「んお?」
目が覚めた。静かな部屋だ。…ってか、ここはベッドじゃあないな。どこぞの床に雑魚寝してら。
「ふあ」
思わずの生あくびが出てしまう。うーん、確か、昨日は…と思ったところでズキリと頭が痛む。そして、なにか体に重みと暖かさを感じる。
「…んー?」
どちら様か知らんが、私の腹に頭を乗せて寝てらぁ。誰だっけこのおっちゃん。あれ、そもそもここは―。
『おーい!昨日の船の件で寄り合いがあるからそろそろ起きてくれやー!』
ドンドン、とドアを叩く音と、大きなおっさんの声が耳に入ってきていた。それも、結構慌てている感じ。ひとまずは、腹から人の頭をどかして、と。
「はいはい、ちょっとお待ちをー」
ふらつく足を抑えながら立ち上がって、玄関へと向かう。なんだこんな朝早くから。こちとら酒飲んで頭が痛いっての。…ってか、ここ私の家じゃねぇな?うーむ、深酒して誰か知らん人の家に泊めてもらったパターンか?
「どちらさんですかー?」
ひとまずは鍵を開けて、ドアを軽く開けて相手の顔を見た。うん、知らん爺さんだね。なんだろう?宗教の勧誘か何かだろうか?次点で新聞とかNNKの勧誘か?お断りしてんだけどな。
「…ぅぉおおおおおおお!?」
と、その爺さん。私の姿を見るや否や、いきなり叫び始めやがった。なんだ一体。
「うおーーーーーーーい!あの長谷川さんが女連れこんどるぞー!!??」
しかもだ、そのまま何か叫びながら走り去ってしまう。
「………ええ?」
いや私は長谷川じゃ…と思ったところでだ。はっとした。そういや、ここおっちゃんの家じゃんか!?
「やっべ」
ドアを急いで閉めたけれど、多分これは時すでにお寿司…いや、時にすでに遅しってやつかもしらん。いや、うーん。
「とりあえずおっちゃんを起こすかねー」
まだ頭痛いし、一人じゃあいい判断は出来やしないからね。
■
テーブルの脇、座布団に座りながら、おっさんと私は頭を抱えている。
「あーったま痛ぇ」
おっちゃんも私と同じグロッキーだった。青白い顔をしていて、少々面白みがある。どうやら、昨日の一升瓶をすっかり開け切ってしまったらしい。
「途中から記憶がねぇや」
「私もだ、おっちゃん」
まぁ、おそらくは何にもなかっただろうが。ただ、乱雑に散らばっている食器類と、床の座布団を見るに、結構どんちゃんと騒ぎをしていたらしいことは見て取れる。
しかも、おっちゃん、私の腹を枕に爆睡してたしな。いいご身分なこった。
「で、おっちゃん。私の腹は寝やすかったか?」
「ん?あー、おお。めちゃくちゃ良かったぞ…ってそうじゃないだろうよ」
少し顔を赤らめたおっちゃんは水を口に含みながら、ため息をひとつ吐いた。
「で、なんだっけ?誰かに姿を見られたって?」
じろりと視線を向けられた。少々不機嫌そうな感じ。まぁ、そうだろうね。話の流れでは、私は外に出ずに家の中で過ごす、つまりは外とかかわりを持たないって話だったからねぇ。厄介だと思われているだろう。
「うん。寝ぼけてドアをあけちまってね。なんだか、船の寄り合いがあるから来てくれーって叫んでてさぁ」
「あー。で、反射的に出ちまった、みたいな感じか?」
なるほどな、と先ほどの視線からは少し柔らかくなったそれが、私に注がれている。ならばもう少し言い訳を伝えよう。
「そうそう。で、そしたら爺さんが立っててさ。おっちゃん、誰か判るか?」
「寄り合い、で呼びに来た爺さんか。てことは、山田の爺さんあたりかねー」
ふう、と、おっちゃんは溜息を吐いて、天井を向いてしまった。まぁ、確かに、私の姿を見られたのはまずいだろうからなぁ。それに。
「それと、あの長谷川さんが女連れこんどるぞー。とか、叫んでたけど」
「…」
今度はおっちゃんは額を抑えて、床にぱたりと倒れてしまった。うん、まぁ、なんとなく判るぜ。
「おっちゃん、もしかして、ずーっと独身?彼女とかいたことは」
「みなまで言うな」
おっちゃんの声が落ち込んでいる。はは。なるほどね。おっちゃん、見た目は50近い。それまで彼女を作らずにいたとして、いきなりこんな若い女を連れ込んでいたらそりゃあ…。
「なるほどねぇ。確かに、私みたいのが居たら、騒ぎになるわなぁ」
しかも、明らかに男物のシャツを着て玄関に行っちまったからなぁ。まぁ、はたから見りゃあ熱い夜を過ごしたと思われても仕方ねぇだろう。
「で、おっちゃんよ」
「なんだよ姉ちゃん」
「どうする?迷惑なら出ていくけれど」
私はまぁ、おっちゃんの世話になろうとしているいわば流れ者だ。おっちゃんの迷惑になってまで、ここに居るつもりはない。それに、ひとまずは落ち着けたし、電波もあるから、今までよりはマシなはずだ。
「姉ちゃんや」
がばりと起きたおっちゃん。その顔には、少しだけ怒気が含まれているように感じていた。
「こんなことで姉ちゃんを追い出すわけないだろうよ。船と命の恩人だぞ?多少迷惑が掛かっても、そんな追い出すことはしねぇよ。安心しな」
そして、へにゃりと笑いかけて見せたおっちゃん。そうか、追い出すことはしてくないか。ちょっとだけほっとした。
「まぁ、ただ」
「ただ?」
おっちゃんは気恥ずかしそうに顔を掻く。
「少しだけ、嫁の代理として動いてもらうかもしれねぇけどな?」
「いやそりゃ無理だろ。この肌色と尻尾だぞ?」
「何、そこらへんは俺が寄り合いでうまく言い含めておくさ。人と会うのが苦手とか、病気だとかね。尻尾については…ま、おいおいだ」
「おいおいって…」
明らかにバケモンだぞこの尻尾。てか、今気づいたけれど、足もなんだか逆関節みたいなちょっとおかしな形をしている。やたらと発達しているというか。
「ま、安心していいぞ。幸いな、この島にはちょっとした伝承が残っているんだ。それをうまく使えばなんとかなると思ってる」
「伝承?」
にやりとおっちゃんのほほが弧を描いた。
「この島の成り立ちで伝わる伝承でな。最初にこの島に着いた人間、漁師と人魚の恋愛伝説だ」
「…そりゃまた、おあつらえ向きだなぁ」