昼下がりの暖かい時間。
青空の下、VFの一団がカラハレードの統合軍基地へ着陸していく。
統合軍が運用テストのために先行配備を進めているVF-31カイロスの中でも、とくに珍しい前進翼タイプだ。ジークフリートではなくカイロスの、である。
おそらく、ガウォークやバトロイドへの形態移行が多い部隊なのだろう。
任務の性質上、低速域での戦闘が多い特殊部隊には、失速しにくい前進翼機体が与えられることがある。
間借りした格納庫から着陸の様子を見ていたヴィリーは「上手いもんだね」と、その部隊の綺麗な着陸をそっと褒めた。
「彼らですね。護衛部隊のもう片方は」
着陸機の尾翼に描かれたマークを見て、トビアスは言った。
惑星レミッドのプロトカルチャー遺跡調査。
レミッドからは調査隊が。そして統合軍本部の遣いでやってくる護衛部隊のもう一つ。
彼らはメギヴリア星団の外からやってきたのだ。
そのことで、カミルは統合軍の本気を感じる。
「ってことは、スーパーフォールドブースターですか?金掛かってますね~」
一応、フォールド断層を突破する手段は少なからず存在する。
かつてフロンティア船団で開発されたスーパーフォールドブースターも、そのひとつ。
この装備には結局フォールドクォーツが必要で、量産は現実的ではない。
船団が丸ごと断層を越えるともなれば、ゼントラーディ人が抱き枕にできるサイズが複数必要だろう。
「お前ら準備しとけ。多分そろそろお呼びがかかるぞ」
風下で煙草を吸っていたヴィリーはラウンドの面々に声をかける。
カラハレード基地の敷地内に設置されている大型アンテナ、そして、それとケーブルでつながるコンテナハウス。
移動式CICで、中にはタフィたちが居る。
もくもくと資料を読み込んでいたトビアスが、その冊子をクリップボードに挟む。
リージヤは眠そうにあくびをしていて、カミルは自機の戦闘シミュレーターで論理的に戦う癖をつけようと練習を欠かさない。
「難しいなぁ、考えて飛ぶの」
「考えながら戦う必要、あるんですか?あんなに強いのに」
前の模擬戦で追い詰めらる恐怖をこれでもかと味わったリージヤは少し嫌味に言ったが、実際半端な飛行隊ならば瞬殺してしまうカミルに、そんな練習が必要には思えなかった。
しかしラウンドの三人は誰も、トビアスには逆らえない。
それから数分して現地の作戦担当官から招集がかかり、遺跡調査隊の面々は一室に集まる。
少し暗い室内で、青く輝くホログラムの地図が席の前方に大きく映し出された。
石柱が生え並ぶ険しい地形が一帯に広がっていて、その岩間を吹き抜ける風はきっと強い。
それに乗ったらファイターで空中静止できるかな、とカミルは想像を膨らませていた。
すると席の後方から歩いてやってきた中佐階級の男。
彼が作戦担当官だ。
「さて諸君、遠路ご苦労。私が作戦担当官のサミュエル・オヘア中佐だ」
統合軍の制服に身を包む、長身で七三分けの姿は、いかにも出世街道を往く士官と言った風だ。
中佐が説明を始めると、ホログラムに三部隊のエンブレムが並ぶ。
ネックレスを咥えて飛ぶカラス、盾と槍を持った甲冑騎士、剣が重なってできた檻。
最後のがラウンドで、カラスが調査隊、騎士が護衛部隊のもう一つである。
「これより我々が調査に向かう先は、ここ惑星レミッドの西南にある大規模プロトカルチャー遺跡だ」
半月型の巨大なアーチ。
ホログラムでの表示だったが、確かに大きい。
それは石柱がチェスの駒に見えるほどだ。
現地の地形情報などを詳細確認し、ブリーフィングはスムーズに進んで行く。
しかしパイロットたちが欲する最大の情報が抜けていた。
そのことを一番早く質問したのはトビアスである。
「現地の警戒勢力などは?確か、カラハレードを襲撃したテロ部隊は西南に撤退したと聞きますが」
「ああ、そのことか。その辺の情報は、ゴーストによる事前偵察の情報がある」
それによれば、敵らしきものや動きは確認されていないとのこと。
だが、その答えに、その場にいたパイロット全員が疑問に思う。
そういう偵察は衛星の仕事だ。ゴーストで手早くするものではない。
すると、中佐は言う。
「数週間前、この近辺の偵察衛星は破壊されていてな。情報はゴーストのそれだけだ」
中佐に聞こえない程度で漏れ出た溜息は、トビアスのものだろう。
カミルは内心不安になってきた。
(本気なのか本気じゃないのか......)
