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KROの研究施設。そこは地熱発電所の地下深くに秘匿された悪の根城だ。
円筒型の培養槽中で不気味に蠢く臓器。天井に備え付けられたアームによって組み立てられる何かしらの兵器。そして、四角い透明なケースの中で形を変えていくナノマシン。
忙しなく行き交う白衣の科学者達の姿からも、この組織の規模が窺えるだろう。
そして施設の一角、密閉された部屋に人が集まっていた。
「すみません浜田さん、次は必ず……」
「君にもう用はない。私が与えたスーツの性能を活かせないばかりか、黒騎士もどきに正体を知られた。我々にとって大きな損害だと分からないのかね、無能くん?」
一人の男がタイル製の床で土下座していた。
成金の雰囲気漂うスーツの男に詰られ、情けないほどヘコヘコしているのが今の俺だ。
そしてしゃがんで彼と対峙しているスーツの男。彼こそが浜田正義。俺を拾ってくれた、KROのトップその人だ。
「俺はまだやれます!だから、だからどうかもう一度!」
「もう君に商品価値はないんだ。分かってくれないとは、おツムの方まで低価格のようだ。いや、それは最初から分かりきっていたがね」
俺の額にデコピンをかまし、浜田は腰を上げて踵を返す。
情けなくも、俺は地べたを這って浜田の足に縋りつく。
「待ってください、待って、浜田さん!!あんたに見捨てられたら、俺はどうすれば!!」
「君の雨に濡れたドブネズミのような謝罪は耳障りなんだ。さっさと口を閉じてく、れッ!」
「ううっ!?」
「雨に濡れたドブネズミのような謝罪とは?」
「ククッ……やめとけドク。社長はセンスが独特なんだ」
“ドク”と呼ばれた男が首を傾げ、壁にもたれていた“フレイダー”が乾いた笑みを漏らす。
異形のスーツに身を包んだ2人組が、足蹴にされた俺を見下ろしている。フレイダーは不気味なコウモリのマスクで顔を隠し、タコマスクのドクは直ぐに俺から視線を外すと、腕に装着したデバイスを眺め始めた。
「フレイダー、そこの約立たずを縛り付けて試験場に置いといてくれ。マグマンのスーツはやはり、私にこそ相応しい」
「ククク、喜んで引き受けよう」
「では、最終実験は社長自ら?」
「最強のスーツだぞ。私の他に相応しい装着者が居るとでも?」
「……いえ」
「よろしい。ドクター、調整を頼んだぞ。私は実験前のコーヒータイムだ。それじゃ、また後で」
「ま、待ってくれ!まだ話は終わって……」
浜田は腕時計を見ながら部屋を出る。俺が伸ばした手は、分厚い鉄扉に遮られた。
扉が閉まった直後。いきなり俺の視界が揺れ、背中への痛みが襲ってくる。
フレイダーが俺に飛びかかったと気づくのに、少しかかった。
「な、ななな何すんだよ!?」
「社会のゴミがよく吠える。せめて最期くらいは役に立ってもらうぞ。クヒヒッ」
両腕を捻られ、素早く縛り上げられる。
俺は我ながら、情けない声を上げながら泣き喚いた。
「ひぃぃぃッ!?は、離せ!俺をどうするつもりなんだ!?」
「マグマンの火力テストだろうなぁ。そうだろ、ドク?」
「ああ。エネルギー供給を万全にした状態での高熱攻撃を行う。アースと同等の熱量に到達するのが目標だ」
「そ、そそそ、それは、つつつつまり……」
「ああ、1000℃を軽く超えるだろう。つまり標的にされる君は生きたまま骨まで焼かれる事になる」
クソッ、最悪だ……。ズボンの内股部分に染みが広がり、周囲に刺激臭が広がる。
ドクが不快そうに目を背けた。マスクしてるから臭っちゃいないだろうが……今ので俺の尊厳が完全に死んだことを自覚させられた気がする。
「そ、そんな……あんまりだ……。お、俺は……ただ、仕事が欲しかっただけで……」
「ビル1つ黒焦げにしといて、まだ言い訳するのか?ケケケッ、救いようのないやつだぜ。傑作だなァ!」
「た、助けてくれ!助かるなら何だってやる!どうか命だけは……命だけは助けてくれ!!」
「ヒャーッハハハァ!無理だね、諦めなァ!」
フレイダーのマスクは、牙を剥いた鬼のような顔を象っている。動かないはずのその口元には、生身の顔と変わらないほどの感情が乗っているように見えた。
ゲラゲラと耳障りな声で笑いながら、フレイダーは俺の髪を掴み、顔を覗き込んでくる。
「どうせテメェみてーなクズ野郎、助ける価値はない。お前の所業を知れば、戦隊娘どももダークヒーロー気取りの黒騎士も、お前を見捨てるだろうよ」
「頼む、この通りだ!絶対失敗しない、言う事聞くから許せよぉ!!」
「失敗?それ言うならなァ……俺達みたいな“悪党”の仲間になった時点で、人生失敗に決まってんだろ?」
「そ………そんな……あ、ああ……あああ………」
