デスゲーム開始からおよそ一年ほどが経った頃、オレことムラマサは一度前線から離れて第10層千蛇城下町、滝見の渓谷に来ていた。
10層といえば和がモチーフになっているフロアで、出てくるモンスターや街並みも日本風になっている。特にモンスターは人型で刀を使ってくるものが多い。
今となっては懐かしい。あの頃は奴らの武器を手に入れるためにひたすら狩り続けていたものだ。刀はまったくドロップしなかったけど。
当時はカタナスキルの取得法もわかっておらず、泣く泣く次の層へと進んだ。結局カタナスキルを手に入れたのは20層到達直前のことだった。
それはともかく、何故今になってこんな下層に来たのかというと、情報屋の《鼠》ことアルゴからとある情報を入手したためだ。
曰く、かつて《剣聖》と呼ばれていた大剣豪の持つ国宝級大業物がこの地に眠る、とかなんとか言っているNPCが上層にいたとか。
その大業物がどういう物かまでは分からないらしいが、《剣聖》と呼ばれる剣豪についてはオレも聞いたことがある。この階層のNPCからも断片的だかそういう噂を聞いた。
話に聞くとその《剣聖》は、千の魔物を一人で討ち倒し、振るう刃は山を断ち大地を引き裂き海を割ったという。それを聞くと絶対人間じゃないと思うのだが、どうやら《剣聖》殿は紛う事なき人間だったとの事だ。解せぬ。
「ていうか、前情報が少なすぎるよな……。ただでさえ広いこのフロアを片っ端から探すのは流石に嫌だし……」
こんなことならキリトあたりでも連れてくればよかったと、赤く紅葉した草木を眺めながら考える。
このフロアはいつ来ても紅葉している。季節設定が秋で固定されているのだろうか。景色が綺麗だから別に気にしないが。
そもそも大業物だろうがなんだろうが、オレは基本的にモンスタードロップなどで手に入るユニーク武器の類は嫌いだ。あれらはサーバーに一つしかなく、プレイヤーの手による作成、再現ができない。そんな再現性もなにもない武器などオレたち鍛冶屋からしたら邪道以外の何物でもないのだ。剣というのは造る過程が大切なのだよキミィ。
ではなぜ今回、オレはそんな武器を求めてここまで来たのか。まあぶっちゃけ溶かしてインゴットにして新しい武器の素材にでもしてやろうかと思った次第であります。
「けどこれじゃあ時間の無駄だったかな」
適当な所に座って滝を眺める。この階層のモンスターだと片手間に倒せるから危険は少ない。仮に攻撃されたとしても
そんなことをぼーっと考えていると背後遠方からドドドドドッと地響きが聞こえてきた。何事かと振り向くと大量の犬型モンスター《ホワイトガーディアンドッグ》がこちら目掛けて一直線に走ってくるではないか。
「………仕方がない。やるか」
重い腰を起こして腰に挿した刀、《古月》を引きぬくと腰のあたりで溜めを作る。
赤いライトエフェクトが刀を覆い、それを解き放つようにソードスキルを発動させた。
─── カタナ全方位範囲重斬撃技、《
かつてコボルドロードが使っていたものと同じソードスキルを発動して目の前に迫る白犬の群れを一瞬で蹴散らしていく。レベル差もあってか、何の抵抗もなくポリゴン片へと姿を変えていくのを確認して刀を鞘に納めた。
「よし。一丁あが───────りぃぃぃぃいいいいいッッッ!?」
だがその瞬間、先ほどまでなんともなかったはずの足場が崩れ、体は重量に従って落下していく。
何とかしないと、とあたふたするが、手の届く範囲には何も掴めるようなものがない。崖が急速に遠くなり、やがて見えなくなったのを境にオレは死を覚悟した。
だがオレの身体は地面に叩きつけられることなく、フィールドに設置されている数ある木の内の一つに落下したことでダメージは最小限で済んだ。
「───スゥーーー、死ぬかと思った」
現在の装備は軽さ重視のため、割と本気で死を覚悟していたのだが幸いHPはイエローに入る手前で止まっていた。この程度ならポーションを使えばすぐに回復できる。
自身の状態を確認し終えると上を見上げて眉を顰める。
ここは本来侵入不可のエリア外のはずだ。だが実際に今、オレはその領域に足を踏み入れている。マップを確認しても自分の現在地が映し出されない。これは少し困った。
「元の通路に戻るにはこの崖を登るか………さすがに面倒くさいな、この高さ。となると歩いて戻れる道を探すしかないが、マップが意味をなさない以上、マッピングもできず迷ってしまう可能性も高い」
試しにフレンド登録をしている何名かにメッセージを送ろうとしたが、やはり送る事が出来ない。ということはここはもしかしたらダンジョン扱いになっている可能性がある。
誰も知らない未知のダンジョン。冒険心がくすぐられるがマッピングもできないのではやはりどうしようもない。
「諦めて上に戻る道を探すか……」
結局それ以外にないと、オレは目の前に連なる森に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
「──────────────」
森を歩くこと一時間、右往左往しながらも彷徨っていると突然開けた場所に出た。
