お久しぶりでございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
社長室の自動扉が開かれ、シワひとつない黒いスーツに身を包み、タブレット端末を片手に持った長身の女性が入ってくる。
「少年Sの情報について、進展があったというのは本当かね?」
「はい。つい先日、掲示板サイトにこんなものが」
幸屋くんがタブレット端末を操作し、部屋に備え付けられた立体スクリーンに表示したのは、ある1つのスレッドだった。
「都市伝説スレか。タイトルは……『“新峪市の黒騎士”って知ってる?』だと?」
「どうもSはもう1人の黒騎士として、新峪市で密かに噂になっていたようです。黒騎士自体が一時期都市伝説扱いされていたため、我々諜報部も尾ひれのついた噂話だと判断していたのですが、今回の件である程度の事実が含まれている可能性が高まりました」
「Sは新峪市を中心に活動している、という事かね?」
「情報を総合すると、ほぼ間違いないかと。ただ、KROの活動範囲を鑑みるに、何度かこちらの方へ足を伸ばしているようですね」
探し続けていた人物が目と鼻の先に居たという事実に、思わず口を開けてしまう。灯台もと暗しとはまさにこの事だ。
しかも何度かこちらの方へ来ていたのにも関わらず、我々の捜査網に引っかからなかったというのも驚きだ。
黒騎士、もといカツミくんもそうではあった。ただ、彼の場合はそもそもケータイ等の電子機器を持っていなかったが故に見つからなかったわけだが。
彼は事情が特殊だったわけで、Sもそうだとは考えにくい。いったいどのような方法を用いているのだろうか……。
「それから、Sの最新の活動も掴めています」
「埠頭の件ではないのかね?」
「本日正午、新峪市のとある商社ビルにて火災が発生したのですが……」
スクリーンが切り替わり、ニュースの映像が流れる。火元は不明、火はビル全体に拡大。しかし幸いにも死傷者は0人で鎮火された、という内容だ。
死傷者が出なかった事に加え、突如として降り始めたにわか雨によって鎮火が早まるなど、奇跡的な幸運が重なった事件だったと報じられている。
「この火災、一見すると怪しい点はありません。しかし、調べてみるとおかしな点が幾つか見つかりまして」
「おかしな点?」
「ビル周辺の監視カメラの映像が、一部削除されていた形跡があったとの報告が上がっています」
「関連性がないとは言うには出来すぎているな」
「それに、このにわか雨。気象庁のデータによると、雨雲の存在が確認されていないとか」
「つまり、存在しない雨雲から降り注いだにわか雨が、火災を鎮火したというのか?」
「そうなりますね」
「ふむ……」
状況から察するに、存在そのものを隠しておきたい何者かが、この火災の鎮火に関わっているとみて良いだろう。
よっぽど見つかりたくないという事だけは伝わってくるが、その割には悪事を行っているようには見えないが……。
「幸屋くん、君はどう思う?」
「所感でよろしいですか?」
「構わん。君の見解が聞きたい」
「あくまで私個人の意見ですが、黒騎士くんと違って自分の行いに後ろめたさのようなものを感じている……そんな感じがします。まるで怒られる事を怖がって、自分がしでかした事を隠そうとする子供のような……」
「後ろめたさか……」
確かに、そう考えると隠れてコソコソと活動している事にも納得がいく。
カツミくんは自分の行動が悪い事だと信じきった状態で善行を重ねていたが、Sはその逆。少なからず、自らの活動に思う所がある……という事だろうか?
「ともかく、まずは一度会って話さなければならんな……」
「その為にはSを見つけなければなりませんね……」
「今後は新峪市に絞り込んで捜索を続けてくれ。必ず見つかるはずだ」
「では、そのように」
そう言って幸屋くんがタブレットを操作し始めたのと同時に、私の端末に着信が入る。
発信者名は……む? 非通知の番号だと?
「……もしもし?」
『もしもし? KANEZAKIコーポレーション社長の、金崎さんですか?』
「いかにも、私こそ宇宙一の天ッ才科学者にして敏腕経営者の金崎レイマだが……」
幸屋くんからちょっと冷ややかな視線が飛んでくるが、華麗に受け流して私は耳を傾ける。
『お久しぶりです。覚えていらっしゃるかは分かりませんが、小原理人といいます』
「ッ!? 小原……君、リナくんの弟くんかね!?」
『はい!』
「ああ、覚えているとも!」
その名前を思い出すのに時間はかからなかった。
小原理奈。彼女は私の社員の一人だった人間であり、シルバスの元でアレを開発していた科学者の1人だ。忘れるはずもない。
そういえば、リヒトくんには私の端末に直接繋がる番号を書いた名刺を渡していた事を思い出す。何か困り事だろうか?