結局、プロトカルチャー技術の争奪はすべてが運次第。
軍が本気なようで抜けているのも、上層部の派閥がもめているからだろう。
不安の残るブリーフィングを終えると、各部隊は交流を始めた。
「貴殿がラウンドの隊長か?自分はストロングホールド隊の一番機、カスパル・ウェイクマン。大尉だ」
「そうだ、俺が隊長。ヴィリー・バッツ。同じく大尉」
騎士の部隊はストロングホールドというのか、と心中にごちたカミル。
向こうは五人だ。
ぼーっとしていたカミルだったが、ストロングホールド隊のパイロットたちから「あんたがマクシミリアンの再来か」と寄られる。
その異名で呼ばれることのプレッシャーは半端ではない。
期待を寄せられることに悪い気はしないが、それにも限度がある。
相当な腕前を、見ず知らずの人間から期待されるのだ。
マクシミリアン・ジーナスは銀河最強のパイロットだ。そんなものの再来など、気が気でない。
困っていたのが分かったのか、トビアスが適当に割って入り、カミルをその場から連れ去る。
それに人混みが苦手なリージヤも続いて、パイロットたちは自機の準備を始めた。
「ああいう風に絡まれるのか。お前も大変だな」
「いえ、ありがとうございました」
前に絡まれたときは、リージヤを邪険にされて怒れたから発散できたが、期待だけ寄せられることが苦手だった。
「余計な気負いでパフォーマンスを落とされては困るというだけだ」
素直じゃないですね~と通り際に言い放ったリージヤも自機に乗り込み、ヘルメットを装着する。
こういう時、コックピットを聖域と感じられるのは幸いだった。
座席に収まったカミルは、すっと平静を取り戻していく。
EX-ギアにパイロットスーツを繋ぐと、機体の複合制御システムARIEL3.5がカミルの網膜を読み取り、機体のセットアップを開始する。
「コパイ。作戦データだ」
≪確認。ダウンロード開始します≫
後ろに収まる銀の箱がそういうと、ジリジリと音を立てて読み込みを始めた。
ゆっくりとタキシングを始めたヴィリー機を見送り、次いでトビアス機が続く。
≪まずは俺ら、次にカラス、最後に騎士だ。離陸後は上空旋回で待機≫
ヴィリーとトビアス、そしてリージヤの離陸を見て、最後にカミルも飛び立つ。
調査隊がすべて空に上がると、渡り鳥の一団は西南に飛んだ。
***
十五分後───
ほとんど最大推力で飛ばしてきた一団。
大気圏内では理論上無限に飛べるVFは、燃料のことなど考えなくてもよい。
≪あれか。クソでかいな≫
そう言ったヴィリーで気が付き、カミルは遺跡がある方向に視線をやる。
視覚情報でフォールドウェーブを可視化すると、微弱な波長に一帯が包まれていた。
≪え!アタシも見たい!カミルくん映像回して!≫
無線の奥で叫ぶタフィに溜息をつきながら、カミルは映像を回す。
でけー!とはしゃぐタフィだったが、それはそれとしてデータリンク越しの索敵はしっかりこなしている様子。
はしゃぐ彼女とは打って変わって、やさしげな声がヘルメットを通り抜ける。
≪地上にも特に敵影はないわね。フォールドウェーブも、この程度ならレーダー干渉はないでしょう≫
きっちり仕事をこなすアオイが、今は一番信頼できる。
とはいっても、アオイはもっぱらトビアスの補佐に回ることが多い。
それはトビアス機の電子戦性能が最も高いからである。
同じようにタフィがカミルの補佐に回るのも理由が存在する。
超高速戦闘に追従して指示を出せるのは、頭の回転が速い彼女だけだからだ。
無線からは調査部隊の声も交じる。
