最悪のデスゲームに刀匠がログインしました   作:日彗

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第二話 ボス戦・ビーター・鍛冶師見習い

 

 このデスゲームが始まって一月ほどが経つ。

 だが未だにこのアインクラッドの一階層すら突破できていないのが現状であり、死者数は二千人ほどにもなる。

 まだこのゲームに慣れていない、と言うのもあるだろう。だが原因は他にもある。例えば効率よくレベリングできる場所やクエストを独占している者などだ。

 中には死の恐怖でまともに戦えない者もいるが、勇気を出して《圏外》──HPゲージが減少しない《アンチクリミナルコード有効圏内》の外──に出たとしてもポップするモンスターの奪い合いが勃発している。そんな状況でまともに攻略なんてできるはずもない。

 

 かくいうオレはこのデスゲームが始まった初日に《はじまりの街》を飛び出して次の村へと向かった。《はじまりの街》周辺のモンスターはすぐに狩り尽くされるだろうと考えてのことだ。

 次の街の場所については《はじまりの街》の探索中にNPCから情報を貰っていたため方向だけは分かっていた。 情報収集というのは大事なのだと身に染みる結果になったが、そもそも茅場晶彦がこんなことをしなければもっと伸び伸びと遊べたのだと思うと妙に腹が立つ。

 

 オレの目的は鍛冶なのだから街を出なくてもいいのでは、とも考えたが良い剣には良い素材が必要不可欠。そのためには自身を鍛えて最前線に出た方が効率がいい。人に依頼するという手もあるがその方が手間と金が無駄だ。

 そもそも剣士の気持ちが理解できずに良い剣が打てるわけがない。

 と、いうわけで死に物狂いでレベリングをしてきたオレは《トールバーナ》にて第一層攻略会議が開かれるという情報を聞いてここまでやってきた。

 トールバーナには既に数十人ものプレイヤーが集まっている。ここに居る全員が死を覚悟して戦いに挑もうとしていると思うと感動する。実際に死に対面して動けるのは何割ほどかは知らないが。

 

 攻略会議が始まる。まずディアベルと名乗った青年が第一層のボス部屋を発見した事を表記し、そのまま順調に会議は進んでいった。素人目ながら中々のカリスマ性を備えた人だ。ああいう人が上に立つのなら多少は安心できる。

 

「それじゃあ早速だけど、まずは六人のパーティーを組んでみてくれ」

 

 前言撤回だ。氏ねこの腐れナイト。

 

 いやマジでふざけるなよこの野郎。体育の授業でペアを作れとかぬかしやがる体育教師と同じじゃないか。お前なんかリーダー失格だ、帰れ!

 だが彼が言わんとしていることも分かっているつもりだ。聞くところによるとフロアボスは通常のモンスターとは格が違い単なるパーティーでは対抗できない。そのためパーティーを束ねた集団、レイドを作る事で連携を取りやすくしなければならないのだ。

 

 でもね、オレ知り合いいないの。まあ最悪ソロでいけばいいやと思ってるけど。

 

 こうしている間にも周りでは着々とパーティーが出来上がっていく。それらを端の方から眺めていると、突然後ろから肩を叩かれた。

 

「君、一人なら俺達とパーティーを組まないか?」

 

 声に反応して後ろを振り返ってみると、黒髪の少年と赤いフードを被った少女が座っていた。

 見たところ彼等も即席のパーティーの用だ。以前からの知り合いというには距離感が感じられる。

 

「マジで? じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 だがそんなことはどうでもいいのだ。大事なのはオレがボッチを回避したことである。

 ああよかった。一人寂しく死ぬのは流石に嫌だったんだ。

 

 黒髪の少年からパーティー申請が届き、それを受理する。

 すると視界の左上、オレのHPゲージの下に別の二本のゲージとプレイヤーネームが現れた。

 

(《キリト》と《アスナ》……。たぶんアスナっていうのが女の子の方だと思うんだけど)

 

 プレイヤーネームなんて人それぞれだ。デスゲームになるなんて誰も思っていなかったのだからふざけて女の子の名前で登録したという可能性もある。実際、《はじまりの街》にそういうタイプのプレイヤーがわんさかいた。

