「え、じゃあ待つしかないんですか?」
アリィヤとのデートから二週間後。
なかなかフォールドしない船団に疑問を持ったカミルは、ラウンド隊の面々にそのことを質問していた。
「そうだ。まぁ断層あるあるだな」
フォールド空間を阻む時空のズレ。即ち“フォールド断層”。
移民船団にとって最大級の障害であり、下手にフォールドすると、最悪、異空間から出られなくなる可能性すらある。
原則として断層が出現した際は、それが消えるまで待つしかない。
過去には、船団が丸ごと断層に落ち、全滅したという前例もある。
そして今、銀河の中心へ向かっているアロンダイト船団の前後に、長大な断層が横たわった。
断層の迂回も叶わず、その消失を待つしかない船団。
しかし、ただ宇宙にとどまるのも気分が良くないということで、大統領府により直近の星団へ寄港することが決定された。
断層の存在は、エデンからほとんど出ることがなかったカミルにとって馴染みが薄い。
だが、その性質を知ると、アリィヤがアロンダイトに滞在している理由に納得する。
あくび交じりに「しばらく暇なのさ」と言った隊長にトビアスが補足を入れた。
「だが、バジュラは断層を無視してフォールドできる。だから今回の寄港は、船団だけで宇宙に留まっておくのは危険という判断だろう」
それに、マクロス・フロンティアと同系統となる環境循環システム採用型の移民船は長期の自給自足が可能である反面、その環境バランス維持は戦闘などの破壊行為で脆く崩れてしまう。
やはり、宇宙に留まっておくのは賢明ではない。
トビアスの補足に、真面目だねぇ、と言いたげに髪をかき回したヴィリーは、咳払いして話し始めた。
「しかし断層は、フォールドすれば障害になるという話だ。俺らの仕事は引き続きやっていくぞ」
技術屋が夜通し作業して作った、カミル機の新たな仕様。
その完熟訓練もある。
訓練で機体を出すために、面々はさっそくパイロットスーツに着替え、格納庫に向かった。
カミルはその最中で、ある一人の男性と出会う。
「始めまして。あなたが、霞・カミル少尉ですね?」
耐Gスーツを着込み、廊下に出たカミルを背後から呼び止めた人物。
カミルが振り返って声の主を見ると、その襟には大佐の階級章が輝いていて、とっさに敬礼をした。
やわらかい色の金髪をオールバックにした、温和な雰囲気の紳士という風貌。
その髪色はどこかに見覚えがあった。
「私はフランク・ゾンボルト。まあ、ラウンド全体の責任者のようなものですね」
大佐が敬礼を解くのを待ってから、追ってカミルも敬礼を解く。
そして、その苗字に「もしかして」と漏らした。
「ええ、お察しの通り、レオニは私の娘です。いつも、娘が世話になっています」
「とんでもないです。むしろお世話になっているのは自分の方です」
そういったフランクだったが、これから訓練に出ようとするカミルを呼び止めたことに謝罪し、「また後程」と言ってその場を去った。
そもそもカミルをアロンダイト船団へスカウトしたのは彼である。
存外、幅広いネットワークを持っている人物で、前の部隊が扱いに困っていたカミルを、素晴らしい人材だとして引き抜いたのである。
フランクとの初対面の後、格納庫へやってきたカミルは、仕様変更が成された自機と対面する。
そして、機首の正面から機体を見上げて整備班らに指示を飛ばしていたレオニに駆け寄った。
「レオニさん。さっきお父上にお会いしましたよ」
「えっ!父さ──大佐が?帰ってきてたなら一言かけてくれてもいいのにさぁ」
どうやら、VFの装備のことなんかで、アロンダイト工廠の方へ出向していたそうである。
工廠と言えば、この船団はかなり特殊だ。
VFの製造を行うOTM系各社が新技術の開発を行いやすい環境が整えられている。
