死にたくないので百合の間に全力で挟まりにいこうと思います 作:散髪どっこいしょ野郎
「……また病院か」
呟きが空に溶ける。気怠さを残した体を起こしながら、俺は情報の整理をつけていた。
稲船葦火はオーディルムだった。その事実を飲み込むのはそう容易くない。だが受け入れるものは受け入れないと前には進めない。
……葦火は、本気だった。次に会う時はどちらかが死ぬ。
人型オーディルムともなれば強さも段違いだ。それまでになんとか戦う覚悟をつけておきたいところだが、ハルでは恐らく無理だろう。
──俺が代わりに、アイツを殺す。できるのか?今の俺に。
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「入るよ、向日葵」
「おう」
病室にいる間は暇でしょうがない。話し相手が欲しいという理由もあり、ハルの来訪をどこか歓迎している自分がいた。
だが肝心のハルはブルーになりきっていた。それもまあ当然か。俺たちにとって日常の一部だった葦火が敵だったともなれば。
「……嘘、だよね。うん。きっとそうだよ。だって、葦火がオーディルムなんて、あり得ないよね」
瞳孔が震えている。自分に言い聞かせるように放たれた言葉は、頼りなさげだった。
「……いや、嘘じゃない」
「っ……」
いくら信じられなくとも飲み込まなければならない問題だ、コレは。葦火はオーディルムだ。この絶対は揺るがない。
「…………あたし、戦えないよ。葦火と」
案の定、ハルは戦意喪失していた。俺も受け入れているようで現実を許容しきれていなかったのだから。
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「結が殺そっか?」
「はい?」
退院後、訓練に打ち込んでいると柊結から声をかけられた。
稲船葦火がオーディルムだった件は既に全部隊に知れ渡っている。
「ハルちゃんも君も、戦う気にならないでしょ?だから結が代わりに殺そうと思うんだけど」
「…………」
ありがたいと言えばありがたい。だが、この問題は俺たちでケリをつけなければいけない、そんな気がする。
「いや……大丈夫です。俺が、彼女を殺します」
「…………」
精一杯の虚勢だった。
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「葦火……はもういないんだった」
誰もいない居住区に来ながら、そんな独り言をこぼした。
ここもじきに他の住民が住むようになる。もう俺たちのあの時間は──返ってこない。
冷たいフローリングの床に体を倒す。ひんやりとした感触が服越しに伝わった。
……本当に、あの日々は嘘だったのだろうか。アイツの言葉を反芻する。
資格がないとアイツは言った。ならば──いや、どの道殺し合うんだ。そんな甘っちょろいこと言っていられる余裕は無い。
俺は生き残る為にハルと葦火の間に挟まっていた。当初は。
だがそれは次第に生き甲斐へ変わっていたのも事実だ。間違いなく、あの時間は俺にとって救いだった。このクソみたいな世界に抗える唯一の証だったんだ。
全ては過去。今、生き残る為にはアイツを倒す……いや、殺す決意を固めなければならない。
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稲船葦火が降り立った先は、オーディルムたちのアジトになっている人口の洞窟だった。
「ここは……」
「僕たちの本拠地だよ」
辺りを埋め尽くすオーディルムの群れ。その中には人型の存在もある。彼女はそれを嫌悪するどころか親近感さえ覚えていた。
「……私は本当に、オーディルムなんだな」
「ん?何か言った?」
「いや、なんでもない。話をしようか」
稲船葦火は”敵”の情報について語り出す。その目には、なんの躊躇いもなかった──筈だった。
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葦火が敵になった。ということは、誰かに必ず殺されるということ。
……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
葦火は、あたしたちの友達で、いつも一緒にいてくれて、だから……!
……だから、渡さない。葦火の両手足を切り裂いてでも、取り戻してみせる。
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とうとうその時がやってきた。
何度目かも分からない侵攻。奴らを迎え撃つ準備はできている。
正直ここは賭けになるが、殺す覚悟ができているのであればハルは葦火にぶつけたい。人型オーディルムとの戦いを経てハルは更に強くなっている。
俺は例の僕野郎と戦うことになるだろう。あくまで予感だが、確信に近いものがある。
「────」
ハルがぶつぶつと何かを呟いている。聞き取れない程の小声だが本当に大丈夫だろうか。
奴の言うことが本当であれば、食い殺された人類の半分が人型オーディルムになっている計算になる。だが実戦の舞台にはそれほどいないことから何らかの条件が必要なことが伺える。
──戦う前だ。余計な思考は捨てろ。
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「やっほー。また会ったね函青向日葵」
「……やっぱりお前か」
これで三度目の遭遇になる。あの時は隙を見せたが、今日こそはコイツを殺してみせる。
出し惜しみはしない。オーバーブーストモードで一気にカタをつける。後のことは柊結に頼んだ。
「ハアァァァァ……!」
「またそれかあ、参っちゃうね」
三十分。コイツに割ける時間はそれだけだ。