 

「オレは《ムラマサ》だ。とりあえずボス攻略までの間よろしく」

「俺は《キリト》。こちらこそよろしく頼むよ」

 

 黒髪の少年、キリトの手を握る。

 よかった、こっちがアスナだったら多分笑ってたと思う。

 これで何の問題もなく次に進めると思ったのだが、そこに乱入者が現れた。

 

「ちょお待ってんか!」

 

 イガイガの頭が特徴的な関西弁の男が、ディアベルがいるステージに飛び込んでいく。

 

「えーと、君は誰かな?」

「ワイは《キバオウ》ってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたいことがある。ワイが言いたいんはな、こん中に詫び入れなきゃあかん奴等がおるっちゅうことや」

「キバオウさん。君の言う奴等とはつまり、元ベータテスターの人達のこと、かな?」

「決まってるやないか!」

 

 そこからキバオウと名乗った男は元ベータテスターに対する恨み辛みを吐き出していった。

 曰く、ベータテスターは初心者を見捨てて効率の良い狩場やクエストを独り占めした、という。

 終いにはため込んだ金やアイテムを差し出してもらわないとパーティーメンバーとして命を預かれないなどと言い出す。

 おかしなことを言う。生き残るための情報なんていくらでも転がっているのだから、あとはそれを有効に活用すればいいのだ。情報手に入れる手段は確かに存在する。それを怠った、あるいは気が付かなかったのは当人たちの問題だ。それを全て元ベータテスターのせいにするなんて。

 

「面白い人もいるもんだなあ。………キリトくん? どうかしたか?」

「い、いや、なんでもない……」

 

 なんでもない、と言う割には青ざめた顔で拳を強く握っている。

 だがそこで《エギル》というガタイのいい黒人の男が手を上げた。

そして道具屋で無料配布しているガイドブックを掲げ、それを作成・配布しているのは元ベータテスター達なのだと言った。

 道理で有意義な情報が多かったわけだ。あのガイドブックにはかなり助けられました。具体的には《鍛冶》スキルの取得方法や素材の情報で。

 それはともかく、エギルのおかげもあってキバオウはそれ以上何も言わず大人しく席に座りこむ。

 そしてそれ以降は恙なく進行し、ボス攻略は翌日決行ということで解散になった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「えーと、ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》、取り巻きに《ルインコボルト・センチネル》が三体、ねぇ」

 

 翌日、第一層迷宮区ボス部屋の前まで来た我々一行だが、ボスに挑む前に作戦会議と打ち合わせのため少しだが休憩時間を頂いた。その間に先日内容が更新されていた最新版の攻略本を読んでいたのだが、ボスの名前だけでなく戦闘パターンからなにまで事細かに書かれている。

 

「ボスも取り巻きも使ってくる武器は斧か」

「ああ。ボスの方はHPが減ると湾刀(タルワール)に切り替えて来るが、俺たちのパーティーは取り巻きを倒すことが役目だからあまり関係ないな」

「ふーん……」

 

 このボス部屋に来るまでの間、パーティー内でのコンビネーションのために何度も雑魚Mobと戦って確認してきたが、二人ともかなりの使い手だった。

 キリトは盾ナシの片手直剣。動きに迷いがなく冷静に相手の行動パターンを分析していた。また、相手の攻撃モーションに合わせてタイミングよくソードスキルを当てて弾くことで隙を作り出す《パリィ》と呼ばれる技術がかなりうまい。十中八九、彼は元ベータテスターだろう。

 アスナも同じく盾ナシの片手細剣。驚くほど速く鋭く、それでいて正確な《リニア―》をかましていた。あれはソードスキルによるシステムアシストとプレイヤー本人の運動命令が噛み合って流星のような速さを体現していた。

 二人とも実に参考になる。パリィを起こすタイミング。システム外スキルによるソードスキルの底上げ。ソロで活動を続けていたら気付けなかったことだ。完全に学習した。

 かくいうオレの獲物は曲刀である。片手直剣と悩んだのだがオレの直感がこっちにしろと言っていた。……いずれは刀を鍛え上げて使用するつもりなのだが、刀って曲刀なのか片手直剣なのかいまいちわからん。一応、両方とも熟練度は上げるつもりだが。

