような響きを伴っていた。

 

「……あなた、洞察力あるのねぇ。いえ、推理力かしら?」

 

 佐々木は驚いたように言った。

 

 それは暗に答えを言ってるようなものだった。

 敢えてそうしたのだろう。室長という個人情報をおいそれと話せない立場だからこそ、答え合わせの出来ない立場だからこそ、暗に仄めかす事で答えとした。

 

「それにしても、本当に“魔女”なのねぇ。契約魔法とかで縛られてるのかしら?」

 

 抜け目のないワタナベが危険因子を何の手も加えずに野放しにするとは考え難い。だからこそ目の前の魔女の行動を縛る魔法をかけてあるのではないかと佐々木は聞いた。

 

「はい、何やら色々と掛けられました」

 

 そう言うやいなや、キニスは両手の袖を肘の上まで捲り上げた。

 色の抜けたかと思うほど白い彼女の両手の手首から肘にかけては、複雑な模様の魔法陣が刻まれていた。

 

 佐々木は席を立ってキニスに近づく。そして“触っていいかしら? ”と確認をとってからゆっくりと彼女の肌に触れた。

 まるでエコー検査をするかのように前腕部をさする。

 

「何々……『味方への敵対を禁ず』『許可なく指定の場所以外へ赴く事を禁ず』『無闇矢鱈に正体を吹聴する事を禁ず』『基盤魔法への干渉を禁ず』。ずいぶんと掛けられたのねぇ」

 

 可哀想に、と佐々木は続けた。

 キニスは魔法陣を見るだけで(触るだけで)効果を読み取れるのか、と驚いた。これが室長たる理由の一端なのだろうかと。

 

「こんなに掛けられるなんて。どれか一つでも拒絶反応が出たら大変でしょうに」

 

 佐々木は『あの冷血漢』と口の中で転がすように言った。直ぐそばにいたキニスには聞こえて居て、びっくりしたように目を何度も瞬かせた。

 

「べ、別にいいですよ。私の健康なんて()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこらの灰の方が肥料になります」

 

「あらっ! ネガティブ!」

 

「拒絶反応検査もぜんぶネガティヴ(陰性)でした」

 

 

 ◆

 

 

「それで、貴方は“聞くと死ぬ曲”問題を解決しないといけないのね?」

 

 キニスはこくりと頷いた。

 魔女は席に座り佐々木の話を体を傾けながらいっぺんも聞き漏らさんとして居た。

 

 ──この話はもしかしたらお姉さんの殺人の解明に繋がるかもしれない。

 

 聞くだけで死んでしまう曲。

 言い換えれば人の死に干渉する何らかの魔法だから。

 

「なら、まずは集まってる資料を整理しましょうか。貴方への共有も兼ねて」

 

 

 佐々木はテーブルに何枚もの資料を広げた。

 

 

 

 

 

 

 

【捜査、開始】

 

 

 ──被害者は現在までで三人。

 

元山桐乃部 (38) 技術部技術官   5月28日発見 斬殺

狩野祥子  (29) 訓練部事務員   6月5日 発見 絞殺

ハイナ−ハル(20) 魔法対策部解析員  6月24日発見 転落

 

 

 三人に面識は無く、また殺意を抱かれる要因もなかった。

 殺害方法に規則性はなく、凶器は見つかって居ない。

 誰が使用した魔法かも不明。魔法の詳細も不明。

 

 

 当初、ハイナ−ハルに関しては事故死として処理される所を後述する特徴が判明したため、同カテゴリーによる他殺に一時的に分類された。

 

 生まれも年齢も性別も役職も違う三人。

 しかし唯一の共通点があった。それは──

 

 

『死亡するまえ、同一の曲が勝手に、かつ一人でに被害者の周りで流れたこと』

 

 特別魔術事象対策室(探偵室)はこれを“聞いたら死ぬ曲”──強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)と呼称し解決にあたった。

 

 

 魔法事象No.01 『強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)

 

 

 ▶︎10日以内に解決せよ。──次なる被害者を食い止める為に。

 

 

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