お久しぶりの更新です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「ねぇ……さん……」
ぼやけていく視界。目の前にいるのは、僕の手を掴んで離そうとしないたった1人の家族の姿。
そしてその傍らには、傷だらけになった顔で僕らを交互に見つめる、焦げた白衣の男性が腰を落としていた。
「助けられるのは、君たちのどちらか片方だ。すまない……本当に……すまない……」
「先生……なら……どう、か……リヒトを……」
消えていく生命の灯火。肌を焼こうと近づいてくる熱に対して、どんどん冷たくなっていく身体。
互いに死が目前に迫る中で、僕に全てを託そうとする人がいた。
「リナ、本当に良いんだな?」
「先生……お願い……。リヒトは、わたし、の──」
「……わかった。チェンジャーと私の命を、リヒト君に託そう」
そう言うと先生は、僕の身体を抱えた。
同時に、左腕に何かが巻かれる。その時の僕は、それが何なのかに疑問を抱く事すら出来なかった。
次の瞬間、首筋にチクッと痛みが走る。続けて何かが注入されるような感覚があり、そして冷たくなっていた身体には、燃えるような熱が広がっていった。
「あっ……がアァあぁぁアああああ!?」
頭の中がぐるぐると回る。絶叫マシーンに振り回されている時のような感覚。何が起きているのか分からず、あまりの苦しさにうずくまる。
「リヒト君、すまない……。君に重い因果を背負わせてしまう事を、許して欲しい……」
「リヒト……あなたは、生き、て……私の……分まで……」
「姉さん……せんせ、い……うぅ……ッ」
2人の声が遠のいていく。視界が暗転する。
最後に見たのは、僕を見下ろす2人の姿。そして……
僕の大切な人たちを飲み込む赤い奔流が、両の眼に焼き付いていた。
「この会社はな……俺を面接で落としやがったんだ!! 」
「………………は?」
予想外の返答に、思わずそんな声が出た。
面接で落とされた? ただそれだけでこんな事を?
理解できない話だ。それが何故、法で裁けない悪だと言う話になるのか……。
「忘れもしない1ヶ月前、俺はこの会社の面接を受けた。80回目の面接だった。次浮かれなきゃ、俺は終わりだと思って臨んだよ……」
なんか……過去語りが始まった……。
聞き流してもいいんだけど、何か重要な情報が掴めるかもしれない。ここは話だけでも聞いておこう。
「けど向こうは俺の都合なんざ知ったこっちゃねぇ。俺は落とされ、貯金も底を尽きかけていた。そしたら俺の面接の翌日、その会社は何をしたと思う?」
「さぁ? 面接で迷惑かけて、訴訟でも起こされたとか?」
「違うわ!! 俺が面接でプレゼンした商品を、自分たちの新商品として売り出したんだよ!!」
「……はぁ?」
いやいや、それはただの偶然でしょ。たった一日で企画通して商品展開とか、普通に考えて有り得ないでしょ。
この人、そんなことも分からないのか!?
想像力がまるで足りてない……。ああ、だからこんな真似ができるのか……。
「そこで俺は確信した! 俺を落とし続けてきた奴らは、俺のアイディアだけ盗んで俺を落としやがったんだ!!」
「いや、そんなわけが……」
「そんな企業がいくつもいくつも蔓延ってやがる!! こんな腐った世の中は誰かが変えなきゃいけない!! そうだろ!?」
だいぶ興奮してる……話を聞いてくれそうにはないな。
自分の思想にだいぶ酔っているみたいだし、説得は望みが薄いだろう。
「俺はここの面接官を問い詰めようとした。だが、俺は警察に突き出されるハメになった。俺は奴らの悪辣さを訴えたが、警察は俺を相手にしなかった!! 間違いない、癒着してやがったんだ!!」
また話が飛躍した……。どうすればここまで自分に都合のいい解釈が出来るんだ!?
情報を聞き出すためとはいえ、いい加減聞くに耐えなくなってきたぞ。あと何分耐えればいいんだ……。
「取り調べが終わり、俺は憤りと悔しさを胸に家へと戻ろうとしていた。その時だ、
「あの人?」
来た!! ようやくいちばん欲しかった情報っぽい気配があるぞ!!
