ガス惑星での訓練から翌日。
朝起きたカミルは目覚ましのアラームを鳴らす携帯端末を止めると、ロック画面の通知を確認した。
SNSの通知と、ゲームのセールを知らせるメールがいくつか。
それらを確認してロックを解除すると、ホーム画面の定位置に置いているメッセージアプリに通知が一つ。
トークルームの更新が完了し、トップに躍り出たのはアリィヤ・ブランディとのルームだった。
─ 今度の休み、暇? 暇だったら、一緒に遊びに行きたいんだけど ─
とのメッセージあり。
メッセージが送信された時間を見ると、深夜二時半となっていた。
よほどスケジュールが過密なのだろうか。
すぐに寝ぼけた頭を叩き起こしたカミルは、カレンダーアプリから予定を確認する。
─ ばっちり暇です! ─
と返信し、その既読の有無を確認しないまま、ベッドから起き上がった。
シャワーを浴びて、軍のジャージを着る。
自室はラウンド隊の格納庫に隣接していて、多くある部屋のほとんどは整備士や設計者などが使っている。
部屋を出たカミルは、自機の様子を確認しに格納庫へ向かおうとしたが、その途中でやつれたレオニと遭遇した。
「あれ、どうしたんすか?」
「いや、君の機体の整備にね......」
先日のワイルドハントとの戦闘で機体を振り回した結果、機体の整備にはかなり時間がかかったようである。
整備班はみな疲れ果てていた。
「へ? そんなに動かしてないっすよ?」
そんなに動かしてない?あのパーツ疲労で?と心中に吐いたレオニ。
エンジンは毎回交換?アーマードパーツは使い捨てになるのか?今後のことを容易に想像できてしまい、レオニはついに血を吐いて倒れる。
カミル機の負荷は、主にエンジン回りに集中していた。
戦闘ではファイター形態での機動が主だったためである。
レオニはその操縦技量に合わせてF型を用意したものの、そのせいで存分に振り回せる土台を作ってしまったのだ。
無茶な制動を瞬間的にかけ続けたことで、エンジン回りのパーツはおおよそすべて交換。
アーマードパーツは接続基部から歪んでしまい、機体ごと交換した方が早いのではと思わせるほどだった。
エネルギー転換システムを持つフレームがどうして歪むんだ。とレオニは嘆く。
「ごめん、リミッターもうちょいキツくしていい......?」
掠れた声で懇願したレオニに、カミルは泣きながら謝り続けた。
少しして───
レオニと共に格納庫へやってきたカミルは、部位ごとに分解された自機と対面する。
「パーツ交換するついでに、君の戦い方に合わせたカスタムを施すから、しばらくアロンダイト・シティでも見ておいで」
「すみません本当に......」
「気にしなくていいよ。機体性能の限界を引き出してくれるの、技術屋としてはうれしいからさ」
機体が使用不可になったことで、改めてヴィリーから待機を言い渡されたカミル。
自室で改めて携帯端末を確認すると、アリィヤからの返信があった。
─ おっけー じゃあ明後日の土曜日に、アロンダイト・シティのプリズムツリー前合流ね ─
─ おkっす ─
今をときめく有名人とデートってマジ?改めてそう認識すると、これまでなぜか平静を保てていたカミルの内心は、いまさら爆発した。
街のことは後でゆっくり知って行けばいいかと思っていたカミルだったが、こうはしていられない。
パソコンに飛びつくと、知らないなりにアロンダイト・シティのことを一通り調べて行った。
それから明後日───
久々に棚から出した私服はシワだらけ。
素早くアイロンをかけて最低限の見栄えを復元すると、それを着てラウンド隊の格納庫を後にした。
アリィヤとの合流場所は、アロンダイト・シティビル街の中心にある高層ビル前。
ビル街の特徴は、なんといっても“ガラス張り”というところだろう。
一見してフレームが見えないビルの群れ、その景観は、まさにガラスの街と言って差し支えない。
マクロス・シティに共通して言えることは、街のデザインに、かつて地球に存在した都市を再現する傾向があることだ。
