ネガディヴ魔女の探偵譚 作:ちょうりしゅ
白黒の鯨幕が部屋を囲んでいた。
色んな人が部屋の中に収まって、棺のそばで泣いていた。
私は……
私だけは涙も出ずに黒枠の写真を見て居た。
写真の中の彼女は、ずっと笑っていた。
貴方のことを覚えているのが私だけになって。
私が死んだら、貴方は本当に消えてしまうのだろう。
あんなに懸命に生きてきたのに、世界に爪痕を残すには少し足りなかった。
色んな人が、この時だけ泣いていた。
◆
これまでの情報を整理する。
犯人は何かしらの魔法を使っている。
“聞いたら死ぬ曲”の詳細は不明。
【被害者】
元山桐乃部 (38) 技術部技術官 5月28日発見 斬殺
狩野祥子 (29) 訓練部事務員 6月5日 発見 絞殺
ハイナ−ハル(20) 魔法対策部解析員 6月24日発見 転落
元山は外交的な性格だった。恨みを持たれる理由はなし。
狩野の趣味はアウトドア。最近交際していた男性と金銭トラブル有り。
ハイナ–ハルは崖下で発見された。資料では交友関係は狭かったという。
この三人の共通点は?
無差別なのか?
「……」
キニスはボールペンの先を唇に当てて考え込む。
場所は特別魔術事象対策室の右端にあった使われていない、傾いた事務机だ。佐々木は所用で出ており、小花は別の聞き込みに向かっている。
部屋の中は時計の刻む音だけだった。
まだ、精査できる情報がある。
魔女は机の引き出しに入っていたA4サイズのコピー用紙を机に置いて、シャッとボールペンを走らせた。
[犯人は篠崎サキの友人である葉月ヒヨリの曲を使用していた]
何故わざわざ?
さらに頭を悩ませる謎がある。
曲を聴いた時期と死亡した時期が三人それぞれ違うのだ。
第一の被害者である元山は2日後。
第二の狩野は4日後。
最後のハイナ–ハルは1週間後。
この日数の増加は法則性によるものなのか?
ならズラす理由は? たまたま?
「あ゛ぁー!」
魔女は頭をくしゃくしゃと掻きむしった。
分からない。分からなければ。犯人を捕まえて魔法を消さなければあの曲は人を殺し続ける。
もう一度情報を、今度は発見者の証言に焦点を絞って……
──ってか、そもそもこんなの
ふとそんな台詞がリフレインした。
関係無い。人の死も何処か遠い出来事。キニスがこうやって協力してるのも、小花のように義憤に駆られている訳でもない。
殺処分にならぬよう有用性を示す必要があるのと、お姉さんの凶行の理由の一端が掴めるかもしれないという自分本位なものだ。
もう、三人死んでいる。
それなのに悲しまない自分はやはり何処か可笑しいのだろうか。
唯一の家族であったお姉さんを切り捨てた自分に心は無かったのだろうか。
これまで受けてきた恩を、たったひとつでなかったことの様に掌返しをするのは。
──もっと真剣に考えなさい! 人の命がかかってるのよ!
──アタシ、絶対犯人を見つけて捕まえますから。ヒヨリさんの曲を悪用してこんな事に使う奴許しませんから!
