日は高く上がり、空一面は青色に染め上げられた。
そのキャンパスの真下のただの点。ポツンとただ、大海原に一人。それが、私の状況だ。
「…そうはならんやろ」
呟く声は、相変わらず中性的。しかも、思いっきりひねった頬がいまだに痛む。どうやら、この状況は夢ではない可能性が、大きいようで。
「海はしょっぱいねぇ」
塩辛く、生臭い。まさに海の味。とても飲めるものじゃあないので、すぐに吐き捨てたが、どうも夢にしては現実的すぎる。
「にしても、どうするか」
夢だと仮定しても、すでに12時間は起きている。もうさすがに起きていいだろう。うん。
夢ではなく、現実なんだぞ、と突き付けられている感じもしている。
もしその場合、少なくとも、この姿はいろいろとまずい気がするし、この大海原にポツンという状況もまたまずい気がする。
幸い、なぜか腹はすかんし、喉も乾いていない。かばんには…これもまた幸いにしてサンドイッチと水が2本。すぐに飢えることがない程度の食料と水だ。
「ひとまずは…動くか。あ、いや、その前に」
少しばかり現在位置と方向をざっくり確認しておこう。まず、ここは間違いなく太平洋側。で、おそらくは日本近海である。何せ、救助のヘリが一日以内で来るのだから、陸からもある程度近いが、しかし、視界には収められない程度の距離である。
「…確か、朝日は…」
あっちの方角から上がった。と、いうことは…この季節だと、朝日は若干北よりの東から出てくるはずだから…。
「ふむ。ということはだ。ざっくりといえばあの方角から太陽が上がったのだから…」
まず、体を朝日の方向であった場所に向ける。そして、そのまま踵を返して、逆を向く。
「この方向に、日本列島があるわけか。おそらくな」
ざっくりでいえばそうだろう。太平洋にいて、日本沿岸であり、東の日の出があの方向ならば、その逆に日本列島。この推理で、大体オッケーなはずだ。
「で…ついでに体も見ておくか」
視線を体に向けた。Tシャツと、パンツ。私の服装のままだが、まず、背が縮んでいるようで、だぼだぼだ。ただ、Tシャツの袖口から見える腕は、相変わらず青白い。
「色は完全に死人なんだよな」
胸元や、足元、腹、見える範囲は真っ青である。
「ああ、そういえば、スマホがあるか」
電源は幸いに生きている。完全防水のスマホに感謝だ。ということで、まずは自らの顔をみることにしよう。
インナーカメラに切り替えて、自らの顔を覗き見た。
「…どちら様?」
青白い肌は腕などと同じ。なのだが、そこにあった顔は、なんと、可愛らしい顔であった。若干の丸みを帯びながらも、対称形。非常にパーツが整っていて、なんともいえぬ魅力を感じる顔である。あとは、目が赤い。そして、ショートヘアーである。おかしい。
「いや、私はこんなに髪は長くないぞ。これじゃまるで、女の子…」
そこだけではないのだが、思わず口にでた感想がこれだ。いや、となると…。
「もしや」
いやいや、まてまてまて。そんなことが…?と思いながら股間に手をやると。
「―oh」
さらばマイサン。いやまてまてまて。そんなことが?いや、夢だとしたら、私は相当何か不満があったのだろうか。夢じゃないとしたら、どうしてこうなっている?