これは、長い宇宙航海のなかで市民の心理的圧迫を避けるためのテーマパークのような役割を担っているというが、アロンダイトでは特定の都市の再現は行っていない。
というのも、かつて地球上に存在した都市の資料を見つけることができなかったためだ。
ぴかぴかの近未来な街。
エデンの田舎暮らしがほとんどだったカミルにとって、この光景は、まるで別世界に飛び込んだような高揚感を与えるものだった。
「おぉー、先進都市って感じ。なんか視界が透き通ってる」
馬鹿っぽいこと言ってるな、と自分でも認識しながら、カミルはアリィヤとの待ち合わせの場所へ足を運ぶ。
そして、ビルの奥にそびえ立つ大木のような外観をしたプリズムツリー。
ホログラムの枝葉は光を放ち、よく晴れた昼間のような明かりを地上に届けていた。
「なるほどぉ。その名の通り、水晶の樹ってことだね。まだ五分前だけど探してみるか」
無論、見た目だけではない。
プリズムタワーはファッションビルなのだ。
アリィヤを探してあたりを見回せば、やはり若い女性の数が多い。
周囲の状況に居心地の悪さを感じながら、とにかくプリズムツリーのエントランスへ向かう。
自動ドアをくぐって、真っ先にカミルの視界へ飛び込んだ北口と、その両側に控えるエスカレーター。
視界の端にあるそのエスカレーターから強烈な存在感を感じ、カミルはそれに引き寄せられるようにして左を見た。
そこに黒っぽい人影がエスカレーターから降りてくるのが見える。
黒髪のボブは、確かにアリィヤ本人だ。
カミルの視線に気づいたのか、アリィヤは小さく手を振って答える。
そしてエスカレーターを降りるなり彼女は、小走りでカミルに寄った。
「おぉカミルくん。早かったね」
「いやぁ、今さっき来たっす」
「今来たところって言いたかっただけでしょ。あと、タメ口でいいよ。歳近いし」
と半笑い気味に言ったアリィヤ。
「ん、分かった──」
と返しつつカミルは、彼女の服装を足先から見た。
履き口の広いブーツにホットパンツ。
そこから視線を挙げていくと、扇情的な腹筋の丸みがあらわになっていて、胸部が隠れられないショート丈のパーカーの下には白いスポーツブラが顔を出す。
その白く丸い大きな山は、まさしく秀峰であった。
存外、がっしりした体格だなと思うカミル。
普段から聴く力強い声量に説得力を持たせる体つきと言える。
しかしまじまじと見すぎたか、アリィヤに訊かれてしまった。
「ボクのこれ、昨日買ったばっかりの服なんだけど、どう?」
(一人称ボクなんだ)
カミルは困った。
胸の内に抱いた第一印象を、歳の近い女性に対してハッキリ言うなど憚られるが、こういうときの切り抜け方をカミルは知っていた。
「かっこいいコーデだと思う」
「ふふっ、でしょ」
いいねとか、かわいいでもなく、かっこいいと言っておけば、大概切り抜けられる。
前の部隊の隊長が、女性へのセクハラ対策で編み出した技の受け売りだ。
だが、かっこいいという感想は、決して嘘ではない。
それは褐色の肌としなやかな筋肉、そして鋭い金色の瞳が、猛禽のような強さを醸し出しているから。
(19歳でセクハラとか気にしたくないんだけどなぁ)
そう心中にごちたカミルは「ほんじゃいこっか!」と歩き出したアリィヤに続いてプリズムツリーから歩き出した。
端末から地図アプリを開くと、戦闘の被害につき立ち入り禁止となっている区画が赤色で表示されている。
幸い、破壊された建物や弾痕を見て、楽しい気分が台無しになることは避けられそうだ。
ちょうど昼時であったので繁華街の飲食店でステーキを平らげ、二人は旧市街エリアから順に船団を回っていくことにした。
しかし旧市街エリアに向かうさなか、そのモノレールの中でそわそわしていたカミル。
仮にもアリィヤは有名人で、一緒にいるところを週刊誌にスクープされないだろうかと不安になっていたのだ。
顔出ししないシンガーであるので、実際に彼女の素顔を知る人間は少ない。
ライブなどの現場ではホログラムプロジェクターによって姿を七変化させているそうで、銀河ネットワークでも自分の写真をアップロードすることもなく、実際の姿を知る関係者はマネージャーぐらいだそう。
