お助け大将はダメトレーナーを拾ったようです 作:ブルーペッパー
3話以前より先にこの話から読もうとしている場合、1話から読まれることを強く推奨します。
キタサンブラックは激怒した。
───あのおじさん、トレーナー辞めるんだって。
必ず、かのトレーナーへ一言言ってやらねばと決意した。
───それでボクのトレーナーにお願いしたんだって。キタちゃんの模擬レース見てくれって。勝ったら担当契約してくれってさ。
キタサンブラックに大人の事情は分からぬ。彼女は今がときめくじぇーしーである。けれどこれが筋の通らぬ話であることは分かった。
───ボクもキタちゃんと一緒にトレーニングできるのは嬉しいけど……うん、君はもう別の答えを持ってるみたいだね。
筋は通さねばならない。父がよくそう言っていた。仁義に反するとも言っていた。
これを守れぬ者はムラハチとなる───ムラハチとは陰湿な社会的リンチのことだ実際コワイ───ズンズンと、怒気を隠さないまま理事長室へとたどり着いた。
「失礼します!」
返答も待たずに扉を開く。飛び込んできたのは理事長と秘書のたづな、そして目当てのトレーナーと、
机に置かれた辞表。
キタサンブラック、キレた!
「トレーナーさんの───」
「ブラック、お前……」
「バカああああああああああああああああ!!!」
おーっとキタサンブラック駆け出した!!
本格化を向かえつつあるウマ娘の脚力は、怒りのスタートダッシュで倍のパワー! 目標までは短距離故に勢いは乗ったままでさらに倍! フローリングは力を削がずに伝えてそのまた倍!
バッファローマン! おまえを上回る1200万ウマ娘パワーだ!!
キタサンブラックが一本の光の矢となってトレーナーの懐へ飛び込んでいったああ───!!
「ぐえっ」
明日の業務に差し支えない程度に死ねぇい!!
「いま死ねって言った?」
怒りのすてみタックルは成人男性の身体を軽々浮かせ、二人は窓を粉砕して外へと飛び出していった。
少しして聞こえた水音に、たづなと理事長は顔を見合わし、
「大丈夫そうですね」
「うむっ! これも青春、雨降って地固まるというもの!」
割とノンキしていた。
◆
メタい話になってしまうが、理事長室というのがどこにあるのかは明言されていない───はず。
そのためこの世界ではトレセン学園の一階部分に部屋が存在し、すぐ外に都合よく池があったのだ。そういう体で行く。
腹と背中での衝撃のコンビネーション。宙を浮く感覚の後には冷たい水を全身に浴びる羽目になった。
一瞬吹っ飛んだ意識が戻ると、目の前に同じく水に濡れたキタサンブラックの顔があった。
「トレーナーさん」
怒りに燃える赤い瞳に反して声の温度は低い。
「どうしてですか?」
「なんの話だ?」
顔のすぐ横で水柱が上がる。キタサンブラックの顔が近くなる。こいつの拳が池の底を打ったのだ。
「ふざけないでください」
俺は今、キタサンブラックに押し倒されている。池の中というのを無視すれば男の夢かもしれんが、どうせならもっとオトナな女で実現して欲しかった。いつだったかライブイベントで学園を出入りしていたОG、アレくらいが良かった。
なんて現実逃避していると再び水柱が上がった。
烈火な瞳が黙って俺を見ている。潤んでいるように見えるのは、池にいるせいなのか。
「……何が不満だ」
見下ろしてくる瞳が揺れた。
「憧れのトウカイテイオーと一緒にいられるだろ。それにトレーナーの方は有能だ。性格も、実績もな」
トゥインクルシリーズの活躍はウマ娘ばかり取り上げられるが、その栄光の裏にトレーナーの力が不可欠だ。
どれだけウマ娘が才能に溢れていようと、それだけでクラシックやグランプリで勝利できるわけがない。
トウカイテイオーの栄光は、あいつの助力があってこそだ。あいつなら、キタサンブラックの才能を十全に引き出せるだろう。
「お節介で将来を棒に振るな。俺のことは忘れろ」
「……イヤです」
震える言葉と共に、熱い雫が降ってきた。
「今日私を勝たせてくれたのは、トレーナーさんです」
