お助け大将はダメトレーナーを拾ったようです   作:ブルーペッパー

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 ちょっと長め。でもキリの良いところまで書いたらこうなりました。



3話 赤熱 ─ 振り払って

 もうトレーナーとしての情熱は枯れ果てた。そのはずだ。そう思っていた。

「脚だけで走るな。腕の振り、肩、重心を意識しろ」

「はい!」

「考え無しに頭を揺らさない。歩法が乱れる」

「はいぃ!」

「中距離以上はラップタイムが重要だ。常に頭の中で時計を意識しろ。次の三ハロン、15、13、15で回ってみろ」

「とけいーー!」

「走りながら思考する力も鍛えるぞ。そのまま百から七を引いた数字を言っていけ」

「93、86、79、72、ええっと……66ーー!」

 なのに、どうして真面目にキタサンブラック(こいつ)を指導してるんだ? 断り切れなかったとしてもテキトーに見ればいいだろう。どうせ次の模擬レースまでの付き合いだ。

 真剣になる必要などない。

「今日の朝練ここまでだ。クールダウンに入れ」

「え? 私、まだまだやれますよ」

「放課後のトレーニングもある。疲労ってのは後からくるもんだ。夕方なんともなかったら強度上げてやる」

「本当ですか!? 約束ですよ!」

 乾いていたスポンジに水をかけたように、キタサンブラックは成長していくのを楽しんでいるのか俺は?

 胸の奥で燻るものなど、とうに失せたはずなのに。

 

 そんな日々が過ぎていく───。

 

 

 ◆

 

 

「今日のお昼はカツカレー♪ ふふっふ〜ん。あ、ダイヤちゃん!」

「キタちゃん、ここ空いてたよ」

「ありがとう!」

 お昼時、混み合うカフェテリアでキタサンブラックは親友のサトノダイヤモンドと昼食をともにしていた。

 キタサンブラックは朝のトレーニングで消費した分を補充するように副菜汁物にデザートもついてカロリー多め。サトノダイヤモンドは量は少ないが副菜の種類が多様で栄養素のバランス重視だった。

「キタちゃんまた食べる量増えたね」

「え、そうかな? うーん成長期? それともトレーニングのおかげかな!」

「トレーニング……」

 サトノダイヤモンドの食べる手が止まる。

「ねえキタちゃん。あのトレーナーさんとは、担当契約したの?」

「へ?」

 スプーン片手に間抜けな声が出た。同時にキタサンブラックの頭上に疑問符が浮かぶ。

 あのトレーナー、とはキタサンブラックが思い浮かべる件の男性トレーナーのことだろう。

「契約はしてないけど……ダイヤちゃんに話したっけ、トレーニング見てもらってるって」

「聞いてないけどわかるよ。朝も放課後も一緒にいるんだもん」

「そ、そっか……トレーナーさんとは来月の模擬レースまで指導してもらう約束なんだ」

「その後は?」

「その後はー……どうしよ?」

 正直考えていなかった。このまま正式にトレーナーになってくれるならありがたい。でも今は模擬レースに勝つことが優先だった。

「その……ね。キタちゃんはあのトレーナーさんのこと気に入っているのかもしれないけれど」

 サトノダイヤモンドが口ごもる。珍しいなと思いつつ続きを待っていると、やがて意を決して言い放つ。

「あ、あの人ね、あんまり良い噂がないみたいなの」

「えーっと……悪い人かもってこと?」

「悪いというか、不真面目というか、トレーナーとしての評判が良くないというか」

「そ、そうなんだ……まあみんなが想像するエリートとは違うかも?」

 トレセン学園のトレーナーは優秀な者が多い。スーツだったり髪型だったり、装飾品だったりで整えた身なりからも窺えた。が、話題の男はそのイメージからはかけ離れていた。

 見窄らしい、とまでは言わないが、小学校の体育教師のような風体に近かった。

「そっか。キタちゃんがそう言うのなら違うのかな? 所詮は噂なのかも。……ゴメンね変なこと言って」

「ううん。心配してくれたんでしょ、ありがとう」

 小学校からの付き合いだ。このくらいで関係が軋むことは無く、話題はデビュー済みの先輩ウマ娘たちのレースへと移っていく。

 けれど、

(トレーナーさんの噂、か……)

 キタサンブラックの心には、確かに轍となって刻まれた。

 

 

 ◆

 

 

 学園から割り当てられた執務室で、学内の購買で勝った握り飯を片手に朝練で録ったキタサンブラックのタイムを整理する。できれば午前中に済ませたかったが、例の緑から急ぎの仕事を振られたのでその処理で潰れてしまった。