これでようやく長話を聞かずに済む……。
マグマンの次の言葉に、僕は息を呑んで耳をすませた。
────────────────────────
帰路に着いた俺を取り囲んだのは、黒のスーツにサングラスのいかにもな集団だった。
困惑する俺の前に現れた男の穏やかな声を、俺は今でも覚えている。
「君、世界を変えたくはないかね?」
上品なスーツに身を包み、高そうな腕時計を巻いた眼鏡の男。いかにも成金というオーラが滲み出ていた。
「な、なんだよアンタ」
「いい目をしている。まるで、そう……草陰で獲物を狙う虎のようにギラギラとした目だ」
「は、はぁ……?」
よく分からない言い回しだったが、褒めてくれていることだけはわかった。
同時に、なんだこのおっさん……と困惑させられたのを今でも覚えている。
「この世界そのものに怒りを向けているんだろ?」
「ッ!」
「見ればわかる。私はね、君のような人間を探していたんだよ」
「俺を……? あんた、いったい……」
あの人は、眼鏡の向こうから俺をまっすぐに見ていた。この人は俺自身を見てくれている、と感じた。
そして、静かに手を差し伸べてきた。
「私は怪人研究機構の長、
人生で初めての言葉だった。あの人は俺が必要だと言ってくれた。
俺は迷わず浜田さんの手を取り、そしてこのスーツの装着者となった。
□□□
弱者から搾取し続ける不平等な社会。その腐った社会への報復は、俺にとっての目的であり仕事だ。
俺はこの力で社会を変える。もう何者にも奪われないし奪わせない、絶対的な力だ。
「俺は弱者の代弁者だ! 正義のためにこの邪悪な企業を糾す権利がある。浜田さんから貰った力はそのためのものだ!! だから黒騎士、テメェに邪魔されるいわれはねぇ!!」
だから今日、俺はこの会社を焼き尽くす。
この怒りの炎を正義の鉄槌とし、汚い経営者どもに振り下ろしてやる!!
「マグマン、お前は……」
さぁ黒騎士、果たしてお前は俺を殴れるかな?
いいや、お前に俺を殴れるはずがない。何故なら俺は怪人じゃない。お前と同じ人間で、お前と同じくこの世界に思う所がある者だ。
スーツという力を以て、気に入らない奴らをぶっ潰す。その点、俺とお前は似た者同士よ。
そうである以上、お前が俺を邪魔する理由はねぇよなぁ!!
「お前は、そんな身勝手で人を焼くのか」
「……なに?」
身勝手? 今、身勝手と言ったのか?
いやいや、そんなはずはない。今までの話を聞いていれば、俺が身勝手だなどと言えるわけが……
「お前が放った火を消すのは誰の仕事だ? 壊れたビルを直すのにいくらかかる?」
「それは……社会に蔓延る悪を裁くために、多少の犠牲はやむを得ないだろ?」
「
「ッ!?」
さっきまでの軽そうな口調とは違う激しい声。あまりの迫力に思わず後退る。
今、奴は怒りに目を吊り上がらせ、俺を真っ直ぐに睨みつけているのが複眼越しでも伝わってきた。
「さっき、自分の事を弱者の味方だって言ったよね。ここで働く人達にも家族がいるとは考えなかったの?」
「……は?」
いやいや、そんな事知るかよ。そこらの通行人なんかの人生とか、気にしてる暇なんかあるのは余程の暇人だろ。
「そうか……考えた事もないんだな? 」
「ヒッ……!?」
えげつないドスの効いた声。爛々と光る仮面の複眼も、どこか釣り上がっているように見えてくる。なんだ!? 何なんだよ!?
「黙って聞いてりゃチピチピチャパチャパ……責任転嫁に正当化、被害者ヅラして自己陶酔。挙句その体たらくで正義を騙り、自らを弱者の味方と嘯く……笑えない
「ち、チピチピ……?」
ちょっとよく分からん単語があったが、黒騎士はゆっくりと俺の方へと向かって歩き出す。
おい待て、待てよ!? なんなんだよ!? あいつ、人間には手を出さないんじゃないのか!?
『バディ、落ち着いてください』
「分かってる。こんなやつに殴る価値はない」
「な、なにぃ!?」
「殴る価値はないって言ったんだ」
こいつ!! 言わせておけば!!
俺は力任せに、黒騎士の顔面へと拳を繰り出す。
増強された身体能力に、溶岩のグローブに覆われた拳。そのパワーはコンクリートの壁だろうと粉々に粉砕できる。
「クソガキが知ったふうな口をッ!」
「図星をさされるのがそんなに嫌?」
「ッ!?」
確実に顔面を狙った。拳は当たる直前まで迫っていた。
だが……こいつ、当たる直前に顔を逸らすだけで避けやがった!?
