最悪のデスゲームに刀匠がログインしました   作:日彗

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第三話 圏内殺人1

 

 二〇二四年四月十一日。

 この《ソードアート・オンライン》というデスゲームが開始されておよそ一年と五ヶ月が経った。

 現在アインクラッドの攻略は五十九階層まで到達しており、攻略組のお歴々は今日も飽きずにダンジョンに潜っている事だろう。

 かくいうオレはここ最近は最前線に出る事も少なくなった。全く出ていないわけではないが鍛冶師としての仕事をメインに切り替えたのだ。

 そして今は五十九階層・主街区《ダナク》にいる。今も相変わらずコンビを組んでいるキリトに呼び出されてわざわざプレイヤーホームから出てきた。

 

「……それで、お前はここでなにをしてるんだ?」

「いやあ、今日は天気がいいから昼寝でもどうかなって」

 

 主街区転移門を囲む低い丘で、キリトは気持ちよさそうに横になりながら片手をひらひらと振っていた。

 昼寝って、まさかそんなことで呼び出したのだろうか。確かに今日は気温はぽかぽかと暖かく、柔らかな日差しが空気を満たし、そよ風はベタついてもイガラっぽくもなく、おかしな虫も発生していない。なんだこれ、奇跡的なバランスじゃないか。

 冗談みたいな話だがここまで全ての天候パラメータが好条件に揃うのは滅多にない。モンスターからユニーク武器をドロップさせる可能性の方が高いかもしれないくらいだ。

 

「……オレも疲れてるのかな。お隣失礼しますよっと」

「おー。今日みたいな日は誰かと共有したいと思ってたんだよ」

「気持ちはわかるけどさ、オレ以外だったら多分キレられてるぞ」

「だからムラマサにしか連絡してない」

「なるほどね」

 

 それにしても、横になってみると本当にすごい。毎日がこんな気象設定だったらだれも働かなくなるんじゃなかろうか。

 働くと言えば。

 

「なあキリト。最近彼女とは連絡とってるのか?」

「……彼女って?」

「いや、《血盟騎士団(KoB)》副団長、かつての同志たる閃光殿のことだよ」

「───わたしが、なにか?」

 

 穏やかな空気から一転、体の芯まで凍るような冷たい声が頭上から浴びせられる。

 正直、目を開けたくない。だって絶対に睨まれてるよこれ。

 

「……副団長殿。どうしてここに?」

「それはこっちのセリフです。攻略組のみんなが必死に迷宮区に挑んでいるのに、なんであんたらはのんびり昼寝なんてしてるのよ」

 

 かつて共にパーティーを組んで戦った栗色髪のレイピア使い。現最強ギルド《血盟騎士団》──通称KoB──の副団長にして《閃光》の異名をもつ女性プレイヤー、アスナが頭上からオレとキリトを睨みつけていた。

 そういえば最近は《攻略の鬼》なんて異名で呼ばれてるんだっけ。

 

「……今日はアインクラッドで最高の季節の、更に最高の気象設定だ。こんな日に迷宮に潜っちゃもったいない」

「あなたね、わかっているの? こうして一日無駄にした分、現実でのわたしたちの時間が失われていくのよ?」

「でも今俺たちが生きているのは、このアインクラッドだ」

 

 馬鹿正直に答えるキリトも大概だが、アスナの言い分もわからないわけじゃない。というかキリトくん、怖いもの知らずにもほどがあるよ。

 

「まあまあ、今日くらい喧嘩せずに仲良くしようぜ。ほらアスナも横になってみろって。ちょっと今日はすごいぞ」

 

 そう言ってもう一度芝生の上に寝転がる。

 この三人が一同に会するのはいつぶりだろうか。オレが最後に参加したボス攻略は五十六層だからそれ以来ということになる。

 キリトとアスナ、それぞれ別々にということであれば結構な頻度であってはいるのだ。キリトとは今もコンビを組んでダンジョンに潜ることもあるし、アスナは数日前にもKoB団長殿を引き連れてオレの家にまで顔を出しに来た。あの時は話だけ聞いて追い返したが。

 

 ………ん、なんか、妙に静かになったぞ。

 

 閉じていた瞼を上げて視線を向けると、そこには横になって寝息を立てている二人の男女が。

 

「本当に寝る奴があるか。このバカタレ共め」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後、キリトは一時間足らずで目を覚ましたのだがアスナは一向に起きる気配がない、

