フォールド空間のトンネルを越えて、同時にラウンド隊の視線に飛び込んだ、巨大な木目の星。
一見して木星に似ているが、アロンダイト船団は太陽系から遠く離れた場所を航行している。
つまりそっくりさんだ。
フォールドブースターは帰りも使う都合上、ラウンド機は各自ブースターとのデータリンクを確認する。
≪お前ら、ブースターの位置は把握できているな。それじゃ、訓練宙域まで飛ぶぞ≫
フォールドアウト後のシステムチェックを完了すると、ヴィリー機が先行したのに続いて、三機がそれを追いかける。
宙を進むYF-34は、全機がアーマードパーツ並みの重装備を纏っている。
すなわち機体が極めて新星インダストリー的な設計をしている意味であり、とは言うものの素体状態では戦闘能力が低下する。
これは実験機として都合の良い設計にしようとした結果であり、機体そのものに固定装備をほとんど持たせないことで、採取したいデータ内容に合わせて都度パーツを交換することを想定している。
そのためにゲッソリしているのが外見的特徴であり、大気圏内でもスーパーパーツ累の搭載を前提とした珍しい機体だ。
カミルは柔らかな木目の星を見つめて飛んでいたが、その模様が目のように見えたとき、まるで巨大な単眼に見られている感覚がしてぎょっとする。
「やっぱりガス惑星は苦手だなぁ」
コックピットに一人ごちたつもりのカミルだったが、それを拾ったリージヤが「苦手なんですか?」と問う。
「いや、なんか吸い込まれそうじゃないですか?」
≪言わんとすることは分かります≫
そう話していたところに、トビアスが割って入る。
≪実際、近づきすぎれば吸い込まれるぞ。高度計には気を配っておけ≫
トビアスの警告に、ヴィリーが悪ノリするように付け足した。
≪ガス惑星でも雷が発生するんだが、場合によっちゃ、マクロスキャノンの比じゃない威力になることもある≫
「ひえぇ」
そうこうしているうちに、一行の機体は訓練宙域に到着。
先発のゴースト部隊とも合流し、カミルは人工フォールド・クォーツの作動状況を見る。
「これ起動してます? 数値がぜんぜん伸びないんですけど」
≪そんなもんだ。気にするな≫
貴重なパーツをついに自前で生産できるようになったと言えば聞こえはいいが、実際にはこの様である。
バジュラの体内で生成される特殊な鉱石というだけあって解明されていない部分は多く、それを人工的に再現するには、あまりに知見が足りていなかった。
VFに搭載されるクォーツは、互いに共振させることで高いエネルギーを発生させる方式を採る。
その配置効果もあって、多少はそれらしい力を発しているようだが、雀の涙だ。
案の定ゴーストたちも半自律モードになってしまっていて「やっぱりダメだな」と言わんばかりに先行していく。
ラウンド隊の仕事は、ゴーストたちとデータリンクを維持しながら、その戦いぶりを見守ることだけだ。
その仮想標的は民間軍事企業ケイオス所属のVF-31部隊が受け持つことになっている。
≪こちらはケイオス所属部隊。統合軍ラウンド隊で間違いないな≫
IFF確認後、改めて無線での確認を行い、先方部隊はすでに配置についているようだった。
ラウンド隊はクォーツのテストを行い、向こうは対ゴースト戦闘訓練を行うという目的である。
≪では始めさせてもらうが宜しいか?≫
≪こちらのゴーストも準備が完了した。いつでも始めてくれ≫
ヴィリーがそう言って、編隊を組んだゴーストたちがゆっくりと氷が浮遊する環の中を飛んで行く。
模擬戦が始まると、ゴーストは無人機然とした鋭角な動きでVF-31を追い詰めていく。
ゴーストの主観視点を借りて戦闘の様子を見えていたカミルは、その動きに思わずクスっと笑う。
やる気はないけど仕事だから仕方なくやってる。と言わんばかりの怠惰な戦闘機動で、AIも模擬戦をつまらないと思っているのだろうか。
しかしながら、人間視点で見てみれば強敵に違いなく、現時点で最新鋭クラスのVF-31部隊も相当苦戦している。
それでも、やはり民間軍事企業の所属パイロットは腕がいい。
変形もしっかり使いこなし、後ろを取り取られの苛烈なドッグファイトを演出してくれた。
だが、変形するのはゴーストも同様。
エンジンブロックを前方に突き出して急制動を掛け、相手機をオーバーシュートさせるすれ違い様に攻撃を差し込んで、撃破を重ねていく。
そしてカミルは、コンソールに表示される『KILL』の文字を眺め続けた。
戦闘開始から数分が経ったあと───
三戦ほど重ねたのちに模擬戦は終了し、散らばっていたゴーストたちは、母機からの指示を受け取るとすぐさま編隊を組みなおす。
≪うーん。用心して持ってきたが、杞憂だったみてぇだな≫
そう意味深なことを漏らしたヴィリー。
訓練参加機体の翼下に吊るされた青色のミサイル群。