『実は大至急、金崎社長にお話したいことがありまして……』
「ほう? 大至急、となれば急用かね?」
『はい……。出来れば2人っきりで、今すぐにでも直接会って話せませんでしょうか?』
「それは随分と穏やかじゃないようだが、何かあったのかね?」
電話越しに聞こえてくるリヒトくんの声には、切羽詰まったものを感じた。何かを必死に訴えかけようとしているような、そんな声だ。一体何が……
『マグマ怪人が蘇るかもしれません。すぐにでも話をさせてください!!』
「な、何ィ────ッ!?!?!?」
私は思わず腹の底から絶叫していた。
意外な人物の口から予想外の言葉が飛び出してきたからだ。
「り、リヒトくん、それはどういう事かね!?」
『詳しい説明は後です。お願いします、今すぐ話をさせてください!!』
その声は切羽詰まったものだった。急を要する事態なのは間違いない。
「分かった。今すぐ迎えを……」
『いえ、もうすぐ其方へ到着します』
「もう来ているのかい!? 分かった、受付で待っていてくれたまえ」
話の真偽は不確かだ。だが、わざわざ2年近く顔を合わせていない私を頼って来たこと。加えて電話越しにでも伝わる彼の焦りが、その話に真実味を与えていた。
マグマ怪人、即ち惑星怪人アースの復活。もし本当なら由々しき事態だ。
「幸屋くん、司令室に伝達! それから彼女達にも──」
『それから!! ジャスティスクルセイダーにはこの件、伝えないでもらえますか? あと、黒騎士くんにも』
「……な、なんだと!?」
私の言葉を遮る叫びに、思わず眉を顰める。
カツミくん達に伝えるなだと? なにゆえ?
『事情はおって説明します。ですが、どうかあの4人には悟られないようにお願いします』
「……どうしてもかね?」
『ええ、絶対です』
「そうか……」
アースの復活。そんな重要な情報を持ち込んでいながら、カツミくん達には内密にして欲しいと念を押す。
何故そんなことを? この天才の頭脳を以てしても、見当がつかない。
いや、当然だ。私は彼について多くを知らない。知っている事といえば、我が社の社員だったリナくんの弟であることくらいだ。
姉に連れられ時々、社の飲み会の席に着いていた少年について、私はそれ以上を知らない。私よりも
……だが、少なくとも一つだけ確かな事がある。
「分かった。君の話を聞かせてもらってから、判断させてもらおう」
『ありがとうございます! では、後ほど!』
プツッという音と共に通話が切れる。
私は端末を仕舞い、私の方を見つめている幸屋くんの方へと向き直った。
「社長、いかがなさいました?」
「ある少年からのタレコミだ。マグマ怪人が復活する可能性があるらしい。司令室に伝達しておいてくれ」
「それ、本当なんですか? イタズラ電話とかじゃ……」
幸屋くんは怪訝そうな顔で私を見る。普通ならこういう反応になるのも当然だろう。私も先程こういう顔をしていたはずだ。
しかし、私は彼の言葉に嘘は無いと判断した。
「彼は理奈くんの弟だ。姉の名誉を貶めるような真似だけは絶対にしないだろうさ」
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「お久しぶりですね、金崎さん」
幸屋くんが案内してきた少年は、最後に顔を見た日に比べて随分と顔付きが変わっていた。
単純に背が伸びた、というだけではない。私の記憶にある彼は、どこか内向的で陰気な眼鏡のオタク少年だった。
しかし、今の彼からはあの頃ほどの陰気さを感じない。背筋も伸びているし、どうやら眼鏡も外している。これが高校デビューというやつなのか。それとも、姉との離別から前に進んだ彼の姿なのか……。どうあれこの2年近くの月日は、理人くんに少なからず変化を与えたようだ。
「レイマでいい。少し肩の力を抜きたまえ」
「はい……では、レイマさん」
「まだまだ硬いが……まあいい、好きに呼んでくれ」
こうして面と向かって話したのは久し振りだ。それに彼からしてみれば、私は姉が務めていた会社の社長でしかない。見ず知らずの仲ではないが、カツミくん達のような距離感とはいかないだろう。
……或いは。たった一人の姉を死なせてしまった、情けない雇い主だと思われている可能性すらある。
あの事件を未然に防げなかったのは、社長である私の落ち度だ。恨まれる覚悟はできている。どんな罵詈雑言を向けられようと、私は受けとめよう。
いや、今の本題はそこではない。私の懺悔は一旦胸の奥に仕舞っておこう。彼が腰を下ろすのを確認すると、私は本題を切り出した。
「早速だが、マグマ怪人の復活とはいったいどういう事だ?」
「レイマさん。KRO……怪人研究機構という組織はご存知ですね?」
「なぜ君がその名前を!?」
あの組織は公的機関に扮して現場に紛れ込んできた。警察や自衛隊には共有されているが、無用な混乱を避けるために箝口令が敷かれている。まだ表沙汰にはなっていないから、一般人は名前すら聞くはずのない存在だ。どこでそれを!?