≪あれは、装置の一部か何かだろう。少なくとも、神殿の類ではないはずだ≫
見分けは建築様式なんかでわかるそう。
確かに、巨大な半月は、何かの装置に見えなくもなかった。
実際これまでに発見されてきたプロトカルチャー遺跡の中で、このような円形の構造を備えたものは、フォールドにまつわる物であることが多い。
そしてプロトカルチャーが残したフォールド技術は、いま統合政府が最も欲しているものだ。
≪全体の景観を撮影する。一周するぞ≫
そう言って、武装の代わりにセンサーを満載したオレンジ色のVF-171は、遺跡の上空をゆったりと旋回する。
その撮影が一通り済むと、次はこの半月の中に入るようだ。
≪真下に入り口がある。そこからリングの足元を調査する≫
一度下見にやってきたとき、入り口の確認などはしているらしい。
バトロイド形態に移ったそれぞれは地上に降り立つと、調査部隊は慣れた様子で遺跡へズカズカ向かってゆく。
≪お、おい。一応俺らが先行する≫
慌てたヴィリーが追いかけるが、調査部隊パイロットは「大丈夫さ」と言って歩みを止めない。
そういうの、死亡フラグって言うんだけどな。と独りごちたカミルもヴィリー機に続いて機体を歩かせた。
バトロイドが三機は並んで入れる大きな隔壁。
調査部隊機が近づくと、待っていたと言わんばかりに隔壁が開く。
その先に広がっていた通路。バトロイドが十機は並んで歩けるような巨大さ。
曲線的で、壁を這うパイプは血管にも似て生物的だ。
景観を見たリージヤは「まるでゼントランの船のよう」とごちた。
≪まずは内部探索だ。マップを完成させなければ、満足な調査もできない≫
調査部隊の隊長がそういうと、やはり足早に歩きだす。
≪まったく。危機感のない人たちだ≫
トビアスがラウンド専用回線に言い「学者ってそうなんですよ」とカミルは反応する。
ドシン、ドシンと鋼の巨人の歩行音が重なって響く。
振動は相当だが、ショックアブソーバーに守られたコックピットは微動だにしない。
歩くたびにコックピットが揺れるようであれば、それは到底実用的な兵器であると言えなかっただろう。
一行が遺跡内部の移動を始めて二時間。
外で空中警戒をしている騎士連中が暇をしてないかと気になってきたところで、どうやら遺跡の最深部らしいところに差し掛かった。
広い部屋と、何か密集している装置。
奥の方に見える柱のようなものは、空から見えていたリングの基部だろう。調査部隊が現在位置と照らし合わせて確信していた。
≪隊長、たぶんこれ制御装置ですね。とすると、やはりフォールドウェーブ発振装置かも≫
≪まぁ調べてみんことには分らんな≫
一通りのマップが完成した。
後は帰還を持って、護衛部隊の任務は完了だ。
このあとの動きは、調査隊が本格的な学者たちを引き連れてどこかしらへキャンプを設置するはずだ。
その展開は、ラウンドや騎士連中の知るところではない。追加命令が出れば話は別だが。
≪んじゃ、帰りますかね≫
ヴィリーがそう言い、調査部隊長が「護衛ご苦労だったな」と返す。
≪いやいや、ちゃんと基地にたどり着くまで気は抜くんじゃない≫
来た道を引き返すだけと言わんばかりに、またも護衛機を差し置いて先頭を行こうとする調査部隊機。
だが、一機の調査部隊機が廊下に繋がる隔壁をくぐった直後である。
その、オレンジの頭に、天井から落ちてきたらしい黒い塊がすっと覆いかぶさった。
≪うわっ、なに───≫
そしてカミルが一呼吸置いた瞬間である。
黒い塊の表面に紅い光が迸り、ドンと爆発したのだ。
