自分のセンスに今一つ自信が持てない彼女は友人であるサトノクラウンに助力を求める
「人が…人が多い。うぅ…あっ、ご、ごめんなさい…」
例年以上に寒く吐く息が白む12月某日、僕はショッピングモールの混雑の中にいた。周囲には子連れの家族やカップル、部活帰りの学生でごった返しており、現在地を見失うほどだ。端的に言えば僕はショッピングモールという海の中で遭難していた
人混みが何よりも苦手な僕がどうしての休日のショッピングモールなんて戦場に来てしまったのか、混雑の熱に当てられた僕はそのきっかけとなった数時間前のことを思い出していた
『…なるほど、つまりシュヴァルはトレーナーさんへの恩返しがしたいと』
『う、うん…トレーナーさんには本当にお世話になった…から…』
11月、僕はジャパンカップで初の戴冠を果たすことが出来た。何度も挑戦しては跳ね返されてきた強力なライバル達…キタさんにクラウンさん、アースさんを退けての勝利…
初のGⅠ勝利以上に価値のある勝利だった。遥かオーストラリアの地でリスクの高い手術に思い悩む親友に、そしてかつて自分を鼓舞してくれた偉大なウマ娘のように思い悩む人へ「やってやれ!」とエールを送ることが出来た…と思う
あの一戦に勝てたのは間違いなく…いや絶対トレーナーさんのおかげだ。きっとトレーナーさんが聞いたら「シュヴァルの頑張りのおかげだよ」って言うだろうけど…そもそもトレーナーさんがいなかったら僕はきっとここにいなかっただろう
自分の未熟さから他者を過剰に評価し、それと比べ更に落ち込む。僕の抱える悪癖が治ることはなくコンプレックスに耐えられずに逃げ出し、そして逃げた先で同じことを繰り返す…そうなっていただろう。そうならずここに居られるのはトレーナーさんが僕を見つけてくれたから…
僕も自覚していなかった僕の良いところを見つけ、過剰なくらい褒めてくれた。僕の長所を活かすメニューを作り、タイムを少しずつ伸ばしてくれた。そうしてつけてくれた勇気のおかげで僕は他者と、なにより僕自身と向き合う事が出来た
『だから僕は…あっ』
そこまで考えた所で途中から自分の考えが口から出て眼前のクラウンさんへ伝わっていることにようやく気付いた。
『ふふっ、シュヴァルのトレーナーさんへの熱~い思いはしっかり伝わったわ』
彼女はとても楽しそうに微笑みながらそう言う。思いがけず赤裸々な思いを吐露してしまった事がとても恥ずかしい
『…それでトレーナーさんへお礼がしたいけど何を贈ったらいいかわからない、アドバイスが欲しいって話だったわね』
『う、うん…僕はヴィヴロスみたいに流行りに聡くないしセンスも自信ないから…トレーナーさんに喜んでもらう贈り物となるとクラウンさんが詳しそうだと思ったから』
クラウンさんはサトノ家の令嬢だ、幼いころより様々な色々な年代の人物、一流の品々に触れてきている事に加え自身で父の事業を手伝うなど社会経験も豊富だ。その関係から見識やセンスは僕よりもずっと優れているだろう
『なるほどそれで私に相談したわけね、それなら─』
クラウンさんの提案はシンプルでプレゼントは手袋にすべし、とのことだった
『例年以上に今年の冬は寒いしトレーニングで動く私たちと違って見守ってくれているトレーナーさんは寒い思いをしているに違いないわ。そこで担当から手袋なんて貰った日にはきっと泣いて喜ぶはずよ!』
クラウンさんは“やや芝居がかった口調”でそのように言う。確かにトレーナーさんは自分で寒がりだと言っていたし最近の寒さに苦しんでいた、感謝を伝える贈り物としてベストかもしれない…!
