ペルソナ 神器になった少年 作:織田
最初に感じたの温もりだった。ヒカルと初めて会った時、初めて抱きしめられた。
泣いていた。涙を流してくれた。それから分かったのは一つ。
ただ生きていているだけで喜んでくれた。
それがどうしようもないほど嬉しかった。
辛い実験で命の危険に晒される毎日でも自分にとってヒカルとの日々は貴重な時間だと覚えている。明日死ぬかもしれないから今日という日を大事に生きようとした。
けれど、終わりは必ずやってくる。
二〇〇〇年九月
滅びの将来を目的とした最終段階の実験が実施されることになり、影時間の連日化、タルタロスの出現などが発生することになる。タルタロスとは、未来の望月綾時の言によれば「闇の夜空へとうがたれた巨大な大穴・ニュクスを導く目印」となる、所謂儀式場である。通常タルタロスを踏破するにはシャドウの群れに対して対抗できるペルソナ使いが有効ではあるし、対シャドウ戦闘機のアイギス、25号というペルソナ使いがエルゴ研究所にいた。けれどイチイチ階段を上るには手間がいるため、タルタロス出現時に昇降機に値するポータルを作ることで登ろうとすることを容易にしていた。
実験では12のアルカナのシャドウを結合することで、人間の負の力を生み出す究極的、普遍的な恐怖の源である「死」を顕現させること。タルタロスとは影時間という本来交わるハズのない現実世界と人間の意識が具現化した空間を作り出し現実世界への干渉を可能にするものなのだ。
本来ニュクス自体に害意は無い。だが人々の「死」に触れてみたい、という負への思いが結合してタルタロスを通じニュクスを現実世界に導き出すのである。嘘みたいな話だが世界は破滅へとカウントダウンを始めていて、・・・・あえなく阻止された。
「・・・僕は今からシャドウの結合を崩壊させるつもりだ。君はその前にあの子を連れて、できるだけ遠くに逃げてくれ」
茶髪の気の弱そうな風貌だが、覚悟を決めた表情の男性はヒカルに計画の実行を話す。死に行く表情であるというのに、目に光があるのは自分の成すべき事を認識しているからだろう。
「けれど、岳羽先輩は? 実験を失敗させたとなると只では済みませんよ」
「その点は問題ない。シャドウの結合には繊細な作業が必要となる。ワザと失敗させるとなると大きな爆発が起きるはずだ。ご当主も、ここにいる研究員達も、僕も、・・・誰も生き残らない。その筈だ」
「・・・・・逃げないんですか」
「・・・ああ、この実験を進めてきたのは僕たちだ。こんな実験行われるべきじゃなかった。そんなことを知っていたはずなのに」
覚悟を決めつつも、その顔には諦観と後悔が滲み出ていた。ヒカルは岳羽詠一郎に対して躊躇いながらも覚悟を問う。その顔には、僅かな反意をにじませなている
「君のほうはどうだい、目途は立ったのかい。あの子を救う方法が」
「・・・多分、ショウタの体内にシャドウがあの子の中に内包されていることに関しては、ペルソナ使いとして安定させる実験を繰り返したことで目途が立っています。シャドウはすでにショウタの力となっている為暴走の危険性もないでしょう。ただ短くなってしまった寿命を回復させてしまうには・・・」
「・・・誰かの生命を犠牲にしなくてはならないのかな」
「・・・おそらく」
「・・・・君の命を使うのはやめたほうがいい。彼には君が必要だ」
先程と逆の構図だった。岳羽詠一郎が今度は僅かな反意を示しながら覚悟を問いかける。お互い深く相手の事情に踏み込んだセリフを吐くことができないのは似た者同士だからだろう。自分の命を使って何かを成し遂げようとするものという意味で。
「無論、私自身死にたくないです。けれど、他人の生命を使ってあの子を守ったとしたら、それこそ会わせる顔がないですよ」
「・・・・・・・・」
覚悟を決めた顔にあるのは、唯の罪悪感に起因する物事を成し遂げようという思いではない。ただ守るべきモノがいる、と示していた。
「まあ、これは最終手段ですよ。今すぐ使う方法じゃありません。ショウタと遠くに逃げてあの子が一人で暮らしていけるようになってからですよ。それまでに寿命をどうにかする方法に関して他の方法が見つかるかもしれませんし」
「・・・・ああ、きっと見つかるさ」
場を和らげるかのように前向きな言葉をヒカルは告げる。岳羽詠一郎もヒカルの言葉に追随する形で同意する。未来があるからこそ前を向いて歩いて行ける。自分には守るべきものがあるから自分の役割を全うする。
「では、岳羽先輩。私は予定時刻にショウタ連れ出すことができるように準備しますね」
「君も気を付けてくれ」
ヒカルと岳羽詠一郎。二人が研究所の一室で行った密談は世界の破滅を食い止めることになる。死に行く者の会話であった。
「うん? ヒカルどうしたの?」
「・・・ちょとね。もう少し時間がね」
「・・・?」
いつもの様に遊びに来てくれたと思ったショウタは絵本を読んでくれるのか、またどんな事をしてくれるのか、と期待に満ちた視線を投げかけていたが険しい顔つきで部屋にいるヒカルの表情に疑問を抱く。
「ところで、ショウタ。海好き?」
「うんだいすきだよ」
「じゃあ海の近くの家に住みたい?」
「うん?けんきゅうじょ、うつるの」
屋久島と月光学院の在るポートアイランドの二つの研究所を経験したことのあるショウタだったが、質問の意図を理解することが出来なかった。
「違う、違う。そうじゃなくて研究所から出て、普通に暮らしたいかいってこと」
「え!それって、・・・いいの?」
幼いながらも研究所を出る事、それが自分には不可能ではないかという事を理解していたショウタはヒカルに問いかける。
「いいんだよ。こんな陰気くさい研究所から外に出て、・・楽しいこと嬉しいこといっぱい教えてあげるよ」
「たのしいこと?」
「ああ、楽しいこと嬉しいこといっぱい、いっぱーい教えてやる」
ヒカルは真剣な顔でショウタに告げる研究所を出ないかと。その上で問いかけているのだ、どうするかと。そしてその答えも決まっていた。
「・・うん、おしえてほしいよ。ヒカル」
ショウタは嬉しそうな顔でヒカルを見上げる。それをヒカルは笑みを浮かべながら、満足そうな顔で答える。
「研究所から出たら、たくさん教えてやるさ」
と、ショウタとヒカルの会話が一段落した後にその事態は発生した。
――突如、爆発音が鳴り響いた。