模擬弾を使う金のかかった訓練だったが、ラウンド隊のVFだけは物々しく爆装していた。
隕石破砕用という体で持ち出してきた実弾の数々は、文字通りの“アクシデント”を想定してヴィリーが持ち出してきたものである。
アーマード装備とそこに満載した実弾を目の当たりにして、ケイオス部隊は妙な冷や汗をかいていた。
名のある人材が次々と民間入りしている中、統合軍には黒い噂が絶えない。
そんな組織に属する素性不明の特殊部隊が、ゴースト部隊の後ろに陣取って宇宙の闇の中に隠れている。
このような状況、プレッシャーを感じないはずがない。
「隊長、あんまりそういうフラグは立てない方がいいっすよ......」
ヴィリーが何を警戒しているか暗に察したカミルは、隊長の分かりやすい一言で本当に来るのではという悪寒を感じ取ってしまう。
ガス惑星の付近を飛んでいれば敵の急襲があるという、かねてよりの因果的な事象である。
≪んぅ、まあそうだな。じゃあデータ採りも終わったし、帰るとするかね。ケイオス部隊、付き合ってくれてありがとうな≫
≪構わないさ。星系の独立運動が活性化して、どこも可変戦闘機を導入してきているし、こういう高性能なゴーストと訓練できるのはありがたい≫
隊長同士が話し終えたところ、それぞれの部隊は帰路につく。
しかしフォールドブースターの方向に回頭しようとしたその時だった。
≪デフォールド反応!IFF応答なし、レーダー波形ではワイルドハントと推定。なぜこの場所が───≫
と、リージヤが無線に叫び、ヴィリーとトビアスは瞬時にバトロイドへ形態移行する。
≪やっぱりきやがったか。粗製でもこいつはフォールドクォーツだ。それに引き寄せられたんだろうよ≫
その状況に気が付いたケイオス部隊機はにわかにざわつき始めた。
武装を持っていない機体ができる抵抗手段など、バトロイドでの格闘ぐらいしかない。
彼らに「殿は任せて行け」とヴィリーが言い放ち、トビアスと共に、すぐさま敵との間に割って入る。
≪ヘッドオンからフルオープンアタックで行く!≫
咄嗟の判断でゴーストをケイオス部隊につけたカミルは、リージヤとバトロイドを並べ、ワイルドハントが射程に入るのをじっと待つ。
モニターに映る、揺れ動くターゲットマーカー。
マスターアームをオンに入れ、すると頭部ビーム砲、ビームガンポッドを同時に構え、さらに増加装甲に内包されたマイクロミサイルランチャーをすべて展開する。
肉眼では見えないが、機械の目は敵の姿を確実に捕えている。
ターゲットのとの距離を意味する等間隔のアラームは、カミルの鼓動を真似るように駆け足になっていく。
そしてマーカーが赤くなった瞬間、人差し指にかかるトリガーと、親指に触れるボタンを同時に押し込んだ。
並ぶ四機から無数の光芒と共に大量のミサイルが虚空に放たれ、ラウンド隊の少し前方の方で、爆発閃光がブドウの房のように連なって膨れ上がる。
しかし、こう漂流物が多い環境下である。
数発は岩に衝突し、閃光を背景に浮かび上がった黒い影が四方に広がる。
空になったミサイルランチャーを投棄して、リージヤとカミル機は、視界右上に飛んだ敵を追いかける。
長い尾から、青い残光を描いて飛ぶ、ダークブルー色の昆虫のような姿。
間違いなくワイルドハントである。
「僕は左、少尉は右で!」
≪了解!≫
二股に分かれたカミルとリージヤ機は、ワイルドハントの編隊を挟撃に掛ける。
今度は装備も万全。負けはしないと意気込み、リージヤは丁寧に小型個体から仕留めていく。
リージヤ機からの射線を複雑なマニューバで振り切ろうとした大型個体だったが、進行方向の切り替えしで一瞬の隙を見せたところ、その腹を背中から撃ち抜かれた。
一方でカミルは、ワイルドハントの動きをさらに上回る苛烈な機動を見せる。
猛烈な追い上げから小型を殲滅し、その先頭を行っていた大型個体を追い越したかに思えた次の瞬間だ。
バトロイドに形態移行したカミル機は発射したビームガンポッドを槍のように振り下ろし、その青い体躯を真っ二つに切り裂く。
カミルの敵撃破とほぼ同時に、ヴィリーとトビアスのエレメントも戦いを制した。
ヴィリーの用心が功を奏した形に収まるが、氷塊の影からその戦いを見ていた者が居た。
≪どうです?感想は≫
涼やかな青年の声が、何者かに問いかける。
≪まぁ、いいんじゃないか?≫
問いかけに対し、品定めするように返した男は、しかしどこか不満気にも聞こえた。
そして一行のフォールドインを見送り、それ自身も氷塊の影を出る。
足元で陽光を跳ね返す木目の星に照らされて、灰色の体躯が暴かれた。
顔部を覆う青いバイザーに鈍い光を走らせ、背部には折りたたんだ前進翼の中腹に、さらにエンジンを備える特徴的なシルエット。
そのバトロイドはゆったりと氷塊を離れ、一行とは正反対の方向へフォールドしていった。
chu! サボり過ぎてごめん♡