 分かっていたことだがよほど疲れていたのだろう。団員のレベリングや面倒を見つつ自分もトップ層の№2として強化を怠っていない。そのために普段どれだけ時間を削ってモンスターを狩っているのか。どうせ深夜帯でもお構いなしに剣を振り続けているのだろう。オレも似たような経験があるからわかる。

 とはいえ、寝てみたらなんて言ったのはオレたちの方だ。なら起きるまで付き合う責任はあるだろう。

 一応ここは《圏内》のためHPゲージを減らされる心配はない……のだが最近は《圏内》だろうが関係なしに寝ているプレイヤーの指を勝手に動かして《完全決着モード》のデュエルを申し込み、文字通り寝首を掻くという事件もあった。他にもプレイヤーを《圏外》に運んで殺すという事件も発生している。ほとほとレッドプレイヤー───犯罪を起こしたプレイヤーのカーソルはオレンジに変わり、その中でも殺人を起こした者たちの総称───の熱意には限度がない。早めに始末しておきたいのだが奴らの根城に関しては知り合いの情報屋が探っている途中だ。結果が出るまで待つしかないだろう。

 

 それからおよそ八時間。既に周りは夕焼けに染まっていた。

 もはや昼寝なんてレベルじゃない。途中で見張りをキリトに任せて昼食を買ってきたりしたが、まさかこんな長い事寝続けるとは思わなかった。

 《閃光》のアスナが小さなくしゃみと共に目を覚ます。その後数回瞬きして我々の姿を捉えると眉をひそめた。そんな顔をされる謂れはない筈なのだが。

 そしてふらふらと上体を起こし、首を右へ、左へ、もう一度オレたちへと向けるとようやく事態を理解したのか顔を真っ赤に染めた。

 

「ま……アン……どう………」

「おはよう。よく眠れた?」

 

 面白おかしい百面相を繰り広げるアスナにキリトが話しかける。するとアスナは腰に刺した剣の柄を握りしめた。

 何度も言うがここは《圏内》だ。ここに居る限りデュエル以外の手段でHPを減らすことはできない。けれどそれはそれとして彼女の怒気が恐ろしいのでオレとキリトは揃って近くの塀に身を隠した。

 だけどさすがは血盟騎士団副団長殿である。その自制心を持って腰のレイピアを抜くこともこの場から逃走することもせず歯を食いしばっていた。

 

「……………………ゴハン一回」

「「は?」」

「ゴハン、何でも幾らでも一回おごる。それでチャラ。どう」

 

 どうやらなぜオレたちが長時間ここで見張っているのかを瞬時に把握したらしい。だがこちらは命を守ったのにそのお礼が飯一回奢りとははたして釣り合っているのだろうか。

 

「感謝している割にはちょっと偉そうじゃないか?」

「ああ。恩人に対する態度か、あれ」

「なにか言ったかしら」

「「なんでもないです」」

 

 さて、おふざけはこの位にして。

 

「悪いけどオレはこの後用事があるからまたの機会にしてくれ。あ、でもキリトはどうせ暇だからぜひ連れて行ってくれ」

「お前俺を見捨てるのか!?」

「もちろん」

 

 そう言ってアスナとキリトとはそこで別れる。あの二人とはもう一年半の付き合いになるがもう少し仲良くしてもらいたいものだ。特にアスナはツンデレが激しすぎてツンギレって感じだし。デレる代わりにキレるとか、友達なくすぞあいつ。

 

「これをきっかけに仲良くなってくれないものかね。まあいいや、とっとと用事済ませてこよう」

 

 

 

 

 第五十層主街区《アルゲード》。

 別にここにオレのプレイヤーホームがあるわけでも鍜治場があるわけでもない。だがここにはオレの提携先の店を営んでいる男に会いに来たのだ。

 オレは自分で剣を打ってはいるが店を開いているわけでも、ましてギルドに入っているわけでもない。かのKoB様にギルド専属鍛冶師になれと言われた時も真っ先に断ったくらいだ。

 基本的にオレは自分のためだけに剣を鍛つ。だが満足のいかない出来の物、いわゆる失敗作なんかをオレは知り合いの雑貨屋に委託販売して貰っていた。

 