 

「……ちょっといいか」

 

 考え事をしているとキリトが声を低めて囁いた。

 

「今日の戦闘で俺たちが相手する《ルインコボルト・センチネル》は、ボス取り巻きの雑魚扱いだけど十分に強敵だ。昨日もざっと説明したけど、頭と胴体の大部分を金属鎧でがっちり守っているから、ただ闇雲にソードスキルを撃ち込んでも通らない」

 

 だがそこに細剣使いの赤ずきんが鋭い視線を返しつつ頷く。

 

「解ってる。貫けるのは喉元一点だけ、でしょ」

「ここに来るまで色々とパターンを試してきたからな。オレかキリトで隙を生み出したところをすかさずスイッチ、だろ?」

「……ああ、やって来たとおりにすれば決して危険な相手じゃない。けど油断は禁物だぞ」

 

 キリトの忠告にこくり、と頷く。

 するとどうやら休憩も終わりの様で青いロングヘアをなびかせたナイト演説を始めた。士気を上げるためなのだろうが、どうしても死亡フラグに感じてしまう。

 だが演説の効果は確かなようで攻略メンバー全体の士気が上がるのを感じた。

 それを見回したディアベルはひとつ頷き、振り返るとボス部屋の大扉に手を当てて

 

「行くぞ!」

 

 と短く一言だけ叫び、押し開けた、

 

 

 全員がボス部屋の中に入る。

 中は想像していた以上に広く、なるほどボス戦らしいと思わせられた。

 そんなことを考えていると、ほぼ暗闇に沈んでいたボス部屋の左右の壁でぼっ、と松明が燃え上がった。それは次第に数を増やしていき、最終的に部屋の最奥部の玉座に坐する者の姿を浮かび上がらせた。

 

「グルルラアアアアアッ!!」

 

 あれが第一層のボス、《イルファング・ザ・コボルトロード》。二メートルを超える体躯に爛々と輝く隻眼。そして右手に構える骨斧と左手のバックラー。確かに情報通りだ。

 《イルファング》と攻略隊がぶつかり合う。その音が合図だとでも言うように取り巻きの《ルインコボルト・センチネル》たちも飛び掛かって来た。

 

「行くぞ! 遅れるなよ!」

「「了解!」」

 

 キリトの声に応じて一番近いセンチネルに向かって走って行く。

 キリトが敵の攻撃を払ってアスナかオレにスイッチ。またはオレが払ってキリトかアスナにスイッチ。アスナの精密さと速度を加味すると常に攻撃側に回っていた方が良いという判断だ。

 この調子ならセンチネルは何の問題もなさそうだ。視界の端に最前線の様子も確認するが十分安定して削る事が出来ている。

 このままならいける。そう、この場の誰もが心のどこかで感じていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

~side:キリト~

 

─── 強い。

 

 迷宮区の最奥、ボス部屋での戦闘が始まっておよそ二十分が経つ。

 ボスの方はディアベルたちが担当している為、俺たちは取り巻きが邪魔をしないよう排除するという地味だが大切な役割を握っている。

 センチネルはボスに比べれば雑魚ではあるが、この第一階層に出現するほかのMobに比べれば十分強敵だ。

 そのためしっかりと安全マージンを取る為、俺が隙を作って他の二人に仕留めてもらうつもりだった。プレイヤースキル的にもそれが一番効率が良く、確実な方法だと。

 

(けど、想定以上に()()()()()()()()()……)

 