 文句の一つも言いたいところだが、お情けで置いてもらっている身なのでここは耐えよう。

「しっかし、干からびたスポンジみたいなウマ娘だ」

 記録を並べてみると、キタサンブラックの素質が分かる。教えれば教えた分だけタイムが右肩上がりに良くなっていく。

 あいつはタフだ。だから負荷のかかるトレーニングをいくらでもできて、それだけ能力も伸びていく。しかも素直だから管理もしやすい。その気性のおかげか脚質もなかなか幅が広い。

 逃げに先行、中団からの差しもできそうだ。追込みは流石に難しそうだが、三パターンもあれば十分。

 キタサンブラックが出ようとしている模擬レースを確認する。距離は2000m右回り。学園のコースを使うから特殊な形状はしていない。あいつの実力が十分発揮できる。

 種目別競技大会の一か月後の模擬レースに出るウマ娘なんて、競技大会に出れなかったか不完全燃焼した連中だ。この調子ならキタサンブラックの勝ちは確実だ。

「さて、そろそろ本番の戦術決めるか。先行か差しが鉄板だが、いっそ逃げでもなかなか───」

 キーを叩く手が止まる。

 湧いてきた感情が信じられない。

 俺は楽しんでいるのか。期待しているのか。キタサンブラックの成長と、勝利を。

 今更、俺が───

 

 澱んだ思いがこみ上げる中、部屋の扉がノックされた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あ、キタちゃーん!」

 午後の授業も終わり、トレーニングへ向かおうとするキタサンブラックへ声がかかった。

 廊下の向こうから小柄───キタサンブラックより年上なのだが───なウマ娘が駆けてくる。

「テイオーさん! どうしたんですか?」

「へっへーキタちゃん次やる模擬レース出るんでしょ? 頑張ってねっていう激励!」

「わあ! ありがとうございます! 頑張りますね!」

「いやーでもキタちゃんもトレーナーついたみたいだし、これで模擬レースも勝てばついにデビューに向けて本格始動だね!」

「え? トレーナーはまだついてないですよ」

「え?」

「え?」

 しばしの沈黙。先に口を開いたのはトウカイテイオーだった。

「えっと……最近トレーニング見てくれてるトレーナーいるよね」

「はい」

「あの人との担当契約は?」

「してないです。模擬レースまでの間という約束で」

「そっかあ~~」

「な、なんかすみません……」

 憧れのウマ娘にぬか喜びさせてしまったようでキタサンブラックは申し訳ない気持ちになって謝罪した。

「ううん。ボクが勝手に早とちりしただけだよ。あーでも惜しいな。ついにあのおじさんも復活かと思ったんだけど……」

「……え?」

 トウカイテイオーの言葉に、キタサンブラックの頭は一瞬真白になる。件のトレーナーを、彼女は知っているようだ。

 昼食時、サトノダイヤモンドの言葉を思い出す。

「テイオーさんは、あのトレーナーさんの噂ってご存じですか?」

「ん? まあ……ね」

「教えてくれませんか?」

 間髪入れずに言った。

 知りたかった。あの男にどんな悪評があろうと約束を打ち切る気は無かったが、裏で言われている評を、自分だけ知らないというのは嫌だった。

「う、うーん……あんまり気持ちの良い話じゃないよ? 幻滅しちゃうかも?」

「大丈夫です。あの人、言われるほど悪い人じゃないと思いますから」

 確かに、他のトレーナーほど身なりが良いわけじゃない。自分の担当になる気がないのもその噂のせいかもしれない。

 でもキタサンブラックは知っている。

 彼と初めて出会った時。彼は自分のお節介に最後まで付き合ってくれた。レースを見てもないのに負けた自分を慰めようとしてくれた。

 過去は知らない。でも、今の彼は決して悪い人ではないのだ。

「そう胸を張って言えるように、知っておきたいんです」

「そっか……じゃあ教えるけど、ボクも聞いた話だから細かい経緯とかわからないよ?」

「構いません」

「分かった。あのおじさんはね───」

 

 キタサンブラックは聞いた。

 彼の元担当が、レース中の故障したことを。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 長かったような短かったような。キタサンブラックが出る模擬レースの日がやって来た。これであいつとのつながりもようやく終わる。

