ペルソナ 神器になった少年 作:織田
十話 次へのプロローグ
意識がはっきりし始めたのは、不思議にも夢の中だった。
「ほっほっほ、これはまた数奇な定めを持つお客様だ」
老人の声が聞こえて、意識がはっきりし始めると其処は不思議な空間だった。部屋全体が巨大なエレベーターの様に移動を続けている。果てしなくそれこそ終わりの無い終着点へと向かっているかのようなスピードである。
「えーと、……此処は夢の中でいいのかな?」
目を覚ました?少年であるショウタは、取敢えず夢の中と断ずる根拠に値する老人に声を掛ける。自分がいつの間にかイスに座っててテーブルの前の老人と向き合っているのか、など疑問に尽きない事はある。けれど目の前の老人の鼻の大きさが明らかに人間のサイズではない事が目につき、夢の中と判断された。
「ほっほっほ、失礼、申し遅れました。私の名は、イゴール。……お初にお目にかかります。こちらはエリザベスにテオドア。同じくここの住人だ」
イゴールと名乗る老人に続いて、共に老人の後ろに控える二人はショウタに対して挨拶してくる。
「エリザベスでございます。お見知り置きを」
「テオドアと申します。テオとお呼びください」
エリザベスとテオドアと名乗る二人は美男美女という言葉よりも、人間離れした美しい容貌を持っているという言葉が似合う二人だった。二人ともエレベーターを案内するエレベーターガールとベルボーイを思わせる青い服を着ているのが特徴的である。エレベーターの様な部屋という捉え方はあながち間違っていないのだろう。
「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……。人を迎えるなど何年ぶりでしょうな」
ショウタが自分の状況をイマイチ把握できていないのを、置き去りにイゴールという老人の話はドンドン進んでいく。
「此処は何かの形で”契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。今から貴方はこの”ベルベットルーム”のお客人だ」
ショウタはヒカルのペルソナを継承したことで憑依経験で頭脳は向上している。その為”契約”というモノがどんな重みを持つものなのか、おぼろげながらも把握していた。その為、慌てて老人に問い質す。
「ちょ…っと。待ってッ!契約なんて僕がしたの」
「左様。お客様は覚えていないようですが、口頭で確かに契約をなさりました。されど、このベルベットルームに訪れるには書面で明確に返事されなくては、鍵をお渡しできない故にこうして招いた次第です」
正直、自分には何の契約をしたのか覚えていない。しかも口頭での契約を六歳児に迫るなんて、厳しくないか、詐欺だ、という思いがある。けれどイゴールの次に掛けた言葉がショウタに蹲っていた疑念や不安の種を晴らしてくれた。
「難しく考える必要はございません。貴方が支払うべき対価はただ一つ……。”契約”に従いご自身の選択に相応の責任を持って頂くことです」
「え…っと。それだけ?」
ショウタは自分の責任を自分で取るという、一見してみれば対価にもならないような事を要求する老人を訝しげに見る。見た目が不気味であるが為に必要以上に疑ってしまうのは致しがたないことだろう。
「貴方は”力”を磨くべき運命にあり、必ずや私の手助けが必要となるでしょう」
ショウタの疑念に満ちた視線に対して、イゴールは道を指し示す預言者の様に語る。ショウタは、その言葉を何故か真実を語る言葉として信じられた。
けれど、まだ疑わしく後ろにいる美男美女の片割れであるエリザベスに視線を向ける。
「私どもはショウタ様の旅をお助けするのが役割にてございます」
「……うん。分かった。契約する」
不気味な老人はともかく、エリザベスが嘘をついている様子がない事を直感ながらも悟ると契約を果たすことを決める。手助けするというのならば、特に断る理由などないのだから。
「ココに名前を書けばいいのかな?」
ショウタは目の前のテーブルに置いてあった契約書に目を向ける。丁度名前の欄が無い契約書である。
「はい。ショウタ様が自分でお書きください」
エリザベスは小さな客人であるショウタに羽ペンを渡すと、ショウタは署名欄に名前を書き始める。名前を書く字が子供ながらの丸い字であるのが、ご愛嬌といった所だろう。エリザベスは今までにない幼い客人に対して、珍しく優しげな表情で見守る。
「これで、いいのかな」
ショウタは署名欄に自分の名前として「ショウタ」と書く。
「現状では、お客様に正式な「名」が無いという事で受理させていただきますが、正式に「名」を獲得された際には再び契約をなさる必要が有りますがそれで、よろしいでしょうか」
「また、書き直すの?」
ショウタは契約をそんな何度も交わす事に疑問を抱く。そんな思惑を見透かした様にエリザベスは、然りと頷く。
「はい。「名」とは、個人そのものを指し示すものです。その為「名」を獲得された際にもう一度自分の意志で契約をなさってくだされば結構です」
確かに今の自分には「名」が無い。自分自身が何者であるのか、という問いを答えてくれる人もいない、という事を思い立ったショウタは納得する。
「ともあれ、これでショウタ様ははこの部屋の客人として正式に認められました。再びこの部屋を訪れる際の鍵をお渡しいたします」
エリザベスの鍵を渡すという言葉の後、ショウタの手のひらの中に鍵のようなモノが握られているのが分かる。
「お客様は、今長い眠りについておりましたがすぐに目が覚めるでしょう。では、またお会いする日を」
「って、待てまだ聞きたいことが」
ショウタは自分の疑問が解消されずに話が進んでいることに納得がいかず、呼び止めようと席を立とうとして、意識が再びボンヤリし始めるのを感じた。不思議な話ではあるが、夢の中で再び眠りに就くことになる。
☆☆☆
「ご当主、覚悟を決めていただきましたかな」
眼鏡を掛けた研究員は白衣に身を包みながら、桐条武治に対して問いかける。その目には、表面上ではあるが狂気は見られない。
「幾月か、……他に方法は無いのか」
ご当主と呼ばれるようになって、数か月経ったがその名を背負う様になって見せる顔は疲れたものだった。ポートアイランドで起きた「爆発事故」の責任を取るようになった事に始まり、タルタロスの解明と難題が次から次へと振り掛かってくるのだから仕方がない事かもしれない。
「爆発事故により「保護」された少年に始まり、ご当主の娘を含めてペルソナ能力の顕現が幼い年代によって発現されている事からもこの計画は遂行しなければなりません。……ご当主もご存じのはずでしょう、影人間の被害が広まりつつあるという現状について」
「………」
苦悩が見える顔を覗かせながらも桐条武治は黙り込む。世界の為、そんな言葉でかたずけられる程こんな実験は簡単なものではない。今からこの実験を行えば、自分は地獄に落ちるだろう。自分の命さえも取るに足らない罪のはずだ。けれどその実験を行わなければならない、それは。
「それとも、ご当主の娘が被検体の役割を」
「……分かった。幾月、お前の指導の下で人工ペルソナ使いの開発部門「ストレガ」を進めてくれ」
人でなしである決定であることは分かっている。けれど自分の娘である美鶴には罪を背負わせたく無いという思いが、「ストレガ」発足のきっかけになる。例え、親の居ない孤児という世間では居なくなっても分からない子供を利用した実験であったとしても、桐条のトップとして、世界の為に、という大義名分を掲げて行う事になる。その実験を行った本当の理由が娘への愛だとしても。
愛とは時には残酷である、何故なら誰かを選ぶという事は必然的に誰かを切り捨てるという決断に基ずくからである。
この決断を元に「ストレガ」は発足されて、新たな悲劇が舞い戻る。