そしてそこには着流しに笠を被った長身の男性が立ち尽くしていた。
急にこんな光景をみたら顎が外れそうにもなるだろう。実際に顎が外れることはないが、驚きすぎて開いた口が収まらない。
『……此処へ、何用で参られた』
「………ッ!」
ここはすべてが電子データで構成されたゲームの中。故にこのSAO内では所謂『殺気』という奴は感じられない。それでも稀に誰かに見られているような視線を感じることや、相手の注意が向いている方向を感じ取ることはある。
だけどこれは違う。声に乗って届く圧倒的なまでの圧力。万象を両断せんとする剣気。今まで戦ってきたどのプレイヤー、モンスターからもこれほどの威圧感を味わったことはない。
思わず後ろに下がりつつ、腰の刀に手を伸ばしす。目の前の男はこちらを攻撃する気はないようだが、今は現状を把握する時間が欲しい。
まずはカーソルを確認する。色はモンスターを表す赤ではない。ということはNPCか。だがこんな圧力を放つNPCがいてたまるか。
次に武装を確認する。服は着流しに白の羽織、頭には笠。着流しは所々ほつれている様にも見えるが、羽織はかなりの上物だろう。
最後に一際目を惹くのが、腰に背負う純白の大太刀。
柄も鞘も何もかもが穢れを知らない純白。鍔は星型になっており、その刀身だけで男の身長と並ぶサイズ。柄も含めると2mを越えるであろうそのサイズは、現在確認されている『剣』カテゴリーの中でもダントツでトップだ。その纏う神聖な雰囲気から、オレが見てきたどの武器よりも上位に位置する物だとも推測が出来る。
ひょっとするとアレがアルゴの言っていた『国宝級大業物』。だとすると目の前の男の正体は───
「───失礼した。オレは旅をしているムラマサという者だ。訳あって上に登る道を探し、森を彷徨っていた所、あなたのいるこの地に迷い込んでしまった。許して欲しい」
刀から手を離して深く頭を下げる。それに対して相手は何も反応した気配がない。
「……ところで、あなたの持つその大太刀。かなりの業物とお見受けするが、あなたが噂の《剣聖》殿で相違ないだろうか」
『……フッ。確かに、儂のことをそのように呼んでいた者もいたな』
どこか昔を懐かしむように遠くを眺める男性───噂に名高い《剣聖》は小さく笑うとこちらへと顔を向けた。
『いかにも。我が名は《ノブツナ》。《イセノカミ・ノブツナ》である。汝らの言うところの《彼岸の剣聖》で相違なかろう』
男性の名乗りに、再び息を呑む。
イセノカミ・ノブツナ。元ネタは恐らく日本史上最高の剣士と名高い、
そんな偉人の名前を易々使うんじゃないと、このゲームを開発した茅場晶彦に怒鳴りたい気持ちを必死に押さえる。というか《彼岸の剣聖》ってなんだ。異名変わってんじゃないか。
確かNPCの話によると、《剣聖》が生きていたのはこのアインクラッドが地続きだったころ。《大地切断》が起こる前という話だったはず。なぜ今も生きて、このアインクラッドの地にいるのかまったくわからない。
頭痛を堪える様に手を額に当てる。数秒を擁した後、オレは再び《剣聖》に問いかけた。
「えっと、それでですね……上に戻る道を探してるんですけど………」
『……………………』
「……あの、ノブツナさん?」
急に反応がなくなったノブツナに近寄る。バグだろうか。
だが一歩を踏み出したタイミングで、ノブツナは純白の大太刀を鞘事引き抜いた。
『───この地にて待つこと幾星霜。儂はただ、まだ相対せぬ強者との出会いを待ち望んでいた』
突然語りだした《剣聖》に冷や汗が垂れたように錯覚する。
なんだか嫌な予感がするのだが、こちらを見据えるその視線にオレは釘付けになっていた。
『数多の研鑽を積み、幾千の敵と刃を交え、ついに我が剣は《完成》へと至り、儂は儂の求める『最強』へと成った。……だがまだ足りぬ。この身は、この魂は、いまなお更なる高みを渇望している』
そう言って彼は、鞘に納められたままの白刀をこちらへと向けた。
『故に構えよ、旅の剣士。汝の刃がどれほどのものか、この儂自ら推し量ろう』
その言葉とともに目の前にクエストを開始するか否かを問うウィンドウが開いた。
……待ってくれ。クエスト名が『終局に至る、剣の鼓動』というのは別にどうでもいいが、報酬のコル、経験値、アイテムが何も書かれていなければクエスト達成条件すら書かれていない。どうやったら完了になるのか分からないものを受注する馬鹿なんているわけないだろう。馬鹿か。
(だけど……)
目の前の、こちらをジッと見つめるNPCに視線を向ける。このクエストの情報を持ちかえればアルゴに高く売りつけられるかもしれない。
仕方がない。物は試しにやってみますか。
『……うむ。では早速だが汝の実力を確かめさせてもらう。無論、手加減はするが────死ぬなよ』
「………ッ!」
予備動作の殆どない横薙ぎがオレの右側面を襲う。スピードはなんとか眼で追える。オレは咄嗟に引き抜いた《古月》を白刀との間に挟み込んだ。
「がっ………!?」
だがノブツナの振るった白刀はオレの刀に触れることなく、無防備になっていた左側面を強打した。
(フェイントッ……! NPCが!?)
