ネガディヴ魔女の探偵譚    作:ちょうりしゅ

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忘れ去られても

 

 

 

 人が、記憶の中の存在になってしまう時。

 最初に思い出せなくなるのは、『声』だという。

 

 どんな声、してたっけな。

 

 忘れて初めて愕然とする。

 だからこそ、曲を残すのだろう。

 

 今や、フレデリック・ショパンの声は誰も覚えていなくても、練習曲はみんな覚えている。

 

「だからさ、好きなんよ。この曲」

 

 私は、もっと別の曲が良いと言ったけど、彼女は思いの外頑固で。

 そのせいでいつまでもその曲を覚えていた。

 

 

 ◆

 

 

 

 キニスは魔女である。

 彼女が望めば、全ての魔法は、灰に還る。

 

 

 だから、いずれ彼女の身体も灰に還る。

 彼女がそう望み続けているから。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 魔女キニスはおおよそ初の人語を解する魔獣であり、特異な魔法を使用する存在である。

 それこそがキニスが特別魔術事象対策室に下賜された理由であり、生かされている理由でもある。

 彼女はあらゆる魔法を掻き消す──正確には破壊する事が出来る。

 

 つまりは今回の件は、異常な曲の原因を突き止めて、魔法ごと灰に解体してまえ、と言う事なのだ。

 

 

 

ー【捜査1日目 6月27日 PM 0510】ー

 

 [犯人   →未定]

 [犯行方法 →不明]

 [犯行動機 →不明]

 

 

 やるべき事は主に二つある。

 

 1つ、魔法の使用者の特定

 2つ、魔法の正確な効果の特定

 

 これさえ出来れば魔女キニスは問答無用で魔法を()()()()()

 

 

 まずは使われた魔法の効果の特定が必要なのだが。

 

「聞いただけで死んでしまう魔法なんて、あるんでしょうか……」

 

「人の生命に直接干渉するのは最早伝説ね」

 

 灰の魔女は頭を抱えた。

 そんな魔法、あり得ないからだ。

 

「でもまぁ」

 

 佐々木はふぅ、と息を吐きながら言う。

 ふわりと彼女の目隠し布が揺れて視線が思わずそちらに向いた。

 

意思のある魔女(あなた)が存在してる時点で、何でも有りに思えてしまうわ」

 

 ナイフのように鋭い佐々木の指摘に、わぁん、とキニスは机に突っ伏した。

 

 

 魔法には二種類ある。

 二種類しか無い。

 

 口頭で詠唱する呪文と、陣を刻み動力を流して発動する魔法陣。

 

 今回の強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)はそのどちらに当たるのか。それに関しては判断は付けなくても良いだろうと言うことになった。

 

 仮に魔法陣型なら、周辺を探ればまだ魔法陣の残骸が発見されるかもしれない。呪文型ならば犯人を探し当てればいい。結局のところ、いろんな箇所を探していれば自ずとわかるだろうというのがキニスと佐々木の判断だった。

 

 捜査方法は様々あるが──

 

「それじゃあ、行ってきてもらおうかしら」

 

 キニスは首を傾げる。

 

「聞き込み、よ」

 

 ◆

 

「なんでアンタなんかと」

 

「さ、佐々木さんからの指示です。『二人で、お願いね』と」

 

 数時間後、特別魔術事象対策室の部屋前には唇を尖らせた少女と、オロオロと猫背気味に対応する魔女の姿があった。

 

「ふぅん、ま、お目付け役ってとこかしら。アンタが暴れたら直ぐに取り押さえられるように」

 

 小花の手のひらから火の粉のような赤い光が舞った。

 

「あ、暴れませんよぉ……」

 

 胃がキリキリする。

 キニスは早くも後悔し始めていた。

 

 

 

 

 

【聞き込み】

 

 ▶︎第一発見者 能田スルガ(51)

 

 魔法対策局──この建物と組織──の吹き抜けのラウンジにて、背の高いローブ姿の女と小柄な少女に相対するように小太りの中年の男が座っていた。

 

「えぇ。ハイ、あの……」

 

 男の名前は能田スルガ。最初の犠牲者である元山の第一発見者である。

 

「虚偽の報告とかしたら罰せられますから」

 

 そんな風に小花に言われ、能田は明らかに狼狽えていた。季節は六月の終わり頃。

 いくら夕方過ぎとはいえ、蒸し暑い空気がラウンジにも何度か流れ込んでむわっと辺りを撫でていった。

 