様々な企業が参入、共同利用する“アロンダイト工廠”というものがあり、言ってしまえばテナントである。
その存在があるから、ラウンド隊は欲しい装備をすぐに入手することができる。
特に、VF開発における大手二社、新星インダストリーとゼネラル・ギャラクシー系列の技術を坩堝にできるのも、そのテナントシステムによるところが大きいと言えるだろう。
「まぁそれはいいや。で、カミルの機体ね、前回よりもさらに近接格闘戦向けに変わってるよ」
技術班が改めてカミルの戦い方を見た結果、猛烈な追い上げから格闘戦に持ち込むというシチュエーションが多いと判断し、近距離でより取り回しの良い機体に仕上がっていた。
YF-34の基礎設計は、ほとんどVF-31カイロスからの流用である。
腕部に至ってはカイロスと完全な互換性があり、マルチパーパスコンテナの流用も可能だ。
新しいカミル機は加速性を最重視し、VF-31が腕部に搭載するレールマシンガンを撤去。
同時に基本装備であるビームガンポッドも廃止し、新しく銃身を切り詰めたビームガンカービンを、撤去したレールマシンガンの位置に据えた。
「なるほど。じゃあ、元のビームガンポッドは完全に装備できない形ですか?エンジン出力的なアレで」
「んにゃ、なんなら普通のビームガンポッドを両手に持つこともできる。君用にエンジンのパワーを底上げしてるからさ」
無論、フル活用すれば、エネルギー転換装甲の出力が落ちるだろうと警告し、そしておおよその仕様を理解したカミルは、自機に飛び乗った。
「完熟訓練、隊長チームと三対一だってね。コンテナはブースターにしよっか」
「頼んます」
正直、猛者ぞろいのラウンド隊で三対一なんてされたら瞬殺されるだろうと震えていたカミルだったが、対してヴィリーたちは、カミルが独り勝ちするだろうと想定している。
ラウンド隊のメンバーではカミルの飛行時間がもっと少ないが、戦闘技量はカミルがトップクラスという不思議な現象が起こっていた。
「まぁ、天才ってやつだわな」
機体のセットアップをするカミルを眺めて、ヴィリーが言う。
肩をすくめる様子は「若者は怖いね」とでも言いたげだ。
「確かに彼は間違いなく天才です。しかし、まだ戦い方に粗が多い。その弱点に気づかなければ後々危険です」
有象無象を相手にしているときはそれでよい。
しかし、相手が本当の強者であるならば、そう上手くは行かない。
「ほーう。じゃあ教育指導は頼んだよトビアス中尉」
「それは結構ですが、隊長も、少しは本気出してください」
「へーへー」
機体の準備が整ったラウンド隊は、アイランド1前面カタパルトから宇宙に飛び立つ。
≪カミル少尉!実は私の機体も仕様変更したんですよ!≫
明るい声色で話しかけたリージヤ。
その様子は小学生がクラスメイトに新しいおもちゃを見せびらかしているようだ。
「え、ほんとですか?どんな風に───」
≪それは模擬戦まで秘密です≫
「そんなー」
青白い宇宙用推進剤の燃焼残光が尾を引き、四つの光はアロンダイト船団の右舷下側を流れゆく小惑星帯に向かう。
ラウンド隊は民間の採掘屋たちに交じって飛び、隊長チームと孤立するカミル機は、それぞれ訓練開始位置に着く。
≪さてカミルくん。キミの模擬戦はこのタフィお姉さんがしっかり補佐してあげるから、安心して飛びなさい!≫
前回のガス惑星宙域戦闘では通信が行えなかったために、オペレーターたちの支援を受けることができなかった。
何気に、無線からタフィの声を聴くのも初めてだ。
「よろしくお願いします。期待してますけど、アオイさんとゲッカさんは?」
≪おうおう、アタシじゃ不満か?≫
「いえ、僕の動きが先方に知られちゃ世話ないじゃないですか」
