ようやっと、落ち着ける場所を見つけた、ような気がします。
おっちゃんを港の近くでリリースしてから数時間。指定された店の前の海岸で身をひそめながら、携帯で情報取集を行っていた。時折体にかかる白波が気持ちよいと感じるのは、気のせいではないのだろう。
「なーるほどね、これは結構な騒ぎになってらぁ」
スマホに映るのは、なんとまぁ私のこの姿の写真。きっと、あの救助した人たちの中にも携帯を持っていた人が居ただろう。『新生物発見か!?』やら『海の脅威!船を沈めたのはこの生物!?』やら、ネットの世界は結構な賑わいを見せている。
「ますます人に見つかるのは悪手のような気がするねー」
いやはや、おっちゃんが良い人っぽくて助かった。最初にエンカウントした人間がこちらを敵対視する人であったのならば穏やかではなかったであろう。ネットというのはこう考えると偉大なものだ。新聞やらテレビやらを見なくとも、この小さな板でばっちりと情報が見れるのだから。
「ただ、案外悪い情報ばかりでもないと」
おっちゃんの言っていた通り、『新生物は救世主か?』という記事や『生存者インタビュー!あの新生物による救助劇の一部始終!』などといった記事もまた溢れている。Z、旧青い鳥のSNSでは悪か正義かの大論争なんかも起きていて、見ているとちょっと面白い。
「…で、もう一つ気になるのはコレだよなぁ」
そのSNSにおいて、一つの比較画像がまた盛り上がりを見せていたりする。それが、まさかのゲームキャラによく似ているんじゃね!?案件だ。その盛り上がりたるや、トレンドのトップに並ぶほど。
「艦隊これくしょんの戦艦レ級ねぇ?」
言われてみれば、と思った。青白い肌であり、デカい尻尾。その先にでかい口がある少女は少なくとも、現実には居ない、はずだったんだがねー。
「どうしてこうなったものかね?」
尻尾はゆらゆら、己の意のままに動く。と、そうだ。
「悪くなる前に全部喰うか」
残していた最後の食料、貝を尻尾の口に放り込み、ガリ、と咀嚼する。うん、美味しくもないし、不味くもない。そして腹は膨れた。まずまずであろう。それにしてもだ。
「おっちゃん遅いな」
港のほうに視線を泳がしてみれば、明らかに、到着した時よりも光が多い。おそらくだが、沈みかけた船をどうにかしようと人が集まっているのであろう。もしくは、おっちゃんが私のことを誰かに告げたか。ま、その場合はちーと海に逃げるか。陸地の場所は分ったのだからどうにかなる。と、思いたいが。
「あとは地味に充電がなぁ」
携帯の充電は残り2割程度。おっちゃんのところで充電できれば恩の字だろう。駄目なら…どうしたものか。
「ああ、そういえば地図は、と」
地図アプリを開いてみれば、ああ、なるほどと納得した。確かに日本であることは判った。よしよし。
「ひとまずなぁ、自宅を目指してみたいが」
自宅に行けば金やら移動手段やらも十二分に揃っている。のだけれども、ただ、まぁ、この体でどうしたものかね。
「…っても金も下せないか。顔違うし」
青白い肌を見下ろしながら呟くと、肌がより青白くなった気がする。困ったもんだ。ともかくとして、やはり、一番に重きを置くことは、目覚めるか、この姿をなんとかせんといけないな。
■
「悪い悪い、遅くなった」
それから数時間後。私の目の前には、少々疲れた顔のおっちゃんが立っていた。話を聞けば、予想通りに船の救出に時間が掛かっていたらしい。
「姉ちゃんの事は一言も言ってねぇから安心しな」
サムズアップでいい笑顔。おっちゃんはどうやら、善人のようで少々安堵することが出来た。と、同時に一枚の大きな毛布を投げられる。
「おっちゃん、これは?」
「ああ。その尻尾を隠す用だよ。道一本って言っても人通りはそこそこあるからな。それにお前、その恰好は寒くないか?」
「なるほど。お気遣い感謝だぜ」
さっと毛布を被ってみる。なるほどいい暖かさだ。そして、尻尾もいい具合に隠せている…か?