「…意味が分からん」
頭を抱えてしまったが、とはいえ、誰も答えを持っているわけもなく。呆然とすること、小一時間がたったころ。
「いやまぁ…仕方ねぇ。とりあえず、状況は分らんが、状態は確認できたわけだし…」
ひらひらと揺れる、尾なんかも違和感の塊である。ただ、体に有るので、意識的に動かせるので、どうにもこうにも違和感があろうが私の一部であると認めざる得ない。
これが、今の私である。
「ひとまずは、陸地を目指す、か?」
このまま海の上に浮き続けられる保証もないし。夢だったならばいきなり沈むこともあろう。夢じゃなかったら、余計に海の上からは陸の上に移動したほうがいいだろう。沈むのは御免だ。
「よし」
方針は決まった。ひとまずは、西に向かう。腹をくくれ。夢でも夢でなくても、行くしかないのだ。
■
海は広いな大きいな、とはよく言ったものである。正直、大海原がここまで大海原しているとは全く思わなかった。
「…海しかねぇよ」
本当に海しかない。時々空に綿飴。あとは稀に飛び跳ねる魚達。あとは遠くに水平線。あと自分の足元に白波が引かれている。いやほんと、海は広いわ。
「いやこれ、進めてるからいいけどもさぁ」
仕方なしに独り言も増える。やることもないし、道しるべもないわけだ。それに、夢も醒めない。
「…いい加減、夢じゃないって線、考えるか?」
正直、ここまで目が覚めず、しかも時間経過まではっきりしている夢っていうのは、現実的ではないだろう。
「いやいやいやいや」
だが、まてまてと頭を振る。そんな簡単に認めてなるものかと。いや、とりあえずこれは夢の線で行こう。
「いやー…でもなぁ」
顔を抓ればやっぱり激痛。水を口に含めばしっかりショッパイ。味覚も、痛覚もしっかりしている。夢っぽい…ぽくないよなぁ。
「とはいってもだ」
できることはない、というのが考えた結果の結論だ。なぜ、女の子になっているのか。しかも異形の。理由は分らんし、どうしていいかもわからん。
「それに…なぜ海の上に浮かべているんだ?」
夢か現か。その一番の決め手に欠けるのがこの現象だ。現実なら、これは無い。のだけれど、体の感覚は現実だよと訴えている。
「いや、本当に」
その上で、体はしっかりと海の上を進む方法を知っている。それこそ、今の感覚は散歩に近い。歩くという行為を、意識せずとも行える、あの感覚だ。
「それに加えてだ、腹も減らん」
昨日から何も飲み食いしていないのだが、どうも腹は減らないし、この太陽の下であっても喉すら乾かない。
「いやー」
本当、独り言だけは出ること。さてさて。どうしたものか、と。
「お。ありぁ…」
水平線の彼方になにやら見える。明らかに人工物っぽい感じの、白い何かだ。もしかしたら、人がいるかもしれないし、携帯の電波が入るかもしれない。それか、夢から覚めるかも、しれないし。
取り敢えずはあの方向に向かって見るか。
■
人工物を見上げながら、私は思わず肩を落としていた。
「ま、そんな簡単にはいかないわなぁ」
一応は、陸地を見つけた。そして、人工物も見つけたのだが。
「灯台かー」
岩礁に作られた無人の灯台。それが、私の見つけた人工物の正体であった。
一応と、携帯を確認してみるけれど、電波なんかは入らない。
「まぁー、そうだな。ひとまずはちょっと休憩するかね」
灯台の脇に腰を下ろして、今だ晴れ渡る空を見上げる。うん、気持ちの良いほどに晴れている。いやはや、雨よりはいいけれどな。
「どうしたもんか。夢も醒めんし」
じりじりと焼かれる肌。そこまで熱くはないが、あんまりこのまま一人でい続けるというのも良くはない。そんな気がする。どうにかせんと…。
そう考えたとき、一つ、事実に気づいた。
「…あ、いやまてよ?ここに灯台があるってことはだ」
灯台がある。つまりそれは、この近くを船が通るということに他ならない。そのはずだ。
「てことは、下手に動かずにここで船を待ったほうがいい、か?」
頭を掻きながら、海を見渡す。…今のところは、そんな雰囲気はない。だが、もしかして、という可能性もある。
「…一度待ってみるか」
幸い、まだ腹は減ってないし、体力もある。ならば、待つというのも悪くはない手段だろう。