「しっかり答えて貰いますよ」

 

 ホノカは強めの口調で念を押しをする。

 見ようによっては(というかどう見ても)相手を恫喝している様にしか見えないだろう。

 

 キニスはそっと、少女の瞳を盗み見た。

 何処までも真っ直ぐで、曇りなく、世界を見ている。

 

 小花ホノカは苛烈な少女だ。しかし、それは相手が憎いとかでは全く無く、彼女なりに全力で事件を解決しようとしているのだろう。

 

 その効果は別として。

 

 キニスは椅子に座り直した。少し机から遠かったので、座枠を掴み、椅子の位置を直した時にしゃらんと灰が舞った。慌てて掻き消そうとするが、能田はそれにも気が付いていない様子だった。

 おや、とキニスは目の前の男を見た。

 

「わ、分かっています。しかし……」

 

 中年の男は壁掛け時計を一瞥する。

 そして忙しなく目線を左右に動かした。

 その様子にキニスは落ち着いた声で言った。

 

「お昼休み中には収めますから」

 

 本当に収めるかどうかは別として、安心させてやらなければならないと思った。そうした方が時間に焦って必要な情報を引き出せなかったり、曖昧で嘘かもしれない情報を捕まえてしまうより良いと思ったから。

 

「頼みます」

 

 能田は切実さの籠った声で言った。

 ホノカは何処か不満そうだった。

 

「では、まず、貴方は元山桐乃部 が殺害された現場の第一発見者という事で宜しいですか?」

 

「ハイ」

 

 キニスが流れのまま尋ねると男は軽く頷いて同意した。

 

 手元の記録では5月28日発見、斬殺と書かれている。

 

 同日、午後10時ごろ、能田が飼っていた犬の散歩に出かけようとした所、自身のアパート横のゴミ捨て場から異臭を感じた。ゴミ捨て場に回り込み、ゴミ袋をどかすと既に息絶えた被害者が転がっていたのだ。

 

 彼はその後警察に通報し、途中までは警察が捜査を進めていた。

 

 しかし魔法が事件に絡んでいると判明すると警察は魔法対策局に幾つか捜査資料と捜査権を譲渡及び共有をしてきたというわけだ。

 

 基本的に魔法という未だ未知の分野が絡むと警察は魔法対策局に一部、捜査資料を共有する。そして警察と魔法局のダブル体制で進めるというのが定例となっていた。

 

 簡単に言ってしまえば、魔法分野だけはよく分からないから専門家として協力している.という形になる。

 

 全て1時間ほど前に佐々木に教えて貰ったものだった。

 

「どういう関係だったの? トラブルとかは無かったワケ?」

 

 被害者と、という主語を抜かして小花が質問を浴びせかける。

 彼女の声はいつだって明瞭だ。

 

「ありませんよ! そんな……私と彼は同僚でした。元山さんはどちらかというと技術屋でしたから、経理の方で回してた私とはあまり関わりがなく」

 

 キニスは顎に手を当てて思案する。

 どうすれば必要な情報が集まるのか。

 

 彼女の横ではホノカが『本当に?』と尋ね、能田がすこし慌てたように『本当ですってば!』と抗議している声が聞こえた。

 

「よく、飲みに行かれたりしたんですか、彼は」

 

 キニスはパッと顔を上げると目の前の男に向かって問いかけた。

 何でそんな事聞くのよ、と小花が視線だけで刺し殺してきそうな勢いで見つめて来たが、努めて気にしないようにした。頬は引き攣っていただろう。

 

 質問の意図は、被害者の社交性の有無の確認であった。人間関係トラブルを探るのに必要だと一々説明してる暇は無かった。

 

「ええ、気さくな人でね。結構行ってたみたいですよ」

 

「能田さんは行かれないので?」

 

「妻が怒るんです」

 

 

 ◆

 

 やがて昼休みの終わりのチャイムと同時に事情聴取もお開きとなった。

 キニスはあまりの進展のなさに頭を抱えていた。

 

「む、無理じゃないですか、コレ」

 

 ホノカは目をキッと釣り上げキニスを睨んだ。

 

「アンタねぇ、そう簡単に諦めていいと思ってるの?」

 

「へっ!? いえいえいえ……」

 

