戦艦レ級になりまして。   作:灯火011

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はじまりは、海の上で

 シンプルに困った。これが今の私の気持ちである。

 

 

 遠出をするのが私の日課だ。

 

 それは、電車であったり、自転車であったり、車であったり、バイクであったり。

 

 時には飛行機であったり。

 

 手段は問わない。

 

 そのせいであろう。今回の遠出においては、私は見事に貧乏くじを引いてしまっていた。

 

「うーむ」

 

 幸いにして季節は夏から秋になりかけた季節である。例えば、山で遭難したとて、ケガをしたりせぬ限り、まぁ、即座に死ぬことはない。

 

「これはなぁ」

 

 車が壊れたとて、携帯電話がつながれば死ぬことはないし、電波がなくても道路を歩いていけばまぁず死ぬことはない。

 

「困ったなぁ」

 

 だが、しかし。この世界においても、海に投げ出されてしまっては、まぁず助かることはないだろう。

 

「うーん」

 

 幸い、救命胴衣はつけている。今日は荒れるから、と念のためにと渡されたものがここで役に立つとはね。

 ことのあらましは簡単で、荒れた波で乗っていた舟から投げ出されたという話だ。離島さらに先、沖合の島に行きたいと願ったばっかりに起きた悲劇。あっという間に乗っていた船と距離が開いてしまい、幸い、バッグは持っていたから携帯は無事なのだが。

 

「電波はないと」

 

 沈むことはない。海も幸いに暖かく、即座に死ぬこともない。救命胴衣もしばらくは浮力を持っていることだろう。だが、それはただ単純に、死ぬまでの時間が伸びたというだけに他ならない。

 ヘリやら、船やらに回収されれば別であろうが、この波と天気ではなぁ。

 

「まぁ、なるようになるか」

 

 幸いにして親しき間からの人々は特に居ない。ならば別にここで沈んでも構わんか。そう思えば、ただ、漂うことも悪くはないだろう。それに、船が気付いて引き返してくることだって考えられるしな。と、思ったのだが。

 

「…これはあんまりよくないな」

 

 波間の隙間から、先ほどまで乗っていた船の船底が見えてしまった。どうやら、大きな穴が開いている。波間から、救命胴衣を着た人々の姿も見て取れた。

 

「海難事故」

 

 ぽつりと呟いて、事実の重さに気分が沈む。いやしかし、舟はそこそこ大きく、投げ出されはすれど沈みはせんだろうと思うし、そもそもここは深瀬だ。船底にあんな穴なんて、いきなり開くものだろうか?

 

 そうやって、漂うことしばらく。少しばかり眠気に襲われながらも、ただ海に漂っている。間違いなく限界に近付いている。船の残骸もどんどんと海に沈み、救命胴衣の姿もちりぢりになってしまっている。

 

 時間は気づけば夜の始まり。月が少し見え始め、太陽は水の下に沈んだ。

 

 これはなかなか絶望的なのではないだろうか。いやまぁ、人生の最後がこれというのもまぁ、面白い。

 

 そうだな。この気分を携帯にでも残して、バッグに入れておけば、もしかすれば後々回収されて何か世間に残すものになるかもしれない。

 

 ならば、まぁ、暇だしね。適当に残すとしようか。

 

 

 時間を潰しながら、眠気に任せてうとうととしていると、不意に水の感覚がなくなった。

 

 何だろうか。目を開けてみれば。

 

 海の上に立ててやんの。しかも、寒くない。周囲を見渡せば、そこにあったのは真っ暗な海。月と星明りに照らされて、波間が白く光る。

 

 自らの体を見てみれば、肌の色がちょっとまずい。真っ青なのだ。低体温というやつか。

 

「…いや、こりゃあ夢だな」

 

 そもそも海の上に立てている。これだけで夢であると言えよう。…ん?

 

「あー」

 

 …声も可笑しい。男だか女だか分らん。妙な声だ。幸いにして体は…気持ち縮んでいる?いや、それどころか。

 

「…なんとも変な夢なこった」

 

 なんだか、でっかいしっぽが尻に引っ付いている。口まであらぁ。

 …まぁ、夢ならば夢で楽しもう。海の上に立てているという体験は、夢だとしてもあんまり出来はしない。それにどうせこれは、泡沫の夢なのだから。

 

 

 と、まぁ、覚めぬ夢を、夢だ夢と言っていても仕方がない。ひとまずは夢の中でもできることというのをやっていこう。

 

 ―ということで、まずは人命救助であろうか。先ほどからやたらと夜目が効く。波間に浮かぶオレンジ色が先ほどからちらちらと。さて、どうして動くかと脚を前に出せば、驚くことに地上を走るように前に進むことができた。よし、これなら。