調査部隊機のバトロイドは頭部を完全に吹き飛ばされ、その場にあおむけになって倒れる。
咄嗟に前へ出たカミルが、彼の機体を掴んで引きずった。
頭部は吹き飛んでいたが、コックピットハッチの隔壁は無事である。多分、生きている。
だが、問題はその黒い塊だった。
来た時には全く気付かなかった。天井を、それが埋め尽くしている。
ずんぐりと丸い胴から、六本の足。
まるで虫のような、もっと正確に例えるならダニのような姿をしていた。
それが天井をびっしり埋め尽くしている。その光景を見たリージヤとカミルは思わず身震いした。
「きっしょ!なにあれ!」
思わずそう言ったカミルは、すぐにビームガンを構える。
機械ではなさそうな相手にARIELの照準が食いついてくれるか不安だったが、ターゲティングは正確──いや数が多すぎて、それどころではない。
ラウンド隊はマイクロミサイルの迎撃回避マニューバを切る。
このような屋内戦でミサイルに蛇行されると、壁面や天井に衝突しかねない。
≪原生生物か?にしては......≫
冷静に言ったトビアスに調査部隊の一人が答える。
≪いや、たぶんプロトカルチャー遺跡のセキュリティシステムだ!≫
次々と落ちてくる自爆虫。
相手にしていてはキリがないと察したヴィリーは、適当に弾幕を吐いて目の前の自爆虫を掃除した後に、ガウォーク形態に移る。
≪ガウォークで突っ切る!ラウンド隊、ダイヤモンド・フォーメーションだ!≫
「了解!」
先行し始めたヴィリーとトビアスに調査部隊が続く。
そしてその後方からサンドイッチにする形でカミルとリージヤが囲う。
出力的余裕があるカミル機が損傷した調査部隊機を引きずる
調査部隊の尻を蹴り上げるが如くスロットルを押し込み、前衛機が切り開いた道を突き進む。
いくつか角を曲がり、爆炎の中を突っ切ると、その先に出口の隔壁を見た。
隔壁が開かないかもしれない可能性を想定して侵入直後に仕掛けた爆薬。
ヴィリーは開閉の能否にかかわらず起爆し、その爆圧で隔壁は尖らせた唇のようにめくれ上がる。
一行はその穴から次々と脱出していく。
≪入り口はどうするんです≫
後方を気にしたトビアスが言う。
それに調査部隊長が答えた。
≪彼らはおそらく簡易的な防衛措置だ。外まで追ってくることはないだろう≫
ヴィリーが呆れたように溜息をついた。
しかしこれから帰投するかというところで、マークスマンであるリージヤが遠方の空に爆発の光を見る。
その直後であった。
≪こいつら“例のヤツ”か!?≫
≪ああ、ワイルドハントだ!≫
騎士連中から拾い聞きした無線。
リージヤが目撃した空中の爆発は、彼らの空中戦の様子だった。
どうも胸騒ぎがするカミルはヴィリーに問うた。
「ヴィリー隊長、援護はどうします」
≪いや、あいつらの援護には行かない。護衛の対象は、あくまで彼らだ≫
ワイルドハントは生中に相手できる敵ではない。が、ストロングホールド隊もエリートだ。
まさか、簡単に落とされることはないだろう。
すると、ストロングホールドのカスパル隊長からヴィリーへ無線が入った。
≪ラウンド、そっちはどうなった!≫
≪一通り終わった。これから撤収する≫
≪我々が殿をする。そちらは調査部隊に添って帰投しろ!≫
カミル機が握っていた調査部隊機のパイロットもようやく目を覚ましたらしく、状況を察してカミルに礼を言うと、ガウォーク形態に移り、他の機体に続いて空に上がっていく。
どうにも騎士連中のことが気がかりなカミルだったが、気持ちを切り替えて周辺の索敵に注力した。