「おっちゃん、尻尾隠れてんのかこれ」
「…まー、遠目で見ればセーフって所だな。大きな荷物を持っている、ぐらいに見える」
「それならいいか」
人一人分ぐらいの巨大な尻尾を隠すにはぎりぎりの大きさだ。ま、いい。ともかくとして、落ち着ける場所に行きたいものだ。
「ま、姉ちゃん。立ち話もなんだ。そろそろ行くぞ」
「おう。頼んだぜ、おっちゃん」
そういいながら水の上から、陸に足を付ける。シャリ、シャリと少し大きな砂粒が、音を立て始めた。ふと、後ろを見ると、そこに広がっていたのは大きく、そしてすべてを飲み込みそうな大海原。一体、この大海原で私は何があってこの姿になったのか。全くわからん。
「さ、こっちだ。あそこから堤防を上がって、すぐ目の前だ」
「オッケー」
ぐ、と親指を立てておっちゃんに答える。そそくさそそくさと、2人で暗い浜辺を早足で歩く。少し、面白い。
■
おっちゃんの家は、2階建ての日本家屋といった具合だ。一階に台所、居間、洋間があり、二階には客間が2つ。おっちゃんは二階の一間を生活の拠点としているらしい。
「好きなところを使っていいぞ」
「じゃあ、こっちの洋間を使ってもいいか?」
「おう、あとで布団を持っていく。ああ、んで…ひとまずはこっちの居間で話を聞かせてくれや」
通された居間は、これまた日本家屋そのもの。畳敷きで、真ん中には炬燵が置かれている。部屋の隅にはテレビと、灯油のヒーターが置かれ、落ち着く雰囲気が漂っている。
ただまぁ、男一人だからか、物は乱雑に置かれているし、ゴミもそこそこ溜まっている感じ。許されるのならば、お礼として片づけをしていきたいと思うほどだ。
「汚くて悪いな」
「いやいや、私を置いてくれるだけでもありがてぇよ。お望みなら片付けしとくぜ?」
「お、そりゃ助かるな。とま、座れや。今飲み物を出す」
促されるままに、炬燵の脇に腰かける。正座…は、ちょっとこの尻尾のせいでやりにくい。胡坐でいいだろう。にしても、この家屋の中じゃあこの尻尾は邪魔だ。と、お、携帯の充電器だ。差込口は…同じ奴。ならばと、さっそく電源を差し込む。
「よしよし、ひとまずは良いね」
さて、しかし、どう説明したものかね。素性…は、全部話したほうがいいだろうな。携帯っていう証拠もあることだし。ただ、それでも説明できない所があるわけで、と頭を働かせていると。
「ほれ、コーヒー」
「ありがと」
カップを受け取って、早速の一口。…ああ、いいね。久しぶりの暖かい飲み物は、ホッと出来る。と、同時に、強張っていたのだろうか、肩から力が抜けた。
「…暖かい」
「そうかそうか」
■
私は事のあらましを、包み隠さずにおっちゃんに話したわけなんだが。
「…わけわからんな?」
「でしょう?」
私も、おっちゃんも首を傾げて固まってしまう有様だった。船から落ちて、気づいたらこの姿。で、ニュースになっている化け物になって人命救助。おっちゃんがつけてくれたテレビからは、私の写真が何度も写されている有様である。
「まぁ、ニュースでやっているように、沈めたってのは、なんとなくだが違うんだろうな、とは思うが」
「うん、そこは違う。あとは大体本当だぜ。で、ニュースでやってる行方不明1名っていうのが、私の事っぽいんだ」
「話を聞く限りそうだなぁ」
全くもってわけが訳が分からない。おっちゃん曰く、夢でもない、とのことだ。うーん…夢を否定されてしまうというのはちょっとだけショックだが、一つだけ不可解なこともあった。
「で、その携帯に残っていた写真には、お前さんの姿が残っていない…と」
「そうなんだよなぁ」
携帯に私の、人間としての姿の写真が一切残っていない。おかしいのだ。友人や家族と撮影したものが何枚も残っている。その写真はある。だが。
「今のお前さんの姿で映ってるよな?これ」
「そうなんだよねー…なんでだろう、これ?」
2人で首を左右に傾げてしまう。家族写真に残る姿は、今のこの少女の姿なのだ。おかしいだろ、それ。
「なぁおっちゃん…前からこの姿だったら、よっぽど騒ぎになっているよな?」
「…だろうな。お前さんは明らかに、その」
言いづらいのだろう。おっちゃんは視線を泳がせていた。まぁ、言いたいことは判るさ。
「化け物だよね?この尻尾と言い、肌と言い」
「ああ、そう。そうだ。姉ちゃんはふつうは近付きたくないと思うぞ。それが…これとか夢の国だろう?この写真を撮った時点で騒ぎになると…思うぞ」