あの、沸る様な感情の少女を思い出す。
綺麗だった。煌めいていた。
宝石のように、ダイヤモンドのように。
キニスは自分の頰を撫でた。乾いた感触しか返って来ない。
これは証拠だ。この手の感触は。阿呆らしい。何故、触ってまで確認をしたのだ。
喉の奥がえずく。
酸っぱいものが込み上げて飲み込んだ。
そして吐息と共に言葉が溶けていった。
「嗚呼、出来損ない」
魔女は一人、項垂れた。
◆
小花ホノカが帰ってきた。
花を抱えて。
「それは……菊、ですか?」
キニスが尋ねればホノカは眉を顰めた。
それでも会話を放棄したいわけではないらしい。ややためらった後に口をゆっくり開いた。
「そうよ」
なぜ今、花? と不思議そうな表情をするキニスに小花は花を軽く弄りながら、整えながら答えた。
「お昼休みの間に済ませたいのよ。敷地内にお墓があるから」
◆
「で、なんでアンタまで付いてくるワケ?」
「いや、あはは……」
ずんずんと前を進む小花は、建物の出入り口で足を止めて振り返った。
後ろにはローブの裾を引き摺りながらコチラと目を合わせようとしない魔女がいた。
「ふん」
いまは別にアイツに拘ってる必要はない。
そう判断して少女は透明なガラスのドアの取手を捻って開けた。
ドアの外は中庭に繋がっていた。
温度の差で風が吹き込んでくる。そこに乗った初夏の香りがふわりと花を撫ぜた。
そこはぐるりと四方を壁で囲われた庭園。
広さは学校の教室より少し広いくらいの園に、無言で立ち並ぶ石があった。
つまりは墓地。
魔法対策局で働く者が殉職した際にはここに埋葬される場合がある。
芝生は丁寧に整えられ、昼のかんかん照りであっても涼しさを下から押し出してくれている。
緑に色づいた草花はじっと墓石を囲う様に咲いていた。
鳥の囀りすら聞こえないくらい静かで穏やかで、時間の流れが遅い場所だった。
紫に陽の光を浴びる桔梗の側を通り抜けて小花は奥へ進む。
通り過ぎる墓石のいくつかには花が供えられて、ゆらゆらと風を受けて揺れていた。
キニスは小花の後をそろりと追いかけた。
やがて少女は、一つの石の前に辿り付くと手に持った菊の花をそっと下ろし花立の中に入れていった。
全ての花を入れ終えると、小花はしゃがみ込み、静かに手を合わせる。
普段は苛烈な表情をしている事が多いが、この時だけは年相応に幼い横顔が墓前にあった。
キニスはその様子を声も出さずに見ていた。
気の早い蝉が空に向かって鳴き出す頃だった。
◆
そうして、さて、帰るかという時。
魔女は立ち並ぶ墓石の中にふと違和感を感じ取り足を止めた。
時期的にはお盆の前。殆どの石は少しくすんで見える。
だが、その中でも一つだけ綺麗になっている墓石があった。
石の表面に刻まれたものをよく見ようと顔を傾ければそこには、
『葉月』
そして納得する。
そうか、これは
花こそ供えられて無かったが、綺麗だ。それは単純に
誰がやっているかは、きっと彼女なのだろう。
キニスは日差しの強さに目を細めた。
数ヶ月前まで、楽しくお喋りをしていたであろう少女は、今や言葉を発さない石になってじっと黙り込んでいる。
キニスはこの墓石の主と面識がない。
顔も、声も、喋り方も知らない。
それでも墓に何も無いのでは寂しかろうと、ふっ、と手のひらを口の下に当てて息を吐いた。
たちまち灰がふわりと舞い、ゆったりと空気を漂った。
数秒経って、それは地面に堆積する事なく夏の青に消えていった。
「アンタ……」
たまたまその場面を見ていた小花はぼそりと呟いた。
「何でも、ありません」
行きましょうか、と魔女は言った。
その、瞬間。
『──♬ ♪ 』
電子の曲が、二人しかいない墓地で流れ始めた。
どこか淡々と、場違いなほどに優雅なクラシックは静かなこの場所で存在を主張するかの様にくぐもった音を響かせる。
キニスは咄嗟に音の発生源である懐を探った。
果たして取り出されたのは黒い装置、警察から貸し出されていた手のひらサイズの録音機であった。
これが一人に電源が入り、一度も録音していないこの曲を流している。
その曲は紛れもなく──
「──
◆
「早く! 春乃さんのとこに行って報告するよ!」
小花ホノカは魔女の手をグイグイと引っ張り墓地の庭園を後にしようとする。
キニスはなされるがままに腕を引かれていたが、ぴた、と脚を止めた。
小花は訝しげな顔をしてより一層腕を引っ張る。
「行くよ! アンタ、このままだとあの曲で死んじゃうんだよ!」
記憶がぐるぐる巡る。
情報がキーになってひらひら舞う。
【未知の魔法】“
“ “【 聞いたら死ぬ曲”】
【【三人の被害者】 全く接点のない】
【 【葉月ヒヨリの曲】わざわざ個人特定し易い】
トラブル? 【狩野洋子】
有り得ない魔法
【【お昼のチャイム【刻まれた魔法陣】
ハイナ-ハル 一週間 最長の生存
【曲を聞いてから死亡時期までの差】【だんだん長くなる?】
外交的 元山桐乃部発見者との接点
【【供え物のない墓石】【綺麗な墓石】
【電子機器に干渉する魔法】
蝉が鳴いている。
小花が必死に手を引いている。
風が吹いて草の匂いを運んできている。
魔女は考える。
考える。
そして──
「あ」
「犯人が分かった」
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