最悪のデスゲームに刀匠がログインしました   作:日彗

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第五話 圏内殺人3

 

 アインクラッドには所持アイテムとしての騎乗動物は存在しない。しかし一部の街や村にはNPCの経営する厩舎があり、そこで騎乗用の馬や牛などを借りる事が出来るのだ。

 だが乗りこなすためにはかなり高度なテクニックが要求され、また料金も馬鹿高いため使おうというものはそうそういない。

 ならばなぜ今この話をしたのかというと、現在オレたちはその馬を借りて目的地に走っているからだ。無論、さすがに値段が予想を超えていたため、一頭の馬を二人乗りする形になっているのだが。

 

「───見えたっ!」

 

 どどどっ、どどどっ、というリズミカルなビートを鳴り響かせて走っていた馬は数度の跳躍で丘の頂上まで上り詰めると、後ろ脚だけで立ち上がり、鼻面から白く燃える噴気を激しく漏らした。だがその拍子で手綱を握っていたキリトの身体が後ろに流れ、支えきることも敵わず重力に従って地面に尻餅をついた。

 

「いってぇ……、もう少し丁寧に扱えこの馬鹿っ!」

「いやあ、悪い悪い」

 

 まったく悪びれた様子のないキリトをどかして立ち上がり、周囲でこちらを観察している面子を確認する。

 シュミットはどうやら麻痺毒を喰らったらしく、地べたに這い蹲ってはいるが特にダメージを負った様子はない。ヨルコ、カインズに関しても同様だ。

 その後、彼等を襲おうとしていた三人組を視界に入れる。この展開を想定していなかったわけではないが、よもやこれほどの大物が揃って現れるとは思わなかった。

 

「なにはともあれ、一応間に合ったみたいだな」

「あの馬もなかなか悪くないだろ? 代金はDDAの経費にしてくれよな」

 

 キリトの言葉にひとつ頷く。価格が高く、今まで試したことはなかったが確かに悪くなかった。今度もう一度乗ってみよう。

 

「それはともかく───久しぶりだな、PoH。相変わらずオレの行く先々に現れやがって。鬱陶しいぞ」

「チッ、《剣聖》……!」

 

 三人組の一人、黒ポンチョを着た中華包丁のような大型ダガーを持つ男を睨みつける。

 殺人ギルド、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。

 このデスゲームと化したSAOで積極的にプレイヤーを殺して回る過激集団。その中でもトップクラスの危険人物であり、彼らを纏め上げているのが目の前の男、《PoH》である。

 残りの二人も《ラフィン・コフィン》の幹部である刺剣(エストック)使い《赤眼のザザ》と毒使い《ジョニー・ブラック》で間違いないだろう。

 

「たかが三人殺すのに幹部が勢揃いとは、ずいぶんと大盤振る舞いじゃないか。なあ?」

「ンの野郎……! 余裕かましてんじゃねーぞ! 状況解ってんのか!」

 

 ブン、と恐らくシュミットに使ったのであろう毒ナイフを振り回すジョニー・ブラックに軽く視線を向けると、小さく息を吐いた。

 

「お前達の方こそ状況をわかってないんじゃないのか。今目の前にいるのはこのアインクラッドの最前線を走っている攻略組だぞ。それにもうすぐアスナが援軍を連れてここに来る。そうなればお前達は逃げる暇もなく牢獄行きだ」

「………Suck」

 

 フードの奥で短く罵り声を発したPoHが舌打ちするのが聞こえた。

 やがて左手の指を鳴らすと、配下二人がざざっと数メートル退く。

 PoHは右手の包丁を持ち上げ、まっすぐこちらを指し、低く吐き捨てた。

 

「……《黒の剣士》、《剣聖》。貴様らだけは、いつか必ず地面に這わせてやる。大事なお仲間の血の海でごろごろ無様に転げさせてやるから、期待しといてくれよ」

「うるせぇ、こっちの気が変わらないうちにさっさと消えろ。つか《剣聖》って呼ぶな。オレは鍛冶師だ」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……索敵スキルの効果範囲から反応が消えた。ひとまずは安心だな」

「了解。……それで、初めましてでいいかな、ヨルコさん、カインズさん」

 

