ネガディヴ魔女の探偵譚    作:ちょうりしゅ

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──ふたりは

 

 

 

「…………」

 

 

 思い出はもう無い。

 

 

「…………」

 

 

 思い出すことは無い。

 

 

「…………���」

 

 

 世界はただ、色をなくした。

 それが彼女の結末だった。

 

 

 ◆

 

 

 

 

ー【捜査3日目 6月29日 AM 1300】ー

 

「犯人が分かった、ですって?」

 

 小花ホノカは訝しげな態度を隠さずに言い放った。

 魔女はハッ、として思わず手で口を覆った。

 

 ──言えない。

 

 彼女には、言えない。

 

「何、いきなりどうしたってのよ」

 

 サァ、と顔から血の気が引いていく。

 迂闊に口を開くべきでは無かった。

 

 

 ──『どうして人を殺してしまったんですか』

 

 

 また、不用意な言葉で人を傷つけてしまう。

 彼女だけには、たとえそれが無理だと分かっていても犯人のことは伝えたく無かった。

 

「誰なのよ」

 

 ぐい、とホノカは魔女の胸元に近づいた。

 身長差があるので、少女がキニスを見上げる形であった。魔女からは線香のような香りがした。

 

「…………」

 

 魔女は黙っている。

 その眉間に皺を寄せて口を固く結んでいる。

 視線はあっちに行ったり、こっちに行ったりと揺れていた。

 

「話しなさいよ! なに勿体ぶってるワケ!?」

 

 小花は魔女の肩を掴んで前後に揺さぶった。

 戦闘特化である小花にぶんぶんと身体を振られて、魔女の長身の体も小さい子に振り回される縫いぐるみのようにシェイクされた。

 

 さらさらと灰が舞って、魔女は堪らず『や、やめて……』と蚊の鳴くような声で抵抗した。

 

「アンタが話そうとするまで止めないわ!」

 

 一瞬、魔女はひどく泣きそうな顔をした。

 小花の決意が固いものだと悟ってしまった。

 

 しかしその表情も一瞬現れた蜃気楼のように消えて元の表情に戻る。

 

「順を追って、話しますから……」

 

「あの、席を外しても良いんですよ」

 

「はぁ?」

 

「後悔はしませんか。真実を知って、それで、知りたくなかったなんて思いませんか」

 

「知ってからでは遅い……かもしれません」

 

 

 

 

 

「知らないわ、そんなの」

 

 

 

 

 

「後悔するかどうか、結局は知らなくちゃそれを()()()()ワケだもの。転ぶのが怖くて自転車にいつまでも乗れない子供じゃないわ」

 

 

 苦い、苦い汁を飲み込んだ様な顔をして、一息吸って、吐いた。

 

「分かりました」

 

「解答編と行きましょう」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

Q1.犯人は誰か? 

 

「まだ、少し早いです。次に行きます」

 

Q2.何の魔法を使ったか? 

 

「犯人が使ったのは、葉月さんの()()()です。つまりは、ただ曲を流すだけの魔法でした」

 

「証拠はあるの?」

 

「この魔法対策局の建物に使われてるチャイムは葉月さんが刻んだ魔法陣のものです。つまり彼女が死亡しても問題なく作動してる」

 

「私があの墓地で灰を吹きましたね。あの後、強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)は鳴り出した。魔法陣の仕組みは、そう。陣に動力を流せばいいんです。私の灰は魔力を含んだものです」

 

「つまり、私は偶然犯人に選ばれたのではなく、作動しただけなんです。きっとあの墓の近辺に魔法陣がある筈です」

 

「だから犯人はよくこの墓地に足を踏み入れたと推測出来るでしょう」

 

「それも不自然にならない形で」

 

 

Q3.なぜ曲を聴いてからの死亡時期がバラバラなのか? 

 

「犯人が曲を聴いた人を特定する必要があったからです」

 

「誰が曲を聴いたのか、それを調べて特定して、その人物を殺めた」

 

 

「一度、この理論で説明します。外交的な元山さんは人にも沢山話したでしょう。ですので犯人も曲を聴いたのが元山さんと特定が早くなり、最短で亡くなった。内向的なハルさんは1週間も生き延びたことも繋がります」

 

「更に、この考えであれば必然的に犯人はこの魔法の持ち主ではないと分かります。自分の魔法なら分かる筈ですから。紙ヒコーキを自分で飛ばしたなら行き先は何となく分かる筈ですもんね」

 

「犯人は魔法を次の被害者の()()としました」

 

 

Q4.犯人はどうやって曲を聴いた人を特定したのか? 