 ゼッケンを着けたキタサンブラックが駆け寄ってきた。

「トレーナーさん! 今日のレース、作戦はどうしましょう!」

「ん、好きにしろ」

「はい! じゃあ好きに……ってええ!? なんですかそれ!」

 大袈裟に驚きやがる。ま、こいつの中じゃまだ種目別競技大会の惨敗が尾を引いているんだろう。結局基礎トレ中心で誰かと併走したわけでもないし、しょうがないのか。 

「今日のメンバーは実力的に飛び抜けた奴はいない。お前なら基本スペックでゴリ押せる」

「そ、そうなんです……?」

「心配ならスタートだけ出遅れないよう気をつけろ。その後は周りを見て、逃げるなり先行なり好きにしろ。あ、最後方は止めとけよ。合ってないから」

「は、はあ……」

 腑に落ちない様子だが、レースが終われば切り替わるだろう。それくらい、こいつは強い。

「じゃあ行ってきますけど……レースが終わったら、少し時間を貰えますか?」

「いいぞ。早く行ってこい」

「はい! 私が走るところ、見ててくださいね!」

 手をブンブン振ってキタサンブラックはターフへ向かっていった。

「見てて下さい、ね……」

 今更、見るまでもない。

 

 

 

 

 ゲート前に着いて、キタサンブラックはピリピリと張り詰めた空気をその身に感じた。

(ただの模擬レースだけど、当たり前か)

 学園主催のイベントでなく、有志を募ってのレースだが見に来ているトレーナーは何人もいた。

 このレースの結果如何ではスカウトされるかもしれない。スカウトされれば、トゥインクルシリーズへのデビューが見えてくる。

(みんな、必死なんだ。本気なんだ。でも、私だって───!)

 ゲートに入る。引き絞られた弓のように、身体に力がこもる。

(勝って、あの人にお願いするんだ……!)

 そして、

(私の担当トレーナーになってくださいって!!)

 レースが始まった。

 好スタートを決めたキタサンブラックは弾けるように飛び出し、ハナを取った。そのままバ群に埋もれずに内へ位置取る。

 頭の中でストップウォッチを回し、ラップを刻んでいく。

(スタートは一気に、道中は一定のペースで! トレーナーさんから教えてもらったタイムを意識して───)

 実況の声が響くが、集中するキタサンブラックの耳には入らない。

 ただ今日までに刻み込んだ戦略を忠実にこなしていく。

(来た、最終コーナー! ここを回りながら、後続との距離を確認───あれ?)

 ちらり、と後ろを見る。誰が、どのくらい自分に迫っているのか確認するために。

 しかしキタサンブラックの視界に映ったのは見慣れたコースのみ。人影は、未だ第三コーナーにいた。

(あれ……あれええええ!?)

 困惑のまま、キタサンブラックは独りゴール板を駆け抜けた。拍手と声援が飛ぶ中、思わず呟いた。

「わ、私ってこんなに凄かったっけ?」

 

 

 ◆

 

 

「キタちゃーん! 見てたよ、スッゴーイ! 大差勝ちじゃん!」

「テイオーさん! ありがとうございます!」

 お礼を言って、キタサンブラックはトウカイテイオーの隣りにいる男性に気づいた。

 ファンなら知っていて当然、トウカイテイオーの担当トレーナーその人だ。

「ねえねえトレーナー。ボクの言った通り見所ある娘でしょ?」

「ああ。見事な走りだった。前の競技大会は距離が合わなかったんだな」

「そ、そうなんです! 今回は自分のペースで走れて……それも全部トレーナーさんのおかげで───」

「うんうん。じゃあうちのトレーナーも認めてくれたし、これからよろしくねキタちゃん!」

「…………え?」

「え?」

 以前もやったようなやりとり。しかし今トウカイテイオーの言葉の衝撃は前回の比でなかった。

 そして気付く。勝利を報告したい彼の姿がない。

「あー……もしかして、聞いてない?」

「なにを、ですか……?」

 

 

 ◆

 

 

「……本当によろしいんですか?」

 理事長室にて、緑のあんにゃろめことたづなさんが神妙な面持ちで問うてきた。

 彼女の視線は俺と俺の対面に座す理事長、そして間にある紙を往復していた。

 辞表。

 俺が理事長に提出した紙にはそう書いてある。中身も相違ない。

「近頃はキタサンブラックさんを熱心に指導していました。てっきりトレーナーとして再起する決心がついたものとばかり……」

「同意。キタサンブラックはどうする?」

「トウカイテイオーのトレーナーに話はつけてあります。今日の模擬レースで実力は見せつけるでしょうし、彼のお眼鏡にかなうでしょう」

「………」

 音もなく、理事長が溜息をついた。

 すんませんね。最後までこんな男で。でも不良債権が一人消えると思えばいいだろ?

「後悔はないんですか? 思い残すことも?」

「無いです。いえ、正確にはもう無くなりました」

 あの話を聞かない天才児を世に送り出したのだ。これ以上を望むのは野暮というものだ。

 ……こんなことで、罪滅ぼしになるとは思っていないが。

 俺らしい終わり方だろう。

「俺は、トレーナーを辞めます」

 

 

 

 




 ダメトレとテイオートレは同期。でも浪人とかしてたのでダメトレのほうが年上という設定です。
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