 この《アルゲード》は他のフロアと比べて店舗物件が驚くほど安い。その代わり汚かったり狭かったりするが、この混沌とした雰囲気が逆にいいという人も多い。

 問題は道が入り組んでいて一歩間違えると元来た道に戻れなくなる可能性がある事だが、最悪NPCに話しかければお金と引き換えに広場まで案内してくれる。そのお金さえないとなると───あとはもう分かるだろう。

 

「こんちはー。ムラマサでーす」

「おう、よく来たな!」

 

 目的の雑貨屋に到着して店主に声をかける。

 黒い肌と見上げるほどの巨躯で、雑貨屋兼斧戦士のエギルは笑顔を浮かべてこちらを振り返った。

 

「品在庫の方はどうだ? そろそろ無くなるころかと思って追加持ってきたけど」

「いつも悪いな。ちょうど最後のがさっき売れた所だ」

「それはよかった」

 

 その言葉を聞いてメニューを開き、目的の品々をテーブルの上にオブジェクト化させる。中には剣や刀だけではなく鎧や槍、果てはアクセサリーなどの小物も数多く作ってきた。

 数ヵ月前、突然オレのスキル欄に現れたあの《スキル》のお蔭で最近オレが打つ剣はそう易々と人に見せられない代物になってきた。そのスキルに関してもどうやって入手したのか不明。気が付いたらスキル欄に表示されており、情報屋も何も知らないということでこのスキルはエギルくらいにしか教えていない。

 

 無論、スキルで生み出した()()に関しても。

 

「だいぶ慣れてきたが、スゲェな。数もそうだが質がそこいらの生産職を越えてるぜ。これが全部失敗作なんて本物を見てないと信じられなかったな」

「とは言っても中・下層のプレイヤー向けだよ。最前線には少々心許ない性能だ」

「……いつも言ってるが自分で店を開いた方がいいんじゃないか? その方がお前にとっても───」

「こっちもいつも言ってるけど、オレは金儲けしたくて鍛冶師やってるわけじゃない。それに販売とかはその道のプロに任せた方が安心だ」

「嬉しい事言ってくれるねえ……」

 

 テーブルの上に広げたオブジェクトがエギルのストレージに収まっていく。その光景を眺めているとエギルはこれまたいつも通りのセリフを呟いた。

 

「売れたときの代金はどうする?」

「いつも通り例の場所に寄付しておいてくれ」

「金儲けが目的じゃないとはいえ、相変わらずのお人好しめ。……了解した。しっかり渡しておく」

「助かるよ」

 

 さて、これで用事も済んだことだしホームに戻って新作でも作ろうか。

 そう考えていると不意にお店の扉が開いた。

 

「すまない、今日はもう閉店なんだ」

「───相変わらずアコギな商売をしているようだな」

 

 店に入ってきたプレイヤーの声に聞き覚えがあって振り返る。そこには数時間ほど前に別れたキリトとアスナが立っていた。

 

「どうしたんだ二人とも。アスナに食事を奢ってもらうんじゃなかったっけ」

「……事情についてはメッセージで送っただろ。見てないのか?」

「あ、本当だ。全然気が付かなかった」

 

 メニューを開くと確かにそこにはキリトからのメッセージが届いていた。それも一件二件どころじゃない。なぜ返信しないのかという内容が十件近く来ている。なんだこいつ、面倒くさいメンヘラ彼女か。

 だが今更メッセージを読む気にはなれない。わざわざご足労頂いだのだからこの際直接話を聞くことにする。

 エギルに頼んで二階の部屋を借り、五十七層で起きたという事件のあらましを聞かされた。

 

「圏内でHPがゼロになった? ……ありえないだろ。本当にデュエルじゃなかったのか?」

「だれも勝利者(ウィナー)表示を発見できなかったんだ」

「直前までヨルコさんと一緒に歩いていたなら《睡眠PK》の線もないしね」

 

 ヨルコ、というのは今回の《圏内殺人》で殺されたカインズと言う男の知り合いで一緒に晩御飯を食べに来ていたらしい。

 

「ふうん、大変な事態になってるのはわかった。……で、なんでオレの所に?」

「いやこういう推理系得意だろ。ボス攻略の時もいつもまっさきに気づくし。あと《鑑定》スキル持ってるし」

 

 キリトが何やら言い訳染みたことを言っているが、ボスに関しては途中のクエストなんかにヒントが散らばっている。あとはその断片情報からのひらめきがあるかどうかだ。そしてひらめきとは運が大きく関与してくる。