力なく項垂れるしかなかった。
突きつけられた事実は、何より残酷に俺を苛む。
本当は分かっていた。悪いのは社会なんかじゃない。俺自身がどうしようもないクズだったんだ。
分かった上で、俺は俺自身を甘やかし続けてきた。何でも他人のせいにして、正しいのは自分だと言い聞かせて、楽な方に逃げてきた。まさに人生のツケってやつだろう。
フレイダーは嘲るようにヘッと笑うと、俺の髪から手を離した。
「実験開始時刻は……おっと、死刑囚に執行日は伝えないんだったな。震えて待つがいいさ」
「へぇ、お前にしにゃいい趣味だなドク!」
「ふと思い出しただけだよ。深い意味は無い」
「そんじゃ、さっさと気絶させて運んでやるか」
怪人の力を持つ4つの魔の手が迫ってくる。
もう逃げる気力も、抵抗する力も残ってねぇ……。出来ることといえば、天に許しを乞う事だけだ。
絶望に顔が歪む。でも、俺のしてきたことを思えば、死に方さえ選ぶ権利はないんだろな……。
ああ、でも……せめてあと1回だけ、やり直すチャンスさえあれば……俺は今度こそ、真面目に生きる道を選ぶのに……。
もう何もかも手遅れなんだな……。それなら、もう全部諦めるしかない、か……。
死ぬ覚悟を決め、全身から力が抜ける感覚に身を委ね、意識を手放す……まさにその時だった。
──ブツン、と部屋の照明が落ちた。
突然のことに、思わず目を見開いた。
「停電か?」
「警備室へ。こちら”ドクター・クトゥール“、何が起きた?」
『報告します!動力室にて異常を確認。施設全域の電力供給が止まりました!』
「なんだと?」
クトゥール?それがあいつの本名なのか?
ドク、もといクトゥールが左腕に装着されたデバイスを操作する。表示されたのは、施設内の見取り図のようだ。
デバイスの見取り図には、動力室からの電力供給ラインが停止していることを示す表示が出ていた。
いったい何が起きてるんだ……?
俺も奴らも困惑しているが、異常はそれだけに留まらない。
非常灯が点灯すると共に、施設内には警報音とアナウンスが鳴り響いた。
『火事です。火事です。動力室で火災が発しました。危険ですので、施設内の全ての職員は、落ち着いて避難してください。繰り返します。火事です。火事です──』
「あぁ?火災だと?」
「動力室の映像を回せ。何が起きている?」
クトゥールはデバイスの表示を監視カメラに切り替える。
表示された映像は、ノイズ混じりの黒一色だった。
「カメラがイカれちまったかァ?」
「巻き戻す事も出来ないか。ふむ……フレイダー、確認してきてくれないか。私は実験場へ向かう」
「ああ、いいぜ。もし
「すぐに実験場へ戻ってくれ。もし私の憶測が正しければ、おそらくネズミがやって来るだろう」
「そりゃあ楽しみだ。先に見つけたら俺の方で遊んでやるよ」
避難警報をまるで意にも介さない様子で会話しながら、フレイダーとクトゥールは部屋を後にした。
扉が閉まる音とロック音が静かに響くと、部屋には静寂が訪れる。
……どうやら、俺だけ残されたようだ。
「おい、待ってくれよ!置いてかないでくれ!!なぁ!死にたくない!!開けてくれよ!!」
なんとか扉まで這って辿り着き、必死に扉を開けようとする。
オートロックで固く閉ざされた扉はビクともしない。足掻いても足掻いても、ただ扉を叩く音と俺の叫びだけが部屋に反響するだけだ。
けど、さっき火災とか言ってたよな?
って事は、このままだと俺は逃げる間もなく焼け死んじまう!!
クソッ!!どう足掻いても俺は焼け死ぬ運命なのかよ!?冗談じゃないぞ!!
頼む!開けてくれ!誰か……誰か助けてくれよ……!!
「ごめんなさい……ごめんなさい、お詫びします!償います!どんな裁きでも受けるから……こんな……こんな所で惨めに死ぬのだけは……嫌だ……」
ああ俺、年甲斐もなくベソかいてる……。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだし。さっきチビったし。惨めすぎるだろ……。
こんな事になるなら、もっと真面目に生きればよかった。ちゃんと面接受けて……あんな、浜田みたいなクソ野郎なんかの誘いに乗ったりしないで……人様に迷惑かけるような事辞めてりゃこんなことには……。
これまでの人生が走馬灯のように頭を過ぎる。俺の人生、今が間違いなくどん底だ。
こんな所に来てようやく、自分の選択と過ちを深く後悔した。懺悔の心さえ芽生えてる。
責任転嫁と他責思考を繰り返してきた日々を改め、傷つけた人々に謝罪し、真っ当に生きる事を誓う。この先一生間違えないって約束するよ。
だから頼む……誰か、助けて……。
助ける……? 誰が俺を助けてくれるんだ?
神様?仏様?それとも閻魔様か?