 彼女は猫背を少ししゃんとして否定した。

 小花は何か言いたげに口を開いたが、結局何も言葉にする事なく口を閉じた。そうして不機嫌そうにふん、と息を吐いて席を立った。

 

 

 ◆

 

 

【夕食 キニス】

 

 以下、被観察者の行動を記述します。

 

 職員用の食堂にて、まごつきながらも食券機で購入。

 小花は別の場所に行ってしまったので隅の席を探し一人着席。

 夕食の内容は下記。

 

 中辛カレー(480円)トッピングなし

 

 財布も何も持っていないので、事前に佐々木に1000円を食事代として貰っていた物を使用。

 

 以下、観察対象発言(独り言)

 

「か、辛すぎました……」

「次は甘口でいいです」

 

 

▼記入者所見

 彼女は見た目も目立ちますし、なぜ放しておくのですか? リスクが高いと思われます。

 

▼研究部総括主席研究員ワタナベ 返信

 面白そうだから。封印処置はしてあるので、魔女が無効化しない限りはリスクに見合うリターンがある。以後も観察は続けるように。

 

▼記入者 返信

 了解。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

ー【捜査2日目 6月28日 AM 1010】ー

 

 [犯人   →未定]

 [犯行方法 →不明]

 [犯行動機 →不明]

 

 

 三人目の被害者、ハイナ–ハルの発見者に話を聞く為、二人は魔法対策局の使われていないミーティングルームを一室借りていた。

 

 対面に座るのは若い女性。金髪に頭を染め、耳には親指ほどの大きなピアスを付けていた。

 

「え? いや、あーしよく分かんねーし。いつもの巡回してたら崖の下に……おぇ、気分悪くなってきた」

 

 三人目の被害者である、ハイナ–ハルは6月24日未明、魔法局から程近い林の崖下に転落しているのを発見された。

 発見者は仁村キョーコ、23歳。

 

 魔法局職員の警備を担当しており、魔法局が管理している林の見回りを担当していた。警備と言っても林はあくまで魔法局の土地というだけであまり重要度は高くなく、ほとんどバイトのようなものだったという。

 

「なにか、不審なものはありませんでしたか。物でも、音でも」

 

 キニスは手元の資料に目を落として尋ねた。

 仁村は指で髪をくるくる弄びながら目を上に向けて記憶を探っていた。

 

「えー? いや、殆どケーサツに話した事だってば。アンタ、資料もらってんでしょ? なら新しい情報なんてないない」

 

「もっと真剣に考えなさい! 人の命がかかってるのよ!」

 

 小花ホノカは目を大きく見開き、仁村に机越しに詰め寄る。

 その迫力に仁村は椅子ごと後ずさった。

 

 キニスは咄嗟にホノカの肩を捉えて着席を促したが、睨み返されてしまう。胃がキリキリと音を立てて、冷や汗が頰を伝った。それくらい迫力があった。

 

「そ、そんなに怒んなし!」

 

「じゃあ真剣にやりなさい!」

 

「やってますー。ってか、そもそもこんなの()()()()()()()()()?」

 

 小花ホノカは動きを止めた。

 そして力が抜けたように椅子にすとんと腰を下ろした。

 

 その後はキニスがいくつか質問をして事情聴取は終わった。

 

 

 ◆

 

 

「……ねぇ」

 

 先に仁村を帰し、その後ミーティングルームに鍵を掛けて施錠を確認している時に小花ホノカは呟くように言った。

 

「なぁーんか、妙に手慣れてない?」

 

 事情聴取。

 と、彼女は続けた。

 

 キニスは動きを止めて、普段のように慌てるでもなく、焦るでもなく、ただただ沈黙して下を向いた。

 

 事情聴取。

 事情聴取なら、何度も()()()()はやってきた。

 お姉さんが、かつて人を殺めたとき。何度なんども受けてきた。ほとんど焼き切れた記憶でもそれだけは朧げに残っていた。

 

 ギリ、と手のひらを握る。

 そしめ努めて表情を整えて顔を上げた。

 

「そんなこと、ないですよ」

 

 魔女は曖昧に笑った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そうねえ、確か……そういえば、あなた、探偵室の新人さん?」

 

「あ、アハハ……そんな感じ、です……」

 

 ミーティングルームを出て行ったあと、食堂にて給仕係の中年女性とキニスはメモを片手に話をしていた。二人目の被害者である狩野洋子が強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)を聞いてしまった、と愚痴を溢していたのが目の前の中年女性だったのだ。