 もう少しくらいは苦戦すると思っていた。だが蓋を開けてみると負担などほとんど感じない。むしろこうして最前線に視線を向ける余裕があるくらいだ。

 その理由はわかっている。一つはソロではなくパーティーであるという事。一体の敵を相手に三人がかりなのだ。余裕も生まれるだろう。

 だがそれを踏まえたうえでもう少し苦戦すると思っていたのだ。けれどその理由はハッキリしている。彼だ。

 昨日、パーティーを組む時に俺とアスナ以外でもう一人あぶれていた赤銅色の髪をした少年、ムラマサ。

 ここに来るまで数度の戦闘しかできなかったが、その時点では間違いなく俺の方がプレイヤーとしての技術は上だっただろう。それは多分、今も変わっていない。

 だが多分、というのはその三度の戦闘の間だけで彼の技術が飛躍的に伸びていたからだ。

 あれは恐らく、俺やアスナ、他の攻略隊の動きを見て自分に最適なものとして学習していたのだと思う。

 ……自分で言っておいて恐ろしくなる。今までソロで活動していたからあの動きだっただけで、これからこのアインクラッドで生きていくうちに彼はまだまだ強く成長するだろう。

 現に今もこうして俺とアスナのサポートとして動いてくれている。まるで俺たちが次、どう動こうとしているのか読まれているような、あるいはそう動くように誘導されているかのような的確なサポートは、まるで自分が普段より強くなったと錯覚してしまうほどだ。

 だけどそのおかげでこんなにも順調に進んでいる。見た所ボスのコボルト王のHPも残りわずかだ。このままなら───

 

「なあキリト、ちょっといいか」

「───っ、ど、どうしたっ?」

 

 いつの間にかすぐ横にまで来ていたムラマサに思わず飛びのく。

 だが向こうは気にした様子もなくただボスの方をジッと見つめながらつぶやいた。

 

「ボスの武器って斧の次は湾刀(タルワール)って話だったよな?」

「ああそうだ。曲刀カテゴリのスキルを使うようになってくる。ただ軌道は単純だから回避は十分可能だ」

「ふぅん。ああいや、オレが言いたいのはそういう事じゃなくてさ。ただ元ベータテスターの人たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って思って」

 

 ムラマサの言葉に眉を寄せてボスの方に視線を移す。そこには単独で攻め込んでいくディアベルと腰から巨大な野太刀を引き抜いた《イルファング・ザ・コボルトロード》が────野太刀?

 

「あ……ああ………………!」

 

 喉から引き攣れたような音が漏れた。ムラマサの言葉の意味を遅まきながらに理解する。

 

─── 武器がベータテストと違う!

 

「だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べーーーーッ!!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

~side:ムラマサ~

 

 コボルト王の持っている武器がタルワールではなく野太刀であることには早い段階で気が付いた。ただそれを指摘する暇もなく取り巻きどもが襲ってきたためそちらに手を回さなければならなくなったのだ。

 だいたい、太刀だろうが曲刀だろうがゲーム内ならばたいして違いはないだろう。だがそれはそれとして、一応刀鍛冶を志す者としてそこは指摘しておかなければならないと思った。

 アレのどこがタルワールだ。どう見ても野太刀じゃねぇか、と。

 

 それを少し遠回しにキリトに伝えた所、

 

「だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べーーーーッ!!」

 

 と、血相を変えてキリトは大きく叫んだ。

 しかしその声はコボルト王の咆哮によってかき消される。

 コボルト王の始動させたソードスキルによって深紅の輝きが生まれ、そして竜巻の如く放たれた。

 それがディアベルの仮想体(アバター)を穿ち、強烈な衝撃音と共に二十メートル近く吹き飛ばしていた。

 

「なっ……」

 

 一瞬。あまりにも一瞬の出来事だ。その巨体に見合わない速度での三連撃、それもクリティカル判定を取られている。

 

「キリト! ディアベルにポーションを!」

「わかった!」

 

 ディアベルのリーダーとしての資質は本物だ。それは先ほどまでの戦いを見ていて誰もが感じていた。

 だからこそ今こんな場所で失うわけにはいかない。彼がいなくなるだけでゲームクリアが何か月、下手すれば年単位で遅れてしまう可能性もあるのだ。

 キリトが持ち場を離れてディアベルが吹き飛ばされた方向へ走って行く。だがその間もセンチネルどもは再度ポップして襲い掛かってくる。

 

「クソッ! アスナ、スイッチ!」

「ええ!」

 

