戦艦レ級になりまして。   作:灯火011

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ひとごこち

 風呂でほっかほかに温まることが出来た私は、おっちゃんのシャツを羽織って、居間に戻っていた。てかやっぱり尻尾が邪魔なんだよな。尻尾のせいで、シャツがちょいとめくれあがって微妙に隠せてない部分もあるしねぇ。とはいえ、寝床を用意してくれたわけだし、贅沢は言うまい。

 

「風呂ありがとな。さっぱりしたよ」

「おお。身綺麗になったじゃねぇか。ってか姉ちゃん、改めて見ると結構可愛いな」

「はは。お世辞はいいって、おっちゃん」

 

 そして、そのタイミングを見計らったように、おっちゃんが飯だ、と食事の用意をしてくれていた。

 

「これはこれは…豪勢だ」

 

 目の前に並ぶのは、豪快ながらも非常に旨そうなヒラメの唐揚げ。しかも。

 

「こんなもんしか出せねぇんだが…」

 

 大きな丸揚げときたもんだ。おっちゃん、そんな謙遜してくださんな。十二分どころか。

 

「いやいやいやいや。こんなもんどころじゃねえってこれ。こんな良いもん食っていいのか?」

「勿論だ。姿はアレだが…命の恩人だしな。ま、今日はこれで我慢してくれ」

 

 そう言いながらおっちゃんは山盛りの白米と、しじみの味噌汁まで私の前に置いてくれた。いやはや、この姿で海を放浪していた時を思い出せば、至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。久々の、暖かい飯だ。

 

「いやいや、我慢してくれってメニューじゃねぇよおっちゃん。用意してくれてありがとう」

 

 頭はしっかりと下げる。こういうものは、経緯はどうあれ礼儀が大切だからね。

 

「礼はいいって。さあ、冷える前に食べてくれ」

 

 顔を上げると、少しばかり苦笑を浮かべたおっちゃんの顔があった。気持ち、耳が赤いような気がする。照れているのかな。

 

「じゃ、お言葉に甘えて。いただきます」

 

 両の手をしっかりと胸の前で合わせて、目を閉じる。今日を生きるために、今、命をいただきます、って具合にね。

 

「おう。食え食え」

「じゃあ、早速、丸揚げから」

 

 デカい丸揚げを箸でつか…掴もうと思ったのが、掴めない。いや、これは本当にデカいな。

 

「はは。箸じゃ持てねぇよ。手でいっちまえ。骨まで行けるから、頭からガブっと!」

 

 おっちゃんの言葉に促されるままに、両手で丸揚げを持つ。そして、頭にかぶりついた。ザクリ、という歯切れのいい音が、口元から響く。

 

「おほ」

 

 ザク、ザクと、堅あげの煎餅のような食感。しかし、嚙むたびにあふれ出てくるのはヒラメのうま味。骨からも、身からも沁み出たそれが、口内をどんどんと満たしていく。しかもなかなかに熱々。

 

「旨い!おっちゃん旨いよこれ!」

「はは!そうか、旨いか!」

 

 おっちゃんの顔に笑顔が浮かぶ。いやいや、うれしいのはこちらも一緒だ。こんな旨いもんを食えるとは。本当、海の上でこの姿になってどうしようかと思っていたからなあ。風呂に入れて、しかも飯にありつけた。これだけで、本当に嬉しい。

 

「うん、旨い、旨い!」

 

 白米をかっこんで、そしてさらにヒラメをザクリ。これは止まらん。

 そして、添えられている味噌汁もまた旨い。シジミたっぷりのそれは、出汁がよく出ていて、おそらく赤味噌であろう濃い味によく合っている。熱々だからか、味噌汁を一口嚥下すれば、丸揚げの油も一緒に流れて行って、さっぱりとまた丸揚げを楽しめる。

 

 ガリガリ、ムシャムシャ、ガリガリ。

 

 そうやって夢中に食事を楽しんでいると。

 

「いやぁ…良い喰いっぷりだ、本当。作った甲斐があるってもんだぜ」

 

 その声に視線を上げると、どこか、暖かい目でこちらをみるおっちゃんの顔があった。…ふむ、ちょっと、これは、こっぱずかしいね。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 食事を尽く食らいつくした私は、おっちゃんが淹れてくれた番茶を啜りながら一息をついていた。

 

「落ち着いたか?」

「うん。旨かったよ、おっちゃん」

 

 結局、米と味噌汁は喰い尽くし、丸揚げもしっかり骨までマルっと喰い尽くし、いい感じに腹は満たされた。我ながらよっぽど腹が減っていたらしい。この家に入る前に貝を食ったのは食ったんだが、やはり、人の作った暖かい飯というのは格別なのだろうね。

 気のせいじゃなくて、体には力が満たされている。今なら、どこまでも海の上を走れそうだ。

 

「そういやお前、携帯の中身はそれとして、そっちのバックには何が入ってんだ?」

「バック…?あ!」

 

 はっとした。そうだ、携帯だけに気を取られていたけれど、私は私物のバッグを持っていたんだ。どさくさですっかり忘れていた。中身には確か…!