 

「ここが少し問題です。こそこそと聞き込むにはこの建物は広いし職員も多い。堂々と聞き込めば怪しまれる」

 

 

「ですが、堂々と聞き込んでも怪しまれない理由があれば──?」

 

 

「これまでの条件を全て満たせる人が居たなら──?」

 

 

 ◆

 

 

 墓地に繋がる扉の前で魔女はつらつらと自身の考えを述べた。

 その後、一理はあるかもしれないと小花は判断し二人は特別魔術事象対策室に向かって走っていた。

 

 二人が先ほどまでいた墓地があるのは魔法対策局の離れにある建物の庭だ。特別魔術事象対策室は本部の建物の内部にあるため少し距離があった。

 

 二人は人気のない廊下を走っていく。

 だからだろうか。

 曲がり角をあまり警戒していなかった。

 

「きゃっ!」

 

 どっ、と誰かにぶつかり相手が地面に腰をつく。

 キニスが慌ててしゃがむと、それは小柄な女性だった。ふわふわとした髪が特徴的で、一瞬遅れて彼女の肩にかかった。

 

「あ、あわわ……、大丈夫ですか!? すみませんすみません、前方を見る事も出来なくてスミマセン……!」

 

 魔女が手を差し伸べると、尻餅を付いた女性はそれでもニコリと笑った。

 

「そんなに慌てなくても大丈夫、怪我もないわ。……あら?」

 

 女性はキニスを見て一瞬固まる。そして人差し指を立てて、キョトンとした顔をした。

 

「貴女、前に食堂で会った」

 

 

 そこに居たのは、篠崎サキ。

 第二討伐褒賞を所有する、手練れの魔法使いであった。

 

 

 ◆

 

 

 

「ごめんなさいね、手伝って貰っちゃって」

 

「いえ、そんな」

 

 

 数分の後。

 キニス一行は何をしていたかというと、墓地にUターンをして、草むしりと、墓石に水をかけてはタワシで磨いていた。

 

 キニスと篠崎がぶつかった際、篠崎は軽く足を捻ってしまった。魔法で強化する前は肉体強度はそれほどただの人と変わらない。

 だから、これから墓の清掃をするという篠崎に罪滅ぼしも兼ねて手伝いを言い出したのだった。

 

 当の篠崎はジョウロで水を掛けて、申し訳なさそうに、それでも上品にニコニコと笑っていた。

 

「中々ね。私も任務で何週間も戻ってこられない時もあるから、綺麗にしないと」

 

「管理人の方が居るんじゃ……」

 

 石の隙間に生えた苔を抜きながら小花が不思議そうに尋ねる。

 篠崎は気を悪くした様子も見せないで軽くジョウロを揺らしながら答えた。

 

「最低限よ、それは。ふふ、だからね私がやらないと。彼女に、もう掃除してくれる人は残ってないから」

 

 雲が太陽にかかった。

 あたりが少し暗くなった。

 

「それで、ね。犯人が分かった、って話を聞いたのだけれど」

 

 篠崎は世間話のように切り出した。

 

「ハイ、分かりました」

 

 キニスはタワシでごしごしと磨きながら、篠崎の方を見ずに答える。世間話だった。

 

「じゃあ、出来れば聞かせてくれる? 私も知りたいの」

 

「ええ。今回の一連の“聞いたら死ぬ曲”、『強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)』の犯人は──

 

 

Q1.再。

犯人は誰か? 

 

 

「篠崎サキさんです」

 

 

「あら、正解」

 

 

 ◆

 

 

「うふふ、まさか貴女達と接触してたった1日でバレちゃうなんて」

 

 彼女はあくまで普通だった。

 普通に会話して、普通に笑って、劇的な変化など無いに等しかった。

 

「さ、サキさん……? ウソですよね」

 

 だからこそ小花ホノカは受け入れられなかった。

 親しかった先輩が、一連の事件の犯人だとは信じられなかった。あまりの現実感のなさに、ドラマを見ている様な気分だった。

 

「ホノカちゃん、いいえ、私だわ」

 

 そしてそれをキッパリと篠崎自身が否定した。

 健気に信じる少女に現実を淡々と語って聞かせた。

 

 小花はただただ目を見開いた。

 からん、と手に持った柄杓が地面に落ちた。

 

 篠崎はそれを拾うように、丁寧な動作で自然に手を地面に付ける。

 ちょうどそこは咲いていない植物がくた、と横たわって空を見上げていた。

 

『魔法開放、植生励起』

 

 だから、誰にも悟らさず()()()使()()()

 

 

 植物は一瞬で花をつけ竜胆となった。そして“鳴いた”。異常な竜胆は茎から花までを急速に膨張し、蔓をムチの様にしならせて突撃を敢行する。

 