「奴らを捕縛、通報してきたのは僕です」
「な、なんだとぉぉぉぉぉう!?」
待て待て待て待て!? 話が急過ぎる!?
いきなり面会を求めてきたリヒトくんがKROを知っている上、これまで奴らを通報してきただと!?
情報量が多すぎて流石の私も寝耳にナイアガラだぞ!?
……ん? ちょっと待て。
これまで通報を受けて向かった先で、KROは少年Sに拘束されていた。通報はおそらくS自身によるものだというのは想像に難くなかったが……これは、まさか?
「では、まさか君が”少年S“なのか……?」
「その呼称は初めて聞きましたが……ええ。僕が蜘蛛騎士、ナイトスパイダーです」
「蜘蛛騎士、ナイトスパイダー……」
「今、お見せしましょう」
そう言ってリヒトくんは立ち上がると、左腕に巻かれた“それ”を見せる。
「そ、それはまさか!? プロトチェンジャーType-S!?」
「そうです。そして……変身!!」
次の瞬間、リヒトくんはチェンジャーを操作すると派手な動きでポーズを決め、起動ワードを呟いた。
『Save……Straight……Super……Spider……』
『CHANGE——PROTO TYPE Sゥ……』
全身を覆うダークグレーのスーツ。その上から装着された左右非対称な装甲は、黒騎士……カツミくんのプロトゼロに似ているようで細部が異なっている。
プロトゼロと同様、基盤やパイプが露出しているが、彼のそれはプロトゼロ以上にボロボロでツギハギだらけだ。
加えてプロトゼロと大きく異なる点が一つ。
そのスーツは明確に、蜘蛛を模した意匠が組み込まれたデザインである部分だ。
肘や膝の装甲は六角形。Sと刻印された胸部パーツから肩部へと伸びるラインや、仮面の左右から伸びるアンテナは、蜘蛛の脚を思わせるように細い。
一見プロトゼロと見間違えるが、見慣れた人間からすればそうでもない。しかし、瓜二つと言っていい程には、2つのスーツは酷似していた。
“蜘蛛騎士”か……。発音が少々、黒騎士くんに近い名前だ。彼が自ら寄せたのか、それとも誰かに付けられたものをそのまま名乗っているのか。いや、『ナイトスパイダー』と続けている辺り、もしかすると両方かもしれない。
そこには確かな自負を感じる。彼はきっと、その名前を背負って戦い続けてきたのだろう。私の目が届かない場所で。
それも……おそらくたった一人で。
そして私は、そのスーツを知っていた。
「そのスーツはプロトエス……何故、君がそれを?」
「黙っていた事、そして事故とはいえ結果的にこのスーツを持ち出してしまった事は謝罪します……ごめんなさい。本当はこの場で全てを説明したいのですが、もうどれほどの猶予が残されているかも分からないんです。なので……」
「……分かった。それは目の前にある危機を片付けてからにするとしよう」
「ッ……! ありがとうございます!」
彼は深々と頭を下げると変身を解除し、チェンジャー経由で私の端末にデータを送信してきた。
そのままスクリーンへと投影すると、それは彼の戦闘記録だった。
「KROは2日ほど前、マグマ怪人のゲノムを回収するべく動いていました。奴らとは何度かやりあってるので、それは何とか食い止めることが出来たのですが……」
それからリヒトくんは、この2日間の出来事を詳細に説明してくれた。スクリーンに映し出されたのはコウモリのようなスーツの『フレイダー』、そして『ドク』と呼ばれたタコ男。機改人と名乗った2人組の画像の隣には、スーツの素材がでかでかと表記されていた。
「怪人の力を利用したスーツだと!? しかもM.A.G.I.C.を使用している!? 一体アレをどこで……」
「分かりません。ですが奴らは今、マグマ怪人のスーツを完成させようとしています。昼間の火事も奴らの仕業です。幸い、仕掛けた発信機で奴らの拠点の位置は突き止めました。仕掛けるなら今夜しかありません」
「リヒトくん、まさかジャスティスクルセイダーや黒騎士くんに伝えないで欲しいと言っていたのは……」
「ええ、奴らは自分達がジャスクルや黒騎士に敗北した場合を想定しています。あの子達が人間を相手にその力を向ける事を……特に黒騎士くんがそうなってしまう事を想像しただけで、僕は身の毛立ちます……」
「だから君が1人で抱え込むと言うのかね? 君だって子供だろう!?」
この怪人スーツに搭載された機能。それはこれまで相対してきたどんな怪人達よりも恐ろしく、悍ましい所業だ。