 アスナに『ラフコフは逃げた』というメッセージを送ってから後ろで佇んでいる二人に声をかける。シュミットの方も麻痺毒の継続時間が終わったのか全身鎧を鳴らして上体を起こした。

 

「……キリト、ムラマサ。助けてくれた礼は言うが……なんで判ったんだ。あの三人がここを襲ってくることが」

「───判るわけあるか。PoHの馬鹿が来てたのは完全に予想外だ。ヨルコさん達がいなかったらこの場で拘束したかったんだけど……」

 

 奴等『ラフィン・コフィン』には過去に何度も邪魔をされたことがある。お得意様を殺されたことだって一度ではない。クエスト進行中に邪魔されたときは本気で殺意が湧き、殺し合いになることもざらだった。

 

「いや、そんなことよりもだ。今回ヨルコさんたちが《圏内殺人》に見せかけた事件を起こした動機、《指輪事件》の本当の黒幕についてなんだが」

 

 オレよりも彼らと関りのあるキリトが代わりに《指輪事件》の真相について説明を施す。それを最後まで聞き届けたシュミットは何も言おうとせず、虚ろに宙を見つめるのみだった。

 魂が抜けたような表情は、ヨルコとカインズの顔にも存在した。

 

「そんな……嘘です、そんなことが! あの二人はいつも一緒でした……グリムロックさんは、いつだってリーダーの後ろでにこにこしてて……それに、そうです、あの人が真犯人だっていうなら、なんで私達の計画に協力してくれたんですか!? あの人が武器を作ってくれなければ、私たちは何もできませんでした。《指輪事件》が掘り返されることもなかったはずです。違いますか?」

「違うな。だってあなた達はその計画をグリムロック本人に全部説明しているんだろう?」

 

 オレの問いに、一瞬口をつぐんでから、ヨルコは小さくうなずいた。

 

「つまりグリムロックは計画がすべて成功した場合、最後はどうなるのか知っていたんだ。ならばそれを利用して今度こそ《指輪事件》を永久に闇に葬ることは可能だ。幸いここは人があまり寄り付かない場所で、圏外だ。まとめて消してしまうには都合がいい」

「……そうか。だから……だから、あの三人が……」

 

 うつろな表情でシュミットが呟く。

 恐らくグリセルダの殺害実行を依頼した時からパイプはあったのだ。まさかそれが『ラフィン・コフィン』のような大型派閥だとは思わなかったが。だがDDAの幹部なんて大物が相手なら納得はできる。

 

「……そんな……グリムロックさんが……私たちを殺そうと……? でも……なんで……? そもそも……なんで結婚相手を殺してまで、指輪を奪わなきゃならなかったんですか……………?」

()()()。オレもその動機だけが分からない。オレは話を聞いただけで実際に居合わせたわけじゃないが、ヨルコさんたちの話が事実なら犯人は間違いなくグリムロックだ。だがあまり言いたくはないが例の指輪は殺してまで欲しい物とは思えない。ならばグリムロックの目的は指輪を奪うことではなく、()()()()()()()()()()()()だったと考える方がしっくりくる」

「そんなっ! だってグリムロックさんとグリセルダさんはあんなに………!」

「まあ詳しい事は本人に聞いた方がいいだろう。……ちょうど来たみたいだ」

 

 二つの足音が近づいてくるのが聞こえる。

 まず目に入ったのは白と赤の騎士服を着た女性、《閃光》のアスナ。

 そしてもう一人。ゆったりとした革製の服を着た長身の眼鏡をかけた男性だった。事前にアスナにはこの周辺を探るよう指示を出していたのだ。つまりこの男こそが。

 

「グリムロック……さん」

「やあ……、久しぶりだね、皆」

 

 グリセルダを殺した真犯人にして、今回シュミットたちを殺すようラフコフに依頼したであろう黒幕。元《黄金林檎》サブリーダーのグリムロックだ。

 

「……まず言わせてほしいのだが、私はただ、事の顛末を見届ける責任があろうと思ってこの場所に向かっていただけだよ。そこの怖いお姉さんの脅迫に素直に従ったのも、誤解を正したかったからだ」

「なるほど」

 