「だよねぇ」
お手上げだ。全く。私は両手を上げて降参のポーズ。これはもう、私の手ではどうにもなることではないらしい。
「で、おっちゃん」
「ん?」
「話を聞いたうえで、どうする?私をどこかに突き出してもいいぜ?」
身元の保証が全くない化け物。それがどうやら今の私だ。人間の姿が写真にでも残っていれば、話は別だったろうが。
「そうだなぁ…」
おっちゃんは悩むそぶりを見せる。まあ、そりゃあね。化け物の話だ。作り話ともとられてしまっても仕方のない事だしな。
「…ま、そうだな。船を救ってもらったんだし、俺としちゃあどうにもしねぇよ」
「いいのか?」
「ああ、約束だしな。しばらくは、この家にいてくれて構わん」
「そりゃあ、有難い事だよ。感謝するぜ、おっちゃん」
「おう」
おっちゃんは肩を竦ませながら、笑顔をこちらに向けてくれた。うん、おっちゃんが善人で本当に助かった。と、その瞬間だ。
「お?」
「げ」
私の腹が、グゥと、大きな音を出してしまっていた。
「…なんだ姉ちゃん。腹減ってんのか!」
ははは!とおっちゃんは大きく口を開けて笑い声を上げた。安心したからだろうか、いや、油断した。頭を掻くぐらいしか出来ない。
「じゃあちょっと待っててくれ。さっき、漁師仲間から魚を貰ったんでな」
「わかったぜ、おっちゃん。あ、なんか手伝えることは…」
「その尻尾で台所に来たら邪魔だ。ほれ、出来上がるまで煎餅でも摘まんでてくれ」
おっちゃんから煎餅の袋をぶん投げられる。カシャリとそれを受け取って、静かに右手を上げておいた。
「…ああ、どうせなら風呂に入っちまってくれ」
「風呂?」
「ああ。湯はもう張ってある。お前、相当磯臭いからな。鼻が曲がる」
「げ。マジ?」
「ああ、マジだ。その尻尾じゃあ、風呂は手狭だろうがな。ま、タオルやらは好きに使ってくれ。着替え…ああ、着替え…」
おっちゃんはそう言いながら悩んでいた。ああ、そうか、一応この体は女だからなぁ。
「おっちゃんのシャツかなんか借りれれば幸いだぜ?」
「…ああ。じゃあちょっと…、これで我慢してくれや」
そういって渡されたのは、クリーニング済みのYシャツである。なるほどなるほど、これならサイズはちょうどいいだろう。ただ。
「裸Yシャツ。おっちゃん、狙ってる?」
「狙ってねぇよ。さっさと入ってこい」
促されるまま、風呂へと歩みを進める。どうやら、日本家屋とはいっても、所々リフォームがなされているようで、風呂場は立派なユニットバスになっていた。大人であっても、湯舟で足を延ばせることだろう。
「こりゃあいいね」
さっそく着ていたTシャツを脱ぎ捨てて、風呂場に滑り込む。そして、シャワーを頭から被ると、砂やら、何かのゴミやらが排水溝に消えていった。
「…げ、こりゃあ随分」
髪の毛も抜けること抜けること。こりゃあ、風呂の掃除もしないと吊り合わんだろう。と、ふいに大きな鏡が目に入った。ふむ。改めて自分の体をまじまじと見ると、なるほど、これは本当に化け物だ。
髪の毛すらも青白く、肌の色も髪の色と同じで青白い。それでいて、目だけは煌々と赤みをたたえている。尻尾についても、実にグロテスク。つるりとしていて、どこか爬虫類を思わせるのだが、肌の質感は人肌。見る人が見れば鳥肌ものだろう。
「確か戦艦レ級となると、尻尾の先はなんか砲塔みたいなのがついていた、よな?」
どうやら私にはそういうものはついていない。例えるならば、『ネイキッド戦艦レ級』といった具合だろう。もしくは、船的に言えば艤装前という感じだ。てか、爪も赤いな。ちょうど、人肌よりも赤っぽいというか。…よく見ると足の関節も可笑しくない?やたらとふくらはぎが発達しているような…。
「…いや、まぁ、考えても仕方ない。まずは体を洗うことが先決だな」
臭い。鼻が曲がるほど。そう言われてしまっては、日本人としては急ぎ湯舟に浸かりたいというのが心情だ。確か適当にタオルとかは使っていいという話だから…。
「ああ、これでいいか、へちまタオル」
ごりごりとした質感のタオルに、備え付けのソープを付けてと。いざ、洗いましょう…って。
「全く泡立たない」
ゴリゴリ、ゴリゴリ。体を磨くと、まぁ出てくるは汚れと垢が。おかげでボディソープが役に立たん。確かに一週間以上海の上にいたわけだもんなぁ…。化け物になったのにも関わらず、こう言うところは、実に人間臭い事だこと。