東方の方で更新いたしましたので、まあこっちも書き進めなきゃなということで。
大体交互に更新してます。気分によって割と変わります。
それでは、どうぞ。
美九との逃走劇になんとか終止符を打ち、ようやく家に戻ってくる頃には日は沈みかけていた。
時刻は五時頃。夕飯の準備に取り掛かってもいい時間帯だが、この家の料理担当である七海は今、台所にも、ましてや自室にも居なかった。
場所は狂三の部屋。当の狂三に膝枕をしてもらいながら横向きに寝転がっていた。
その顔は緊張に包まれているのに反して、狂三本人はと言うと大変楽しそうにくすくすと笑っていた。
彼女の手には細長い道具が握られていた。
片側の先端は緩くカーブを描いており、やや先太り気味。反対には白い綿毛のようなものがくっ付いている。
詰まる所の耳掻き棒。彼女は、カリカリと七海の右耳を清掃しているのである。
「どうですか七海さん? 気持ち良いですか?」
「あ、ああ……」
口を動かすと耳も動くので、極力最小限の言葉で返事をする七海。
そうですかと言って小さく笑みを溢し、また狂三は七海の耳掻きへと戻る。
さて、何故こうなったのだろうか。
ことの始まりは、七海が帰宅した直後だった。
美九と別れを告げ、玄関の扉を開けた七海は、飲み物でも取りに来たのであろう二階から下りてきた狂三と鉢合わせしたのだ。
それ自体は珍しいことではない。何せ一緒に住んでいるのだから、ふとした瞬間に思いがけず遭遇することなんて多々ある。
ただ今日は、少し事情が違った。
「あら?……七海さん、少し疲れてまして?」
「え?」
頬に手を当て、顔色を窺うように狂三は歩み寄ってきた。
「まあ今日は、ちょっと走り過ぎたんだよ……」
「いえ、そうではありませんわ」
靴を脱いで靴箱へ入れながら主に疲れた要因となった出来事だけを伝えると、狂三は違うと頭を振った。
どういうことだろうという疑問を首を軽く傾げる仕草だけで伝えると、彼女はふふと微笑むと、
「気付かないと思いまして?」
「……はあ。いつからだ?」
「三日程前から。明確にいつもと違うと思ったのは今朝からですわね」
三日前というと、七罪から手紙が送られてきたその日のうちから何かしらの異常は察していたのか。
それを今まで特に指摘しなかったというのは、一種の信頼の証だと思っていいのだろうか。
しかし、狂三の観察眼が優れていることは前々から分かってはいたが、まさかここまでとは。素直に脱帽するしかない。
それならば彼女なら七罪を探し当てることが出来るのではないかと思ったが、ここで別の誰かの名前が出ない辺り普段とは違う印象を受けるのは七海だけなのだろう。
信頼というよりは、単なる注意力の違いのような気がしてきた。
「それに、体調が優れないという様子ではございませんのに学校をお休みになったり、かと思えば夜中まで起きていたりなど、少々違和感は感じてましたわ。加えて、いつかの士道さんの突然の変わりようも、曖昧に答えられたままでしたし」
「おおう……そりゃ悪かったな」
いえいえと彼女は笑う。
学校を欠席したのも、夜中まで起きているのも、七罪探しの為に時間を空けたり、資料に目を通したりしていたからなのだが、それを明かすわけにもいくまい。
士道の件、間違いなく七罪が士道に化けて色々と悪事を働いていた件のことも、上手く誤魔化せていたと思っていたが、どうやら向こうが追及しなかっただけのようだし。
少し油断していたなと内心戒めながら、自室へと荷物を置きに階段へと足を掛ける。
「七海さん、七海さん」
「んー? どうした」
階段を上りながら後ろをついてくる狂三の呼び掛けに応えると、くいと軽く服の裾を引っ張られた。
どうしたのだろうと振り向くと、満面の笑みを浮かべる狂三の顔があって。
そこはかとなく嫌な予感がした七海だが、何かを言う前に彼女が先に口を開いた。
「わたくしの部屋で癒されませんか?」
そして、手洗いやうがいを済ませた後で部屋に訪れたところ、ベッドに座って耳掻き棒を持った狂三が待ち構えており、自分の膝をペシペシと叩いて誘う彼女に抗えず為すがままになった結果が今の状況である。
気にならない程度の甘い匂いに、ベッドよりも柔らかいのではないかと思う程の感触のする太腿。さらには耳掻きの心地よさも相まって、なんだかこう、蕩けてしまいそうだった。
さながら、今の気分は軽くスライムである。
ちなみに、耳掻きに入る前に色々と触られたり、ウェットティッシュで拭われたりと、どことなく本格的なような気がした。勿論七海はその道の専門家ではなければ、その専門家にしてもらった経験は無いので、感覚的なものなのだが。