 微笑を滲ませたままの唇を動かす。

 正直、まだ言い逃れしようとするのかとちょっとだけ驚いた。確かに彼がPoHたちに情報を流したという証拠はない。それに怖いお姉さん(笑)が目の前にいる以上、その可能性にも一考の余地があるかもしれない。

 

「嘘だわ!」

 

 だが鋭く反駁したのはアスナだった。

 

「あなた、ブッシュの中で隠蔽(ハイディング)してたじゃない。わたしに看破されなければ動く気もなかったはずよ」

「仕方がないでしょう、私はしがない鍛冶屋だよ。この通り丸腰なのに、あの恐ろしいオレンジたちの前に飛び出していかなかったからと言って責められねばならないのかな?」

「うむ、正論だ」

「どこがよ!」

 

 両手を軽く広げ、穏やかに言い返すグリムロックに思わず頷いてしまった。それが気に食わなかったのかアスナから怒号が届くが、致し方なし。アスナは時々感情に流されることがあるが、人をまとめ上げ指揮する立場の者がそれでいいのかと不安も感じる。

 

「でも、去年の秋の、ギルド《黄金林檎》解散の原因となった《指輪事件》……これには必ずあんたが関わっている、いや主導している。なぜなら、グリセルダさんを殺したのが誰であれ、指輪は彼女とストレージを共有していたあんたの手元に絶対に残ったはずだからだ。あんたはその事実を明らかにせず、指輪を秘かに換金して、半額をシュミットに渡した。これは、犯人にしか取り得ない行動だ。ゆえに、あんたが今回の《圏内殺人》に関わった動機もただ一つ……関係者の口を塞ぎ過去を闇に葬ることだ、ということになる。違うかい?」

 

 キリトが口を閉じると、濃い沈黙が荒野の丘に生まれた。

 やがてグリムロックの口許が奇妙な形に歪み、わずかに温度を下げた印象のある声が流れた。

 

「なるほど、面白い推理だね、探偵くん。……でも残念ながら、ひとつだけ穴がある。確かに、私とグリセルダのストレージは共有化されていた。だから彼女が殺されたとき、そのストレージに存在していた全アイテムは私の手元に残った……という推論は正しい。しかし」

 

 丸眼鏡の奥から鋭い視線をこちらに向けて、抑揚のない声で続きを口にした。

 

「もしあの指輪がストレージに格納されていなかったとしたら? つまり、オブジェクト化され、グリセルダの指に装備されていたとしたら……?」

「あっ………」

 

 アスナが微かに声を漏らした。

 アブジェクト化されたアイテムは、それを装備するプレイヤーがモンスターまたはほかのプレイヤーの殺されたとき、無条件でその場にドロップする。つまりグリセルダが殺されたとき、例の指輪を装備していたのならばそれはグリムロックのストレージに転送されないと言いたいのだ。

 

「……グリセルダはスピードタイプの剣士だった。あの指輪に与えられた凄まじい敏捷力補正を、売却する前に少しだけ体感してみたかったとしても、不思議はないだろう? いいかな、彼女が殺されたとき、確かに彼女との共有ストレージに格納されたアイテムは全て私の手元に残った。しかしそこに、あの指輪は存在しなかった。そういうことだ、探偵くん」

「───ところでヨルコさん。少しお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」

 

 手を叩いて、オレはヨルコへと向かい合う。

 周りは皆、オレの突飛な行動に唖然としているが知ったことではない。グリムロックの指摘はオレも予想していたことだ。だからこそ反論するための材料を確保する必要があった。

 微笑を浮かべて呆然としているヨルコに問いかける。

 

「いえ、大したことではないんですけどね? ただお墓を作る時にその人の遺品を埋めることもあるのでグリセルダさんの時はどだったのかなって」

「っ! そうよ、そうだわ! だったらグリセルダさんが指輪を装備していたはずがないのよ!」

 

 言うが否やヨルコは振り向き、すぐ傍に会った小さな墓標の裏に跪くと、素手で上を掻き始めた。その場の全員が無言で見つめる中、やがて立ち上がったヨルコは右手に乗った物をこちらに差し出す。それは四方十センチほどの銀色に光る小さな箱だった。

 

「《永久保存トリンケット》……!」

 

