おっちゃんと私が一緒に海に出ると決めた翌日。私たちはさっそく行動を起こすことにした。目的は島の重鎮である年寄り連中に、漁に出る許可をもらいに行くことだ。
「もう姿を隠す必要もねぇだろう。堂々と行くぞ」
「だな。変にコソコソする方が怪しまれそうだし」
というわけで、私はおっちゃんから借りた服を適当に見繕い、相変わらず尻尾は隠しきれないが、初めて堂々と白日の下に姿を晒して外出することになった。玄関を開けると、太陽の光が青白い肌を照らす。眩しさに目を細めながら、私はおっちゃんの一歩後ろを歩き始めた。
港や集会所へ向かう道すがら、当然のように島民たちとすれ違う。彼らは私の異形っぷりにギョッとするかと思いきや、すでに伝承の人魚様というフィルターがガッチリかかっているせいで、反応は全く予想外のものだった。
「ああ……あれが噂の、人魚様」
「なんてお美しい……」
「長谷川の幸ちゃんも、よーやっと身を固めたんだねぇ」
「真面目なやつだから、人魚様に見染められたんだなぁ。よかったよかった」
拝まんばかりの勢いで好意的な視線を向けられ、すれ違うたびにヒソヒソと、しかし丸聞こえで祝福されてしまう。なんだこれ。居心地が悪いなんてもんじゃない。
「……幸一さん。少し、恥ずかしいです」
私はすっかり定着しつつあるおしとやかな妻のロールプレイを全開にして、おっちゃん……もとい、幸一さんの背中に隠れるようにして小声で呟いた。
「構わんだろ。俺たちは腹を括ったんだ」
おっちゃんは前を向いたまま、堂々とした態度でずんずん歩いていく。いやはや、漢らしいというか、すっかり度胸が座っている。私も文句を言わず、三つ指ムーブの延長戦だと割り切ってついていくことにした。
■
集会所に着くと、そこには島を取り仕切る年寄り五人衆――阿部さん、大野さん、桑原さん、松永さん、そして加藤さんの姿があった。おっちゃんは単刀直入に、
「海に出させてほしい」
と切り出した。
「……とはいえなぁ、幸一。近藤からも聞いておるだろうが、海には今、危険な『新生物』がうろついている。護衛艦すら沈められる化け物だ。いくらお前が腕利きの漁師でも、命の保証はないぞ」
松永さんが渋い顔で難色を示す。他の四人も深く頷いていた。島民の命を預かる立場としては当然の判断だ。しかし、ここが私の見せ場である。
「お待ちください、松永様。確かに危険はございましょう。ですが」
私はおっちゃんの横に並び、深々と頭を下げてから、きっぱりと言い放った。
「漁に出た間、海の上においては、私が、幸一さんを確実にお守りします」
その言葉に、五人の年寄りたちは顔を見合わせた。海難事故で沈みかけた船を尻尾一本で支え続けた怪力。そして何より、彼らが信じて疑わない「人魚様」本人の直談判である。
「ふむ……人魚様がそこまで仰るなら」
「確かに。あの船をこちらまで運んできた事実を見れば、人魚様のお力が本物であることは疑いようがない」
「まぁ、人魚様と長谷川の二人なら、他の連中も『なぜあいつらだけ漁に出るんだ』と文句は言わんでしょう」
桑原さんや大野さんも納得したように頷き、結果として特例として私とおっちゃんの漁が認められることになった。
「ありがとうございます。……それと、もう一つ」
許可を得て安堵したのも束の間、おっちゃんが真剣な顔で年寄りたちに向き直った。
「俺たちが獲ってきた魚は、基本的に島のみんなで分けようと思っています。市場に出せる分は出しますが、まずは島の生活が第一だ」
「幸一、それは……お前たち夫婦の取り分が減るということだぞ?」
加藤さんが驚いたように聞き返すが、おっちゃんは首を横に振った。
「海は皆の財産ですからね。俺はただ、人魚様という幸運に当たっただけです。俺たちだけが私腹を肥やすなんてことは、できねぇ相談ですよ」