からかったつもりが、冷静に返されたタフィはマイクの外で「かわいくねぇな!」と愚痴る。
≪じょーだんだって。二人は別室で隊長チームの補佐してるよ≫
だが、カミルが冗談に付き合わないということは、それだけ本気モードになっている証拠でもあった。
「新しい機体、レスポンスは上がってる、というか手足みたいに動いてくれる......。これなら、コンテナは増槽の方が良かったか?いや、相手の出方次第か」
独り言のように早口なカミル。
これも集中しているとき特有の独り言だったが、無線越しのタフィは、その異様な気配にやや引き気味だった。
視界情報に表示される訓練開始位置。
ファイター形態のまま浮かぶ岩の表面ぎりぎりに寄せると、直近で採掘作業していた民間の作業員にバトロイドの腕を振って挨拶する。
それから訓練開始のタイマーがゼロになるのを待って、アラーム音と同時にスロットルを全開に入れる。
≪状況開始。レーダー情報によれば、敵機は二機編隊と孤立している機体が一。おおよそ三十秒後にエンゲージ≫
「了解。孤立している機体の詳細位置は分かりますか?」
≪駄目ね。アクティブステルスと強力なECMに邪魔される。ECMの展開位置からおおよその場所を割り出すわ≫
しばらく前衛二機とやりあうしかない、と心中にごちたカミルは、ECMを展開し、岩間を飛びぬける。
引き金の感触をパイロットスーツ越しに感じ、そしてタフィが予測した三十秒が経過。
最後の岩を飛び越した先に、敵機が待ち受けている。
操縦桿をゆっくりと傾けて軸を合わせ、ピッチアップの瞬間、決め撃ちで引き金を引き絞る。
狙いはあっていたようだ。
岩の影から飛び出してきたトビアス機の進路上にビームが飛んだものの、これを察知したトビアスはとっさのガウォークで制動を掛ける。
ここで仕留めんとビームガンカービンを向けるカミルだったが、反撃潰しで放たれたトビアス機のビームガンポッド掃射に阻まれ、さらに一回転からミサイルを放って、その場から離脱する。
レバーを折ってガウォークに切り替えたカミル。
浮遊岩を蹴って移動することでミサイルを岩にたたきつけ、再度ファイター形態に戻し、態勢を立て直す。
すると、再び動き出したカミル機の背後にヴィリー機がとりつく。
隊長も本気を出しているようだ。鋭く早いカミルの動きに食らいついて飛んでいる。
「インターセプターは隊長とトビアス中尉か?リージヤ少尉はどこだ......?」
猛烈に追いすがるヴィリー機と、その照準から逃れようと機体を振るカミル機。
ヴィリーがミサイルを放つと、素早い急旋回から急加速を行い、カミル機は二機の進行方向と正反対に逃げる。
≪イカれた動きだ。そりゃ、機体も逝っちまうわけだ≫
改めてカミルの操縦を目の当たりにすると、機体を壊してしまうことに納得する二人。
逃げたカミル機を追って、二機も反転する。
≪さて、ここからは作戦通り、俺が追いかけて、確実な隙にトビアスが撃ち込む≫
≪了解。次で仕留めます。長引かせては、こっちが持たない≫
トビアスは熾烈なドッグファイトを少し離れた位置から眺め、カミル機に隙が生まれるのをじっと待つ。
(なんて動きだ。隊長がああも抑えられんとは)
カミルがやってくるまでは、部隊内で最も強いのはヴィリーだった。
≪ちっ!まるで親父の戦闘機動みてぇだな!≫
トビアスの眼下で繰り広げられるドックファイトはあまりにハイスピードで、それはまるでゴースト同士の先頭を見ているようでもある。
だが、本当に恐ろしいのはそこではない。
俯瞰して初めて分かったことだが、必死に追いすがるヴィリーに対してカミルは本気じゃない。
むしろ、足りない機体性能に合わせてマイルドな動きをしているようにさえ見えた。
アロンダイト船団じゃ、最強はヴィリーだろう。
