前後編でお送りします。
楽しんでいただけると嬉しいです。
咆哮と共に放たれた凄まじい熱波に吹き飛ばされる。
何とか着地して顔を上げると、マグマンに大きな変化が現れていた。
外見が変わっていく。装甲が隆起した筋肉へと、血管のようにオレンジの発光が駆け巡り、機械じみたマスクがみるみるうちに生物的な顔へと変容していった。
『アァス……』
「その……声は……」
その顔は、その姿は、僕が知っているものだった。
忘れたい顔だ。忘れられない顔だ。
そして何より、何度も悪夢に見た顔だった。
「お前、は……お前はっ!!」
『測定完了。観測データの97.8%が一致。間違いありません、目の前にいるのは……』
『アァァァァァス!!!!!! 』
「惑星、怪人……アース……」
なんでこんな所に!? 蘇ったのか!?
脳裏を埋め尽くす数多の疑問。全身を駆け巡る痺れと悪寒。
肩が強ばる。膝が笑っている。呼吸が乱れる。息が止まりそうになる。今すぐにでも逃げ出したいという衝動が、理性を決壊させようと押し寄せる。
『バディ!! 気を確かに、バディ!!』
「な、なんで……なんで、お前が…………うぷ……!!」
『バディ!!』
喉の奥から込み上げる熱と酸味に、マスクなのも忘れて口を抑える。
それは刻みつけられた恐怖。あの日の敗北と、燃え盛る炎の海が思い出させた二重の古傷だった。
(怖い、怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い──)
思考が塗り潰されていく。ベッタリと染み付いた恐怖はそう簡単に消えやしない。ジワジワと広がり、やがて心を蝕んでいく。
(逃げなきゃ……いや、ダメだ! 研究所の外には人が大勢いる! ここで逃げる訳には……っ!?)
葛藤の中、目を前を迸る
『アァァァァァァス!!!!!!』
マグマの濁流を吐き出し、アースは絶叫する。
しかし防火マントがそれを防いだのを見ると、今度は剛腕を振りかぶって走りだす。溶岩に覆われた腕が赤熱化していく。EXなどくろ怪獣を彷彿とさせる姿だ。
高熱×質量、そこに走って加速してるから運動エネルギーが加わった一撃。直撃は何としてでも避けなくちゃ……。
(ッ!? あ、脚が……動かない!?)
膝がガクガクと震え、重心がゆっくりと落ちていく。
腰が抜けた!? まずい、体勢が崩れる!! 避けられない……。
『バディ!!』
ルナの声が響く。アースはもう目の前だ。もはや一刻の猶予もない!!
動け、動け動け!! あの一撃をもろに受ければ、スーツの防御性能で無傷だったとしても、戦闘続行が不可能になる!!
僕が倒れればアースは地上に向かう。そうなれば、また大勢の人達が犠牲になる。あの日と同じように……。
悲鳴、残骸、焦げ臭さ。慟哭、残火、恐怖と絶望。
ただ、それらだけが残される結末。いつかそれすら焼き尽くす化け物。
大切なものを黒炭へと変え、大好きな人を奪っていく。最も身近な厄災を、暴力性の元で無慈悲に振りかざす邪悪の化身。
それは……許されない。許されない、許されない許されない許さない!!
立て……立ち上がれ小原理人!!
姉さんと先生に、もう二度と奪わせないと誓った。おじさんの仇は目の前に居る!!
敗北? 逃走? そんなもの考える余地すら残すな。弱気は別の感情で塗り替えろ。前を向け!!
『死ネ、クロキシィィィィィ!!』
何度目かの黒騎士呼び。そろそろこいつに名前間違われるの腹立ってきたな……。自分を殺した相手の顔くらい見分けろよ。黒騎士は僕よりずっと強いだろうが。
何が地球の代弁者だ、くだらない。地球が喋らないからって、この星の意思だのなんだののたまって自分を正当化しようって所が気に食わないな。
人類は不要な虫ケラ? だから滅ぼすって? ふざけんな。
「そんな事、させるっ、かぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ"!!」
あと3歩。天井にウェブを2本飛ばし、全身を地面に投げ出す。
『リヒトくん!?』
金崎社長の驚く声が聞こえる。
残り2歩。五体投地の状態から勢いよく身体を丸め、両手をしっかり地面に付ける。
「ルナ!! 脚にエネルギー回して!!」
『了解!!』
両脚にエネルギーが充填され、オレンジ色に輝く。
最後の1歩。振り下ろされる剛腕。
「スパイダァァァァァキィィィィック!!」
繰り出されたアースの剛腕を掠める距離ですり抜け、僕の体がパチンコの要領で打ち出される。
エネルギーをバチバチとスパークさせながら、伸ばした両脚は勢いよくアースの顎下へと突き刺さった。
『ヌオオオオオオオオッ!! クロキシィィィィィ!!』
絶叫と共に後方へと吹っ飛ぶアース。
着地した僕は、思わず喉を押さえた。
「あ゛ぁ゛喉痛ッ!! 胃酸なんか飲み込むもんじゃないな……うぅ、ヒリヒリする」
『バディ、吐瀉物を嚥下するのは窒息の恐れが……』
「分かってるよ。……このマスクって中で吐いても大丈夫だっけ?」
『対策は万全です。次はそちらを活用してください』
「助かる……っと……」
脚がふらついた。慌てて踏ん張りながら、膝に手を置いて身体を支える。
『バディ……撤退を進言します。今のコンディションでは、ミッションの遂行は不可能です』
「……」
否定はできなかった。ルナの言葉は正しい。
火の海と化した研究所にマグマ怪人。姉さんと先生を失った日と同じ光景に、トラウマを植え付けた最強の怪人。恐怖のダブルパンチで、僕は今この有様だ。
『研究所内の人間は、機改人2名を除き全て避難済みです。ここまでよく頑張りました。後はジャスティスクルセイダーと黒騎士に任せるべきです。戦闘用ではないプロトエスが、これ以上無理に戦う必要はありません』
もう十分頑張った。それでいいじゃないか。そう言い聞かせるような口調。ルナは本気で僕の身を案じてくれている。プロトエスにもだいぶ無茶をさせてきた。
だから、ここが潮時だ。
──そんな理由で納得できるか!!