淡々と、しかし強い意志を持って言い切るおっちゃん。その横顔を見上げながら、私は心の中で静かに感心していた。
(なるほど。このおっちゃんは、本当に根っからの真面目なんだな……)
自分の利益よりも、島の仲間たちのことを真っ先に考えられる漢。島民から真面目なやつと慕われ、この重鎮たちからも絶大な信頼を寄せられている理由が、痛いほどよくわかった。
「……お前というやつは。わかった。獲物の差配は役場や組合も通して、上手くやらせてもらおう。それと、お前の船は穴が空いているだろう。修理が終わるまではワシの船を使え」
年寄りたちも、おっちゃんの言葉に目を細めて深く頷いている。こうして、私たちは無事に島からの「公認」を得た。明日からはいよいよ、この異形の体とおっちゃんの腕前を掛け合わせた、未知の漁が始まるのだ。
■
翌朝。私たちは空がまだ暗いうちから港を出た。海に出る手段はもちろん、年寄り達から借り受けた漁船だ。私はと言えば、船に乗るのではなく、海の上に立って船と並走するような形で進んでいる。これなら万が一船が攻撃されたり沈みかけたりしても、すぐに対応できるからだ。
「よし、この辺りだな」
指定のポイントに到着すると、おっちゃんは船のエンジンを緩めた。今回の漁は基本的には刺し網だ。以前、海が封鎖される前に仕掛けておいた網を回収するのが第一の目的である。
「しばらく置いてたからな。どうなってるか……」
おっちゃんがウインチを操作し、私も船のへりに手をかけて引き上げを手伝う。すると、海中から姿を現した網には、ビチビチと跳ねる銀色の魚影が大量に絡まっていた。
「おっ、こいつは良い!」
ヒラメやら何やら、素人目に見てもかなりの大漁だ。おっちゃんは顔をほころばせ、網から魚を外して籠へと移していく。
「これだけありゃあ、しばらくは島のみんなで食いつなげるわ」
「そりゃあ良かった。じゃあ、私も手伝うからさ、どんどん引き上げようぜ」
私は周囲の海面を警戒しつつ、時折その馬鹿力と尻尾の力も使いながら網の引き上げを手伝う。おっちゃん一人でやるよりも遥かに効率がいいらしく、作業はサクサクと進んだ。
そして、網は全部で2カ所あるらしいのだが、ひとまず1カ所目の回収を終えた時点で、用意していた籠は既に満タンになっていた。
「こいつはなかなかだな!」
「ああ、大したもんだ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。久々の大漁に、おっちゃんの顔も晴れやかだ。ひとまずはこの獲物を持ち帰ろうということになり、船は港へ向けて舳先を返した。
――だが、事態が急転したのはその帰路の途中だった。
「……ん?」
水平線の彼方。波間に、ポツンと黒い『何か』が浮いているのが見えた。普通の人間なら見逃すかもしれない距離だが、今の私の目は異常に利く。じっと目を凝らすと、そいつはどうやらこちらに向かってきているようだった。
「おっちゃん、ちょっと荒れるかも」
「あ? ……なんだあれ。いや、やっばいなあれ。頼んだわ」
おっちゃんも私の視線の先に気づいたらしい。顔を引き締め、舵を握る手に力を込めた。
「おう、まかせなおっちゃん。籠だけひっくり返さないようにな」
私は船から離れ、波間を滑るようにして『何か』の方へ向かって一直線に駆け出した。相手が何者かはまだわからないが、こちらには人を丸呑みできそうな尻尾の口と、船を持ち上げる筋力がある。まぁ、どうにかなるだろう。そう高をくくっていた、次の瞬間。
ドォンッ!!
「おいおいマジかよ!?」
私のすぐ横の海面が、けたたましい水柱を上げて爆発した。……攻撃された!? マジで!?