「んっ……どこで、こういうの、覚えたん、ぁ……たんだ……?」
「友人に教えてもらいましたの。男性は耳を弄られると、この上ない快感に襲われると。耳掻きそのものは見様見真似ですわ」
成程、その友人さんの言葉は正しいようだ。現に、膝枕の緊張は既に解け、全身から脱力しきってしまっているのだから。
んぅ、と声が漏れる。一応止めようとは思っているのだが、ほぼ無意識に出てしまう。
その度に狂三の手が震えるのか、耳掻き棒が僅かに揺れて耳の穴や入口をくすぐるのだが、それがまた気持ち良くもくすぐったくて、さらに声が漏れそうになる。その繰り返し。
「結構、綺麗ですのね……もう少し汚れているものかと思っていましたが……」
「まあ、偶に自分で……ん……やるし、な、あ、あ、ぁぁぁぁ……」
突然、モフモフとした感触に襲われ情けない声を上げてしまう七海。
狂三はいつの間にか耳掻き棒の上下を逆転させており、その尻に付いている毛玉、つまりは梵天を使って軽く七海の耳を撫でていたのだ。
突然の感触にうなじの辺りの毛がぞわぞわと逆立つような感覚を覚える七海。
七海のそんな声を聞いて、狂三はひどく楽しそうであった。
「仕上げは確か、こうでしたかしら……?」
「うにゃあぁぁぁぁぁぁっ」
我慢できなかった。
梵天の感触が無くなったと思うと、もぞもぞと狂三が動いたのは分かった。邪魔になるかと、少し頭を浮かせたが、優しく押さえつけられてしまったので再び横になったのだ。
しかし、その後の感覚までは予想できなかった。
察するに、耳に息を吹きかけられたのだと思う。
その快楽に抗えなかった七海は、声を上げてしまったのだ。
「うふふ、気持ちいいんですのね、七海さん? 可愛らしい声をあげて」
「いや、これは反則だって、ぇぇぇぇぇっ」
言ってるそばから、再び息を吹きかけられる。
ぐったりとしていると狂三は吐息がかかるほどに七海の耳に顔を寄せ、こう囁いた。
「――次は、反対の耳ですわ?」
「っ」
残念ながら、七海はもう、抗う気力は根こそぎ刈り取られていた。
狂三に新しい扉を開けられたような気分を覚えながら、のろのろと七海は体の方向を変えた。
必然、文字通り目と鼻の先に狂三のお腹や魅惑の園が広がっているのだが、七海に気にする余裕はなかった。
その日の夕食は一時間ほど遅れてしまった。
◇◆◇◆
その日の夜、日付の変わる頃、七海の姿は五河家のリビングにあった。士道と琴里も勿論いる。
なにやら士道は玄関先で十香と少し話したらしく、心無しか肩の荷が下りたように、僅かとは言え表情は明るくなっていた。
七海がここにいるのは、今日から明確に手助けするように動き始めた以上、一緒にいても問題ない、寧ろ直に七罪と対話した方がいいだろうと提案されたからだ。
七罪が現れるかどうかは不明だが、昨日は現れたのだし、可能性は低くあるまい。
そして、時計の短針と長針が重なった瞬間。
「……来たな」
丁度士道達の中心辺りの空間がぐにゃりと歪む。
三人が睨む中、箒の形をした天使――〈贋造魔女〉が出現した。
士道が心を落ち着けるように大きく息を吐き、琴里が拳を握る。七海もまた、手を二度三度開閉を繰り返した。
〈贋造魔女〉はその先端を広げ、鏡のような内面を曝け出す。動きが止まると同時、七罪の姿がそこに映し出された。
『は・あ・い。一日振りね士道くん。寂しかった? それに、七海くんもいるのね』
「七罪……お前は……!」
「落ち着け、士道」
『ふふふ、そうそう。もっとゲームを楽しまないと』
楽しげに微笑む七罪。士道は爪が手のひらに食い込まんばかりに拳を握りながら、再度息を吐いた。
下手なことを言って他の皆に危害が及ぶ訳にはいかない。
しかし、ちらりと見れば、七海もまた今すぐ感情に従って行動を起こそうとするのを耐えているようであった。口調は極力普段通りにしているが、抑えきれない怒りをひしひしと感じた。
七罪は次いで、七海へと視線を注いだ。
『ふうん。結局、堂々とすることにしたんだ。ま、君なら自身の安全は確保されてるしね』
「へえ? っつーことは俺の能力はバレてるって見るべきか」
『もう、そんな怖い顔しないの。折角名前も似てるんだし、仲良くしましょう?』
「ハッ。ふざけるのも大概にしろよ……!」
七海の口の端が吊り上がる。
笑顔の元は威嚇の表情だというのを体現するかのように、彼の笑みには激しい怒気が含まれていた。
士道は七罪の言葉を反芻する。
七海の安全は保障されているというのは、七海が予想した通り能力のことだろう。成程、彼の能力があれば、下手に七罪が手を出そうものなら内側から崩すことも出来るだろう。