『ありがとうクラウンさん、僕…トレーナーさんに手袋をプレゼントするよ』
『お役に立てたなら良かったわ。………シュヴァル、頑張ってね』
やや含みを感じるクラウンさんの言葉にほんの僅か違和感を覚えるが示された選択を実行したい思いの方が強かった。僕はクラウンさんに別れを告げ善は急げと意気揚々と買い物へ向かい
─現在の遭難状態に至るのであった
「うぅ…」
限界を迎えた僕は通販で手袋を買う事を決め、ショッピングモールを後にして岐路についていた。この3年間で色々な事を乗り越えてきたけど人混みは相変わらず苦手だ…
完全に舐めていた、休日のショッピングモールの混雑を。ましてもうすぐクリスマスだ、そうなればプレゼントを求める人も大勢いるわけで…
「そっかクリスマスか…」
今更ながらクリスマスが近いことを思い出す。去年はトレーナーさんとささやかなクリスマスパーティーをしたっけ…ふふ、楽しかったな
けどパーティーの提案や準備も含めて全部トレーナーさんの善意でやってもらったんだっけ…今更だけど僕本当にトレーナーさんにお世話になりっぱなしだ
…そう考えると感謝の気持ちを伝えるのにプレゼントだけで十分と言えるのかな…?
もっと何か…
寮に着いてからもあれこれ考えていたが結局考えは纏まらなかった。その後は通販で手袋を探し、ヴィルシーナとヴィヴロスの意見を聞きながらなるべくおしゃれな、白をメインカラーとした手袋を注文した
そしてクリスマス前日、いつも通りトレーニングを終えてトレーナーさんの部屋でミーティングをしているとトレーナーさんがクリスマスに労いの意を込めたお出かけに誘ってくれた
去年同様部屋で過ごすのかと考えていた僕は驚きつつも嬉しい気持ちで満たされていた。先日あれほど苦しんだ人混みに遭遇するかもしれない…でもトレーナーさんがいてくれたら、僕が世界一安心できるトレーナーさんの隣ならどこへ行っても楽しいだろう
そこまで考えた所で自身の情けなさに気づいた。トレーナーさんとのお出かけはいつも楽しい…けどそれはいつもトレーナーさんが僕が楽しめるような場所を選び、僕に合わせて行動をしてくれるおかげだ
ジュニア級の進路を決めるとき、目標を決められずにいた僕に少しでもリラックスして考えてもらうため色々連れ出してくれた。シニア級の時だってそうだった
僕はそうしたトレーナーさんの優しさに救われると同時に甘えて過ごしてきた。でも偉大なウマ娘になると決めた僕がいつまでもその優しさに甘んじていいわけない……!
僕の悪癖の過度な謙遜、卑屈さだってそうだ。トレーナーさんを信頼してないとも取れるし、偉大なウマ娘に相応しくない
トレーナーさんに成長した僕を見せて感謝の気持ちを伝えるためにも僕が自分で考えたプランでなるべく卑屈にならずに、トレーナーさんを楽しませるんだ…!
「あ……あの!行きたいところが、あるんですけど……そこでもいいですか……?」
行きたいところなんてまだ決めていない、咄嗟の判断から絞り出した言葉。それでも僕はありったけの勇気を振り絞った一言だった
かくして迎えたクリスマス当日、結果から言えば僕はまだ未熟ですぐに変わることは出来なかった。でも……僕が必死に考えたプランをトレーナーさんが楽しんでくれたこと、無事にプレゼントを渡せて喜んでくれたこと、トレーナーさんの連れて行ってくれたレストランで楽しく食事が出来たことが嬉しかった。そしてそれ以上に……
「トレーナーさんの手……暖かかったな……」
緊張のあまり手が震えていた僕の手を握ってくれたトレーナーさんの手。それは他の何よりも暖かく安心できて……胸がギュッと締め付けられていた
あの時は自分の情けなさで頭が一杯だったけど……うぅ…なんでだろう顔が熱い……
トレーナーさんの喜ぶ顔、あの時触れた体温、すぐつけてくれたプレゼント。僕はベットに潜りながら、止めどなく溢れる今日のトレーナーさんとの思い出に悶々としながら夜を過ごすことになった
後日、感謝の意と顛末をクラウンさんに伝える中で彼女からサラっと告げられた
“女性から男性に手袋をプレゼントする”
その意味と彼女にしてやられた事を知ると同時に思い出すクリスマスの記憶、トレーナーさんは僕から受け取った手袋を即座に着け、人混みではぐれないように手袋越しに手をつなぐ、僕を捕まえてくれる場面があった
その意味をトレーナーさんは知らないかもしれない…いや絶対知らないだろう。でも、それでもそれを嬉しいと思う自分に気づく
僕はトレーナーさんの事を異性として好きなんだと…どうしようもなく自覚させられた
「手袋を女性から男性に渡す意味は〈私を捕まえて(Globe me)〉らしいわ、シュヴァルったら大胆ねー」