そう確信していただけに、トビアスは内心狼狽していた。
≪彼は化け物か......?≫
一方、先頭で逃げるカミルは、もうそろそろカウンターを刺せるかと考え、自機とヴィリー機の間に岩を挟んだ。
一瞬途切れた視界、その瞬間にバトロイドへ形態移行していたカミル機の照準は、機首の腹を睨んだ。
≪見せたな、隙を≫
しかし、そのカウンターを待ち構えていたトビアス機がビームを撃ち据え、連携に嵌ったと察したカミルは攻撃をやめ、トビアス機からの銃撃を躱す。
だが、それすら確殺を狙う連携の途中であるということは、陽光に照らされて初めて気づいた。
≪孤立した機体の位置は──、カミルくん!そこから離脱して!≫
陽光が射した。ということは、一直線に浮遊岩がない。
タフィの声を聴いて、カミルは自分がキルゾーンに誘い込まれたことを理解する。
≪撃墜はもらいました≫
遥か遠方の岩から狙撃銃を構えて待っていたリージヤが引き金を引いた。
だが、カミルは飛翔する弾丸を見て、機動では避けられないと察すると、とっさに折り曲げたレバーを垂直に立てる。
すると、バトロイドの構成パーツがガウォークに戻るために分離し、放たれた狙撃弾は、そのパーツの隙間をすり抜けた。
≪撃墜──、なに!?≫
≪そ、そんな......≫
攻撃効果を確認するためその様子を見ていたトビアスは、確かに弾丸が当たったと確信した。
到底想定し難い回避方法に理解が追いつかず、しかし、すぐにリージヤへ指示を飛ばした。
≪回避された!?リージヤ、ポジションを変更!B-12だ!≫
≪りょ、了解です!≫
「なるほど、リージヤさんがマークスマンか。しかし今の弾丸、実体弾だったよな。スナイパーライフルだとすると、いやでも相対速度を加味しても弾速が早すぎる。ドラグノフじゃない......。大方シャイタックあたりか?」
改めて態勢を立て直したカミル機が再び動き出す。
三機はあらゆる連携を駆使してカミル機を追い詰めようとしたが、結局撃墜は叶わず、トビアスが最初に墜とされ、次いでヴィリー、最後にリージヤという流れで決着した。
帰還した後、コックピットでヘルメットを脱いだカミルは「いや~、怖かった~」と背伸びする。
怖かったのはこっちだと最後に対面したリージヤがコックピットで独りごち、思った以上に異常な動きをするカミルに対してトビアスは思わずため息をついた。
しかし彼は、カミルの弱点になりうる要素を見出した。
その後、カミルはトビアスと対面で、デブリーフィングを行った。
「少尉は目の前で起こった状況に対して、ほぼ反射的に動いているだろう」
「あー、たぶんそうだと思います」
「そんなものが現れるかどうかはさておいて、理詰めで来る熟練パイロット相手には完封される可能性がある。論理的に戦うことを意識しろ」
前の部隊では、技術的な部分を指導できるパイロットなど無いに等しかった。
初めてそれらしいことを指摘されたカミルは、少しの間、シミュレーターに籠ったのだった。
YF-34Fβ スーパーエボリューション(カミル専用カスタム)
霞・カミル搭乗のYF-34。
戦闘機動に耐えられず破損した機体を再改修し、さらにカミルに合わせて仕様変更したモデル。
主に近接戦闘での最大パフォーマンス発揮を想定しており、ラウンドチーム技術部は将来のハイエンド・マシンは、この機体のデータがメインに使われるだろうと確信している。
カミルの技量に機体性能を追いつかせるため、主翼にもサブエンジンを配置するプランが計画されている。
これが実現すれば、エネルギー転換システムの出力が上昇し、機体が戦闘機動で破損する可能性も低減するうえ、同時にスペックの大幅な向上も可能であると、レオニ技術班長は語っている。