 

 結局、得られた情報は狩野がアウトドア派だということ、曲を聴いてしまったのは死亡する4日前だということ、狩野は最近交際していた男性と金銭トラブルが原因と別れてしまったことの三点であった。

 

 小花ホノカは別の人に話を聞いている。

 キニスはある程度、給仕係の女性との話を終えると別れを告げて人気のないテーブルを探した。

 基本的に人と話すのは疲れるのだ。

 

 やがて観葉植物が飾られた壁が死角になる日当たりの悪い席を見つけて、腰を下ろした。

 

「あの……もしかして、“聞いたら死ぬ曲”について調べられている方でしょうか」

 

 線の細い声だった。

 言葉尻は柔らかく、耳に心地よい声でもあった。

 

 キニスが肩を跳ねさせて声の方を向くと、ちょっと不安そうな顔をしてこちらを見る20代前半の女性が居た。

 ふわふわとした髪が特徴的な人だった。

 

「あっ、わっ、すみません! 薮から棒に。まずは名乗らないと、ですね。私は──」

 

「サキさん!」

 

 目の前の女性の言葉に被さるように響いてきたのは、先ほどまで一緒に居た少女、小花ホノカのものだった。

 

「ホノカちゃん! あぁ、元気そうで、よかった」

 

「はい! アタシは元気です!」

 

 ホノカは一目散に駆け寄ってサキと呼ばれた女性の横に行く。そこでキニスがいる事に気が付いたのだろう。一瞬目を丸くした後、鋭い目つきに戻っていた。

 

「あの……」

 

 どなたですか、とキニスが困惑を込めた声でホノカに尋ねると少女はふん、と息を吐いた。

 そして指を一本立て、『良い?』と説明を始めた。

 

「この人は魔法少女の篠崎サキさん。アタシの先輩。使い手の殆どいない植物に干渉する魔法が使えて、第二討伐褒章も取ったとってもスゴイ人」

 

「そ、そんな。大げさよ、ホノカちゃん」

 

「いーえ、正当な評価です。サキさんは謙遜が過ぎます!」

 

 成程、とキニスは納得した。

 それで、どうして声を掛けたのかと目線だけで篠崎に聞く。

 

「あっ、ゴメンナサイ! 説明、しますね」

 

 篠崎は、わたわたと手を動かし、コホンと咳払いをして辺りに気を使うように声を少し落とし話し始めた。

 

「“聞いたら死ぬ曲”ってあるでしょう? どんな曲か聞いたこと、ある?」

 

 それに小花は頭を縦に振った。

 

「はい、聞いた事あります。異常性は曲が一人でに流れた時だけですから。いつでも察知出来るように曲は暗記してます」

 

 凄いのねぇ、偉いわぁ、とサキがホノカの頭を撫でた。

 彼女は少し照れくさそうにしていたが満更でも無い様子だった。

 

 キニスはその様子に、眩しいものを見るように目を細め、ガラス越しに覗く世界のように見ていた。

 

 やがて篠崎はホノカの頭から手を離し、居住いを正した。

 

 

 

「その曲はね、私の親友の形見なの」

 

 

 

 ◆

 

 

 篠崎サキには無二の親友が居た。

 名前は葉月ヒヨリ。彼女もまた、篠崎と同様に魔法少女であったらしい。

 

「ヒヨちゃんはね、あんまり魔法が得意じゃないっていつも言ってたのにね。それでも適性があったから魔獣討伐を続けてたのよ。……辞めてって言ったんだけどね。何回も」

 

 篠崎の表情に影が差す。

 小花ホノカが心配そうに『サキさん……』と言えば、篠崎は慌てたように『良いのよ、もう気にして無いから』と顔の前で手を振った。

 

 葉月ヒヨリは電気回路に干渉する魔法少女だった。

 いくつかの装置を用いて魔獣討伐をするのが彼女のスタイルであったが、とあるゲート事故の人命救助中、不覚を取り獣型の魔獣に食い殺された。

 

 それはもうあっさりと、篠崎の親友はこの世から姿を消してしまったのだ。

 この界隈、特に直接ゲートに潜り魔獣と戦う職業はさながら御伽話の英雄のように華々しい。給料も平均的を大きく上回り、有名な人はメディアにも多数出演などしている。子供の将来の夢で一位に来るような、そんな憧れの職業。それでも、実態は殉職率が高く、危険と隣り合わせの職業であった。