「おい、大丈夫か!!」
後方からおっちゃんの焦った叫び声が聞こえる。
「近づくなよ!!」
私は振り返らずに釘を刺し、更に速度を上げて相手に接近していく。銃撃の雨を縫うようにして波を蹴り、ついにその『何か』の姿をはっきりと視界に捉えた。
「……は?」
そこに浮いていたのは、巨大なクジラのような化け物。白黒の不気味なカラーリングに、大きく開いた口の中には砲身のようなものが覗いている。
「嘘、だろ……」
それは、私の姿(戦艦レ級)と同じように、ネットの知識で見たことがある存在だった。
駆逐イ級。
まごうことなき、あのゲームに登場する『深海棲艦』の化け物そのものが、そこにいたのだ。
「……おーい! ちょっと話でもどうだー!?」
波間を滑りながら、私はありったけの声を張り上げてみた。相手が同じゲーム出身のバケモンなら、もしかしたら意思疎通ができるんじゃないかと思ったのだ。だが、そんな私の淡い期待は、無慈悲な砲声によってあっさりと打ち砕かれた。
ドォンッ! ドィンッ!!
「無視かよ!しかもさっきより狙いが正確になってきてやがる!」
挨拶代わりにバンバン撃ち込んでくるその姿勢に、私の頭の中で何かがプツンと切れた。
「しっかたねぇ!」
私は海面を強く蹴り、一気に距離を詰めにかかる。だが、直進したせいで相手の射線にモロに入ってしまった。イ級の口から放たれた砲弾の一つが、私の肩口に直撃する。
「うおっ!?」
思わず上体がのけぞった。……が。
「あれ……?」
痛くない。いや、全く痛くないわけじゃないが、感覚としてはちょっと強めのデコピンを食らった程度の衝撃だった。
あれ? 大砲の弾だよね? 普通なら木っ端微塵になるはずなんだけど。
「……そっか。私、戦艦(レ級)か!」
自分の今のふざけたスペックをようやく正しく理解した。相手は駆逐艦。こっちは戦艦。ゲームの知識通りなら、装甲の厚さは大人と子供どころの騒ぎじゃない。そりゃあデコピン程度のダメージにしかならんわけだ。
「ヒャッハー! なら恐れるもんは何もねぇ!!」
相手の弾をもらっても全然平気だとわかれば、こっちのものだ。顔に当たるのだけは流石に痛そうなので、とりあえず両腕で顔だけを覆いガードしながら、砲弾の雨をものともせずに肉薄する。
ガン!ゴン!と腕や胴体に弾が当たるが、痛痒い程度の衝撃だ。そして、気づけばあっという間に駆逐イ級の真正面、文字通りのゼロ距離まで到達した。
「よーくも撃ちまくってくれたな、このボケェ!!」
私は腰を捻り、背後に追従していたバカでかい尻尾に遠心力を乗せて、横から思い切りフルスイングを叩き込んだ。
ガガァンッ!!!
鈍い金属音と悲鳴のような軋み音が響き渡る。私の尻尾の直撃を受けたイ級は、硬い装甲がベコベコにへしゃげ、その勢いのまま水面を石切りのようにポン、ポン、ポーン!と跳ねて飛んでいった。
「逃がすかよ!」
すかさず海面を蹴って追撃する。水切りを終えて海上に無防備に放り出されたイ級の頭上へ跳躍。そのまま、異常に発達した逆関節気味のふくらはぎの筋力をフル稼働させて、急降下からのライダーキックをぶちかました。
メキイィィィィッ!!
私の足の裏へ、何かが決定的にへし折れ、ひしゃげる嫌な音が伝わってきた。ドッパーン!!というど派手な水柱と共に海面に叩きつけられたイ級は、ピクピクと痙攣したのち、完全に活動を停止して海に浮かぶただのゴミと化した。
「話も聞かねぇでバカスカよぉ……舐めやがって」
私は海面にペッと唾を吐き捨てて、ふぅ、と息を吐く。……あー、スッキリした。なんだかんだで、ずっと溜まってたストレスが良い感じに発散できた気がする。
「っし……。おーい! おっちゃん! こっちはオッケーだ!!」
私は振り返り、遠くで船を止めて様子を窺っていたおっちゃんに向かって、大きく手を振って無事を知らせた。