「ってことだから、あんまり気にしなくても大丈夫だと思うよ」
「でも本名で呼ぶのはまずいよね」
「確かにそうだねぇ。うーん、じゃあアリャーとか?」
「えぇ......?」
モノレールは旧市街エリアと都市エリアの間を流れる運河を越えていく。
その壮観にはしゃぐアリィヤに釣られて窓の外を見たカミル。
視線をプリズムツリーの方に移すと、都市エリアは存外木々に囲まれているのだなと感心する。
特に、空から見下ろせば、アイランド1は緑も目立つ。
少々物騒な話だが、ビルと並ぶ木々は船団襲撃者との戦闘を想定した火災対策だという。
そういう品種の木をエデンから持ってきたのだとか。
実際、鎮火システムを張り巡らせるよりも安価で効果的なのだ。
そうこうしているうちに、モノレールが旧市街エリアに差し掛かった。
駅で降りた二人は、都市エリアとは打って変わってエキゾチックな雰囲気に包まれる。
旧市街エリアに立ち並ぶのは、漆喰の壁と張り出した木組みの家。
地球がゼントラーディ軍に滅ぼされる前にあったらしいドイツという国の、古い建築様式なのだそう。
かつての雰囲気を完全再現しているわけではなく、大きな地図看板や路面電車など、あえて観光地を意識したレイアウトになっている。
「地球って言えばマクロス・シティがあって、あとは森と荒野が広がっているだけだから、70年以上前はこんな風景があったなんて想像できないね」
「へぇ、そうなの?」
「小学校のとき近代史で習ったけど、昔の地球は開拓されつくして、資源不足とか環境問題が叫ばれてたんだって」
うーん?と実感がわかないように首を傾げたアリィヤは「宇宙に出ればよかったのに」という。
「まだマクロスが落ちてきてなかったからね」
「あ、そっか」
「今じゃ冗談みたいだけど、当時は月に行くのにも精いっぱいだったって」
よく知ってるね。と感嘆したアリィヤに、歴史は面白いよ。とカミルは勧めた。
「特に2000年代前後のゴタゴタが面白いかな。ちょっと前にあったでしょ、マクロス・ゼロってドラマ」
「あぁ!マクロス・ゼロめっちゃ好きだよ、昨日発売されたリマスター版の持ってる」
「マジ?12Kリマスターの?」
「そうそう」
そんなことを話しながら、二人は船団の各地を巡った。
圧倒的な歌唱力をカラオケで生体験し、それから青い海のリゾート、一面の麦畑、動物たちの森───。
遊び倒した後、丘の上の草原に寝そべって、空を流れる雲をのんびり見送る。
「ふぅ。久々に外出て遊んだ気がするなぁ」
「やっぱりパイロットの仕事は大変?」
「どうかな。僕はバルキリーが好きだから、大変かもしれないけど楽しいよ」
そういうアリィヤは?と返すと、彼女からも同じような答えが返ってくる。
「へへっ、案外似た者同士?カミルは飛ぶのが好きなの?」
そう聞かれたカミルは少し考える。
バルキリーは好きだったが、飛びたい病かと言われれば違う気がしたからだ。
「バルキリーはどこへでも行ける。陸も空も宇宙も。そんな、自由を僕に与えてくれる機体が好きなんだ」
そういうアリィヤはどうなの?と訊き返す。
「ボクはね、山を割るために歌ってる」
「え、割る?山を?」
「そう。歌でドカーンと」
そういうアリィヤの目は冗談を言っているようには見えなかった。
山を割るという目標のためにまっすぐ歌い続け、周囲の評価はそれを追いかけるだけ。
だからネットの反応なんて気にならないし、心が折れることもない。
決してぶれないアリィヤの目には、そんな説得力があった。
気づけば、もう夕方。
そろそろ帰ろうか。と立ち上がったアリィヤに続いてカミルも起き上がる。
その後、二人は合流したプリズムツリーの入り口前へ戻ってきた。
「じゃあ、またいつか遊びにいこうね」
「うん。でも任務があったら、機密保持の問題ではっきり断れなかったりするから、そのときは察して......」
「はははっ、わかったよ。今日は楽しかった。ありがとうね」
楽しさの余韻を残したまま別れた二人。
そして、前後をフォールド断層に挟まれた船団は、直近の星団へ寄港しようとしていた。