 

「今年の一月だったな。雪が降ってて、県外のゲートに出張だったから、雪で車が止まらない内に早く帰って来ないかなって思ってたんだけど……だけど……」

 

 彼女は言葉を切る。

 口元に少し皺が寄った。

 

「それで、五月の終わりに()()()が鳴り出した」

 

 今は“聞いたら死ぬ曲”と呼ばれるその曲が。

 

「ヒヨちゃんは指を向けるだけでライトを付けられたりしたんだけどね、その応用で携帯から曲を作ってくれて……」

 

 先ほどまで食堂にあった喧騒はいつの間にかざわめき程度まで小さくなっていた。もうすぐ昼休みが終わるらしい。

 

「だから、聞き込みをしてるの。私は捜査の権利なんて持ってないから

 出来る範囲で、だけど。それでも何かわからないかなって。じっとしてる事なんて出来ないから」

 

「サキさん」

 

 小花が篠崎の名前を呼ぶ。

 そして一度俯いたかと思うと、勢いよく顔を上げた。

 

「アタシ、絶対犯人を見つけて捕まえますから。ヒヨリさんの曲を悪用してこんな事に使う奴許しませんから!」

 

 何処までも真っ直ぐで、義勇に満ちた瞳に篠崎は言葉に詰まったようだった。そうして何かを飲み込み、すこし震えた声で言った。

 

「ありがとう、ホノカちゃん」

 

 

 ◆

 

 

 会話の終わりと同時に、食堂の天井にあるスピーカーから昼休みの終わりを告げるチャイム響いた。

 

 それを聞いて篠崎は『そういえば』と世間話を切り出すように言った、

 

「ここのお昼のチャイムとか夕方の仕事の終わりのチャイムが鳴るでしょう? あれって魔法陣で刻まれているのよ」

 

 キニスは、へぇ、と相槌を打った。

 てっきり機械でやっていると思ったが、なかなか手間が掛かっているらしい。

 

 

「チャイムの魔法陣もね、ヒヨちゃんが作ったの」

 

 彼女はそう言って懐かしそうに目を閉じた。

 既にチャイムは流れ終わっているが、それでもきっと彼女の中では鳴り続けているのだろう。

 

 ホノカはそれを見て唇を噛んだ。

 

「あ……篠崎さんにも聞かないと」

 

 そしてキニスは思い出したように呟く。

 篠崎には聞こえていなかったようだが、耳の良い小花には聞こえたようだ。

 

「何、アンタ、サキさんの事疑ってるわけ?」

 

 そう小声で聞いてくるので

 

「え、はい」

 

 と答えれば、少女は絶句したような表情をした。

 

「魔女って──」

 

 ホノカは思わずといった様子で口に手を当てて、言葉にする事なく閉じ込めた。

 しかし何を言いたいかは嫌というほど伝わっていた。

 

 キニスは別に落ち込んだりしない。

 元より評価が最底辺であろうと思っていた。

 

 彼女は自分を評価しない。

 評価に値する者ではないと信じていた。

 

 お姉さん一人、見限ってしまった自分なんて人からよく思われよう筈が無いと本気で信じていた。

 

 だからこの場でも何事もなかったかのように篠崎と別れの挨拶を交わし、なんとも無い表情で席を引き上げていった。

 

 

 ◆

 

 その日の夜。キニスは警察の作成した資料に目を通した。

 当然、曲自体についてもよく調べられており、曲は有名なクラシックのアレンジのようであると記述されていた。

 しかしながら作曲者の特定をする前にこちらに資料が渡ったのか、篠崎の言及した内容までは書いておらず、『要確認』とだけ添えられていた。

 

 

 

 何故──犯人はわざわざ葉月ヒヨリの曲を使ったのか。

 もしくは使わざるを得ない状況だったのか? 

 

 魔女は自身に与えられた中古の少し曲がったデスクで頭を抱えるように思案する。

 何処かにヒントがある。

 見落としはないか。

 

 

 何故犯人はあの曲を使った。

 なぜその選択をした。

 

 

 真実の輪郭はぼやけた靄の向こうにある。

 キニスの手はまだ、まったくと言っていいほど届かないが、僅かに指先に何かが触れる気配がした。

 

 

 

 

(葉月ヒヨリの曲だからこそ──?)

 

 

 

 

 闇に紛れた謎が震える気配がした。

 

 

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