 センチネルの斧を弾くとほぼ同時にアスナが喉をレイピアの根元まで埋まる勢いで貫く。

 モンスターの爆散エフェクトを尻目に、キリトたちの元へ向かう。だが一メートル手前という所まで来てディアベルの身体を淡い光が包み込んだ。

 

「頼む、ボスを………ボスを、倒してくれ………みんなの……ために……」

 

 唇が震えながらも、その言葉だけは言い残してボス攻略レイド指揮官、騎士ディアベルはキリトの腕の中でその体を青いポリゴン片へと変えて四散させた。

 

「…………………………間に、合わなかったのか」

「……ああ」

 

 この世界に来て初めて目の前で人が死んだ。

 ああ、そうか。この世界はこんなにも簡単に人が死に、何の痕跡も残さず消えていくのか。

 

「……ディアベルは俺に、ボスを倒せと言った」

「……そうだな」

 

 うつむきながら、おそらくディアベルに渡すために取り出したのであろうポーションを握りしめたキリトが声に出す。

 何を言おうとしているのかはわかっている。そしてその気持ちはオレも同じだ。

 

「───手伝ってくれるか」

「───当然。パーティーリーダーはお前だ。指示には従うさ」

 

 ディアベルがなぜあの時一人で飛び出したのかはわからない。だけどディアベルは《撤退》しろとは言わなかった。死の直前に立ちながらもボスの討伐を託して逝った。

 ならばこのレイドの一員としてその遺志には従う。なによりパーティーリーダーであるキリトが言っているのだ。従わないという選択肢はない。

 

「わたしも行くわ」

「……解った。手順はセンチネルと一緒だ。………行くぞ!!」

「「了解!!」」

 

 キリトの号令と共に広間の奥に向かって駆け出す。今の所ディアベルに続く死亡者は出ていないようだがリーダーを失った影響か隊列が瓦解してしまっている。

 まずはパニックになっている者を落ち着かせないと話にならな───

 

「───キリトッ!!」

「う……おおッ!!」

 

 視界の端でコボルト王が野太刀を左の腰だめに構える居合のようなモーションに入ったの見た瞬間、オレとアスナは散会。キリトは姿勢を低くしたままソードスキルを発動して対抗する。

 そして甲高い金属音と共に大量の火花がはじけ、お互いの剣技を相殺させてノックバックさせることに成功した。

 

「セアアッ!!」

「ハアアッ!!」

 

 その隙を逃さず、オレとアスナのソードスキルがコボルト王に炸裂する。

 手応えはある。だが実際に減ったHPゲージは僅かな幅しか減少しない。さすがはボスモンスター、そう簡単にはいかないようだ。

 

「次来るぞ!」

 

 流石にこの人数での討伐は精神を削る。背後の他パーティーは全員ポーションで回復中で呼ぶことはできない。

 

 この戦いの中で試していたが、ソードスキル発動時に体を意図的に動かして技の速度と威力をブーストする技術は強力だがリスクもある。

 上手くいけば先のキリトの様に、ボスモンスターの攻撃をはじくこともできるがミスるとシステムアシストを阻害して最悪の場合ソードスキルが途中で止まってしまう。

 そんな綱渡りのような状況下でキリトは幾度とボスの攻撃を捌いてきたがついに、

 

「しまっ……!」

 

 ボスの下段からの斬り上げがキリトの正面を捉える。

 その鋭い衝撃と共に吹き飛ばされたところをアスナが支えようとして、しかし衝撃を受け止めきれず一緒に吹き飛ばされてしまった。

 

「キリトッ! アスナッ!」

 

 吹き飛んだ二人のもとにコボルト王は追撃を加えんと近づいていく。このままだとオレの方が一瞬早く着くが、キリトもアスナも先の一撃でHPがかなり減らされた。

─── このままだと負ける。

 

(だからなんだ!)