 恐ろしいのは、会話と攻撃の切り替えがあまりに無かったこと。どこまでも自然に、シームレスに穏やかな会話と口調から魔法で殺しに来た。

 

 蔓は加速を終えて小花の喉へ。

 無防備な首を食いちぎらんと伸びて──

 

 

 ばつん! と断ち切られた。

 

 

「不意打ちは、効きませんよ」

 

 

 そう言った小花の両手には、じゅわじゅわと音を立てて煮える双剣。

 篠崎が攻撃を始めてから1秒足らずで魔法を起動させ、剣を振り、蔓を断ち切ってみせた。はっきり言って異常とも言える反応速度。

 

 それもそのはず。

 

 彼女は小花ホノカ。

 17歳。()()討伐褒賞、二つ所持。

 

 小柄な肉体を、深林を駆ける豹のように、二つの剣と並外れた動体視力、そして戦闘の()()。それら全てを兼ね備えた戦闘特化の才媛であった。

 

 

「ホントに、サキさんなんですかっ!?」

 

 篠崎は地面を蹴り、墓地の中を走る。魔力で強化された肉体は歴戦の魔法少女に相応しく獣の様な速度で地面を抉った。

 

「ええ、そうよ」

 

 そしてその端々に植物の地面に手を触れ、攻撃を仕掛けてくる。

 蔓を伸ばして、種を弾丸の様に飛ばして、棘で絡め取ろうとしてくる。

 

 恐ろしいのはその物量。

 小花が2本の剣で戦うのに対し、篠崎はありとあらゆる植物が武器となって相手に襲いかかっていた。

 

「だって、それじゃあ!」

 

 背後を狙ってくる蔓を剣で切り落とす。その瞬間、小花の足元にあった紫陽花が一際光を放って爆発した。

 篠崎は土煙で隠れた相手を注視して仕留めたかどうか見極める様に目を細めた。

 

「ヒヨリさんの曲を使ってそんな事したら……」

 

 声がした。

 小花は爆風からしなやかに跳躍して飛び去り、篠崎の後方に佇んでいた。

 

「流石に、手強いね」

 

 篠崎が飛ばした植物は、ジュッ、と音を立てて蔦ごとまとめて二つ断ち切られた。

 

「どうして、亡くなったヒヨリさんの品位を落とす様なマネをするんですか!! よりにもよって、親友のアナタがッ!」

 

「親友()()()からよ」

 

「意味がわかりません!」

 

 小花は叫ぶ。

 ダメージは未だゼロであっても息切れした様に顔を歪ませて篠崎の植物の攻撃を凌いでいた。

 

 状況は拮抗したかに思えた。

 

「……ッ」

 

 

 魔力の使いすぎに篠崎は一瞬眩暈がして頭を抑える。

 

「そっちの貴女は、そうね。分かってるんじゃないかしら」

 

 そして目線だけで戦闘の外側にいたキニスに話を振ってきた。

 

()()()()()()()()、ですか」

 

 魔女は静かに答える。

 

 篠崎は、にこ、と笑った。

 理解してくれた友に向ける様なそんな笑顔だった。

 

 

 ◆

 

 

 葉月ヒヨリという少女について語ろう。

 

 もっとも彼女の生は短く、もし纏めるならA4の紙一枚で足りてしまう。

 

 結論から言ってしまえば、葉月ヒヨリは死んだ。

 救助活動に従事して、魔獣に喰われて死んだ。

 

 それなのに彼女の墓には何も()()()()()()()()()

 

 人々は、世間はすぐに彼女を忘れてしまった。たった一人、親友であった篠崎を除いて。

 

 

 だから殺した。

 だから親友の曲を敢えて使った。

 なぜ葉月ヒヨリの曲をわざわざ使ったのか。

 

 葉月ヒヨリの曲でないと()()()()()()()()

 

 

 一人でに曲が鳴って、聞いてしまった人が死んだら? 