それをたった一人の少年が背負い込もうとしている。どれほどの重責か、想像するまでもない。
「今更ですよ、レイマさん。それに、怪人の相手は苦手ですが、人間相手なら慣れています。スーツ着ただけの人間相手なら、鎮圧するだけで良いですからね」
「ッ……君は……」
みね打ちのジェスチャーをしながら、彼はおちゃらけたように笑っている。
リヒトくん。君は今、その笑顔の奥でどんな
さらりと軽口を叩く彼に、私は暗いものを感じた。
彼はこの2年間、何を見てきたのだろうか……。
「議論の余地はありません。マグマ怪人スーツの存在を僕に知られた以上、連中は今夜必ず動きます。ですが、僕一人で奴らを止めるのは不可能です。どう足掻いても間に合わない。だからレイマさん……あなたの力を貸してください。お願いします!!」
「……条件がある」
ここで手を貸さない理由はない。彼の言う通り、今夜を逃せばマグマ怪人の脅威は再びこの国を襲うだろう。
しかも今度は、人の手によってそれが成されてしまう。それだけは何としてでも食い止めなければならない。
だが、私にはそれと同時に果たさねばならない責任がある。
「一つ。作戦が終わったらプロトエスを渡し、ここで全てを説明してくれ。何故君がそれを持っているのか、この一年何をしてきたのか、全てを聞かせてもらう」
「当然です。全て包み隠さず、一から説明します」
嘘は無さそうだ。いつかこうなる日を……いや、いつかこうする事を決めていたのだろう。
「うむ。そしてもう一つ……絶対に無茶はするな」
「無茶ですか?」
「そうだ。見たところ、プロトエスはかなりガタが来ているように見えた。かなり無茶な使い方をしてきたんじゃないか?」
「それは……はい……そこそこ……」
そこそこ、なんてレベルじゃないのは見れば分かる。プロトエスの開発者は私ではない。だが、プロトゼロと同時期に開発していたプロトエスの設計やパーツは共通のものが多い。
カツミくんが使い続けたプロトゼロですら……まあ、あちらは彼の成長にスーツが追い付けていなかった、という想定外があったとはいえ、2年もの戦いでだいぶガタが来ていた。
本来プロトエスは戦闘用ではない。だが、リヒトくんの口ぶりや記録映像からして、どうやら何度か戦闘に使ったようだ。プロトゼロ以上にガタが来ているのは間違いないだろう。
「もし、想定されていない運用の末に、君の身に何かあったら……それはヤクモやリナくんも望んじゃいない筈だ」
「ッ!」
「深追いはするな。危ないと感じたら、我々に任せなさい。いいね?」
「……分かりました」
少し間があったが、リヒトくんは首肯した。
姉やヤクモの名前を出されると弱い、か。リナくんはともかく、あいつも随分と懐かれていたものだ。
2人が生きていれば今頃は……いや、その“もしも”を思い描くのはやめておこう。ちょっと俺が耐えられん。
「よし。では、プロトチェンジャーを渡してくれ。作戦開始までに出来る限りのメンテはしておく」
「そうですね。ルナ、いいよね?」
『異論ありません。ここまで私抜きで頑張りましたね、バディ』
ん? 今の声は?
チェンジャーから聞こえた気がするが……。
「リヒトくん、ルナというのは?」
「ああ、紹介が遅れていましたね。僕のバディ、ルナです」
『初めまして、金崎社長。私は“R.U.N.A.”、プロトエスの制御を司るメインOSです』
「そうか、ルナくんというのか。よろしく頼mんんんんん!?!?!?」
ルナ? 制御用メインOS?
まさか、『Rescue Utility Navigation AI』の頭文字を取って縮めた名前か?
2年前の一件でプロトエス共々瓦礫の下に埋もれ、データ丸ごとおじゃんになったと諦めていた、あの超高性能救助用人工知能の!?
「レイマさん? どうかしましたか?」
「リヒトくん……」
「はい?」
「君、まだ他に何か持ち出していないだろうね!?!?!?」
「え? いや、プロトエスの装備一式以外は何も……」
「本当に!? 本ッッッッッ当に本当だろうね!?」
「ほ、本当に本当なんです信じてください!! あと顔が近いです!!」
「社長、一体何を大声出して……社長!? 年端もいかない少年に詰め寄って何してるんですか!?」
この後、私は幸屋くんからいいチョップを貰い、ようやく落ち着くことになった。
リヒトくんには軽く引かれていた。本当に申し訳ない。
読んでいただき、ありがとうございます。