「野郎ッ!! フンッ! ハァッ! オラァ!!」
「単調すぎる。貰った力でイキってるだけなの、丸分かりだよ」
「うるせぇぇぇぇぇ!!」
右腕にエネルギーを集中、赤熱化した溶岩の拳を叩きつける。避けた瞬間、こいつを爆発させればタダじゃ済まねぇ!
火山の噴火にも等しい爆風と熱波に呑まれりゃ、いくらスーツが頑丈でもブッ飛ぶ筈だ!
「俺の怒りを否定するならお前も敵だ、くたばりやがれえぇぇぇぇ!!」
「遅いよ」
「……は?」
黒騎士は俺の溶岩拳を避けなかった。避けられなかったんじゃねぇ、
代わりに、俺の拳は奴の目の前で止められていた。黒騎士は片手で俺の拳を受け止め、俺の顔を睨みつけていた。
な、なんだ……!? 拳が動かねぇ!?
こいつ、力強ッ! 右掌で受け止めてるだけなのに、俺の拳がビクともしねぇ!?
「“大いなる力には大いなる責任が伴う”。人を簡単に焼き殺せるその力に、お前は何も責任を感じていない。ハッキリ言って怪人以下だ!」
「何だとぉ!?」
「褒めるわけじゃないけど、あの怪人達でさえ人類殲滅という使命を背負って力を振るっていた。けどお前には何もない!!」
クソッ!! らしくもない猫被りやがって、説教まで垂れやがる気かよ!!
「黙れ!! お前なら分かるはずだ黒騎士!! 世の中はクソだ、俺は奴らに奪われたんだ!! 俺はお前と同じなんだよ!!」
「は????? お前が黒騎士くんと同じわけないじゃん」
「…………は?」
次の瞬間、側頭部に強烈な衝撃が走り、俺は勢いよく吹っ飛ばされた。
「ぶっ!? べっ、らぁぁぁ!?」
床を転がり、デスクをボーリングのピンのように吹き飛ばしながらようやく止まる。
拳を受止め、そのまま蹴り飛ばされた事を理解した。が、今はそれどころじゃねぇ!!
こいつ、今なんて言った?
黒騎士くんと同じわけがない……? え、あれ、えっ……どういう事だ???
ちょっと待て…………お前、黒騎士じゃないのか?
俺を蹴り飛ばし、着地したあいつが俺の方へと向かって歩いてくる。
待て待て、なんかよーく見たらスーツの見た目が若干違う……ような?
色も黒と言うよりはグレー寄り……のような?
複眼の色も赤じゃなくて緑だな?
あれ? ひょっとしてこいつ……黒騎士じゃないな!? よく似てるけど別人だこいつ!?
「そもそも、黒騎士くんにとってのワルモノの定義は『誰にも奪われない。奪わせない力を持って、好きに生きているやつ』だぞ。まるっきりお前の事じゃん、メンタルチェックアンケートちゃんと読んだ?」
「お前……何者だ!? 黒騎士じゃないのか!?」
「ガワしか見てないにしたって、黒騎士くんを警戒してる割に理解が足りないよね。喋り方全ッ然違うんだから違和感くらい持って欲しいなぁ!!」
「くっ、来るな! 寄るな! 近づくなぁぁぁぁぁ!!」
さっきから会話になんか圧がある!? 俺、なんか地雷踏んだのか!?
しかもさっきから俺の攻撃が全然当たらねぇ!? 何で全部避けてんだよ!?
くっそぉぉぉぉ!! ナメやがってチクショー!!
こうなったら……そうだ、あのオッサンを忘れる所だったぜ!!
「う、動くな! これ以上動くなら、あのオッサンの命はねぇ!!」
俺はオッサンが蹲っていた場所へと手をかざす。
あのオッサンこそ、俺が最も復讐するべき相手。この会社の社長だ。逃げ遅れていたのを追い詰めて、そのまま焼き殺してやる予定だったんだ。
このスーツの火力なら、一瞬で燃えカスに変えることができるだろう。その上で人質にできるなら儲けもんだ。俺がこの黒騎士モドキから逃げる時間が稼げるんだからな!!
「オッサンって? そこには誰もいないよ?」
「は? 何言ってんだ、さっきからそこの隅で……」
オッサンが蹲っていたはずの場所に目をやる。
そこにはちゃんと、黒騎士モドキに渡されたマントに身を隠しながら悲鳴をあげるオッサンの姿が……
『アイエエエ!? もう勘弁してくれぇ!! 』
は、半透明になって消えた!?