僅かに減少したHPを視界に収めつつ、今何が起きたのかを瞬時に理解する。
一撃目、オレの右側面を狙ってと思われる横薙ぎはオレのガードを引き出すための囮。本命はそれにつられて無防備になる左側面への攻撃だった。
刀が鞘に納められたままだったからこの程度のダメージで済んだが、下手すれば今のでイエローゲージまで持っていかれていたかもしれない。
というかいきなり戦闘が始まったが、このノブツナという男、HPゲージが見当たらない。なんだそれは。無敵か。
いや、これがクエストである以上なんらかの条件があるはず。可能性が高いものとしては指定回数の攻撃を与える、もしくは指定した時間生き延びるって所だろうが。
『休むのはまだ早いぞ』
瞬時に目の前にまで迫る斬撃を咄嗟にいなす。ここまでの数撃で分かった事がいくつかある。
まず一つ。オレは今、かなり手加減されている。刀を抜いていないこともそうだが、力も速度も明らかに本気ではない。おそらくオレのレベルに合わせて調節しているのだ。
二つ。それでもなお、ここまで押されているのは単純な話、『技術』がオレと彼とでは天地ほどの差があるからだ。単純な剣術だけの話ではない。音もなく瞬時に間合いを詰める歩法。さりげなく入れられる視線の誘導。純粋な読み合いでさえこちらの先の先の先まで読まれている。否、これはオレの行動が
絶え間なく続く連撃は一撃一撃の重さはそこまでではない。ソードスキルを発動していないことが大きいだろう。だがソードスキルを使ってこないということは《技後硬直》がないということだ。
天女の衣には縫い目がないという。そこから生まれた諺が『天衣無縫』。彼の剣戟はまさしく『無縫』の境地に至っている。
反撃する暇を与えない。常に攻勢は向こうであり、こちらは強制的に守勢に回らせられている。無理にでも攻めようとすれば反撃を喰らって終わりだろう。かと言って隙を作るには彼の隙が無さ過ぎる。
『無縫』の攻撃が『無限』に続く。反撃を許さぬその術理はまさに『無双』であり『無敵』と呼ぶにふさわしい。
せめて次の攻撃を読めれば多少は何とかなるかもしれないが、あまりにも選択肢が多すぎる。ソードスキルとは違い決まった型がなく、あらゆる攻撃に繋がる『無形』が常に『次』を考えた斬撃、姿勢、間合いへと繋がり、選択肢を『無限』たらしめていた。
「く………っ」
HPが残り二割を切る。それでもノブツナの剣舞は止まらない。このままでは本当にHPは底を尽き、オレは死ぬ。
「ッ………アアアッ!!」
だったら。だったらせめて一矢報いて死んでやろう。よもやこんな下の階層にこのような化物がいるとは想定外。されど目の前で繰り広げられる技の数々は間違いなく、極めに極めた先にある境地。至高の領域。剣の極致。
道は違えど、同じく一つの頂を目指す者として、この剣の前に敗れるのならば悔いはない。
「アアアアアッッ!!」
気合一閃。白刀による打撃を喰らいながらも我武者羅に、不格好に剣を振り抜いた。
オレの振るった《古月》はノブツナを斬ることは叶わなかったが、右腕から僅かに赤いダメージエフェクトが出ていた。決死の一撃は文字通りかすり傷しか負わせられなかったらしい。
勢いそのままに倒れ込む。後一撃でも喰らえばオレは死ぬだろう。
(ああ~、クソ。NPCが持ってていい技量じゃないだろ……)
ゲームシステムうんぬんじゃない。超一流の天才がそれだけに長い年月をかけないと至れない領域。そんなものどうやって再現したんだ。リアルにだってこんな化物みたいな人いないはずだ。
身体能力などは手加減してくれていたのにその術理だけで叩きのめされた。実はマジモンの上泉信綱だって言われた方が納得ができるくらいだ。
まだ目的を一つも達せられていない。まだ打ったことのない武器だってわんさかある。もっと鍛冶がしたかった。
せめて他のプレイヤーがここに迷い込まないよう注意を促したいが、メッセージも届かない以上どうしようもない。
……都牟刈、打ちたかったなぁ。
足音が近づいてくる。オレに止めを刺しにきたのだろう。さっきの一撃でオレのHPはもう瀕死だ。
『……最後の一撃、見事なり。それを抜きとしても、我が連撃をよくぞ防ぎ続けた。見上げた根性、集中力、観察眼…………ここで亡くすには惜しい才能だ』
そう呟いてオレの傍らに膝をつき、《彼岸の剣聖》イセノカミ・ノブツナはこう言った。
『小僧───名を、ムラマサと言ったか。汝、儂の下で我が剣を継ぐ気はあるか』
「………………………………………………………………え?」
あれ、これってもしかして修行クエストですか?