ペルソナ 神器になった少年 作:織田
ベルベットルームで意識を無くしたと思ったショウタが今度こそ目を覚ましたのは、現実世界であり、自分にとって見慣れた研究所の風景だった。
(此処は…、というか僕は何を……)
ベルベットルームでの出来事より前のことについて、現実世界に戻った事でようやく把握することができた。爆発音と共に、ヒカルと共に研究所から、逃げ出したこと。「デス」という強力なシャドウと戦い、ヒカルが……死んでしまったこと。
(不思議だな……。ヒカルが自分の中に居るのを感じると生きているように思えるのに……)
ヒカルの死を改めて再認識したショウタは悲しみが湧き上がり、涙が目に少し溜まる。ヒカルが亡くなった時に思いきっり泣いたはずなのに。
ヒカルが死んで自分の中に蠢くのは、どうしようも無い程の空虚感だった。自分が何をしたいのかさえ、分からない。けれどショウタの胸の内に残るのは、ヒカルの残した「前を向いて生きろ」という言葉だった。
死を無駄にしたくない。目を背けることは、したくない。そんな思いに浸ってボンヤリしていると、研究室のドアが空き研究員が入ってきた。
「ふっふっふ。やっと目を覚ましてくれましたね、少年。いや、いや、被検体が目を覚ましてくれたのは非常に嬉しいですよ」
白衣に身を包んだ怪しげな目をした研究員は、ショウタに対して気軽に話しかけてくる。ただしその気軽さは決して、親しみからくるものでないことが分かる。ショウタの眠りが覚めたことを把握している辺りから、この部屋は監視カメラで監視されていたのだろう。そして被検体と自分を呼ぶ事から、事情は把握できた。
「つまり……、此処はまたエルゴ研究所の中って事でいいのか」
「おや、見た目の割には落ち着いていますね。もう少し駄々をこねると思いましたよ。その回答は、YESです。此処は新しく建てられたエルゴ研究所です」
コチラを見る目は実験体を見る目つきであることには、変りがないが応答はしっかりしてくれるらしい。
「私の名前は、扉間。このエルゴ研究所で研究員として勤めさせていただいています。君は25号で間違いないかな」
「……25号じゃない。ショウタだ」
エルゴ研究所の爆発事故で研究員が全滅したのを把握しているショウタは、自分を25号と呼ぶ事に不審に思いながらも、名を訂正する。
「では、ショウタ君で。君を知っているのは簡単な話ですよ。7か月前のポートアイランドの爆発事故で唯一生き残った被検体ですね。君の事については、残存していた資料から把握させてもらっていますよ」
聞き分けがある辺りは今まで会った研究員よりもマシなのかもしれないが、それよりも聞き過ごせないことがある。
「……7か月前?」
「そうですよー。自分の体が衰えているのを感じているのでしょ。爆発事故で意識昏倒していたあなたを「保護」した私達が今まで世話をしていたのですから」
確かに目を覚まして起き上がる程度の動作しかしていなかったが、体の節々が痛むのを感じる。余程長い間筋肉を使わなかったからだろう。それでも動作できるのは、自分が寝ていた間に筋肉をほぐすなどの適切な処置がなされていたからだろう。ショウタは丁寧な処置がされていた事を認めながらも、扉間と名乗る男を睨みつけながら話しかける。
「……お礼はいらないよな。エルゴ研究所って事はまた桐条鴻悦の実験が再開されるってことだろ」
「ええ、無論要りません。けれど一つ訂正があるならば、桐条鴻悦の実験ではありません。桐条武治による実験です」
「……?。どういうこと?」
ショウタが疑問に思い問い質すと、扉間という男はショウタに対しても丁寧にその答えを教えてくれた。桐条鴻悦が爆発事故の際に亡くなり、今は桐条武治の下で罪を清算する為に奮闘していること。今のエルゴ研究所はその為にタルタロス探索の方法を開発してること。丁寧に、被検体と呼ぶショウタに説明する辺りでは、常識や分別はあるのだろう。……話し方から分かる、卑劣な感性を持っている事を除いては。