……いいや。無理だな。誰も俺を助けちゃくれない。
ここは地の底、地獄に最も近い場所だ。空は見えず、太陽も月も、星の光すら届かない。
誰に祈るにしたって、こんな場所じゃいくら祈ったって、天まで届きやしないだろう。
ああ、ブレイダーのやつの言う通りだ。
こんなクズ野郎、ヒーローですら見捨てるだろうさ。
……もう、疲れた。やっぱり諦めよう。
扉にもたれ掛かり、全身から力を抜く。
あばよ、人生。来世はもっとマシな人生だといいな……。
『ロック解除』
「え……?」
固く閉ざされていた扉が開き、俺の前に影が射す。
見上げた先には、思いもよらぬ人物の姿があった。
「うわ、酷い顔。それに……臭いも酷いや。ここ、着替えは置いてないの?流石の僕でも、漏らした成人男性を出歩かせるのはちょっと気が引けるなぁ」
「お、お前は……!?」
「やっほー、ムカ着火ファイヤーくん。腰抜けてるみたいだけど歩ける?まあ、歩けなきゃ戻ってきたあいつらが君でスプラッター映画の撮影始めちゃうんだけどね」
──俺の祈りは、どうやら届いていたらしい。
それも……思いもしなかった相手の元に。
「蜘蛛騎士!?ど、どうしてここに!?」
蜘蛛騎士は、それが当然であるかのように笑った。
「どうしてって、助けに来たに決まってるじゃん」
「は……?」
わけが分からない……。どうしてそんな当たり前みたいに言うんだよ?
昼間出会った時、あいつは俺の行いに激怒していた。「これまでのツケを地獄で支払え」とさえ言っていた。
なのにあいつは今、俺を助けに来たと言う。いったいどういうつもりなんだ!?
「なんで……」
「なんでって、ヒーローが泣いてる人を助けるのに理由が要るの?」
「お前が言ったんじゃないか。ツケを支払えって……。俺みたいなどうしようもない奴は、死ぬしかないんだろ?」
フレイダーに言われた言葉が、また頭の中で繰り返される。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、蜘蛛騎士はあっけらかんとした声で答えた。
「悪人だからって、死ななきゃいけない理由はないでしょ」
「……は?」
「悪い事した奴は死んで償えって考え方、僕は嫌いなんだよね。まあ、相手が人じゃないなら命でしか償えないけどさ」
ロマンチストなんだかシビアなんだか、よく分かんねぇ答えが返ってきた。ますますわっかんねぇ……。
「人間って誰しも間違いを起こすものじゃない?だったら生きて償ってもらう方が、よっぽどいい罰になると思うんだよね」
「軽い口調で言うセリフじゃないな!?」
「だって、シリアスな顔でこんな事言われても暗くなっちゃうし、なんか説教臭くない?今は聞きたくないでしょ、そういうの」
蜘蛛騎士はおどけるように肩を竦める。
言われてみれば、俺はすっかりこいつの言葉に耳を傾けていた。しかもちゃんと会話までしている。ツッコミだけど。
「それにさ、嫌なんだよね……目の前で誰かに死なれるのも。助けられる命に手が伸ばせないのもさ」
「いきなりシリアス口調になるなよ……テンションの落差激しすぎるだろ」
「ハハッ。だからまぁ、死んで楽になるなんて僕が許さないよ。ツケを支払うならより苦しい方を選んでもらわなくちゃ、バランス取れないしね」
「ドSみたいな事言うなお前……」
「だって僕、ヒーローだし。非公認だけど」
「自分で言うのかよ」
「そこは棲み分けしとかないとね。って事で、そういうワケだから。ほら、スタンダップ!時間ないよ!」
きっと、その仮面の奥には笑顔があるんだろう。蜘蛛騎士は俺に向けて、真っ直ぐに手を差し伸べる。
その手を取ろうと手を伸ばして……その手を取ることを、俺は躊躇う。
本当にいいのか……?俺なんかが助けられて……。
こんなクズを、こんな良いやつが……本当にいいのか?
だが、そんな躊躇いを見抜いたように、俺の葛藤を一切ガン無視して、蜘蛛騎士は俺の手をガッシリ掴んで引っ張ると、そのまま俺を部屋から連れ出した。
「それじゃ、ブタ箱行きタクシーまでエスコートだ」
「それパトカーだろ!?」
「パトカーじゃないよ。KANEZAKIコーポの車だし」
「は!?」
「大丈夫大丈夫、さっきの部屋よりは居心地も待遇も良いはずだから。もしもし幸屋さん?重要参考人を確保したので、外まで連れてってくれませんか?」
そういや、ガキの頃に読んだ絵本に「蜘蛛の糸」なんて話があったのを思い出す。
確か、蜘蛛はお釈迦様の使いで、地獄に堕ちた人間を救う為にその糸を垂らしてくれる……って感じの話だったのを、何となく覚えている。
……そっか。こいつはきっと、そういうヒーローなんだ。
手を引かれながら俺は、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
読んでいただき、ありがとうございます。