 

 

 人々は噂をするだろう。

 聞いたら死んでしまう曲があると。

 

 いずれその注意は曲に向かう。何の曲なのか、()()()なのか。実際に警察やキニス達はそこに至った。

 いずれ他の人々も気がつく。これは葉月ヒヨリの曲であると。加えて篠崎はそう言いふらしていた。

 

 ──その曲はね、私の親友の形見なの。

 

「そうしたら、忘れないでしょう? 恩知らずにも、一度の墓参りも来ないでのうのうと生きてる人たちでも、思い出すでしょう? 彼女の事を」

 

 あくまで当たり前の法則を教える様に篠崎は語った。

 リンゴが木から落ちるのが当たり前の様に、篠崎にとっては今までの行為が世界の法則であり、疑うべくも無い事だった。

 

「なっ……な、……」

 

 小花ホノカは口をぱくぱくとさせるだけで言葉が続かない。

 目元は歪んで、口元は下がって、なんとも情けない様な顔をしていた。

 

 篠崎はくす、と笑って

 

「甘いのね、ホノカちゃん」

 

 小花の足元の植物を起動した。 

 回避不可能な攻撃。初撃の不意打ちはまだ距離があった。だが今は正しく股下から数十センチで発生した攻撃だ。

 

 その棘のついた蔓は小花を貫く──

 

 

『灰に還れや』

 

 

 事はなかった。

 ボロリと色を無くしてモノクロになって、さらにそれを通り過ぎて灰になって崩れていった。

 

「もう、分かりました。貴方の魔法は。堆肥なんですね。地面に干渉して魔法的な物質を生成して植物を成長させる魔法」

 

 キニスはゆら、と灰を纏わせた。

 篠崎は信じられないものを見る様な目で見た。

 

「だから灰に還しました」

 

 

「は」

 

「はははは!」

 

 切り札を塞がれた女は声を上げて笑った。

 

 すぐに復帰した小花は篠崎を抑え込み、腰に付けていた携帯用の拘束具で固定する。篠崎に抵抗は無かった。

 

『──。 ──、──』

 

 無線機からノイズ混じりの音がする。

 

 じきに応援が来るだろう。

 篠崎はもう終わりだ。

 

「なんで……」

 

 ポツポツと雨が降ってきて、青空を隠した。

 夏の前に降る驟雨は周囲の気温を下げて、雨音が次第に地面を打っていった。

 

「どうして、人を殺したんですか」

 

 小花は質問をする。

 答えは分かっていても、それでも聞いた。

 

 そっと、篠崎は小花の頬へ手を伸ばそうとして拘束具に妨げられて届かなかった。

 

「サキさん」

 

 犯人は何も言わない。

 雨に打たれる少女の告解のような呟きに耳を傾けていた。

 

「貴方は、悪い人です。罪を犯しました」

 

 ざぁ、と雨が強くなる。

 植物が空からの雫に歌うように雨音を拡散させた。

 

「でも、それでも、それと同時にアタシの優しい先輩だった……!」

 

「…………」

 

 世界はただ、色をなくした。

 奇妙な脱力感が、篠崎の全身を満たしていた。

 

「アナタの事を忘れません。だからしっかり償って下さい。罪は罪として」

 

 それが彼女の結末だった。

 

 

 ◆

 

 

 

 

「っ……ぁぅ……」

 

 草木は意外なほどに、辺りを荒らしてはいなかった。

 篠崎サキが拘束されて連行されていった後、墓地にはキニスと小花ホノカだけが残った。

 もう少ししたら現場検証のために何人もの専門家が来るだろう。

 だからこれはその前の凪のような時間だった。

 

「うぅ……っ」

 

 小花は墓地の端にあった花壇の、崩れたレンガを椅子がわりにして頭を両膝の間に入れてくぐもった、水っぽい声を漏らしていた。

 

 キニスはそれに触れない。

 大切な人がすべて元凶だと受け入れるのはたいへんなことだ。

 

「バカ……ばかぁ……」

 

 キニスは小雨になった墓地で、傘もささずにその光景を見ていた。

 

 ああ。

 

 なんて。

 

 なんて真っ直ぐな子なんだろう。

 

 彼女は真っ当に壁にぶち当たり、それを正面から受け止めて消化しようとしている。

 辛いだろう。苦しいだろう。

 大好きなひとが、事件を起こしたなど信じたくも無いだろう。

 

 それでも彼女は受け止めようとしている。

 

 雨のホワイトノイズに混じって、すすり泣く声はもの悲しげなコーラスになった。

 

 キニスは自分の手を見る。

 

 人の信頼を容易く裏切ったこの手が。

 お姉さんを一片も信じなかった手が、ひどく薄汚れて見えた。

 

 罪とは、罰と別にあるなら。実行されなければ存在しない罰と違い、罪は犯した時点で消えない。

 キニスはその点でいえばどうしようもなく、罪に塗れている様に思えた。

 

 人を信じなくて罰せられる法律はない。

 だからこそ、だれも彼女の罪を罰さない。

 

 キニスに、篠崎を裁く権利などあるのだろうか。

 

(当たり前、あるわけがない)

 

 歯が、噛みすぎで軋む音がした。

 