 

 二人を庇う様にコボルト王との間に立ち、剣を構える。それに対してモンスターは野太刀を高く振り上げた。

 

「逃、げろ……ムラマサ……ッ!」

「うるせえ黙ってろ!」

 

 キリトの言葉を遮って大きく息を吐く。

 みんなのおかげでこいつの動きは何度も見られた。キリトの手本だって数えて十六回も見たのだ。それだけ見ればもう()()()

 

 オレは剣を低く構えて溜めを作り、ソードスキルを発動させる。

 剣の性能は向こうが上。

 基本ステータスもまず相手が上だろう。

 それがどうした。だからどうした。

 そんなもの、諦める理由になるのか?

 

「なるわけねえだろ、がッ!!」

 

 思考が加速する。まるで夢を見ているかのように世界はその速度を鈍化させていく。

 何故だか敵も味方もその動きが緩やかになったこの世界で、ライトエフェクトを纏ったオレの剣が振り下ろされた直後のまだ力が乗り切っていないタイミングを貫いた。

 アスナの速さと正確さを。キリトの巧みさと力強さを。

 だがそれでもやはり、重い。一撃の威力が桁違いだ。

 じわじわとオレの剣が押し返されていく。それぞれから学び吸収したことを発揮してもなお拮抗するのが精一杯。

 最終的に膝をつくところまで追い込まれてしまった。ソードスキルは今にも止まりそうで、仮に止まらなかったとしても剣が今にも砕けてしまいそうである。

 

 だが、

 

「ぬ……おおおッ!!」

 

 俺の頭上にある太刀の側面を緑の光芒を纏った両手斧激突、吹き飛ばした。

 割って入ったのは、褐色の肌を持つ大男、エギルだった。

 見てみればほかにも数人が回復を終えて参戦に戻ってきている。これだけ人数が増えればヘイトも分散できるだろう。

 

「ナイスファイト! 回復するまで俺たちが支えるぜ!」

「助かる! キリト、アスナ! 今のうちに回復しとけ!」

「無茶はするなよ!」

「わたしたちもすぐに戻るから!」

 

 オレ自身のHPは大して減っていない。キリトたちを背にしてエギルとともにボス目掛けて攻め込む。

 やがて遂にボスのHPが三割を下回り、最後のゲージが赤く染まった。

 するとそこでボスはひときわ獰猛に咆哮を上げる。

 ぐっと巨体を沈めると全身のばねを使って高く垂直ジャンプ。その軌道上で野太刀と己の肉体を巻き絞って起こす全体攻撃くる。

 

「馬鹿が」

 

 だがその動作を始めるより少し早くオレが跳びあがり、今にもスキルを発動せんとしているボスにライトエフェクトを纏った剣を撃ち下ろす。

 

「その動きはさっきも見たぞ」

 

 敵が最高到達点に達する前に撃ち落とし地面に叩きつけたことでソードスキルの発動を阻止することに成功。だが起き上がってくればまた先の一撃が見舞われることになる。

 だがそんなことはさせない。

 

「「スイッチッ!!」」

 

 ソードスキルの技後硬直で背中から地面に落下したオレの背後から二人の人影が飛び出していく。ひとりは黒髪の剣士。もうひとりは栗色髪の細剣使い(フェンサー)だ。

 

「行っ……けえッ!!」

 

 アスナの渾身の《リニア―》が左脇腹に突き刺さり吹き飛ばす。

 わずかに遅れて今度はキリトの二連撃技がコボルト王をV字に切り裂いた。

 コボルト王の巨躯が不意に力を失い後方へとよろめく。

 

 そして、《イルファング・ザ・コボルトロード》は青いポリゴンとなって霧散した。

 

「……終わったのか?」

 

 オレの呟きと共にメッセージが届く。

 内容は獲得経験値とコル、そしてアイテムだ。どうやら本当にボスを倒したという事らしい。

 

「おつかれさま」

 

 声を掛けられた方向に目を向けると、そこにはキリトとアスナ、エギルの姿があった。

 三人とも疲れてるだろうにわざわざこっちまで出向いてくれたらしい。

 

「そっちもおつかれ。ナイスラストアタック」

「そりゃどーも。こっちこそお前がいなかったら死んでた。ありがとな」

 