「いいや、僕がやる! ここまで来て他人に任せるとか無責任な真似ができるか!!」
『取り込まれた浜田社長が心配なのですか? 其方も任せられます。調整したシャットダウンプログラムを
「そうじゃない!!」
確かにルナの理屈は正しい。でも、この話は理屈じゃない。気持ちの問題だ。
『何故です? 貴方のバイタルもメンタルも、数値は限界を示している。それでも撤退を拒否するのですか?』
首を縦に振る。
目の前でフラフラと起き上がるアースを、僕はしっかり見据えた。
『どうしても、ですか?』
「叔父さんの仇を2回も取り損ねた。ここを逃せばチャンスはない! これが最後だ、横取りなんてさせてたまるか!!」
『……最終警告です』
一瞬の間があったが、ルナは抑揚の変わらない声で警告を続ける。やっぱり精神論じゃ納得はできないか……。
『
「……えっ?」
思わず聞き返してしまった。
それはつまり、あと一撃で仕留めろってことか?
『あと一度のオーバーロードで、当機の内部機構損傷率は80%を超え可動限界を迎えます。これが最後です。速やかな撤退を、進言します』
「ルナ……」
スーツの自己修復機能を超えるダメージと引き換えの攻撃なら、アースを倒す事ができる。逆に言えばこれがプロトエスの、蜘蛛騎士の最後の戦いになる。ルナは暗にそう言っているんだろう。
そんなの……答えは決まってる!!
「お断りだ!!」
まだ胃酸で痺れる喉で叫んだ。恐怖を振り払うために。自分を鼓舞するために。そして、機械仕掛けの相棒へと宣言するために。
「撤退はしない。あいつはここで、僕が仕留める」
『リヒトくん!? 何をするつもりだ!?』
「それにさ……浜田社長が助けを求めてくれたのはこの僕だ。せっかく名指しで呼ばれたんだ、代打なんて任せられないね!!」
『……最終確認、完了』
『やめるんだリヒトくん!! 戻りなさ──』
「すみませんレイマさん……約束破ります」
本部との通信を切断する。レイマさん、後ですごく怒るだろうな……。
『装着者より“
マスクの複眼の色が変わる。緑から赤へ。安全色から危険色へと。ここからは後戻り出来ない。正真正銘、最後の勝負だ。
チェンジャーのボタンを押し、叫ぶ。男心に誰もが焦がれる最強の認証コードを。
「全アタッチメント一斉装着! リミッター
『バッテリー出力全開。オーバーロードによる内部機構の破損を最大限まで容認。可動限界の計測開始』
『→→→Warning , Warning!! Warning , Warning!!→→→』
警報音を無視してボタンを押す。プロトエス背部にバックパックが転送され、装着される。プシュッという音と共に装甲に接続された直後、バックパックに収納されていた4本のサブアームが展開された。
角張った4本のアームの先端と僕の両腕に、それぞれアタッチメントが装着されていく。
6つの腕に6つのユニット。両足にキャタピラー。それを同時に、限界まで稼働させる事で放つ連続マキシマムレスキュー。発動した順に自壊するから、放つ順番を間違える事はできない。オマケに制限時間まである。まさに背水の陣。
それでも背負った6つの装備には、纏う鈍色の鎧には、姉さんと先生から託された思いが宿っている!!
『Danger! Danger! Over verge. Purge your armor now!!』
「着装完了……ナイトスパイダー・オーバーベージ!!」
いつものような変身音ではなく、サイレン混じりの警告音を伴い装着が完了する。
最後に胸部装甲が左右に展開され、蜘蛛の巣のように各部へと伸びる回路が露出した。
「目標、取り込まれた浜田社長のレスキュー及び機改人スーツのシャットダウン、もしくは破壊による機能停止。システム止めて、引きずり出してからぶっ壊す!」
『リミッター解除。ワクチンプログラム、セット完了。限界稼働時間、サウンドフリーザーの冷却機能により90秒から240秒に上方修正。バディ……Are you ready?』
「出来てるよ……!」
チェンジャーにタイマーが表示され、カウントダウンが始まった。
「オールマキシマムレスキュー、発動!!」
『ヌゥ……ッ!?』
「勝負だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
読んでいただき、ありがとうございます。