「俺に出来たことはあいつにも出来る」
「テイオーさんのトレーナーさんは、私に中距離以上が合うなんて言ってくれませんでした」
「順番の違いだ。俺に話しかけなきゃ他の誰かに指摘されてた。それこそトウカイテイオーに相談すればそのままあいつとの縁が出来た」
「そんなに私のトレーナーになるのがイヤですか?」
攻め筋を変えて来たな。
「やる気がなくなったんだよ。お前の方こそどうして俺に拘る。偶然会って、たった一月だろう」
「………トレーナーさんの噂を聞きました」
「………………………そうか」
「担当されていたウマ娘が、レース中にケガをしたと……」
「その通りだ」
隠してたつもりはない。古株ならみんな知っているし、少し過去の記録を調べてば分かることだ。
でも、知らなかったのなら、知らないままでいて欲しかったのも本音だった。
「それで、担当を壊したトレーナーなんかと契約してどうする。自分なら大丈夫だと、アレはただの不運だったと俺を元気づけるつもりか」
思わず声を荒げてしまう。そんなことを言いたいんじゃない。でも、あの娘との思い出を踏み荒らすことは耐えられなかった。
赤い瞳と真っ向から見つめ合う。少しして、キタサンブラックの口が開いた。
「……トレーナーさんとその担当ウマ娘さんの記録を見ました。決して華やかな戦績じゃありませんでしたけど、一戦一戦を入念に準備していたのは分かりました。左回りの中距離、それが担当ウマ娘さんの適性だったんですよね?
私の適性距離を教えてくれたのと同じです。トレーナーさんは、担当が一番力を発揮できるように尽力していました。出走の間隔が空くから、レース勘が鈍らないようにトレーニングメニューも考えられていて……専門知識がない私でも、凄いことだってわかります」
キタサンブラックが語るたび、あの娘との思い出が脳裏をよぎっていく。
「ケガされた原因は私にはわかりません。でもあれを見て、トレーナーさんが壊したなんてことは絶対にないです。
私は……トレーナーさんに自分を許してあげて欲しいです」
「許す、だと……?」
「悪いと思っているなら、そのままでいいです。後悔しているなら、それでもいいです。ただあなたたちの夢の続きを、私にやらせてください」
なんとバカげた提案だ。
このウマ娘は、会って一か月程度の男と、会ってもないウマ娘のために自分の人生を捧げようとしている。なんて……
なんて───
「お節介が過ぎるぞ……」
「はい。お助け大将なので!」
◆
「見苦しいところをお見せしました」
「いえ、大事無いなら良かったです」
「忠告! 念のため医者には診てもらうようにな!」
池から這い上がり、最低限身なりを整えて理事長室へ戻ってきてキタサンブラックとともに頭を下げた。
苦笑いする二人に、キタサンブラックとのやりとりが丸聞こえだったと気づく。
「それで恥を重ねて申し訳ないんですけど、さきほど出した……」
「あああの辞表ですね。破棄しました」
「はい?」
「まあ経緯は聞いてましたので。それに……ほら」
たづなさんの視線が向かう先、キタサンブラックによって粉砕された窓から空しく風が入って来ていた。
「弁償、ですかね?」
「はい。頑張ってトレーナー業に励んでくださいね!」
にっこりと笑う秘書の顔に、逃がさんからな、という念が籠っていた。
「す、すいませんでした……」
理事長室を出るなりキタサンブラックが謝罪してきた。
「別にいい。元はと言えば俺のせいみたいなもんだ」
「で、でも窓は私のせいなので、弁償だけでもさせてください」
「やめろ。生徒にそこまでさせるとか、流石に大人のプライドが許さん」
おそらく窓の件も俺を引き留める言い訳の一つにする程度で、処罰されるようなものではない。……借金扱いは本当だろうが。
「それよりも……後悔するなよ?」
「大丈夫です。きっと、頑張ればなんとかなりますから!」
こうして、お節介焼きとの三年間が始まった。
ぶっちゃけこの回がやりたかっただけ感。
続きはドゥラメンテ実装されて同世代の解像度が上がったら書くかも。