 

 幸いにして、救命の浮器もいくつか出ているようだ。なるほど、なんとか救助を待つ態勢もできている。ならば、散らばっている救命の浮器をまずは一まとめにしつつ、救命胴衣の人々を集めるとしよう。

 

「うおっ?」

「大人しく。助けに来た」

 

 救命胴衣の人々の首根っこをつかんで海の上を滑る。救命の浮器の近くに放り投げて、また周囲を探索して、また放り込んで。

 

「…ひとまず、こんなところか?」

「見知らぬ方。お助けいただきましてありがとうございます」

 

 救命の浮器の脇。その海の上に立っていると、そう礼を言われた。なるほど、律儀な夢だこと。…たしかこの顔は、船長だったか。

 

「いいえ。人数は足りていますか?」

「…ほぼ、全員です」

「そうですか。ほぼ、ということは、何名かまだ?」

 

 救命の浮器が数個、それにつかまっているのは大体30名程度だろうか。

 

「…それが、1名。まだ、どこにも」

 

 一名か。まぁ、それなら探す必要などないだろう。なにせ、その一名はここにいる。…というか、夢のはずだがやたらとリアルだ。

 

「ひとまず、皆さんはここで救助を待っていてください。連絡手段などは?」

「…幸い、救難信号は出せています。GPSは救命胴衣に」

「なるほど。では、私もここにいることにしましょう」

「よ、よろしいのですか?」

「ええ。体力のない人もいらっしゃるでしょうし、そういう人は私が引き受けます。これで」

 

 そういいながら、尻から生える尻尾を持ち上げた。人々の顔が引きつった。

 まぁ、明らかに私は異形だ。なにせこれは夢である。夢の中であっても、異形であったとしても、人助けというものは、気分がいいものだからね。

 

 

 じゃぶ、じゃぶと人々に波がかかる。幸い、夏の海はまだ暖かい。体力がなくなって死ぬ、という人はまだ誰も居ない。それに。

 

「朝日だ」

 

 誰かがそうつぶやいた。幸いにして、朝日が昇り、暖かさが満ち始める。それにしても夢にしてはずいぶんと長い。そろそろ目覚めてもいいようなものだが。

 

 と、その時だ。遠くからヘリの音が響き始めた。遠くの水平線には、舟も見える。…ふむ。夜目だけではなくて遠目も効くようだ。不思議な夢だこと。

 

「ヘリの音、あと、舟が見えますね」

 

 しっかりと救命の浮器に捕まる船長にそう伝えれば、見るからにその顔が明るくなった。

 

「本当ですか!?」

「ええ。おそらくは救助隊かと思いますよ」

 

 こうなれば、まぁ、安心だろう。まだまだ誰も沈む気配はなし。…問題があるとすれば、これは私の夢であるから、という点ぐらいだろうね。実際は、ほかの人間はどうしているのだろうか。死んだのか、それともこんな風に救助されているのか。

 

 そう考えていると、見事に、直上にヘリが舞った。こちらを伺う、装備のしっかりした人たちも見える。私が手を振れば、どこか困惑した様子だ。

 

「尻尾か?」

 

 十中八九、そうだろうね。何せ、今の、夢の私は異形なのだから。まぁー、そうだな。それならば。

 

「ふむ。船長」

「は、はい」

「私はここで失礼しよう。どうやら救助の邪魔だからね」

 

 尻尾をゆらゆらとさせながら、そう告げると、微妙な顔をする。

 

「いや、しかし」

 

 何か言いかけた船長の顔を見ながら、手で制する。ま、これは夢であるからな。

 

「お気遣い感謝。でも、私はこのように一人で海の上を歩けるからね。またどこかで会おう」

 

 ズシャ、と海を蹴って踵を返す。ほお、思いのほか速度が出てくれる。あっという間に、彼らの姿は波間に消えた。ヘリの視界には入っているが、ま、こっちは追いかけてはこんだろう。先に、彼らを救出するのが常識だからな。

 

 進路は分からん。とりあえず、どんどんと彼らから離れていく。そうやってしばらく、離れていくと、ついにぽつんと一人大海原。

 

 さぁて…これからどうしたものか。どうやら、夢も覚めんようだし。いや、それにしても長い…もしかして、これは夢ではないのかも?と思い始めた。

 

「…マジ?」

 

 視界に移るのは、波が穏やかな海の一面。そして、尻についている、口がついている尾。腕を見れば、やはり真っ青。

 

「もしかしてこれ、夢じゃない?」

 

 ただ一人、ほほをひねり上げながら私は、ぽつんと途方に暮れた。

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