 アスナが小さく叫んだ通り、ヨルコの持つそれはマスタークラスの細工師だけが作成できる《耐久値無限》の保存箱。中に入れたものはたとえフィールドに放置しても耐久値の自然現象によって消滅することは絶対にない。

 オレは受け取った銀の小箱の蓋を持ち上げる。

 中をのぞくと、そこには予想通り二つの指輪がきらりと輝いていた。

 

「……リーダーを殺した実行犯は、殺害現場となったフィールドに、無価値と判断したアイテムをそのまま放置していった。それを発見したプレイヤーが幸いリーダーの名前を知っていて、遺品をギルドホームに届けてくれたんです」

 

 軽く目を伏せ、銀製のやや大型の指輪をヨルコは取り上げた。平らになっている天頂部に、リンゴの彫刻が施してある。

 

「これは、リーダーがいつも右手の中指に装備していた《黄金林檎》の印章(ジギル)。同じものを私もまだ持っているから比べればすぐわかるわ」

 

 それを戻し、次にもう一方───黄金に煌めく細身のリングをそっと取り出す。

 

「そしてこれは───これは、彼女がいつだって左手の薬指に嵌めてた、あなたとの結婚指輪よ、グリムロック! 内側にしっかりとあなたの名前も刻んであるわ!」

「なるほどなるほど。つまりここにその二つの指輪があるという事は、グリセルダさんが殺されたその瞬間、両手にはこれらが装備してあったという証拠になるわけだ。何せSAOのシステム上、装備できる指輪は右手と左手に一つずつ。両方が埋まっている状態で新たな指輪を装備することはできない。───となるとグリセルダさんが殺されたとき、例の指輪はやはりストレージに納まっており、殺された瞬間あなたのストレージに転送されたということになるのだが、なにか反論はありますか? グリムロックさん」

 

 にっこりと笑みを浮かべて問いかける。無論、何も面白くなんかないのだが、脅す時は笑顔の方がより怖く見えると聞いたことがある為実践してみた。

 しばらく、口を開こうとする者はいなかった。長身の鍛冶屋は、口許を小さく歪ませたまま凍りついている。

 

「その指輪……。たしか葬式の日、君は私に聞いたね、ヨルコ。グリセルダの結婚指輪を持っていたいか、と。そして私は、剣と同じく消えるに任せてくれと答えた。あの時……欲しいと言ってさえいれば……」

 

 深く俯き、帽子の広い鍔に顔を隠したグリムロックは、長身を支えていた糸が切れたかのようにその場に膝をついた。

 

「……グリムロックさん。どうしてグリセルダさんを殺したんだ?」

「ふっ……君はもう、わかっているんじゃないかな、探偵くん……」

 

 グリムロックの瞳がこちらを捉える。その視線から目を逸らさず、オレは言葉を紡いだ。

 

「……トリックが解けた後もずっと、グリセルダさんを殺した動機だけが分からなかった。話を聞く限り、あんたは指輪を手に入れるためだけに行動するような人には思えなかったからだ。かといって本当の動機を察するにはオレはあんたを知らなすぎる。───けれどこうして話していてわかった。あんたは指輪を奪ってお金にするためにグリセルダさんを殺したんじゃない」

「ど、どういうことだムラマサ……?」

 

 疑念の声を上げるキリトに軽く視線を向けて、再度グリムロックの方へと戻す。

 と、膝立ちのまま、グリムロックが掠れた声でく、く、と笑うとメニューウィンドウからオブジェクト化された大きめの革袋を取り出した。

 

「これは、あの指輪を処分した金の半分だ。金貨一枚だって減っちゃいない」

「え………?」

 

 戸惑ったように眉を寄せるヨルコを見上げるグリムロック。

 

「あんたがグリセルダさんを殺した動機はさしずめ、このデスゲームで『変わって』いく奥さんが耐えられなかったって所だろ。ヨルコさんの話だとグリセルダさんは『強くて勇敢なリーダー』だったという。そんな『強い』人へと変わっていく事実に耐えられず、ならばこの合法的殺人が可能なSAOにいる間に思い出の中に封じ込めてしまいたい。そんな醜く歪んだ理由であんたは自分の奥さんを殺した。違うか?」