 この魔女は今回の件で一体何をしたというのか。何ができたと言うのか。

 残酷な真実を少女に突きつけて『お前の信頼していた先輩が犯人だ』と言って傷つけて。

 

(それが仕方ないと分かっているさ)

 

 でも、他に方法は無かったのか。

 

 お前の喉はいつも人を傷つける言葉を吐く。

 

 

 キニスは雨に打たれている。

 いつだって、ずっと。

 

 

「ねぇ……アンタ」

 

 

 思考の外から掛けられた声に、魔女はびっくりと肩を跳ねさせた。その大きな反応が気に入らないのか、小花は眉をちょっと寄せた。

 

「手、貸してよ。立つからさ」

 

「え? あ、はい」

 

 スッと近づいて手を差し出せば、少女は何の躊躇いもなくその手を捕まえて立ち上がる。

 

「よいしょっと。……アリガト」

 

 そしてぺこりと頭を下げた。薄い茶色の彼女の髪が雨を吸ってしっとりと肌に張り付いていた。

 

「今回のこと、色々含めて。アンタが居なきゃサキさんを止められてなかった」

 

 立ち上がるのに手を貸すで大袈裟な。これくらい、キニスがと言いかけた所で、被せるように小花は言った。

 

「大好きな先輩よ。大好きなひとだからこそ……」

 

 そこで言葉を切る。

 顔を上げてキニスの灰色の瞳を正面から見据えた。

 

「だから、ありがとう」

 

 魔女の瞳に映る小花のかんばせは涙に濡れていて。

 キラキラと何条もの輝きを、雲の隙間から差した陽の光が照らしていた。

 

 小花の真っ直ぐな感謝はキニスには予想だにしていないものだった。

 罵倒されると思った。余計な事を、と蔑まれるかと思った。怒られるかと思った。

 

 だが、違った。

 

「……っ!」

 

 魔女は喉の奥の嗚咽を噛み殺した。

 小花の言動は、そっと静かに無自覚に、キニスの心を撫でた。

 

「ありがとう」

 

 小花から貰った言葉をそのまま繰り返して、魔女はパッと両手を広げた。そして有無を言わさず、涙で濡れた少女ごと周りの空気も巻き込むように抱擁した。

 

「ちょ、ちょっと! なに!? あたま使いすぎて可笑しくなっちゃった!?」

 

 腕の中で小花が暴れる気配がする。

 それでも魔女は目を瞑って、いまの表情を見られまいとした。

 きっと、ひどい顔をしている筈だから。

 

 

 

 ◆

 

 

 篠崎サキはひとまず勾留という事になった。

 これから詳しい証拠と内容を詰めていくのだろう。

 本人は全くと言っていいほど抵抗をしなかったらしい。

 

 これにてこのお話はおしまい。

 

 そして、このお話は決して綺麗な話では無い。

 めでたしと二度続けて締められる物語でも無い。

 明確に、不可避では無い理由で三人が落命した。懸命に生きてきた人たちが命を落とした。

 

 たった一つの狂気によって。

 彼女のことを可哀想だと思うのは良いかもしれないが、それによって失われたものもあるのだ。

 

 

「…………」

 

 

 魔女は空を見上げた。

 既に戦闘の跡が修復された墓地には誰もいなくて、七月に入って気温はますます高くなるようだった。

 

「忘れられるのは、苦しいですからね」

 

 そうして一輪、キンセンカを『葉月』の墓前に挿した。

 結局、『強制的な葬送曲(コアクトゥス・レクイエム)』もとい、『ただの曲を電子機器から流す魔法』は葉月ヒヨリの骨壷に刻まれていた。

 

 葉月本人が刻んだもので間違いないという。

 なぜ、そんなところに魔法陣を遺したのかは警察と魔法対策局の両者が調べているが、まぁ、どうでもいい事だ。

 

 いずれ破壊せよとキニスに命令が下るかもしれない。

 

「あついな……」

 

 キニスは額に浮かんだ汗を拭う。

 魔女になっても、気温の影響は受けるらしい。蝉の声が遠くで鳴り出した。

 

 花を見ていた顔を上げると、真っ青な青空に入道雲は形を変えて空に浮かんでいた。

 

 人は()()()を死を知らせる葬送曲だと言うが。きっと違う。あれは()()だったのだ。

 しかし言葉の代わりをする曲を奏でる人はもういない。奏者不在の譜面はただ、時の流れに消えゆく。

 

 あの曲は言葉だった。

 誰に向けた物なのかは、きっとそう。

 たった一人、遺してしまった──ひとに向けて。

 

 だからこそ、この曲の名前は葬送曲(レクイエム)ではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『奏者不在のセレナーデ』 終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が流れても──2人は友達。

 

 

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