「……という事で君は、シャドウと戦うペルソナ使いのサンプルデータとして「保護」されました。いやー幸福だな。こんな貴重なサンプルが生きているなんてそう思いませんか?」
「……知らないよ」
返答に困る話の繋げ方では有るが、取敢えず状況は把握できた。桐条武治の下で罪の清算がされるという事、ならばエルゴ研究所で行われていた悲劇がもう二度と起こらないだろうと予測された。其れなら、今まで見てきた地獄のような実験で人が死んでいく心配はないはずだ。明日死ぬかもしれないという恐怖に支配される環境にはならないはずだ。そんな楽観的予測がショウタの中でたてられ、少しは安堵する。……二度と目の前でヒカルが死ぬような、人が死ぬような機会に向き合いたくない。
「まあ、いいでしょう。君がこれから生活する場所に案内致しましょう。付いてきてください」
扉間は一通り、ショウタに話すと立ち上がりドアの近くまで行く。ショウタは痛む体を押しつつも、立ち上がりゆっくりながら付いていこうとする。一度はヒカルと逃げようとした研究所ではありまた戻ってしまったが、少しはマシになるかと楽観的な思いを抱きながらドアを通り、研究所内を見て回ることになる。其れが本当に楽観論だと気づくのはすぐ後になるのだが。
☆☆☆
「なんだよ、これ」
「どうしましたか?ショウタ君、何か変なものがありますか」
ショウタは震える声をあげながら現実逃避したい思いでいっぱいになる。そんなショウタの様子を把握しながらも扉間はショウタに対して気軽に声を掛ける。
「別に可笑しいことなんて何もないでしょう。だってコレは君にとって見慣れた風景のはずだ」
「……っ!!」
そうショウタにとって見慣れた風景だった。ただ今行われている実験は自分にとっても見慣れた風景なのでは無い。自分が居た桐条鴻悦のエルゴ研究所では、被検体として対象とされたのは一般的に浮浪者や借金の責務者など、世間で後ろめたい事情を持つものが桐条グループの下で弱味を握られて被検体とされるなど大人が大半であり、ショウタのような子供はごく僅かといっていいはずだった。それなのに目の前には、研究に使われている被検体として自分と同じ年代の子供だけが使われている。
確かに白衣を着た研究者が薬を開発して、被検体に投与する事で助ける訳でもなくただデータを取るといった風景はショウタにとって見慣れた風景だった。周りに居る全ての大人が子供を助ける訳でもなくただデータを取っている、そんな酷い状況を見るとさっきのショウタが抱いていた楽観的予測が、本当に楽観的だったという事が分かる。
「な、何で?」
ショウタは自問自答する。今自分は、桐条武治の下で罪の清算がされると聞いたはずだ。これ以上苦しむ人の顔を見なくていいはずだ。ソレなのに。
「ああ、説明がまだでしたね。今エルゴ研究所では、タルタロス探索の為に人工ペルソナ使いを開発する研究をしているのですよ」
ショウタの様子に気づく訳もなく、扉間は気楽に説明する。
「ちなみに、今子供だけを被検体として取り上げているのは、君と桐条グループのご子息が天然ペルソナ使いとしての素養を持つことを発見してね。君達と同年代の子供100人を集めて実験しているという訳です」
「罪の清算は…?」
ショウタは聞いていた話とは違うと、呆然と言葉を繋ぐ。
「ええ勿論。タルタロスを消滅させて、世界の害を無くすためです。ご当主は罪の清算をする為に、この実験を行っているのです」
淡々と話す扉間の話に対して拳を握り、怒りを憎しみを抑えようとする。震える声で只一つはっきりさせておきたい事を聞く。
「あの子達は、……罪じゃないのか」
「ああ、あの子達の事は心配しなくてもいいですよ。被検体は全員親の居ない孤児ですから、世間から居なくなっても桐条グループには害が及ばない。必要な……犠牲です」
新たな地獄がまた、始まった。
扉間
エルゴ研究所の研究者。
常識や分別がある研究者で丁寧な仕事をこなすなど、一流の研究者である。但し卑劣な行為をできる研究者であり、手段は選ばない。
分別があることと、卑劣なことを出来るかどうかは別である事を示したかのような一般例というべき人物。