 

 前合わせの長衣の肩が小刻みに震える。それが自嘲の笑いなのか喪失の悲嘆なのかは知らないが、ゆるりと顔を上げてグリムロックは囁いた。

 

「そんな理由? 違うな、十分すぎる理由だ。君にもいつか解る、探偵くん。愛情を手に入れ、それが失われようとしたときにね」

「笑わせるな。それは『愛情』ではなく『所有欲』だ。本当に愛しているというのなら、あんたは命尽きるその瞬間までグリセルダさんの隣に立ち続けなければならなかった。勝手に失望して勝手にその座を降りたのはあんたの方だろ。どれだけ高尚な理由を述べようが、結局あんたはグリセルダさんを本当の意味で愛せていなかった。それだけだ」

 

 そう冷たく吐き捨てる。

 オレは確かにグリムロックの動機を言い当てた。だがそれに理解を示したわけでも、納得したわけでもない。ただ話している中で『グリムロック』という男はそういうくだらない理由で人を殺しそうだと感じただけだ。

 心底くだらない。

 

 再び訪れた静寂を、これまでひたすら黙り込んでいたシュミットが破る。

 

「……この男の処遇は、俺たちに任せてもらえないか。もちろん、私刑にかけたりはしない。しかし罪は必ず償わせる」

 

 その落ち着いた声に、数刻前までの怯え切った響きはもうない。

 事件の真相が判明し、黒幕がこうして掴まった以上、完全に部外者であるオレが出る幕はない。

 無言で頷き返すと、シュミットはグリムロックの腕を掴んで立たせた。がくりと項垂れる鍛冶屋をしっかりと確保し、「世話になったな」と短く言い残して丘を降りていく。

 その後にヨルコ、カインズもこちらに深く一礼すると後に続いて消えていった。

 

「……よし、これで二人からの依頼は完了でいいよな」

「ああ、助かったよ。……ところで、よくグリセルダさんの指輪が埋まってるって気付いたな」

 

 肩の荷が下りたこともあって「うーんっ」と伸びをしているとキリトが先ほどの件について聞いて来た。

 その横ではアスナも同じことを聞きたかったのか、うんうんとしきりに頷いている。

 

「……別に、キリトたちの話を聞いて『ヨルコ』さんという人はそういう事をしそうだなって思っただけだ。確信はなかった」

「そうなの!?」

「当たり前だろう。オレは別にエスパーでもなんでもないんだぞ」

 

 「それよりも腹が減ったからなんか食べに行こう」と言って二人の背中を押す。『ごはん一回奢り』の話を忘れたわけではない。

 揃って主街区に向かって歩く中、ふと後ろを振り返ると少し離れた古樹の根元にぽつんと立つ、半ば透き通る一人の女性プレイヤーの姿があった。

 デジタルデータで構成されたこの世界で、そのような意味不明な現象など起こるはずもないのだが、それでは目の前の現象の説明ができない。

 否、これがたとえ幻覚の類だったとしても、見なかった振りをするにはその女性の瞳には目を離せない強い光があった。

 

「……安心してください。あなたの意思は、確かに引き継がれている。このゲームは必ず、オレたちの手で終わらせますよ」

 

 距離的にこちらの声は届いていない筈だが、彼女は確かに微笑み、次の瞬間にはそこにはもう誰もいなかった。

 

「おーい、ムラマサー! 今日のお礼に何か奢るぞー?」

「早く行かないとお店閉っちゃうわよー!」

 

 少し離れた所でキリトとアスナがこちらに手を振っている。というかNPCのお店は24時間営業のはずなのだが。

 

「今行くよー!」

 

 大声で返事をすると駆け足で合流する。

 とりあえず、この二人がグリムロックのようにならないことを祈る。今は違うとしても、いつか彼らも先のグリムロックのように手に入れた愛が失われるのを恐れ、道を踏み外さないとも言い切れない。

 

 何せ、『愛ほど歪んだ呪いはない』のだから。

 




なんで《圏内殺人》を挟んだのかよく覚えてませんけど、とりあえずパッパッと終わらせました。
次回はオリジナル話になります。時系列的にはSAO開始から一年、《圏内殺人》の五カ月前の予定です。
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