今そうしないのは七罪の現在位置が掴めていないのと、既に消されてしまった皆にどんな影響があるか分からないからでしかない。
睨む七海に七罪は怖気づく様子もなく、むしろニヤニヤと一層愉しそうにしながら、言葉を続けた。
『ふふっ。さて、ゲーム三日目が終わったわね。もう全員を調べることはできたかしら? さ、答えてちょうだい。――私は、だぁれだ』
「…………っ」
ごくりと息を呑む士道。すぐには答えることのできていない様子に、七海は無理もないと思う。
証拠を掴めていないというのもそうだが、指名し、間違えればその人物が消えてしまうという状況でおいそれと決めつけることなんてできる筈がない。
「士道、時間がないわよ」
「……分かってる」
琴里の声に答えるが、士道の顔は苦悩に満ちていた。
「七罪は――」
そこで言葉が止まってしまう。
仕方がないと、七海は士道の迷いを察し、代わりに指名することにした。一応資料に目を通して当たりは付けてある。だが、確たる証拠を掴めていないのは七海も同じ。
だが、機会を逃す訳にはいかない。どのみち二人ないし少なくとも一人が消えてしまうのなら誰か指名しておいた方が良い。
「――タマちゃん先生だ」
バッと士道と琴里が振り向く。その顔は驚きに染まっていた。
「なっ……どういうつもり、七海!?」
「このまま士道に全て背負わせるつもりか!? どのみち今のままじゃ指名に迷ってそのままタイムオーバーも有り得た! なら可能性は少しでも減らすべきだ!」
確かにそうだけど、と。琴里は歯噛みする。
琴里の気持ちは理解できる。無責任な発言であったとの自覚もある。だが、ここで機を逃せばどのみち皆が消えていくだけだ。
多少強引であろうとも、容疑者は確実に減らさなければならない。
『タマちゃん先生……岡峰教諭のことね?』
「ああ」
『士道くんじゃなくて七海くんが指名したのに思う所が無い訳じゃないけど……ま、いいわ』
そして再び空間が歪み、〈贋造魔女〉の姿が消えていく。
しばらくして。琴里が頭を掻きながら、はあと息を吐く。
「分かってるわ、七海の言い分に一理あるってことぐらい。士道一人で背負い込むには大きすぎる負担を強いてしまっていることも、理解してる。責めることなんてできないわ」
でも、と琴里は続ける。
「もう既に何人もの人が消されてる。士道が七罪を見つけない限り、このゲームは終わらないってことは覚えておいて。七海も、今回は受諾されたみたいだけど、次回は駄目ということも有り得る。事前にしっかり打ち合わせしておいて」
「……了解」
「……ああ。……二人とも、ごめん」
琴里の言うことももっともである。士道は自分の決断力の無さに、そして、それ故に七海にも負担が掛かってしまったことに歯噛みし、髪を乱暴に掻いた。
と、そこで右耳に令音の声が聞こえてくる。
『……シン。聞こえるかい、シン』
「令音さん……? どうしたんですか?」
『……先程、容疑者達を監視している自律カメラに、〈贋造魔女〉が現れた』
令音の言葉に、士道は心臓が引き絞られるのを感じた。七海もまた、士道の表情が一気に強張るのを見て、誰かが消えてしまった報告だろうと確信する。
分かっていた筈だった。昨日も同じであった。回答の後、〈贋造魔女〉は容疑者のうち二人を消してしまう。それは、既に理解しているはずだった。
だが、改めてその状況を知らされると、痛いほどに動悸が激しくなるのだった。
心配して、七海が肩に手を置く。
「……一体、今日は、誰が」
その続きは出なかった。
身体が拒絶するかのように、続きの言葉を発することが困難だった。
『……今日消えたのも、二人だ。一人は岡峰教諭。もう一人は――』
令音は、一瞬躊躇うように――それこそ、士道にその情報を伝えてよいものかどうか悩むように――言葉を切ってから、続けてきた。
『……十香、だ』
「え……?」
令音の発した言葉に。
士道は、自身の全身に罅が入る音を、聞いた。
ああ、どこか、遠くから。
自分の名前を、呼ぶ声が。
本当は耳舐めとかまで入れてやろうかと思ったんですが、相手が狂三だと発禁も辞さなさそうだったので自重。
ということでとりあえず七罪探し編もクライマックスに差し掛かりますかね。
原作ではこの後一気に日数が飛びますので、こちらでも飛んで、一度に四人くらいいなくなります。
なるべく原作のメンバーと変えないようにはするつもりです。
それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。
誰が七罪か割と分かりやすいのでは……?