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「……ねえ、もうやめようよ」
「言ったはずだ。次に会う時は殺し合うと」
葦火の攻撃をいなしながらあたしは説得を試みていた。上層部が許すかは分からないけど、今からでも遅くはないんじゃないのかって。
「じゃあなんで騙し討ちしたりしないの!?本気で殺すつもりならあたしたちを欺いた方が確実なのに!」
「……それでも、私はキミたちを狩る。キミがどう思おうが、私は本気だ」
返答になってない。だってそうだ。友好的にしてから襲う方があたしにとって効果的なのに。
もしかしたらあの頃みたいに──なんて、甘い考えに浸りそうになる。
でも、目の前にいる葦火は間違いなくオーディルムだ。
「……分かったよ。なら、あなたの両手足を切り落としてでも連れ帰るから……!」
「……甘いな。キミは」
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「クソッ、逃げんな!」
「そうは言ってもねー。今の君と戦うのは得策じゃなさそうだし」
オーバーブーストモードのタイムリミットという弱点を突かれた。確かに、逃げに徹されればこちらが不利になる。
雑魚の群れは簡単に屠られる。だが問題はコイツだ。頭が生きてる限り活路は見出せない。
「柊さん!援護頼みます!」
「まっかせなさーい!」
今回は柊結に援護に来てもらった。その分他部隊の戦力が減るが、今コイツをやれなければ全てがパアだ。
「まずっ──」
「そこだぁぁぁあァアァァァッ!」
加えて新たに追加された念願の武装、プラズマライフル。弾はそこまでないが虎の子としての使い方で威力を発揮する。
首を切り落とす。こうして、僕野郎は完全に沈黙した。
「ハァ、ハァ、ハァ……ありがとうございました、柊さん」
「まだまだ!稲船葦火を討伐するまで気は抜けないよ!」
まだ、動く。体が使える内に、俺が引導を渡さなければ。
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「流石の人類最強も多勢に無勢か」
「気を抜くな。ここからが彼女の恐ろしい所だ」
「いやー三対一でここまで粘られるなんてねぇ」
敵の増援が邪魔だ。それが人型オーディルムともなれば厄介さもまるで違う。
……あたしは、葦火を連れ帰る。その為なら、これぐらい──!
三人の触手が襲い来る。それを弾いて、或いは切り落としてやり過ごす。
「間に合った!」
「ハルちゃん、来たよ~!」
向日葵と結が援護に来た。これで状況は三対三。
……向日葵、オーバーブーストモードを使ったんだ。だとすると残り時間はそこまでない。
「二人は横の奴らをお願い!あたしが葦火を叩く!」
「……大丈夫なんだな?」
向日葵から念を押される。でも、あたしのやることに変わりは無い。
「うん」
「そうか……分かった」
あたしは葦火と相対する。
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俺と柊結が加勢し、状況は一変した。見たところハルが押している。このまま行けば大将首を取るのはアイツだろう。
……本当にこれでいいのか?何か、酷く嫌な予感がする。
今更和平しようなんて気にはならない。ただ、決定的に何かが食い違っているような──
「彼を殺したのは君か?」
「いきなりなんだよ。オーディルムってのはどいつもこいつもお喋りなのか」
目の前の敵の質問に答えてやる義理はない。が、沈黙は肯定へ捉えられた。
「そうか。なら、君を許してはやれないな」
「よく言う。襲いに来たのはてめえらだというのに」
活動限界まで残り二十分弱。それまでにコイツを畳んでみせる。
「────!?」
葦火!?何故ここに──
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「────!?」
稲船葦火の唐突な行動に、その場にいた全員が困惑した。
今の今まで競り合っていた八戸ハルとの戦いを突如放棄し、彼女は函青向日葵の元へ向かったのだから。
そして、困惑と共に振り下ろされた迎撃の一撃を──稲船葦火は一切抵抗することなく受け入れた。
「な、んで」
少年の問いに答える者はいない。たった一人を除いて。
「ダメだったかースパイ作戦」
「やはり情が湧いてしまうようだな」
諦めたように嘆息する二人のオーディルム。彼らも同じく戦いを止め、元いた場所へと飛び去った。追う者はいなかった。
「なん、で……なんでだよ、葦火……!」
少年は問いかける。
「……私は、結局何者にもなれなかった」
稲船葦火は滔々と語り出す。
「キミたちの敵になりきれず……オーディルムの本能にも抗えず、いたずらにキミたちを苦しめただけだった」
「だったら、なんでわざわざ殺されに来た!」
「……キミがいいと思った」
「は!?」
「殺されるなら……向日葵がいいと思った。すまない。私の身勝手なわがままだ」
倒れかかる体を函青向日葵が抱きとめる。
「すまない……ハル。どうか恨んでくれ。そして忘れてくれ。私のような愚者がいたことなど……」
「お前一人で勝手に完結してんじゃねえよ!お前、まだこれからなんでもできるんだぞ!」
「……葦、火……」
少女の声は震えている。
「死ぬな!こんなとこで死ぬんじゃねえっ!」
必死の叫びも虚しく、
「向日葵……ハル……すまない……そして、ありがとう……」
稲船葦火は完全に死亡した。
「────あ、」
堪えていた唯一の線が切れる。そして少年は──
「ああぁああぁぁぁあああっっ!!」
慟哭と共に、崩れ落ちた。
「……葦火」
皮肉にも八戸ハルの脳は目の前の事象を完全に受け入れており、
「……分かった。殺す。みんな、オーディルムはみんなあたしが殺すから」
稲船葦火の死が、鉄の心を創り上げた。