 とはいえ頼られた手前断るのもどうかと思っているわけだ。さて、どうしよう。

 

「まあいいか。で、《鑑定》して欲しいのはどれだ?」

「ああ、まずこのロープなんだが……」

 

 キリトがアイテムストレージからロープを実体化させる。オレは開かれたポップアップウィンドウから《鑑定》スキルを選択した。

 

「残念ながらプレイヤーメイドじゃないな。NPCショップで売ってる汎用品の安物だ。耐久値も半分以上減ってる」

「そうだろうな。あれだけ重装備のプレイヤーをぶら下げたんだ。物凄い荷重だったはずだ」

 

 ……重装備? なんだ、カインズ氏は全身鎧(フルプレート)でも着こんでたのか? これから食事っていう時に?

 

 次に黒く輝く短槍が実体化された。これが例のカインズ氏を圏内で殺したという武器か。

 見たところ特にレアモノと言うわけでもなさそうだ。かと言ってモンスタードロップのようにも見えない。《鑑定》してみればすべてわかる事だが。

 

「おっ、こっちはプレイヤーメイドだな」

「本当か!?」

「作成者は誰だったの!?」

 

 二人の切迫した態度に、オレはシステムウィンドウを見下ろした。

 プレイヤーメイド、つまり《鍛冶》スキルを持ったプレイヤーによって作成された武器は必ずそのプレイヤーの《()》が記録される。例外もあるにはあるのだがそれは今は関係のない話だ。

 

「作成者は《グリムロック》……聞いたことないな。生産職とは大体コンタクトをとったつもりだったんだが」

 

 だがこの槍自体にはさしたる効果はないらしい。オレにはどうしてもこれで圏内殺人なんて起こせないと思うのだが。

 

「武器銘は《ギルティ―ソーン》。直訳で《罪の茨》ってところか。仰々しいことで」

「罪の……イバラ……」

 

 だが武器銘はすべてシステムがランダムに設定したものだ。だからそこに人の意思が介入することはない。この名前にも意味なんて無いようなものなのだ。

 

「それはそうと、カインズ氏が本当に死んだのか確認したのか? 黒鉄宮の《生命の碑》は?」

「いや、それはこれからだ。一緒に付いて来てくれるか?」

 

 そのくらい先に確認しておけよ、と肩を落とす。

 ……まあ、乗り掛かった舟だ。ここまで来たらとことん付き合ってやろう。

 

 

 

 第一層にある黒鉄宮の《生命の碑》にはこのSAOにログインした約一万人のプレイヤーネームが書かれている。

 そしてプレイヤーが死んだ場合、名前―の上に横線が入り、死んだ日付と時間、死因が追加されるのだ。

 オレは未だに圏内殺人を認めていない。死を偽装して転移結晶でも使ったんじゃないかと疑っている。

 キリトがカインズの《K》の辺りを、アスナがグリムロックの《G》の辺りを探している間にオレは《生命の碑》を全体的に流し読みしていた。中にはヘンテコな名前が書かれていて結構面白い。

 

(ん……《Caynz》? これも一応カインズって読めるよな)

 

 けれどキリトたちがカインズのスペルを調べたところ《Kains》だったらしい。ふむ、なんとなくだが読めて来た。

 けれど判断材料が少なすぎる。仮に愉快犯だとするならいくらなんでも手法が複雑すぎるし。ふーむ。

 

「……あった。あったぞアスナ、ムラマサ!」

 

 キリトの声が黒鉄宮に響き渡る。どうやらカインズ氏の名前を見つけたらしい。

 

「カインズは確かに死んでるな。死亡日時は四月二十二日、十八時二十七分」

「……日付も時刻も間違いないわ。今日の夕方、わたしたちがレストランを出た直後よ」

 

 オレたちはしばらくの間カインズの名前を見つめていた。

 アスナの話ではグリムロックの方は今も存命らしい。だが名前しか情報がないため探すには聞き込みするしかないのだが。

 黒鉄宮を出ると今日はここで解散となった。オレは明日も忙しく、朝から協力することが出来ないと伝えたら情報だけメッセージで飛ばすと言われた。いや別にいいけどさ。当事者なんだから自分たちで頑張れよ、とはちょっと言えなかった。

 

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