 

「…あった!財布!」

 

 革で作られた長財布。海水に浸かってえらい事にはなっているけれど、形は保っている。他にはスキンケアのクリームに、これは日焼け止め。いや、そこらへんはいい。

 

「財布?って、随分ボロボロだな?」

「海水に浸かったからなー…。でも、身分証とか銀行のカードが入ってんだよ。思い出させてくれてありがとう、おっちゃん!」

 

 そういいながら、飯を食っていたテーブルの上に財布の中身をぶちまける。携帯の中身には私の姿は残っていなかったけれど、こっちの免許証なら…!と思ったんだけど…。

 

「こっちもかー」

 

 自分の免許証を見て愕然としてしまった。おっちゃんに免許証をぶん投げると、おっちゃんも驚いた顔をしていた。

 

「…なんだこりゃ」

 

 証明写真の部分が、なんとまぁ、今の化け物の姿でありやがんの。ただ、幸いにして本籍地は私の記憶にあるそのままの記載。…これ、どうなんだろう?

 

「写真は今のお前さんだな?って、結構資格持ってんだな?」

「あー、まぁな?乗り物が好きなんだ、私」

 

 おっちゃんの言う通り、免許証には多くの資格が並んでいる。普通自動車はもちろん、中型、大型、牽引、あとは自動二輪に大型自動二輪。流石に特殊は持ってないが。

 

「ほー…ってか、余計に訳が判らんな?写真だけ…なんでこうも?」

「なんでだろう?」

 

 おっちゃんと2人、首を傾げる。

 

「…ま、姉ちゃん。思うに、そっちの携帯の写真と同じで、今は解決できない問題だろうな」

「私もそう思うよ、おっちゃん。あー、なんか解決の糸口でもあればなぁーと思ったんだけど…」

 

 と、そうだ。

 

「おっちゃん。一つお願いがあるんだけどさ」

「ん?」

「こっちの銀行のカードなんだけど、使えるか確かめてくんね?」

 

 ぽいっとおっちゃんに渡したのは、郵便貯金のカード。一応そこそこの残高があるものだ。

 

「俺が?」

「うん。だって、この姿で外に出たら駄目ダろー?」

「あー」

 

 そうだなぁーと言いたげにこちらを見つめるおっちゃん。

 

「それに、暗証番号が合ってれば、少なくとも私が人間であったことの証明になるだろ?」

 

 身分証すらも怪しい化け物。それが私である。少しでも、元人間であるとおっちゃんに信じてもらうためにはそのぐらいしか方法が思いつかん。それに、もし現金が下ろせれば、活動範囲やらも少しは広がるだろうし、おっちゃんへの礼も出来るってもんだ。

 

「確かにな。ま、ただ、俺としちゃあそこまで疑っちゃいねぇよ」

「え?マジ?」

「マジだ。少なくとも、飯で箸を自然に使ってたんだ。それにな、あんだけ勢いよく喰いながら三角食いもしてただろう、お前。ある程度いい育ちの日本人だった、ってことは信じられる」

 

 そう言いながらおっちゃんは肩を竦めていた。いやはや、よく見られてたもんだわ。でもま、信じてくれてんなら有難い事で。

 

「まぁ姉ちゃん。そこら辺の難しい話はまた明日にしようや。きっと、俺も姉ちゃんもまだ気持ちが落ち着いてねぇからな」

「…言われてみればそうだな」

 

 浮足立っているというか、まだ、海の上にいる感覚があるというか。確かにまだ浮ついていると言っていいだろう。と、何かを思いついたおっちゃんはおもむろに腰を上げて、台所に向かっていった。どうしたのだろう?

 

「ま、ってことでひとつ。姉ちゃんよ」

 

 その台所からおっちゃんの声が響く。

 

「なんだいおっちゃん」

「さっきの免許証を見る限り、姉ちゃんは見かけによらず成人なんだよな?」

「あー、まぁ。そこそこ年喰ってるぜ?」

 

 そう答えると、がさごそと何かを漁っている音がし始めた。そして、居間に戻ってきたおっちゃんの手には、一升瓶と、グラスが2つ。

 

「なら、これ、やれるだろ?」

 

 ドン、と置かれたそれは、『千福』と書かれたラベルが貼ってあるものだった。そして、その横にグラスが置かれる。

 

「…これは?」

「ポン酒だ。知り合いから貰った大吟醸」

「ほー?」

 

 じいっとラベルを確認すれば、なるほど確かに純米大吟醸と書いてある。どちらかというと私は、確かに、お酒は好きだ。

 

「ま、今日のところは祝い酒だ。付き合ってくれるか?姉ちゃん」

「祝い酒?」

「ああ。船は無事だった。俺の命も無事だった。そして、姉ちゃんも姉ちゃんで無事に丘に上がれた。なら、祝い酒の一つでもな。どうだ?」

 

 どうだ?と、問いかけてきたおっちゃんの顔は、どこか緩んでいる。

 

「なら、ご相伴にあずかるとするぜ、おっちゃん。酒は好きだからな」

「おお、じゃあ、ほれ。注いでやる」

 

 グラスを渡されて、早速と言わんばかりに液体が注がれる。

 

「ありがと。じゃ、おっちゃんもグラスを持ってくれ」

「お、こりゃあありがてぇな。はは、姉ちゃんに注いで貰うのは久しぶりだ」

 

 ならばと、おっちゃんのグラスにも日本酒を注いでやる。なみなみと注がれた2つのグラス。軽くそれを掲げる。

 

「じゃ、姉ちゃん。改めて助けてくれて感謝する」

「こちらこそだ。寝床だけじゃなく飯と風呂まで。感謝するよ。おっちゃん」

 

 チン、とグラスを合わせて、日本酒を喉に注ぎ込んだ。

 

 …冷たい、しかし熱い、キレのある喉越し。カッと熱くなる胃と頬。そして、鼻に抜ける米の甘い香りが、心を満たしていく。

 

「ああ。生きてる」

 

 ほっとした口から出た言葉は、きっと、私の本心だ。

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