「ホロ、グラムぅぅぅ!?」
「そう。今頃消防隊の人達に救助されてる頃だと思うよ」
「お前まさか、自分を囮にしてやがったのか!?」
「僕とのお喋りに夢中になり過ぎ。復讐するならターゲットから目を離しちゃダメだろう?」
「クソッ! クソッ! クソぉぉぉぉッ!! なんなんだよお前はぁぁぁ!? なんなんだぁぁぁぁぁ!?」
俺の動きが尽く先読みされる……怖ぇ怖ぇ怖ぇ!!
何なんだよこいつはよぉ!? こいつ黒騎士と全然違うじゃねぇか……。
とにかく怖ぇよ!! なんかヌルッとした怖さがある!!
まるで俺の思考も行動も、全てを先読みした上で一つずつ潰してくるような、そういう感覚!!
黒騎士の圧倒的な暴力とは違う、得体の知れない雰囲気!!
まるで蜘蛛の巣に絡め取られた獲物になった気分だ……絶望が一歩ずつ、足音を立てて近づいてくる!!
「何なのさ、か……。そうだね、僕は──」
「うわああああああッ!!」
俺は絶叫しながら、両手から火炎弾を連射した。
まだまだ余裕だぞ、とでもアピールするかのように喋り続ける黒騎士モドキへの、精一杯の抵抗だ。
「来るな寄るな来るな寄るな!! うわああああああああああああ!!!」
火炎弾が爆発し、黒騎士モドキは黒煙に覆われる。
い、今のうちに逃げよう。あの社長への報復なんざ、もうどうだっていい!! ここに居続けるなんて真っ平だ!!
「ルナ、マキシマムレスキュー申請」
『マキシマムレスキュー承認。リミッター限定解除』
「は……?」
黒騎士モドキの淡々とした声と、女の声に近い合成音が響く。
今のであいつが怯んですらいない事実、そして今にも黒煙の向こうから現れるかもしれないという恐怖に、俺は言葉を失った。
「僕はHERO、命を救う者。そして同時に、お前達みたいな怪人の力を悪用するやつらをやっつける、地獄からの使者」
「ど、どこだ……!?」
「蜘蛛騎士って呼ぶ人もいるけれど、推しとかぶるからさ。
「どこに居やがる!?」
足音は聞こえるのにいつまで経っても姿が見えない……。
正面か? 右か? 左か? いや、いつの間にか背後に回られている可能性も……いや、それだけは考えたくない!!
後退りしていると、背中が壁にぶつかる感触があった。
よ、よし、これで背後だけは取られねぇ。あとは壁伝いに部屋の出入口まで辿りつければ……!
「マグマン、お前が焼こうとしていた社長さんの気持ちは、そろそろ分かったかな?」
「あ……ぁ……ああああああ!?」
声のした方向は、思わぬ場所だった。
絶望が口から溢れ出る。見上げた頭上には、天井から逆さまにぶら下がる黒騎士モドキ……いや、自称“ナイトスパイダー”の姿があった。
右腕の手首から放たれた糸が、俺の体に巻き付けられる。
俺はあっという間に拘束され、天井へと吊られ貼り付けられた。
「浅慮、短気、傲慢、無責任。それらのツケを全部、この世の地獄で支払いなよ」
『ターゲットロックオン、チャージ完了』
いつの間にか左腕に装着されていた銃口が、胸の中心へとむけられる。ギュイイインというアイドリング音と共に、銃口には何かエネルギーが充填されていっているのが嫌でも分かった。
火炎弾や熱風を放とうと藻掻く。だが何故かエネルギーが身体を巡る感覚が無い。ただ、掌からガス欠したかのように小さく煙が出ただけだ。
何故だ!? マグマ怪人のあの圧倒的なエネルギーがガス欠だと!?
何故だ、何故だ何故だ!? マグマ怪人は無敵なんじゃなかったのか!?
い、嫌だ! こんな所で終わりたくない! 俺はまだ何も為せていない!!
せっかく誰かに必要とされたのに、俺は何も達成出来ちゃいないんだ!!
「や、やめろ!! やめろぉぉぉ!! 命だけは、命だけは助け……」
「マキシマムレスキュー発動! ハイドロキャノン!」
『MAXICIMAM RESCUE! HYDRO CANON!』
機械音声の直後、銃口から発射される水の弾丸。それは天井に拘束された俺の全身を包み込み、ビルの屋根を突き破りながら天高く打ち上げた。
まるで電車の最後尾に座っているかのように遠ざかる景色。まともに生きている人間なら目にすることはないだろう、真上から見下ろしたビル街。
喉が潰れるほどに絶叫しながら、俺の意識はプツリと途切れた。
読んでいただき、ありがとうございます。