 キリトが拳を突き出してくる。そういうの少し恥ずかしいのだが空気を読んでオレも拳を突き出した。

 周りからは歓声が聞こえる。あーしんど。早く次の階層に行って鍛冶がしたい。

 

 その時だった。

 

「なんでや! なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!!」

 

 と、キバオウが騒ぎ始めた。

 正直なにを言っているんだという話だが、彼が言うにはボスの使う技の情報を伝えていればディアベルは死なずに済んだ、とかなんとかだ。

 そして終いには他のベータテスターをも責め始めた。くだらない。そんな体力があるなら死ぬ気で戦ってほしかったものだ。

 さて、どうやってこの場を収めようかと悩んでいると、キリトか手で制して立ち上がった。

 相手の顔を冷ややかに見つめて肩を竦め、無感情な顔で告げる。

 

「元ベータテスター、だって?……俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

「な……なんやと……?」

「SAOの当選した千人の内のほとんどはレベリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のあんたらの方がまだマシさ」

 

 侮蔑極まる言葉にほかのプレイヤーたちが一斉に黙り込む。

 彼は何がしたいのだろうか。そんなことしてる暇があったらはやく上の階層に行こうと言いたい気持ちを抑える。

 

「俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知っていたのは、ずっと上の層でカタナを使うモンスターと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぞ。情報屋なんか問題にならないくらいな」

「な、なんやそれ……そんなん、ベータテスターどころやないやんか。もうチートやチーターやろそんなん!」

 

 周囲から、そうだ、チーターだ、ベータテスターのチーターで《ビーター》だという声がいくつも湧き上がる。

 でもビーターはセンスないと思う。さすがにそのネーミングセンスだけはない。大事な事だから二度言ったぞ。

 

「……《ビーター》、いい呼び方だなそれ」

「うそだろお前」

 

 何やらニヤニヤと笑みを浮かべてメインメニューを操作している。

 するとキリトの身体を小さな光が包み、艶のある漆黒のロングコートに変化した。

 

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」

 

 それだけを言い残してコートを翻し、ボス部屋の奥にある小さな扉に向かう。

 まったく、どうせ他のベータテスターを庇うためなんだろうが自己犠牲なんかで守れるものなどないと彼は知らないらしい。

 オレも別に鍛冶師になりたいだけで正義の味方になりたいわけじゃない。でも弓とか二丁拳銃にはちょっと憧れる。

 まあ何が言いたいかというと、あれほどの剣士に死なれるのは未来の鍛冶師としては許せない事態なわけだ。ということで。

 

「ちょっと待てキリト」

「……来るなって言ったのに」

「いや一言も言ってないが?」

「……あれ、そうだっけ」

「そうだよ。いやそんなことはどうでもいいんだけどさ」

 

 軽く駆け足で近づいて横に並ぶ。そして少し頼みがあるというと彼は顔をこちらに向けた。

 

「このパーティーはボスを倒すまでって話だったろ? だからもう一度オレとパーティーを組んでくれ」

「……さっきの話、聞いてなかったのか?」

「聞いてたさ。けどベータテスターだとかは正直どうでもいい。オレにはそれ以上に優先すべきことがあるんでね」

 

 そう言って無理矢理キリトの手を掴んで強制的に握手を交わした。

 

「改めて、オレはムラマサだ。こう見えて本職は鍛冶師だから武器の製造・鍛錬は任せてくれよ《ビーター》くん?」

「鍛冶師? あれだけの実力があるのに? ……ハハッ、変わってるなお前」

「変人で結構。鍛冶こそがオレの生きる理由で夢そのものだ。そのためならこの命を懸ける事も惜しくないね」

 

 その後なんやかんやアスナもやってきて、やれどうして名前を知っていたのかなどと聞かれたりもした。ゲームそのものの経験が浅いように見えたがその通りだったらしい。

 そして一度解散させられたパーティーをもう一度結成した。といっても今はアスナ抜きのオレとキリトだけなのだが、縁があればまた彼女と組むこともあるだろう。

 

 なにはともあれ、これで念願の第一層の攻略完了だ。次の層ではどんな素材があるのか、今から楽しみである。

 

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